テレビジョン |
吉井の言う「話したいこと」が何なのか、気にしないように努めながら、俺は1週間ほど過ごした。 吉井からは約束どおり、3日後の夜中に電話があった。 『まだ起きてた?』 辛かったことなんか何もないかのように、昔みたいなさりげなさで。 「起きてたよ。オマエ、大丈夫なの?キツイ時期じゃん」 歌録り前後の厳しさは、俺だって重々承知だ。あの時まだ3曲残してたんだから、吉井のペースから言って、電話はもう少し先になるだろうと思ってたから。 『それがさぁ、あのあと一気に進んでね、今日歌録り終わった。明日は休みとったし』 「そうなんだ。お疲れ。じゃあ、明日とかが都合いいの?」 『うん。エマさえよければ。・・・っていうか、ここ数日を外すと、あとまたNYだし。できたら明日がいいんだけど』 「いいよ。空いてる」 なんとなく懐かしい遣り取りだった。 昔、俺らがつきあってた頃、よくこんな会話したっけ。あの頃は電話より、スタジオの隅っことか楽屋に誰もいなくなったときとかに話すことが多かったけど。でもそんな時間が無かったら、仕事終わって「お疲れ様ー」って普通に別れてから、おもむろに電話がかかってきたりしてた。 『じゃぁねぇ・・・どこに行きたい?エマ』 「どこって、話すんでしょ?事務所とかじゃないの?」 『いや、事務所だとね。二人で話そう』 「・・・いいけど」 迎えに来るというから、時間の約束を決めて、電話を切ってから、余程深刻な話なんだろうか、と心配になってきた。もしかして、解散しようとか、そういう話だったりして・・・。でも、それだったらみんなで話すだろう。俺だけっていうことは、もしかして・・・俺のギターが気に入らないから、俺だけ脱退しろとか・・・?・・・まさかね。 考えちゃいけない。 まだ何も言われたわけじゃないんだから。 そうは言い聞かせてみても、どうしてもいい話だとは思えない。思考がぐるぐるしてくる。 今更になって、二人の関係のことは持ち出さない筈だ。それは、多分ないだろう。だって俺たちは、もうちゃんと別れてる。今更別れ話も無いんだから。 気を紛らわせるためにTVをつけた。 別に見ようと思ってたわけじゃなく、静寂を破ろうとしただけだったから、俺はそのままベッドに横になろうと思った。 だから、ホント偶然。 いきなりの耳慣れた曲に、びっくりして画面を凝視した。 聴きなれた曲が流れてる。 それは、なんかの特集番組なのか、懐かしい『LOVE LOVE SHOW』のPVだった。 ・・・・・・楽しそう、と。まず、そう思った。 念入りに構成して作られたビデオでさえも、みんなが楽しんでるのがよく判る。 俺自身、すごい楽しそうに弾いてる。 ああ、今思えば、この頃を境に、俺たち不安になり始めたのかな。 まだ思うように売れない頃、確かにその頃も不安だったんだけど、なんとしてももっと上を目指さなきゃいけないっていうプレッシャーが、俺たちをいい意味でハングリーにさせてた。 そう、丁度この頃だ。吉井もすごく調子よくて、作った曲はどんどん売れて、それほど音楽に興味を持ってない人たちにも一気に認知されるようになって。 俺たちは変わろうとしてたわけじゃないのに、周囲が変化していった。 どこに行っても大事にされて、時代の寵児のように扱われ、俺たちの好みも、「古臭い」なんて馬鹿にしてたメディアからも掌を返したように認められるようになって・・・。 そして世間は俺たちを・・・特に吉井和哉をスターに祀り上げようと動いていた。 うん。確かにそれは楽しかったな。 結構苦労した時代が長かったし、「売れた」と思ってからでも、更に売れてしまえば、それより以前のことは「まだまだだったんだな」って思えるようになって。 でも。 世の中そうは上手くいかないね。 これは思いたくないけど、本当はちょっと思ってる。 あの絶頂期に売れてた状況が、吉井を脆くさせたんだって。 どんどん増えてくスタッフや、殆ど義務的に伸ばさなきゃならない売り上げ。 でも一過性のムーブメントは、あっけなく俺たちの上を通り過ぎる。残ったのは本当に俺たちに惹かれてくれたファンだけ。本当はそれだけで充分だったのに、充分だった筈なのに、環境はそれを不足と責めた。 吉井を。 あいつ、馬鹿だから本当に自分の所為だと思った。 試行錯誤の果ての外部プロデュースが、本音の部分であいつを傷つけてたんじゃないかと思う。 その一番の原因は、俺たちメンバーなんじゃないかって。抗議することもなく、外部プロデュースを了承して、それが尚且つ、絶頂期ほどのセールスを伸ばせなかったっていう現実は、吉井に対する裏切りだったのかもしれない。 馬鹿なヤツ。 オマエが嫌だって言ったら、俺たちあんなの受けなかったのに。 スターに祀られるならそれらしく、でーんと構えてればいいのに。 ・・・・・あ。 ふと気付いた。 なんで今まで、そのことを思いもしなかったんだろう。 違うじゃないか。 そうさせなかったのは―――――俺たちだ。 なんだかんだ言って、いつも吉井に全部背負わせて、それがダメだとは思いながらも、結構それに甘えてた。 俺はいつも吉井を支えたいと思っていたけれど、そしてある意味支えてるつもりでいたけれど、それは、どうだ?ミュージシャンとしての吉井を支えていたか? 恋人だという立場に、甘えていなかったか? 俺だけは、吉井の力になっていると・・・思っていなかったか? いや、恋人としても、支えきれていたのか? TVの中で、吉井が笑う。 楽しそうに歌いながら笑う。 でも、これを撮った直後だった。 一度だけ、吉井が見せた弱さ。 あれは、この曲が発売後すぐにチャートの上位に入り、ゴールデンタイムの生番組で、これを初めて演る日の、本番直前のことだった。 吉井は酷く怯えたように、人目につかない場所で、俺に抱きついてきた。 「エマ、逃げよう」 「え?」 「逃げよう。全部捨てて逃げてしまおう。二人で、今すぐ」 「どうしたの、吉井・・・?何かあった?」 あのとき、ウチは順風満帆で、俺たちの恋にも背徳的な刺激はあれど、なんの翳りもなく、なんで吉井がそんなこと言い出すのか判らなくて、すごく怪訝な顔をしてたと思う、俺。 吉井は小さな声で呟いた。 「・・・怖いんだ・・・。もうすぐ、この幸福は終わってしまうんだ」 俺は、吉井が単に未来に怯えてるだけだと判断した。 その前のアルバムはとても高い評価を受けて、俺たちはこの先、まだ踏み込んだことの無い境地に入ろうとしている。吉井はそれに畏怖してるんだと、そう思った。 だから、俺は微笑んだ。 「大丈夫だよ、吉井。オマエなら逃げなくたってちゃんと行けるよ」 吉井はそのまま暫く俺の肩口に顔を埋めていた。 あのとき、あいつはどんな表情をしてたんだろう? そのあと顔を上げたときには、もう『自信家の吉井』のほうの顔をしてた。 そして、本当に嬉しそうに 「ありがとう」 って笑ったから、俺は簡単に満足してしまった。俺は、こうやってこいつを支えてるんだ、って。 その後の本番でも、吉井はいつものように調子良く歌って、収録後も別に沈んだ様子も無かったから、俺はすっかりと、もうそのことを忘れていた。 ああ・・・だけど。 あのとき、ちゃんと話を聞いてあげなきゃいけなかったんだ。 それに、せめて俺がかけたあの言葉は、「オマエなら行ける」じゃなくて、「俺たちなら行ける」って言ってあげなきゃいけなかったんだ。 今なら判る。 そういう些細なプレッシャーが積み重なって、メンバーと吉井の温度が、微妙に変ってしまったんだって。 そして、そんな吉井の温度を判ってあげることができたのは、公私ともに一番近くにいる、俺だったんじゃないかって。 だとしたら、俺があの夏、「別れよう」って言ったのは、吉井にとっては最後通告だったのかもしれないな。 別れたことだけが原因で苦しんだんではなく、吉井の唯一の捌け口だったものを、他でもない俺自身が奪い取ってしまって。 今更、遅いけれども。 もしそうなら、やっぱり俺たちは、この関係を恋愛にしてはいけなかったんだね。 冷静な判断による甘やかしができた筈なのに、それを「恋愛感情がある所為だ」って撥ね付けてしまうしこりが、どうしても付き纏う。 吉井を愛してしまったりしなければ、俺はもっと上手に吉井を支えてあげられたんだろうか。 だとしたら、今度イエローモンキーを復活させたときには、そうやってベストな関係を作ることができるんだろうか。 もしもそれが可能だとして、それでも少し寂しいけどね。 TVの中で、吉井が笑う。 楽しそうに歌いながら笑う。 俺たちはあれから散々苦しい想いをしたというのに、映像の中の俺たちは、そんな未来を知る由もなく、ひたすらに音楽を楽しんでいる。 皮肉だね。 別れたあと、こんなふうに楽しそうな吉井を、結局一度も見ることができなかった。 いや、一度だけ見たか。 それはつい最近のこと。 ソロになってからのスタジオで見た吉井は、こんなふうに楽しそうに笑ってた。 俺のいない世界で。 俺のいない場所で。 昔、吉井から「話があるんだけど」って言われたときは、いつもなんだかわくわくしてた。 今度は何を思いついたの?次はどうやって俺たち、楽しいことを仕掛けるの?って。 今みたいに不安になったりしなかった。 俺がいない世界を羽ばたこうとする吉井は、一体俺に何を話すんだろう。 『それじゃさよなら お元気で』 皮肉な歌詞が、笑顔と共に消えた。 end |
41.変。に続く。 |