友達



レコーディング期間は楽しかった。
普段と違う顔ぶれでの仕事は、いい刺激になって、自分ではそれまで思いもしなかったけれど、「やっぱり、馴れが生む惰性っていうのがあったのかな」っていう自覚に繋がった。

リハーサル初日、緊張交じりにも、なんかわくわくしてスタジオに入ったら、既に来ていた吉井が、びっくりした顔で壁の時計と腕時計と、俺の顔を何度も見比べた。
「・・・なに?」
怪訝に思って聞くと、吉井はくくっと笑って
「エマが!あのエマが!遅刻しないでくるなんてっ!」
と、大げさに驚いた。
軽く殴るフリをしながら、苦笑を漏らす。
確かに、言われても仕方ないけどね。俺、遅刻大王だったし。

吉井はリハやレコーディングの合間に、「流石に緊張してんの?」と何度も聞いた。

「まあね」

ここにこうしていても、スタジオの匂いが違う。イエローモンキーのれコーティングとは。
それは、俺や吉井を含めた「THE YELLOW MONKEY」という佇まいが、既にメンバーそれぞれの個性を超えて、一個の人格を持っていることを意味する。
だから、いくらここに俺と吉井がいても、それは「THE YELLOW MONKEY」という空気を生まない。

そのことは、俺を少し寂しく思わせるものでもあり、逆に奮起させる要因でもある。

「でもさ、音、硬くなってないでしょ?」
「うん。すごくクリア。でもエマらしい。とてもライブ中に眠る人とは思えない」
「古い話を持ち出すな!」
「はははっ」

たまにこうしてじゃれてると、他のミュージシャンやスタッフがびっくりする。

「えぇっ?ステージで?眠ったんですか?エマさん」
「そうなんだよー。昔だけどね。ライブ中にアルペジオ弾きながら眠ってんのよ、この人ってば!」
「すごい、器用〜」
「もう、だからそんなの一回だけじゃん!しつこいよ、吉井」
「絶対一回じゃないって」
「そんなことないっ!」

ちょうど休憩に入ったので、まだ調整とかしてる吉井をその場に残してソファのほうに行くと、スタッフがコーヒーを差し出してくれた。

「なんか、エマさんといると、吉井さんの雰囲気が柔らかいですね」
「え?そうですか?」
「1stのときも冗談とかは言ってましたけどね」
「はははっ」
「でもこうしてる今回の雰囲気、とてもいいですよ。見てるこっちにも信頼が伝わってくる」
「そうですか?」
「そうですよ。やっぱり彼にとっても特別なんですねぇ。イエローモンキーっていうバンドは。
前のときもそうだったんですけど、途中でときどき、『あれ?』っていう顔するんですよ。
気に入らないのか気になって聞いてみたら、『ここでこういう音がほしいな、って思って』って言わたのがね、それが詳しく聞くと、結局なんだかすごくイエローモンキーのメンバーを探してるみたいな結論で。
それが、今回は少しだけ雰囲気が違って。時々『あれ?』って顔はするんですよ。でもね、それでもエマさんがここにいて、やっぱりこう・・・音楽だけじゃないっていうのか、確かな友情っていうか、愛情みたいなのがね。いい効果だしてると思いますよ」

俺は曖昧に笑って、どちらともつかない反応でその場を濁した。

それは、よく馴れたメンバーがそこに居るからなのか、それとも俺を信頼しているからなのか。

どっちとも取れるけど、俺はむしろ、「やっぱりソロでも背負っちゃってることに変わりはないんだな」と思った。

でも、この人は吉井がソロになってからのスタッフだから知らないのかもしれないけれど、バンドのときだって、吉井は今ほどリラックスしてない。っていうか、もっと背負い込んでる感じが強い。
今のこういう吉井と、ウチらメンバーで演ったら、いいものができそうな気がするんだけどな。
・・・って、だからって今やってもずれた歯車が戻らない限り、そもそもリラックスなんかできないんだろうけど。

口には出さないけれど、いつかそういう日が来ればいいな、と思う。
苦しいのを乗り越えて、ベストな状態でまた「THE YELLOW MONKEY」として演れる日が来れば。

ふと、思いついた曲があって、家に帰るなりコードだけ録った。
ヒーセにテクニカルなベースを入れてもらって、英二にいつもより少し力を抜いたドラミングをしてもらったら、今の吉井にとても合う曲になるんじゃないかと考えて、夜中の部屋で、俺は一人笑みをこぼした。


暫く後、「いってきます。待っててね」というメールを寄越して、吉井はレコーディングの続きを録りに海を越えていった。
「いってらっしゃい。期待してるよ!」っていう俺の返事には、何の翳りも無かった。



このとき、俺はまだ信じてたのだ。
今のそれぞれの活動は、4人での未来に向かうための布石であり、俺たちは、まだまだずっと・・・

この先も、ずっと。

「THE YELLOW MONKEY」なのだと。










久しぶりに事務所から電話があったのは、とても暑い昼下がりのことだった。
「吉井がみんなで話したいと言っている」っていう、その伝達に、何かひっかかるものを感じた。

何のことだろう・・・?
重大なことなら、今だったら多分俺に話してると思うし、それが無いっていうことは、何か思いついたプロジェクトでもあるのかな。

そんなふうに軽く考えた。
一瞬だけとても不吉な予感があったけれど、それは根拠が無いものだから、と考えないようにした。




七夕の午後。
空梅雨というだけあって、既に真夏日が差すミーティング・ルームで、3年半振りに4人で会って、吉井から出た言葉は、ありえないと俺が抹殺していたものだった。


「解散したいと思う」



俺の頭は、真っ白な闇に沈んだ。



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