青春。 |
あれは、まだ俺が24くらいの頃だっただろうか。 吉井はまだ少年の顔をしていた。 「俺ね、悪いけどやっぱり辞める」 「・・・なんで?エマさんは・・・気に入らない?このバンド」 「気に入らないっていうか・・・。うーん、なんかね、俺、吉井くんとは合わないと思う」 「俺はそうは思わないけど」 「って、そっちが勝手に思ってくれても」 「はっきり言ってよ。何が合わないの?」 「―――――・・・はっきり、ねぇ・・・。いいの?」 「うん」 「俺、バンドはまずヴォーカルだと思うのね。でもさ、吉井くんのヴォーカル、なってないよ。 ヘタクソ。悪いけど、ステージで俺のギターのほうが歌ってるよ。俺、そういうフロントの後ろでは弾けない」 「・・・・・・・・・ごめん」 「っていうか、必死すぎ。あんたの歌は音階を踏んでるだけで、なにも響いてこない。 素人のカラオケじゃないんだよ。バンドでフロント張るってことは、俺ら楽器の想いを集めて、表現者として開放してくんなきゃ意味ないじゃん。けど、今のあんたのヴォーカルだったら俺まで下手に聞こえる」 でも、俺の暴言に深く項垂れながらも、吉井は 「とりあえず、次のライブはもう決まっちゃってるから、ヘルプでもいいから弾いてよ」 そういう取引ができるだけの狡猾さは既に持ち合わせていたね。 「やっぱり限界。辞めさせて」 次にそれを言い出したのは、その後1ヶ月も経っていただろうか?ライブの直前のリハーサルで、ほとほと嫌になったから。 「あのさ、声張り上げてたらいいってもんじゃないんだよ。まだ構えてるよ、吉井くん」 こっちは一度はプロでやってたんだ。妥協してつまんないバンドで燻るのはゴメンだ。こんなヴォーカルにくっついて、無駄に時間が流れてくうちに、俺が活かせるチャンスってもんが逃げていく。 「早く決めてよ、ギタリスト。俺だって自分のバンド探したいしさ」 いい加減、俺は吉井に絶望してたから、全然思い遣ってやる気なんか無かった。 傷つけてるのは承知で酷い言葉を浴びせた。 ・・・泣くかな、と思った。 ヴォーカルが辞めたから歌おうと思うような気になった、この甘ちゃんは、と。 でも吉井はそのとき、まだステージで時折しか見せたことのないギラギラした目を俺に向けた。 「もう決めてるよ。そいつを引きずり込もうと必死なの」 「あっそ。だったら上手くいくように祈っとく」 「誰だか聞かないの?」 「誰でもいいもん」 「エマさんはそれでいいかもしれないけど、こっちには重大なことなんだよ」 「・・・わかったよ。・・・誰?」 「――――エマ」 「・・・・・・・・・え?」 「エマだよ。あんたしかいない。俺のギターは」 そう言い置いて、俺に反論の隙も与えず、板の上に上がっていった。 ちっちゃなライブハウス。 腕はいいのに、なんでこんなヴォーカルにくっついてんのか判らないベーシスト。 及び、半ば呆れてしまう妥協だと俺に罵られた弟は、涼しい顔で、ドラムセットにスタンバイ。 だったらもう知らないから、好きなように弾いてやる、と開き直った俺に、吉井はありえないような衝撃をぶつけてきた。 相変わらずヘタクソだけど。 それは、吉井が『LOVIN』として昇華し、尚且つその殻を打ち破って『吉井和哉』を曝け出した瞬間だった。 俺のギターに一歩も引かない気迫を見せられて。 「どう?弾いてもらえますか?」 なんて、ステージ後には今度は急に弱気な少年の顔になって。 ―――-あの日、俺は初めて、吉井和哉に『出会った』。 吉井のソロ・プロジェクトで弾くことを決めて、ふと思い立って一番手前にあったビデオを再生しながら、更に遠い昔のことを懐かしく思い出していた。 正式にバンドに加入するまで、ホント、吉井が歌い始めてからというもの、あいつのことをヴォーカリストとしては見下してたな。 一緒にステージに立ってても、「こいつには任せられない」とか思って。そういえば、その後随分経ってから、こっそり吉井が教えてくれたことがある。 「あのとき、エマさんに滅茶苦茶言ってもらわなかったら、今の俺は無かったかも」 って。 それはどんな甘ったるい囁きより嬉しかった。 でも当時、俺の罵倒が吉井を奮起させたのは、偶然が生み出した付加価値にすぎず、本心から俺にとって不要だと思っていた吉井だったのに。 それが、どうよ? くすっと、俺は笑みを漏らした。 画面に流れてる映像は、それから十年を経た、パンチドランカーツアーのファイナルのもの。 『セックスレスデス』の途中、最後のサビの部分で、俺がドラムセットの脇で座って弾いてたら、吉井が近寄ってきて、俺の頬をふわっと撫でる。 画面では俺の表情しか見えないけど、吉井はあのとき、本当に愛しそうに俺に微笑んでた。 俺、あのときは内心「恥ずかしいヤツだな」なんて思ってたんだけど、こうやって改めて冷静に見たら、俺こそ、すごい甘えた顔してるじゃん。ステージ上だっていうのに、他のことなんか目に入らないように見つめあっててさ。二人の世界だよ。やだね。 『SUCK OF LIFE』なんかは、ホント演出っぽいし、インタビューとかでからかわれても、「演出です」って言い切ってるんだけど、こういう、何気ないトコでは全然誤魔化せてないの。恋人同士だって宣言してるようなもんだよね。 俺がそんなになっちゃうほどに、長い時間をかけて、吉井に全幅の信頼をおくようになってる。 シンガー・吉井和哉を、そして恋人の吉井を。 何度もの紆余曲折を経て、深く、強く愛した。 思い返せば、それが俺の青春だったのかもしれない。 青春って、年齢じゃないよね。人生の中での、未熟な不器用が故に、苦しくも輝かしい時間をそう呼ぶのなら、まさに『青春そのもの』だと思う。 青春は過ぎるから美しいと言う人もいるけれど、俺は永遠に戸惑って未熟な不器用に苦しむのも、それはそれでアリなんじゃないかと思う。 『終わりのない青春 それを選んで絶望の波にのまれても ひたすら泳いでたどりつけば また何か覚えるだろう』 吉井もそんな歌詞を書いたこともあったな。 だからこそ、今度は 『ここが旅立ちでもいいんじゃない?』 新しい海は、まだ暗くて、どこにたどりつく岸があるのかは見えないけれど。 今度は一人で泳ごう。 吉井の手を引いて進んだ波。吉井につかまって運んでもらった波。 それを今度は、一人で泳ぐ。 並んで泳ぐ。 お前と。 2ndアルバムに正式に参加する前に、久しぶりに吉井と会った。 デモ・テープと、歌詞にコードをふった束を大量に抱えて、嬉しそうにヤツはやってきた。 二人だけでスタジオを借り切って、それらを音にして打ち合わせた。 いくら自分では弾いてても、やっぱり人前で弾かないと気迫の部分で鈍るものがあって、音はなんかへにょへにょしてた。流石に素人にでも判るようなダレ方ではないけど、吉井は勿論気付く。 「やっぱ3年も休むとぐちゃぐちゃだなぁ」 って、悔しく呟く俺に、吉井は笑う。 「エマさん、宿題よっ!完コピしてきてよ?」 それでも「そんな音ならいらねぇよ」って言わないで茶化す吉井の言い方は、ちょっと耳がある他人が聞いたら「そうまでしてエマが使いたいのか、人気取りの戦略か」って言われかねないけれど、俺は平気。 吉井が惰性で楽器を選ぶ人間でないことは、誰より知ってるから。 「任しといてよ。お前の作った音なぞって、その100倍いい音にして叩きつけてやるから」 俺の反駁まじりの宣言に、吉井は屈託のない笑顔で 「当たり前でしょ。あなた、私のギタリストなんですから」 と返した。 青春のはじまりの、あの遠い冬のように。 俺たちは顔を見合わせて、それこそ3年半ぶりに、別れてからはじめて心から笑い合った。 end |
44.友達に続く。 |