○○さま |
あの夏日は遠くなって、寒い季節が過ぎ、春が巡ってこようとしている。 YOSHII-LOVINSONのファーストアルバムは、さすがビッグネームのバンド(って俺が言うのは何だけど)のフロントマンだけはある、という、まずまずの好セールスを上げた。 でも、結局、吉井はライブをやらなかった。 表向きは『まだ曲も少ないから』ってことになってるけど、あいつがそんな理由でライブを断念するわけがない。もしそうなら、最初から「ライブやろうと思う」とか言わない奴だしね。 本当のところは、俺が吉井と一緒にツアーを回るということを、どうしても了承しなかったからだ。 俺は吉井の誘いが嬉しくなかった訳じゃないんだけど、どうしてもまだ迷いが捨てきれなかった。 どうせ吉井とステージに立つのなら、それはイエローモンキーとしてやりたいことだったから。 そして吉井も強引に無理強いはしなかった。 多分、会社にも反対されたんだろう。 一時的な動員はそれで取れるかもしれないけれど、長い目で見れば良い選択とは言えない。 純粋に音楽的な部分というのは別次元の問題として、イメージの部分で吉井のソロ活動にプラスにならない。そして、『イエローモンキー』が、ある意味潔癖なほど純粋なバンドだから、ファンが納得しないことも明らかだ。 事実、吉井やヒーセのソロ活動にさえいい顔をしない人は少なくない。 ましてや4人での活動こそを重点的に考えるバンドのファンにとっては、吉井がメンバーの中から俺だけを選択して引き抜くという行為は、ヒーセや英二への裏切りと取れても仕方ない。 そうなった場合、事実無根な『吉井・エマとヒーセ・アニーの対立』だとか『不仲』という噂が、それこそ実しやかに流れるだろう。 そして会社も俺たちの休止や、そのあとの活動を全力でフォローしてくれながらも、『ザ・イエローモンキー』としての活動を切望してる。 長年苦労を共にしてきたスタッフたちの理想や想いばかりでなく、数字の面でも、何しろ利益の桁が違う。裏を返せば、大手とはいえない事務所が、それほどの利潤を棒に振ってまでこんな我侭を許してくれているのは、ひとえに本気で俺らを大事にしてくれているからだ。 だからこそ、ウチの宝である『ザ・イエローモンキー』と、その総帥『吉井和哉』にとってマイナスになる選択は許せるものではない。 ・・・と、まぁ、それは会社の人間に確かめたってわけではなくて、俺の憶測だけどね。 でもあのあと、社長と話したときに、「吉井のプロジェクトだけど、どうするんだ?」って仄めかされて、「断りましたよ」って答えたら、残念なのかほっとしたのか、ものすごく微妙な表情で「そうか」って言われたから、そういうこともあるかな、って思えたってこと。 で・・・もし、そうだったら、だよ? 吉井はどうする? また一人で背負い込む覚悟なんだ。 そんなのは、俺はもう真っ平だった。 じゃあその後、吉井と距離を置いたのかって言われると、それが・・・真逆なんだよね。 吉井は、やっと発売したアルバムのプロモーションだとか何だとかで忙しい合間を縫って、せっせと俺を口説いてた。それはギタリストとしてのオファーだったり、元カレとしての復縁交渉だったり。 日によってテーマは違うんだけど、その情熱は、俺をイエローモンキーに引きずり込んだときとか、付き合う前の大っぴらなアプローチの頃とかと、殆ど大差ない。 でも、それも先月までのこと。 しかもあれ以来、あんまり会ってはいない。 会おうにも、今は一緒に仕事してないし、その上俺が、できるだけ二人で会うのを避けてる。 二人きりにならなければ、吉井は、オファーはともかく、復縁交渉はできないからだ。 もう一度、あの腕の中に還る。 それは、現実として目の前に突きつけられると、思った以上に重い未来だった。 正直、別れてから、それを夢見てなかったとは言わない。 あの腕の中を想って、眠れない夜を何度も超えた。もう一度還りたいと、何度呟いたか判らない。 日に日に平静になっていく吉井を、悲しく見ていたこともあった。 でも・・・、いざ、こうして吉井に熱望されると、俺は正直言って、もう一度あの苦しみを味わうのが怖い。 『傷つけ合うより、平穏のために別れるほうが酷い行為だ』と、吉井は言うけれど。 どうしたって祝福されない関係に絶望したり、表面に見えるものに嫉妬したり、擦れ違って寂しさのあまり罵ったり、想いが通じなくて、それらをまた罵り返されたり・・・。 それらは、恋愛という便宜上つきまとうしかないと諦めるには、あまりにも痛かった。 それでももしも普通の男女の恋愛であれば、何らかのゴールがあるのかもしれないけれど。 行き着く場所も無い、踏み込んだら二度と戻れない、ブラック・ホール。 決死の思いで別れた。 だから簡単に還る決心がつかない。 それに。 少し、信じきれていない部分がある。吉井を。 吉井は本当に俺ともう一度恋愛関係に戻ることを望んでるんだろうか? それとも、ギタリストとしての俺を得んがために、恋愛感情と混同してるんじゃないか? 多分吉井に言わせれば、「それは切り離しては考えられないことだよ」って言うんだろうけど。 だから、避けた。 吉井はめげなかった。 会わなくても、始終電話してきたりメールしてきたりした。 再び、大っぴらに「愛してる」という言葉を混ぜて。 そのアプローチが、今月に入ってからだんだん間遠になっていて。 今週は一度も電話してこない。 ほら。 俺はもう、それだけのことで吉井を信じられなくなってる。 俺はどうしたいんだ? 本当にもう吉井の元に、恋人として戻る気がないのなら、もっと冷静にならなきゃいけない。 ギタリストとして隣に立つためには、別れてから今までのスタンスを、もう一度確立しなきゃいけない。 なのに、今も鳴らない電話を待ってる。 ・・・馬鹿みたい。 電話は、そのまま終ぞ鳴らなかった。 その代わり、手紙が来た。 そして、その『手紙』は、想像もしてなかったほど、俺を突き動かすことになった。 |
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