キズナ



台風が近づいている所為で、夕方になるにつれ強くなっていく風の中、見慣れた車の脇に立っていた。
まだそんなに遅い時間ではないのに、早々と日が翳り始めてる。

―――秋が近いんだな、もう。

泣いてばかりいるうちに、今年の夏は終わってしまった。

新しい季節。
おセンチ野郎のあいつに似合う季節が、すぐこそまで来てる。

・・・・どうしようか。

強くなってく風。
雲が早い。
雨になるかもしれない。

ずっとここで待つ?

でも、何時になるかわからない。

車があるということは、スタジオにいることは確実なんだ、――――吉井。


ぎゅっと掌を握り締めて、靴の先で軽くタイヤを蹴った。


――――・・・・行ってみる?



そう、俺は吉井の仕事場に来ている。
あれから結局電話に出そびれたままの、急な行動。だって人が電話を取る気になった途端、風呂に入ってるときとか、眠ってるときとか、そういう出れないときにばっかりかけてくるんだもん、あいつ。
だからって、いくらなんでも連絡もなしに押しかけたら迷惑かもしれないけど。

でも、・・・・・・・・・・・・・会いたい。


きちんと話そうと思ったら、なんだか凄く会いたくなった。
でも「会いたい」とは言い出せなくて、なんか急に来てしまった。

怒るかな。
それとも、喜ぶかな。


一応、俺だってサポートメンバーだし、陣中見舞いに来てもおかしくはないはず。
その口実のために、差し入れなんかは用意してみたりしている。
前に吉井がラジオかなんかで「チョコに凝ってる」って言ってたらしいから、沢山買ってきたチョコレート。・・・これはヒーセからの情報。
変なの。
今まで、こんなことを吉井がすることはあっても、俺がすることなんか無かったのに。

「よし」

小声で気合を入れて、俺は意を決してスタジオに入って行った。










正直に言えば。

本当に、思い上がりでもなんでもなく、本音の部分で吉井が俺に弱いことを知っている身の上としては。

スタジオにいきなり押しかけたりしたら、人目も構わず抱きついてくるくらいのことはするかな、と予感はしていた。

けど。

「こんにちはー・・・」

遠慮がちに入っていったとき、吉井はスタッフと、ああでもないこうでもないと真剣に討論している真っ最中だったのに。



抱えてた沢山の紙束。
左手に挟んでたボールペン。
その状況でも離さない、まだ火をつける前の煙草。



吉井の両手をふさいでいた全てのものが、彼の手から一気にばさりと落ちて。

俺の顔を見て驚愕に見開いた目。
眉間の皺が一瞬消えて、すぐに更に深く寄せられ、目尻が苦しそうに歪んで。


その直後、駆けてきて、俺を力いっぱい抱きしめると、呆気に取られてるスタッフたちを気にすることもなく

「・・・エマ・・・ぁ・・・」

引き絞ったような変な声で俺を呼んで、
そのまま声を殺して泣き出した。


「よ・・・吉井?」


流石にここまでは予想してなかった。





慌てて吉井を引っ張って、スタジオの外に出る。
ひと気の無い場所まで連れてきても、吉井はまだ俺にしがみついたまま、驚くほど感情を昂ぶらせて泣きじゃくった。
不意の来訪は、吉井にとって思いもかけないほどの衝撃だったのかもしれない。何か張り詰めていたものが緩んで、堰を切ったような、そんな泣き方に見えた。

「ちょっと吉井、な、泣かないでよ」

「だって・・・電話、一回もでてくんないし、もう、絶対怒ってると・・・思って・・・」

そんなふうに、子供みたいに泣く吉井は、本当に・・・本当に何年ぶりかっていうほど久し振りで。

「俺、怒ってないよ」

「嘘だ!俺っ・・・、とんでもないことしたと思って・・・。後悔とか、そんなのはしてないけど、ただ、とんでもないことしちゃったって思って・・・」

「うん」

「お・・・俺が、じぶー―-自分で言い出したことなのに、このへんが・・・胸の、このへんが、なんか、壊れたみたに・・・」

「うん」

「俺がこんなん・・・じゃ、みんなに申し訳なく・・・て」

「判ってるよ」

「助けてくれって何回も言いそうになって、でもそれはしちゃいけなくて」

「うん」

「・・・エマに、助けてって、本当は、何回も・・・」

「判ってるよ、吉井。・・・・うん。判ってる。――――よく、頑張ったね」

俺もだよ。
俺もそうだった。
だから一人でいた。


解散して、ひとりぼっちになるっていうのは、そういうこと。
それと向き合わないといけなかったんだよ、俺たち。多分ね。

寂しいと、辛い、と。
嫌だと喚いて、どうにもならないことを知っていながら足掻いて。
きっとこの先も、この孤独は消えることはなかなか無いだろう。
たとえばいつか、またもう一度誰かとバンドを組んだとしても、あの輝かしい日々を共にした4人の絆に勝る存在になるのは、到底難しいこと。
だからといって、他のことで埋められる空虚では有り得ない。
それはこの先、もしも俺と吉井がずっと共にいたとしても、ふたりぶん空いた穴は、いつもどこか俺たちを不安にさせるだろう。

そして今は、まだきっとその最初の段階。

ぎゅっと吉井を抱き返すと、とっくに濡れた俺の肩に、また熱い涙が滴った。



同じなんだ。
あの唯一無二の絆を終わらせた吉井も、同じように寂しく、辛く思ってる。
とっくにある程度の地位も権力も金も手に入れた筈の、大の男が、子供みたいに泣きじゃくるほどに。

判ってたと思ってたけど、それ以上。

吉井は本当に、心からTHE YELLOW MONKEYを愛してる。今も。

それが、吉井の涙と一緒に、俺の中に深く沁み込んでくる。

充分。
それだけで充分なんだ。

本音を言えば、またいつか4人で同じステージに立ちたいっていう、口に出せない俺の夢。
もしも永遠にそんな夢が叶うことはなかったとしても、吉井がこうしてTHE YELLOW MONKEYを大事に思っていること。
それが判っただけで、俺はもう充分。


距離や環境が離れてしまうのは、確かに心を離す材料になるけれど。
今、それを危惧したところで、そんなものは何の意味も持たない。
未来のために現在の自分の心を偽ったり殺したりするのは、もうやめよう。

殺した心の先に、何の希望がある?
諦めた先に叶う夢なんかない。


だからもう、偽らない。
吉井が今現在、こうやって絆を愛しむ心、それが今の真実だから、俺はその想いを素直に信じればいい。

俺が、こいつに対して『したい』と思うことをすればいい。

それが、今のふたりぶんの真実。
それが全て。過去も未来もありはしない。

ふたりぶんの、現在。


いつまでもしがみついてる吉井を、顔を上げさせるように促した。

「あーあ・・・。ぐちゃぐちゃじゃん、泣きすぎだよ。男前が台無しだよ」

指先で、涙を拭ってやる。

「とっくに覚悟してた筈なんだけどね、こんなことは」

拗ねたみたいに吉井はそう言って俯く。

「解散する前、凄い苦しかった筈なのに、今になってさ・・・みんなでくだらないこと言い合って笑ってたこととかやたら思い出すの。
腹立ったり怒ったりもしてたのに、思い出すといつもみんな笑ってるとこなんだよ」

「うん――――俺もだよ。そんでまた『吉井の馬鹿』とか思ってた」

言ってやると、吉井が喉の奥で自嘲めいた笑いを鳴らす。

「けどさ、だからってそれは、吉井を責める気持ちじゃないんだ。そりゃ、最初はそんなとこもあったけど、もうそれは無いんだよ」

「ん・・・」

「お前も苦しんでるだろうなぁって思ってからはね。馬鹿だねぇ、あいつはって。そんな感じ」

「エマ・・・」

「今こうして弱音吐いてても、とっくに覚悟は決めてんでしょ?」

「・・・・・・・・・うん・・・」

「そういう吉井だから―――。
うん。その馬鹿にね、すごく会いたくなって」

「・・・・・・・・・」

「だから来ちゃった。はは、来ちゃったって変か。あはは」

「・・・エマ・・・・・・・・・エマ・・・っ・・・」


吉井の目が、また潤んで。
それが零れそうになったのを見て、なんだかたまらなくなって。

―――――いいじゃん、もう。俺も馬鹿でもさ。

なんて、そんなこと冷静に本当に考えたかどうか判らないけれど。


吉井の肩に手を置いて、ちょっとだけ背伸びをして、俯いたままの吉井の目元の零れそうな涙を、唇で受け止めた。

その仕草に、熱を帯びたキスを返されたのは、ほんの一瞬あとのこと。


吉井と抱き合って、キスして。
なんだかそれは、バラバラになってた欠片のひとつが、ぴったりと重なったように思えた。



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