○○さま



その手紙は、相変わらずの汚い字で『菊地 英昭様』と書かれた、大判の封筒に入っていた。
出てきたのは、1枚の便箋と、1枚のコピー用紙。それとMD。

「なんだよ・・・手紙なんていつも書かないくせに・・・」

呟きながらも、気持ちがはやってる。
MDまで入ってるってことは、三行半では無いんだろう。・・・なんてね。
そんな自分にすこしイライラしてるってことは、もはや言うまでもない。

便箋の手書きの文字は、表書きにも増して汚ねぇの。
こどもみたいな字。
ふふ、相変わらずだ。

『菊地 英昭様へ』

おいおい、まだ改まる気か?
ちょっと気味悪いよ。

『避けられてるのはわかってるし、それが何でかっていうことも、俺なりにわかってるつもり。
やっぱり押し付けがましかったかなって思ったから、一応、これでも冷却期間をおいてみました。
電話だと、また脱線してしまいそうだから、手紙を書くことにしました。
あれから、エマも多分たくさん悩んだと思う。俺も悩みました。
だから、悩んで迷った上で、俺の正直な気持ちを聞いてください。』

・・・流石に判ってたか。
しかも一応考える時間をくれるようになったっていうのは、吉井も大人になったってことだね。

『って言っても、俺はあんまり手紙とか書くのは得意じゃないし、こうやって改まって書いててもだんだん照れてきて、そのうちダジャレとか書いてしまいそうなので、』

・・・ダメだ、笑う。
吉井のこういうとこに弱いのかも、俺。

『やっぱり俺らしく、歌で伝えようと思います。』

―――――・・・ああ、吉井だ・・・。

『MDに入ってます。一緒に送ったのは、歌詞です。(最近はパソコンで作詞もできるようになったんだぜ・・・ってそれはどうでもいいです)
とにかく、聞いてください。そしてもう一度悩んで、俺に答えをください。

吉井 和哉』


封筒の上に転がしたままのMDを急いでデッキに入れた。


イントロに、はっとする。

これは・・・あの日、海に行った日、車の中でかけてた曲じゃないか。

仮歌の入ったその曲を聴きながら、歌詞に目を通す。


『トブヨウニ

風に揺れている白いカーテンが なんか言ってるみたいだよね
徐々にで そう徐々にでいいから 赤み帯びて目を覚ませピンク

どうしたのうつむいて どうしたの振り向いて 過去も未来もここにはないんだよ
徐々にで そう徐々にでいいから もっと重たいもの持てるよ
LOVE ME? こんなにせまい感じじゃなくて 外行こうよ 海見ないか?

風に流れる髪にも運命は宿っていて 光りスライドさせるほど眩しいのに君はなぜ?
OPEN YOUR EYES
OPEN YOUR MIND
OPEN YOUR LIFE
心ひとつかじって トブヨウニ

もうやめたい?終わらせたい?
でも信じたいからここまでついてきたんだろ?
徐々にで そう徐々にでいいから ちゃんと話したい 実際もっと リリカル

LOVE ME? こんなに辛い感じじゃなくて 服脱ごうよ 泳がないか?

流れる髪にも繰り返す波にも
無数の砂にも 遠くの船にも
ここが旅立ちでもいいじゃない

捨ててしまったもの戻ってこないけれど
なくしてしまったものなら急に帰ってくることあるんだぜ
OPEN YOUR EYES
OPEN YOUR MIND
OPEN YOUR LIFE OPEN NOW

君のすることに無意味なものなどないって 風に流れる髪にも運命は宿っていて・・・
徐々に』




からだじゅうに
電流が走った。



それは、もはや衝動的な欲求だった。


もう一度リピートして聞きなおし、3回目には手近にあったギターを引き寄せてた。


実際にはここにはいない吉井の声と、俺のギター音が、久しぶりに混じりあう。

それは、なんて快感。
なんて・・・至福。


今年の夏の、あの日をそのまま引き写したようにストレートな、俺の恋愛とバンドと自立との迷いからくる葛藤を正確に読み取ったような、そして穏やかにかき口説くような歌詞。

ずるいよ、吉井。
こういうふうにされると、俺はもう抗えない。

気持ちが、心が、指先がまっすぐに吉井へと流れていく。
これだ。
これが、俺の欲しかったもの。
お前と離れてからずっと、どこを探しても見つからずに苦しかったもの。

俺は、単純にお前の隣で弾きたいんだ。

それだけのことを、確かに、俺は自分たちの関係に惑乱して見失ってた。

今も愛してる。
別れたくなんかなかった。

けれど

『ここが旅立ちでもいいんじゃない?』

そうだよ。
今からまた何かが始まればいい。

もう一度恋にすることに怯えてるなら、俺はその感情に正直でいいじゃないか。
何も吉井が望むからって、自分の意思を曲げる必要はない。
迷うことが既に恋愛において裏切りだというのなら、そう思われてもいい。
でも愛してるっていう事実と、関係を復活させるかどうかは別問題。
それはこれからまた悩めばいい。


歌詞が終わったあと、最後に吉井が手書きで書き添えてた。

『エマさんに、愛をこめて。
吉井より』


たまらなくなった。
もう充分迷った。
だから、それならそれで、お前と一緒に踏み出そう。
もう一度深みにはまってやるよ。


コール5回で、吉井は電話に出た。


「あの曲、弾かせて」
と告げると、吉井の声が昔みたいに無邪気に弾んだ。

ただし、俺は条件をつける。
これは譲らない、どうしたって。
俺は吉井のソロに参加するなら、イエローモンキーのエマというスタンスは出したくない。
付加価値は捨て去って、ギターだけで勝負したい。
それが俺の自立であり、ギタリストとしての俺のプライドだから。

だから、

「あくまでもサポートとして参加する。お前とユニットを組むわけじゃない。
だから俺の名前は出さないで。それでもいい?」

吉井は一瞬戸惑ったように沈黙して、そのまま少し考えたみたいったけれど、

「OK。いいよ。
名前を出そうが出すまいが、エマがエマだってことには変りないんだから」

迷いのない声で、そう言った。



end


※『トブヨウニ』のギターがエマなのかどうかは、事実は確認していません。
43.青春。に続く

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