友達



「な…何言ってんだよ?解散?冗談じゃないよ!」

静かな部屋に、俺の喚く声だけが響く。

何でだ?
お前、ソロのときだって俺たちの音以外に、他のミュージシャンで欲しい音を探して見つけられなかったっていうじゃないか?
大事なバンドなんだろう?
なんでだよ?
この休止は、俺たちが4人で前に進むためのものじゃ無かったのか?

「いらなくなったってこと?それともソロのほうがいいってことかよ!」

吉井は、俯いて俺の罵詈を享受している。
その表情は、既に罵られることを覚悟していたのか、青ざめてはいても迷ってはいなかった。


違和感。


そう、ふと違和感を感じた。


「・・・・・・・・・?」


何故だ?
なんで、みんな何も言わない?
ヒーセも、英二も、何か既に知っていたことを聞いたような顔をしている?

二人は既に聞かされていたのか?
俺だけが何も知らずに?

でも、吉井の次の言葉が、そうでないことを俺に教えた。

「急にこんなこと・・・っていうか、結局こんなこと言い出してごめん」

深々と頭を下げた吉井に対して、ヒーセがやっと口を開いた。

「そんなこっちゃねぇかな、とは思ってたんだけどよ」

・・・・・・思ってたんだ・・・。

吉井は顔を上げて言った。

「あのさ、踏み出せてないような気がしてね。俺もだけど、みんなどっかでバンドに遠慮してるっていうか・・・前に進めてないっていうか。このままじゃ再開の見込みなんか立たないし、それじゃファンにもスタッフにも申し訳ないと思う。
このまま、イエローモンキーが中途半端な存在になっていくのに、俺は耐えられないんだ」

それは、確かにそうかもしれなかった。
そして、そう言わせるのは、誰より吉井こそがバンドを愛してるからだってことも。
けれど、俺には納得しかねるものがあった。

苦しいこと、ダメなとこ含めてさ、みっともない部分も、駄作も、何もかも栄養にしてさ。
それを超えるのが、バンドっていう独特のスタイルでしか起こせない奇跡なんじゃないのか?
たとえばセールスが落ちてしまったって、会場がちっちゃくなっちゃったって、そこで終わったらみっともないかもしれないけど、それでもまだ進むことはできるんじゃないのか?

バンドは順風満帆じゃなきゃいけないのか?
全員のコンディションが揃ってなきゃいけないのか?
違うだろ?


それらを捲くし立てたかった。
でも、それはできない。
なぜなら、空気は既に諦められている。

「長いことみんな一緒にやってきたじゃん。でもさ、結構曝け出してないとことかあってさ。
多分、俺に対する文句とかもいっぱいあったと思うんだ。でもそういうことも全部・・・・・・みんな大人だしね。言わなかった部分あると思う。

最後に、全部吐き出して、言いたいこと言ってさ。

リアルなロックバンドとして、終わらないか?」


――――――終わる。と、今、吉井は言ったんだ。

そう、解散するということは、

終わる、ということだ。


なんか、あんまり周囲がよく見えない。
焦点がぼやけてる。

ヒーセの声が遠い。

「俺は、さ。ホントいうと、もっかいやりたかったんだよね。ソロやっててよ、楽しいんだよ?キツイけどさ、でも楽しいんだけど、なんかね。やっぱり本音言うと『イエローモンキーやりてぇなぁ』って思うのよ。
けどさ、まぁ・・・ロビンがやれねぇっつうんなら・・・仕方ねぇよな。俺は受け入れるよ」

・・・・・・だから、なんで?
バンドのことって、吉井が決めるもんなのか?

助けを求めるように、英二を振り返る。

「俺もね、色々考えてたんだけど、なんか活動しようと思っても、やっぱりイエローモンキーがでかいからね、存在。どうも踏み切れなくてここまで来ちゃった気がする。
俺だって、4人でできたらいいなって思ってた。そう思ってこの3年叩いてきた。
でもみんなの意見が揃わないんなら仕方ないね」

お前まで、そんなこと言うの?
嫌だったら嫌だって喚けよ!なんでそんなに穏やかなんだよ、二人とも!

「・・・俺は・・・俺は、やだ。
納得できない。解散なんてやだ。嫌だよ」

俺は声が震えないようにするので精一杯だった。
誰かが、「エマ」って呼んだけど、止まらない。

「吉井の言うことなら納得すんの?なんで?俺は吉井が何ていったって嫌だもん」

本当は必死で言ったのに、俺の声は敢えて冷静に言った効果なのか、聞きようによってはいつもの我侭程度の軽口にも聞こえるものになった。

だから、なのか

「じゃあさぁ・・・俺が脱退ってことにしよう」

吉井はそんな意味不明なことを言い出す。しかも、声もなんだか笑みを含んだような冷静さ。

「あはは・・・何言ってんの。ダメだよ、オメェが脱退なんてありえねぇよ」

ヒーセもそんなふうに軽口みたいに言う。

もう、終わったことなのか?
もう、何を言っても無駄なのか?
俺以外は、もう納得してるって・・・そういうこと?

急に、堪らなくなった。
「ちょっとトイレ」と言い残して部屋を出た。



一人になって。

鏡の中の自分を見て、やっと。

「う・・・っ・・・くぅ・・・っ」

嗚咽があふれ出す。
そのまま、俺は洗面台の前にしゃがみこんで、ひとしきり泣いた。



音もなく静かな午後。

2004年7月7日。

永遠を――――あの日、永遠を信じたちいさな奇跡が



終わったんだ。今日。



どれくらいそうしていただろう?


いつまでもこうしていたら、みんなが変に思うって、やっと冷静になって立ち上がり、鏡に映った涙でぼろぼろの自分の顔の後ろに、見慣れた顔を見つけて吃驚した。

「吉井っ?」

振り返ると、吉井は黙ったまま俺を腕の中に抱き込んだ。

―――――・・・この腕に抱かれるのは、一体いつ以来のことなんだろう・・・。

そんな懐古と共に、このままこの胸に抱かれて、もういちど声を上げて泣きたい、という想いが込み上げてきたけれど、ふと我に返り、俺は吉井の胸を押し返した。

「・・・離せよ」

「嫌だ」

けれど吉井はますます強く抱きしめてくる。

「なんでだよ?もう要らないんだろう?
お前は完璧なイエローモンキーしか要らないんだ!ダメになった部分があったら、それをどうにかして利用しようとか、そういうふうには思わないんだろ?
・・・だったら、俺だってもう要らないだろう?
離せよっ・・・!」

「離さない」

「俺は、・・・吉井、俺、違うふうになれると思ってたよ!
今までのやり方でダメなら、それはそれで違うふうに進めば、充分まだまだやってけると思ってた!
だからお前やヒーセのソロだってすごくいいと思ってたよ。そうやって道を探るんだと思ってた。
・・・なのに・・・なんでだよ?
なんで解散なんていうの?
なんでみんな納得してんだよ?本当はやりたいとか言いながらさ。
俺はお前の意思に引きずられるなんてゴメンだよ!」

「うん・・・」

頷いて、喚く俺を、吉井はやっと力を緩めて、でも離すわけではなく、俺の顔を覗き込んだ。

「エマなら、そう言うと思った」

「・・・・・・・・・・」

吉井の表情が、さっきまでと打って変わって、あまりにも沈痛だから、俺はそれ以上喚けなくなった。

「でもね、ダメなんだよ。
エマだけが・・・俺と、エマだけがそう思ってても、イエローモンキーにはならないんだよ」

「・・・俺ら・・・だけ?」

聞き返すと、吉井はなんだかとても寂しそうに笑った。

「音楽と、人間と、腕と。それだけで繋がってられたら、幸せだろうね。
俺はこんなこと言い出しても、やっぱりみんなが好きだよ。かけがえのない人たちだと思ってる。
多分・・・それは、この先も変わらないよ。
でもね、それだけじゃダメなんだ。それだけじゃイエローモンキーにならないんだよ。
俺は、みんなにもっとハングリーになってほしい。みんなで成長したい。
バンドはバンド、俺は俺ってガンガン進んで、角つき合わせて、滅茶苦茶罵って、理解できない、納得できないって喚きあって、そういう関係でいたかった。
・・・昔、エマが俺に『ヘタクソ』って言ったみたいにね。
でも、このままじゃいつまで経ってもそうはならない。全員が枷を外して進むためには、一回ケジメをつけなきゃどうしようもないとこまで来ちゃったと思う。
俺は、ヒーセにもアニーにもそうなって欲しいんだ。・・・そう、エマみたいに」

「・・・・・・・・・・」

「罵られなきゃ、不足が見えない。自分の中の葛藤だけでは成長できない。
イエローモンキーは俺が作ったけど、俺だけのバンドじゃないんだ。・・・でも、実際のとこ、どう?」


実際のとこ。

それは、俺がこの前感じた、吉井の孤独と背負ってしまったものの重さを意味していると思った。
そして、こんな決断のときにさえ、誰も吉井を責めようとしない。
それは一見優しさにも見えるけれど、それさえも受け入れられた人間は、どうだろう?


吉井は、誰かと対等に共同作業で進むには、嫌な言い方だけど、才能がありすぎた。
持って生まれたカリスマ性が、踏み込む他者を躊躇わせる。
なのに、独裁者になりきるには、この男は弱すぎるのだ。

けれど、吉井にはわからない。どうしてみんなが吉井に対して遠慮するのか。
それは自分のカリスマを過小評価する、こいつの謙虚さであると同時に、他者から見れば傲慢だ。
でも吉井は嫌味な卑下で理解しないのではなく、本当に判らないんだ。
そして、みんなも吉井の苦悩を感じ取ってはいても、何故こんなに苦しむのか判らないだろう。
みんなが吉井を信頼してる。
けれど、 信頼と依存は紙一重。
依存は最初に庇護者を蝕み、次に保護者を崩す。

吉井の中の深い絶望が、勝手な憶測を超えて、やっと俺の胸のうちに浸透してきた。



でも、まだそう簡単に許せそうには無かった。
それだけで癒されたり肯定したりできかねるほど、イエローモンキーは、俺にとって手足であり、血肉だったから。


でも、もう言っても無駄なんだってことだけは、流石に俺にも判った。









「だからさ、これは解散っていう名前の活動なんだよ」

みんなの待つミーティングルームに戻ってから、吉井は俺に言ったみたいなあからさまな言葉は避けて、気持ちを吐露し、そう結んだ。

明日もあさっても、またこうやって会うような顔で、みんなで話してる。
でも、もうこれが最後なんだ。
このあと、ファンに向けてメッセージとか公表して、解散が公になって、そしてそれを最後に4人の名前が並ぶことは無くなる。

でも、俺の目に、もう涙は無かった。
みんなを傷つけて混乱させて、今無理を通しても、何の解決にもならないことは判ってたし、お互いにお互いを思ってることは嫌ってほど判るから、誰の所為にもできない。

吉井の気持ちも判る。
ヒーセの気持ちも判る。
英二の気持ちも判る。

そして・・・多分、今、本当に全員の気持ちを正確に自分の気持ちとリンクさせて同調できるのは、きっと俺だけなんだろうってことが、抱えてる問題の根本なんだと思う。

抱える苦しみと、抱えられる苦しみと。





最後にみんなで握手して、あっけなく俺たちは終わった。

帰り際、吉井が俺に「話がある」って言ったけど、今は何を聞いても受け止められないと思って断った。



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