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夕方、スタジオでDVDの編集をしていたら、ツアーの合間で東京に戻ってきている吉井からメールが入った。
『今夜、みんなで飲まない?』
そういう提案は勿論大歓迎だ。それに、『みんなで』と書いてあると、もうそれだけで嬉しくなる。
最近、俺たちの間で『みんな』が指す意味は一つなんだ。
『7時には終われるけど、店どこだよ』
と返すと、即座に返信があった。ここから程近い和風テイストの創作料理屋だった。

俺とアニーがまず店の前で会った。
暖簾を潜って、靴を脱いでるところに、丁度吉井が到着した。
残るはエマ一人。
予約していた二階の個室で10分待ってもまだ来ないから、先にドリンクオーダーを入れることにした。
相変わらずだな、エマちゃんは。
「ヒーセは?」
「俺はビールかな、まずは」
「アニーどうすんだ?」
「んー、俺もビールで」
「じゃあ、瓶でいいかな」
「いいよ」
いそいそと吉井が下に内線をかけた。
マメな男になったもんだ。
「えっと、中瓶3本・・・グラスは4つ下さい。それから焼酎お湯割りと、ジントニック。あ、連れが到着したら持ってきてもらえますか?」
電話を聞きながら、俺とアニーは思わず顔を見合わせて苦笑する。
なるほど、だから自分で電話かけたんだな。
ジントニックといえば、エマの昔からの好物だ。本人の希望も聞かずにオーダーしているところが、2人のどこまでも深い繋がりを示してる。
だが、吉井の電話はまだ終わらなかった。
「それから、連れが着いたら、通す前に連絡ください。当人には絶対、『皆さんお待ちです』って言って下さいね。それで、戸は自分で空けさせてね」
受話器を置いて振り返った吉井は、満面に悪い笑みを浮かべていた。

それから5分ほどして、『お連れ様、ご到着されました』という電話で、俺たちは一斉に動き出す。
大急ぎで部屋を出て、襖で隔てられただけの、客のいない隣の部屋に潜む。
何も知らないエマは、案内された部屋の襖を開けた。

「・・・あれ?」
部屋に入ろうとして困ってるエマの声がする。
「部屋、違うのかな」
ちょっとだけ襖を開けて覗いたら、独り言を言いつつ室内と廊下を出たり入ったりしている。
笑い出しそうになるのを堪えながら、2分ほど放置していたら、エマは携帯を取り出した。
間もなく、壁にかけた吉井のコートから着信音が流れ、エマはそのポケットの中身を探り、吉井の携帯を取り出すと、自分のと見比べて、「?」という感じで大きく首を傾げた。
こっちから見てると後姿なんだけど、それが更に可笑しいんだよ!子供みたいな仕草で。
溜まらず、俺は噴出した。
その所為で見つかって振り返ったのを潮に、3人で大笑いしながら現れると、エマは笑いながら
「もう!」
と怒ってみせる。
いい年して他愛ない悪戯をする俺たちも俺たちだけど、エマの反応も出会った頃から変んないな。

ただ、まぁな。
変ったこともあるんだよ。

まずは、吉井とエマだ。
解散したのと同時くらいで、メンバー間につきあってるのをオープンにした所為か、最近は明らかに『恋人同士』っていう雰囲気が板についてきて、俺としては老婆心ながら、今のツアーメンバーさんたちに迷惑かけてないか心配なほどだ。
さっきのドリンクだって、吉井が勝手にオーダーしておいたジントニック、エマは何の迷いも確認もなく手に取って、普通に乾杯して飲んでたし。
吉井は吉井で
「エマちゃん、もっと食べなきゃダメだよ」
と、小皿に料理を取り分けては世話を焼いている。
この台詞は、どうも去年エマが吉井に頻繁に言っていたような気がするが・・・。
確かにエマはここ最近すごく痩せたから、具合でも悪いのかと心配したほどだけどね。
エマ曰くは、
「だって吉井が痩せたから、俺のほうが太ってたらステージ映えしないもん」
ということらしい。そのへんは相変わらずエベレストより高いプライドだ。
「そんな、バーニーに失礼な」
などと吉井は言って笑っているが、そういうことを気にするエマが可愛いのだ、と、顔に書いてある。

そしてアニーも、そういう2人にむやみに妬かなくなった。
俺が思うに、以前は、2人の間に何かあるっぽいのに、話してもらえない・・・みたいな寂しさもあったんじゃないかな。ブラコンだしな。
・・・そこは相変わらずだけど、最近はどうやら新しく根岸さんが愛情合戦に加わったらしいから、アニー的にはそっちのほうが気に食わないらしい。

まぁ、そんな戯言はさておき、だ。

俺が一番思う変化は、やっぱり俺たちがこうして4人きりで飲むようになったことなんだなぁ。

世間ではどう思ってるか知らないけど、バンドメンバーは4人でも、取り巻く人間は多い。
一緒に活動してるときは、飲むと言っても打ち上げやなんかで、スタッフが手配して大人数で繰り出すか、少人数でも仲のいいスタッフ連中の何人かと一緒行くことになる。そこに他のメンバーが加わっていても、全員一緒という機会は多くなかった。
そもそも毎日顔を合わせてた訳だから、オフの日はバンド外の人と過ごすのを重視して当たり前。こんなふうにわざわざ用も無いのに4人で・・・それも4人だけで待ち合わせたりなんかすることは、バンドが売れてからは皆無だったかもしれない。

だからって、周知の通り、俺らは元々仲が悪いわけではない。
それどころか、自分たちでも『仲がいい』と断言できる。
だからこそ最近になってこうして4人きりで集合すると、もうそれが嬉しくて、そう思う自分たちがこそばゆくて、小学生みたいに、さっきみたいな悪戯をしかけてみたりするほどはしゃぐんだ。
ライターさんやミュージシャン仲間はよく、「変なバンドだね」と苦笑する。
確かにそうかもしれない。
だって、他所のバンドだと思って、状況だけを挙げてみなよ。

3年半も活動休止して、その後、活動を再開することなく解散。
いち早くソロデビューしていたベーシストは、短期間の活動で新しいバンドも解散。
ドラマーはサポートの仕事に徹している。
そして解散を言い出したフロントマン兼コンポーザーは、ソロのツアーにギタリストを連れて行った。
ベーシストとドラマーを残して。

うわ、揉めてそー!
確執ありそー!
事務所で顔合わせても口も聞かなさそう!

・・・と、思うのが普通だろうよ。
それがどうだ?俺たちは元々の仲良しに輪をかけてんだよ。
集合決めると、多少の用事は抛っぽり出したいほど浮き立つんだよ。
時によってどうしても行けないヤツは、「日を変えようよー」と、ゴネるんだよ。
吉井だけ来れなかった時は酷かったな。3ヶ月拗ねやがったからな。

しかもまだ解散して1年半しか経ってない。
確かに、他にそんなバンドは知らないし、聞いたこともない。

でもなぁ、たまに思うんだよ。
あの活動休止のとき、俺たちは口を揃えて「イエローモンキーを壊さないために、一旦休んで充電する」って言ってたけど、結果的にそのまま解散しちゃった。あれは周りに本当に申し訳なかったけど、逆に休止しないで、そのまま無理してたら俺たちはきっともっと空気が悪くなってたんじゃないかな、って。それほどに張り詰めてたし。でさ、これは長いこと生きてきたから心底身に染みてんだけど、そういう空気からは無駄な争いが頻発するもんなんだよな。その上、そういうのはエスカレートしやすい。
・・・で、もしもそうなってたら、2006年の今、俺たちは――――・・・場合によっては、どこにでもある『揉めて解散して、それ以来お互い口もきかないバンド』になってたかもしれないってことを。
じゃあ、あの休止のときに解散していたらどうだったか?
―――・・・それもダメだっただろうな。
あのときじゃ、考える時間が無さ過ぎた。そうなると、わだかまりばかりが残る。
いつかは今みたいに飲めるようになってたかもしれないけど、それはきっともっと先のことだっただろう。
更に、1年半前、解散してなくて、今も休止中だったら?
これは確実だ。絶対まだ4人で会ったりしてない。
エマは吉井と行かなかっただろうし、2人の間の空気ももっと違った筈だ。

『壊さないために』と言った癖に解散した、と。裏切り者と言った人も少なくない。
だけど―――・・・本当にそうなんだよ。
俺たちは、あの選択によって壊れなかったのかもしれない。
めぐり合わせの妙というか、人生何がどう転ぶかわからないというか・・・。
『だったらやれよ!』と言われたら、口を噤んでしまうしかなんだけどね。
簡単なようで複雑なんだよ。こういうのって。
そもそも、仲がいいだけで楽にやれるんなら、最初から休止も解散もしてない。

でさ、すげぇなって思うのは、吉井和哉って男は、そういうことも見越してたのかな?って思うことなんだよ。
俺は基本的に、吉井はすごく頭のいい男だと思う。いや、やってることは不器用そのもので、とてもそうは見えないんだけど、そういう・・・運命に対して鼻が効くっつうかね。
一見悪いように見えて最良の選択を、いつもこの男が提示するんだ。

「ヒーセ?なにぼーっとしてんの?」
「あ?・・・いや・・・」

向かいの席に座ってるエマが、せっせと俺の皿に鶏の唐揚げを移しながら呼びかけてきて、我に返った。

「何でもねぇよ。・・・っていうか、エマちゃん、どさくさに紛れて食いたくないもの俺の皿に移すんじゃないよ」
「だって暫く鶏は見たくないんだもん」
エマの台詞で吉井が参戦した。
「あ、酷っ!エマだってご機嫌で歌ってたのに!」
「何を?」
アニーも混ざってくる。
それに吉井が答える。
「打ち上げがずっと鶏と刺身と野菜だけなんだよ。去年のツアーのとき、後半にだんだんみんな・・・俺もなんだけど、嫌気がさしてきちゃって。で、ある日ヘトヘトでみんな打ち上げ行ってさ、ずらっと並んだ鶏鍋の蓋取るなり、その場にいた連中で顔見合わせて『トリリョウリ〜』って歌ったんだよ。あ、『トブヨウニ』の替え歌ね」
俺たちはみんなで爆笑した。

「はははっ!何だそれ、迷惑な打ち上げ!」
「そうだよ。みんな吉井のダイエットに付き合わされてさ」
「っつーことは、兄貴、ロビンの所為で痩せちゃったんじゃないの?」
「そういう説もある」
「元凶じゃねぇか、オメェが!」

大笑いのまま、調子に乗った俺たちはどんどん杯を重ね、夜が更ける頃には全員気分よく酔っ払っていた。
また都合よく、みんな翌日が休みだったもんだからブレーキが無い。とても大人の飲み方とは思えない有様に成り果て・・・・あれは、誰が口火を切ったんだろう?

「弾きてぇーっ!」
「俺も、俺も弾きたいっ!」
「叩きたいぞ!」
「歌いてぇーっっ!」

気がついたら、俺たちは口々にそんなことを叫んでいた。

我に返って、一瞬の沈黙の間に全員が顔を見合わせる。
だけど4人とも、その表情には禁句を口にした気まずさは見当たらなかった。

「・・・・・・・・・行くか?」

やがて、吉井が小さく呟いた。






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