友達



「兄貴、大丈夫?」

なんだか変な気分だった。
事務所を出て、駐車場まで歩く道程の、そこを辿る気分は以前と別に変わらない。
休止してからの3年半で、何度かここを歩いた時の気持ちではなく、どちらかというと、もっと昔の・・・俺たち4人が、どこまでも走っていけると信じていた頃の気分と。
けれど、やっぱりこれは現実で、この半身をもぎ取られたような空虚感は夢じゃないんだ・・・。

「大丈夫・・・かな」

いつものように隣を歩く英二を少し見上げて笑う。
変なの。
解散って言っても、少なくとも4人が完全にバラバラになることはできない。
だってこいつと俺はこの先もずっと血の繋がった兄弟で、家族であることに変わりは無いから。

「あのさ、兄貴」
「ん?」
「今日、実家帰ろうか」
「え?」

英二は少しだけ黙った。
そして俺をまっすぐ見つめた。

「ずっと気になってたことがあるんだ。ずっと聞いてみたかったけど、ここまで黙ってきたこと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?」


英二が続けた言葉は、俺がまったく予想していなかったものだった。





「ロビンと兄貴って、もっと何かあったんじゃないの?」






ざあっ・・・と、風が渡った。
夏の木漏れ日がやたらと目に痛い。


「教えてほしいんだ。俺やヒーセがずっと知らないままにしてきたこと。本当はヒーセには黙ってろって言われてた。でも、納得できないまんまじゃ、俺、ずっとここで止まっちゃうんだよ。きちんと納得したいんだ」

「何のこと・・・?」

「はぐらかさないでよ。吉井と兄貴は・・・」

意を決したように、英二の目が俺を見つめる。

「兄貴は、吉井とメンバーっていう以上に結びついてたんじゃないの?
・・・はっきり言うね。・・・もしかして、恋愛してたんじゃないのか?」



―――――――・・・!



英二も、ヒーセも。
まさか、気付いていたのか?
俺たちが抱えていた、このどうしようも無い想いに気付いていたんだろうか?

・・・更には。
恐ろしいことだけれど、それが余計に二人を遠慮させる要因になっていたり・・・してはいない、か?


恐る恐る、英二を見上げる。
でも、英二は別に俺を責めるような顔はしていなかった。
むしろそこには、心配そうな、慈愛めいた表情があって、俺はふと、「話してしまおうか」と思いついた。

どうせもうこのまま4人で走ることができないなら。
隠し通して、あの夏、無かったことにしてしまった恋を。
活動や解散に直結していなかったとは、どうしても思い切れない、こいつの知らない要因を。

それらを隠したままで、イエローモンキーをこのまま終わらせてしまうのは、あまりにも無責任な気がした。
俺ら4人でメンバーで。
俺と吉井の恋も、それはまぎれもなくイエローモンキーで。
だったら、確かにこいつにも知っておく権利があるんじゃないかと思った。

きっと、今しか言えないから。
俺だけで抱えていくには・・・吉井と二人だけで抱えていくには、少し重すぎた秘密。
それは、今まで曝け出さなかった後悔なのかもしれない。


「酒でも買って帰ろっか」

俺は決心して、すこし笑って顔を上げた。








ひょっこり帰った俺と英二を見て、お母さんは嬉しそうに夕食を振舞ってくれた。
「バンドさ、解散したから」
言いにくかったそのことを英二の口から聞かされて、「そう」と言ったきり、もうそのことには触れようとしない両親に、少し感謝した。


「親に苦労かけっぱなしだよね、俺らって」

二人になった俺の部屋で、英二が苦笑する。
まったくだ。
大学まで出してもらって、好きな音楽で食ってくって言いながら、前んときもダメになって、苦労かけてさ。
今度なんか売れただけに余計ダメージも大きいだろうな。

暫く黙って呑んでたけど、
「ロビンと・・・、ってもしかしてさ」
と、いいにくそうに、英二が口火を切った。

「本当に、その・・・」

久しぶりの酒をグラスの中で回しながら、俺は苦笑した。

「うん」

俺の肯定に英二がはっと息を呑んだ。
無理もない。断言したのは、これが初めて。
薄々勘付いてはいたらしいけど。

「いつから?」
「いつって・・・もう、ずっと前から。ずっとずっと・・・永い間」

俺は少しずつ話し始めた。




俺と吉井の恋は、メンバーさえも知らない、もうひとつのTHE YELLOW MOKEYの歴史だったとも言えた。










きっかけが何だったのかなんて、もうよく判らない。
初めて渡した曲に、吉井が『This is for you』なんてタイトルをつけて、意味深な歌詞を書いた時には、既にお互いに何かしら意識していたように思う。
そんな感情が根底にあったから、ステージで絡むなんてこと、面白がって始めたんだ。

でも、あれがいけなかったんだな。

ステージ上ってさ、他の場所と違うじゃない。
テンションも異常に高いし、曲やってるだけでも、ものすごい一体感あるじゃん、メンバーに対して。
それにあんなふうに特定の一人と絡んだりしたら、もう温度はまるっきりSEXと一緒。
ほら、俺も吉井も結構その気になりやすいタイプだしね、いつの間にか本気になっても不思議じゃないでしょ。
自分たちの弄した策に、自分たちで嵌っちゃったの。

初めて寝たのは、だから本当に昔なんだよ。
落ち込んでる吉井を慰めてるうちに、いつの間にかそういう雰囲気になっちゃって。
でも別に罪悪感も後悔も無かったな。これも手段の一つだ、くらいに思ってたし。

・・・ううん、本当に正直に言うなら、「本気で好きにだけは、絶対なっちゃいけない」って、それだけは思ってた。
吉井がどう思ってたかは知らないけど、俺はね。けど、そう考えてる時点で手遅れな気も、今となってはするけど。だからこれは遊びだってずっと自分に言い聞かせてた。
吉井は俺を抱きながら愛してるって何回も言ってたけど、俺に対してそれ以上のことは求めなかったよ。
独占欲とかさ、そういうの?見せたことなかった。
それもお互い様でね、俺も。
だって遊びだから。
これはちょっと特殊な友情の延長だってね。
知らなかったでしょ?

隠してたしね、みんなにも。
秘密の共有って特別感が好きだったんだ。

でもさ、そんな始め方したもんだから、結局肝心の時には俺たちの関係って、脆くて。
吉井が子供作って結婚した時に、俺たち、別れたんだよ。

あのときは全然平気だった。
っていうか、ホントいうと、むしろちょっとほっとしてたくらい。
だってさ、いくら罪悪感ないとはいえ、アンモラルでしょ?だから。

・・・って、それも建前だって、判る?

そ。
建前なんだ。

これをきっかけに寝なくなったら、もう吉井のこと好きになったりしないだろうって思ってたんだよね。

ふふ。そう。
好きだったんだよ。その時点で、俺。
でも別れたこと自体は平気だった。
仕方ないじゃんって思ってたし。

けどさ・・・馬鹿なの。本当に。
そうやって別れたはずなのに、やっぱりお互いに思い切れてないとこがあって、結局ちょっとしたきっかけで、また再燃。今度はそのままずるずる続けちゃったんだよね。
そのあとのストレスって・・・そりゃ、すごかったよ。

なまじっか一回別れて、自分の気持ちを自覚したりしたから、嫉妬とかも出てくる。
傷つけあって、しょっちゅう喧嘩して。
そのうち、本当に疲れて。

身体まで壊して。

もう一度、ちゃんと別れた。
今度は本気で。
それが、休止の直前だよ。

馬鹿みたいでしょ。会ってから、俺たち結局ずっと恋愛してたの。
ごめんね、隠してて。
多分、続けられなくなったのも、それと無関係ではないんだよ。もっと他人でいるべきだったんだ。
他人でいれば出来たはずのフォローもできなくなって、吉井のこと苦しめた。メンバーとして。

あいつ、それでもまだ俺のこと愛してるって言うんだ。
俺、正直迷ってる。
今日、また余計に混乱したよ。自分でどうしたらいいのか。






ぽつぽつと、結局全部話してしまった俺を、英二は吃驚した表情を隠さずに、それでもずっと見守ってくれてた。

「呆れた?」

話し終わって、ちょっと反応が気になって覗き込むと、何と英二は泣いていた。

「英二?」
「ばっか・・・だよね・・・。二人とも。話してくれたら良かったんだ。なんで二人で抱え込むんだよ」
「・・・え?」
「兄貴ってなんでも苦しいこと、自分で背負い込むんだ」
「俺?」
「そうだよ。俺らさ、兄弟で、バンドメンバーでさ。すごい近いとこに居るはずなのに、いつも兄貴は自分で背負うんだ。ロビンもそうだよね。二人とも、そういうとこよく似てる」

ふと、苦笑が漏れた。
背負い込んで身動きできなくなってるのは、いつも吉井だと思ってた。
でも人から見れば、俺もそうなんだ。

「どうすんの、これから」

「・・・吉井とのこと?」

「それはそうだけど、仕事も。兄貴、吉井のソロで弾いてんでしょ?」

「・・・うん」

「恋愛も、またするの?」

「・・・・・・・・・・・・」

そんなことは、一足飛びに判らない。
好きだという自覚はあるけど、そんな簡単なもんじゃない。

黙ってしまった俺に、英二は声を上げて泣き笑いした。

「ったく、これからは話してよ?」

「え?」

「解散しちゃって、メンバーではなくなったけどさ、兄弟じゃん。しかも、解散ったってみんな仲悪くなったわけじゃないんだし、俺だってヒーセだって、いつでも力になるよ」

「英二・・・」

「だって俺ら、兄弟であると同時に、友達じゃん!ロビンにもそう言っといてよ」

なんか、無性切なくなった。
二人でそのまま朝まで飲んで、自分たちの曲をかけて聞いた。
今は悲しいけれど、いつかまたこれをやりたくてたまらなくなったら、曲恋しさに再結成とかならないかなって、少し笑い合うこともできた。



朝になって、英二自宅に帰って行って、俺はいよいよ考え込んだ。
実は、昨日解散が決まった直後、本当にもう吉井のソロとかどうでもいいとか思ってしまった。
だからなんだか後ろめたさと、もやもやした怒りで、帰り際の吉井の誘いを断ったのが本当。


英二には話せたけれど、自分の中での結論はまだ出ない。

まるで吉井から、ソロに誘われる前に戻ったかのように、俺の気持ちは深い闇に沈んでいった。



end



45.残ったものに続く

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