-BEAUTIFUL-
クチビルノスルコトハ



『・・・・・・・・・・はい』

インターフォンを取るまでに、随分時間があった。
風呂でも入ってたのかな。

「俺」
『吉井?』
「そ。ただいま」

時刻は深夜0時にさしかかる頃。
そんな時間に人んち訪ねるなよ、とは思うけど、なんだかいてもたっても居られなかったんだ。

夕方成田に着いて、予定では自宅に帰って、東京に戻るのは明後日の筈たんだけど、事務所に報告の電話をしたマネージャーが、今日これから急遽打ち合わせが入ったことを遠慮がちに告げてきた。
発売前とかツアー前にはよくあることだ。
「本当にお疲れのとこ申し訳ないんだけど」
と、彼は平身低頭で汗まで吹き出してたけど、俺はむしろ嬉しかった。

顔くらい見にいけるな。

咄嗟にそれを考えた自分に、またしてもクエスチョンマークが浮かんだけど、思ってしまったものは仕方ない。

まだ苦しんでるだろうエマに、聞かせてあげたいものがある。
それは、まだアレンジ半ばの、録ってきたばかりのシングルだった。

俺の中に生まれた、新しい音楽。
きっとこのシングルは賛否両論になるだろう。
俺のオハコである、歪な音と精神論を一旦棚に上げて、変に弄繰り回さずに作った曲。
そこに思いつくまま素直に歌詞を乗せたら、不思議な符号が合致した。

その歌詞は、とてもとても優しい言葉になった。
優しい言葉。
過去に於いて、殆ど存在しなかったそういう曲ではあるが、一部例外がある。
それは、THE YELLOW MONKEY時代に、エマが作った曲に言葉を乗せたときに、僅かに片鱗を見せたことがあった。
エマの曲に歌詞をつけるときに、意図的に優しい丸い言葉を選んだ記憶が蘇って。
あのとき、エマは「そう!この感じなんだよ!」って大喜びしてくれたんだったね。

あれから何年も経って。
俺の素直な想いを直視してみたら、エマの曲の世界観と合致する暖かみが発生した。
そのことを、エマに伝えたくて、いても経ってもいられずに来てしまった。
そこに、俺とエマが別々に探してた共通の答えのヒントがあるような気がして。

取材を終えてからだったから、非常識な時間にはなったけれど。

エマは暫く躊躇うように沈黙したけれど、やがて軽く溜息をついて、オートロックの鍵を解除してくれた。

・・・なんだろ?
こんなに待たせるなんて珍しい・・・。

ふと、時間も時間だし、彼女でも来てるのかと思った。
そしてそれを思いついた瞬間、言いようの無い不快感が込み上げてくるのを感じて、流石に自分でも驚いた。

それはエマの自由だろう?
―――でも・・・だけど。
いや、そういうことがあるなら、ここんとこあんなにべったり一緒にいられた訳がない。
それに開けてくれるわけがない。

奇妙な胸騒ぎを感じながら、エレベーターに乗り込む。
玄関までの道程を、いやに長く感じた。



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