キズナ |
見違えるほど元気になった吉井をスタジオに急き立てて、俺も夜遅くまでその仕事を見守った。 ときどき吉井は 「ねぇ、エマだったらここどうする?」 とかって俺に意見を求めてくる。 俺は 「んー、そうだなぁ・・・俺だったらねぇ・・・」 と、一応意見を述べておいて、 「そか。それもいいなぁ」 って同調する吉井に、 「でもコレは俺のアイデアだから盗まないでね。自分で考えろ」 と、突き放し。 「ああっ!冷たいなぁ・・・どうしよう。悩む〜」 と頭を抱えた吉井に、 「じゃあ売ってやるよ。いくらで買う?俺のアイデア」 なんて冗談を返す。 そうすると、 「くそぉ!悔しい。いいよ。自分でやるからっ!」 ってムキになるから面白くて仕方ない。 休憩時間に俺の持ってきたチョコをつまみながら、スタッフがこそっと 「二人でユニット組めばいいのに。惜しいですよ、すごくいいのに」 と話しかけてきた。 吉井は一瞬はっとした表情を見せて、探るように俺を見つめた。 うーん・・・やっぱりコイツ、そういうことも考えてやがったか。 でも俺は、それに対してはっきりした返事を返す。 「それはね、今はしないですよ。俺も考えてることあるし」 吉井は少し落胆したみたいな顔をしたけど、すぐにまた笑った。 スタジオを出たのは、もう明け方。 だんだん日が昇るのが遅くなってて、4時半なんてまだ真っ暗。真夜中と変わらない。 「エマぁ、どっかいこ?」 自分の車に向かいかけた俺を、吉井は甘えるように追いかけてきた。 「どっかって・・・お前、また昼過ぎから仕事なんじゃないの?休まないと死ぬよ?」 「死なないよ。だってエマと一緒にいたいんだもん」 「今日はダメ。俺も眠い」 「じゃあ、明日!」 「だからお前仕事でしょ」 「じゃあ、―――――・・・来年」 「は?」 らいねん? 随分遠い未来だな。 「なに、来年って」 笑った俺の腕を、吉井が掴んだ。 瞳の色が真剣。 少しの予感が、俺の脳裏をよぎる。 「来年、ツアーやるんだ。一緒に行こう、エマ」 「・・・・またその話。もしかして、あのとき事務所出たあと言いかけてたのもそれだった訳?」 「聞いてよ。今度はもう嫌とは言わせない。エマを連れて行きたい、俺」 「吉井・・・・・・」 だけど、でもそれは。 それは、吉井のソロにとって―――――・・・ ソロにとって。 ―――――・・・なんだ? マイナスか? ―――――・・・どうだろう。 吉井がバンドから俺だけを引き抜いたみたいに・・・。 ―――――って、バンドはもう解散してしまった。 いや、そんなことはどうでもいい。 俺は? 俺はどうしたい? 偽らない本音は? 素直になった、俺の気持ちは? 「・・・・すごい、苦労すると思うよ」 小さな声での囁きも、充分吉井に聞こえる静寂と、俺たちの距離。 「そうだね」 「ファンに非難されると思うよ、特に吉井が」 「そう思う」 「YOSHII-LOVINSONのファンだって人も怒るかもしれないよ」 「・・・うん」 「まして、イエローモンキーのファンは凄く複雑だろうね」 「覚悟してる」 「あること無いこと言われるかもしれない。お前、また凹むよ。後悔するかもしれないよ」 「うん――――・・・あのさ」 吉井はそこで、すこし笑った。 大人びた冷静さと、無邪気な子供の表情があいまった、複雑な笑顔だった。 「色々、苦労すると思うんだ。何しても多分、非難とかつきまとうと思う。 エマと一緒にやりたい、はいやりましょうですんなりいく話だとは思ってない。 でもさ、それでもやりたいと思う。 これから、多分デビューしたとき以上に苦労すると思う。特に来年のツアーはね、興行的にもメンタル面でも、相当苦労するだろうね。 ・・・そういう苦労をさ、エマと一緒にしたいんだ」 「・・・・・・・・・・・」 「エマを連れてって、一緒に苦汁を舐めたいんだ。それが余計苦労を背負い込むことになっても」 昔感じた憧憬は、もっと輝かしく、未来は光に満ちていた。 今、同じように語る未来は、今朝の空のように厚い雲に覆われていて、そこから一条差し込む光を、必死になって探してる。 吉井は俺とその光を探したいと言う。 決めるのは、俺。 俺は、どうしたい? 「・・・・俺さ」 「うん」 「俺、吉井とユニット組もうとは、今も思わないよ」 「・・・・・・・そっか」 「お互い、いい刺激になろうよ。 背負い込んで縛り付けて、自由に表現するのを制約しないでおこうよ。 ダメだと思ったら、また離れよう。それを形にしてしまって、縛られないでいようよ。 今はまだ、俺もお前も模索の段階だよ。 これは逃げてるんじゃないんだ。もしかしたら、いつかお前に、自分から一緒にやろうって言うこともあるかもしれない。でも、今はまだ俺はまだ色んな可能性を模索したいんだ。自分のね」 「・・・・・・・・・」 「それでも、いい?」 「え?」 「それでも、一緒に連れてってくれる?」 強い風が、二人の間を渡る。 いよいよ台風が接近しているのかもしれない。 「エマ・・・」 「一緒に、・・・うん。行くよ」 「エマ・・・・・・・・・っ!」 吉井が俺を抱きしめたのと同時に、最初の雨がアスファルトに黒い染みを作った。 |
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