サクラ


間違いなく、こんな場所に居るはずがないのに、結構頻繁にあの気配を感じる。
ここは彼が暮らしている街じゃないというのに、はっとして振り返る、それが既に日常。

勿論そこに姿はない。
雑踏には知らない顔が溢れるばかり。
当たり前だ。あの人のいる場所じゃない。
・・・いや、もしここがあの人の居るべき場所だったとしても、彼は俺の前には現れないだろう。
ましてや、こんな暖かい気配で俺を包んでくれることは、もう二度とないだろう。

あの夏。
もう遠い昔みたいに思えてしまうけれど、僅か数ヶ月前のこと。
最後の絆を切った俺を、あの人はありったけの憎しみを込めた瞳でなじった。
それでも、多分、残った理性で、流石に口にしなかった言葉があったけど、それは言われなくても俺の心臓にビンビン響いてた。
『裏切り者!』
『それじゃなんのために俺たち、別れたんだよ?』
きっと、彼はそう言いたかったんだろう。言わないでくれたのは、彼の優しさなのかもしれない。

あのあと、こんなふうに気配を感じて振り返り、一瞬見た白昼夢の中の彼は、俺を切り刻みそうな視線で睨みつけてる面影だった。―――最後に見た表情。

時間が経つにつれて、だんだんそれが変わってくる。
冬に差し掛かる頃には、苦しい恋が翳り、傷つけあった頃の、泣いてばかりいる彼の顔に苦しんだ。
だから――-そんなことしたくはなかったけど、別れないとあなたがもう壊れそうだったんだ。そして、あなたを壊してしまったら、俺は二度と歌えないし、大事なものも同時に壊れてしまう。
だから、別れた。お互い納得してたはずだったのに、あんたってば俺に対する嫌がらせみたいに、髭なんか生やしちゃったりしてさ。でも、あれはあなたのバリアだった。俺たちの恋が、まだ歪んでしまう前に、甘えてあなたに言った、「髭なんか生やさないでよ?」っていう冗談を踏まえて、もう俺のじゃないんだよって言いたかったんでしょ?
明るく振舞ってても無理してたね。

真冬の寝覚めによく感じた気配は、病床に伏していた頃の苦しそうな顔だった。
本当に、別れを決意した、最大の理由。
あれは夏のことだったのに、どうしてか俺には冬のことのように思えてしまう。


そして。

一片、桜が舞い散るこの季節。
俺たちの大事なものを、ある意味象徴していたこの季節。

振り返り、一瞬浮かんだあなたの表情は、まだ一緒に次の夢を見ていた頃の曇りの無い―――笑顔。

ああ・・・。
あなたは俺にとって、桜の花だったのかもしれない。
満開に咲き誇り、華やかに心を満たして―――-そして、散りゆく様はあまりに切ない。
散らしたくないからあなたを腕の中に閉じ込めて、そして色褪せて枯れてしまうのが怖くて、逃げてしまった。

淡いけれども強い花。
強いけれども風に舞う花。

何度散っても次の春にはまた咲き誇る。
けれど、俺たちにもう春は―――春は・・・・・・・・・・。


一瞬で消えていく白昼夢の笑顔を追いかけて、俺はまた目を閉じる。

あなたはもう二度と許してくれないかもしれないけれど。

もう信じてはくれないだろうけれど。

今も、この胸の内で――――――愛してるよ、エマ・・・・。


唇に上らせることを禁じて久しい名前が、桜と共に風に舞った。





end


来年の春の吉井。(未来かよ!) そうそう。予知夢です。そして梅雨の頃にエマに電話するの(それが36.電話・・・か!?)そして何年か再口説きして再結成よ(切望・・・ってか願望。つーより妄想・笑)
 なんと、吉井ちゃんは来年にはエマに対しては自虐的ポエマーになっていた。。。。なんてな。
そして、意味も無くエマの髭に理由をつけてみまちた。

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