本日は晴天ナリ



枕に2・3本、金色の髪が落ちていた。
そんなものを見つけても心が波打つ訳でもなく、両目は洞穴みたいに物体を捉えるだけで、涙も出てきやしない。

――――・・・失恋って・・・こんなだったっけ?

例えば、泣いたり喚いたり。
酒に溺れて我を失ったり。
壁でも殴って血を流してみたり。
少しばかりロマンチックにいくなら、シャワーに打たれながら、失くした体温に思いを馳せたり。

そういうんじゃなかったっけ?

なのに俺ときたら、昨日「別れよう」って言われたときも、「あ、今日か」って思ったくらいで、
「うん」
って、まるで夕食のメニューに対する返事みたいにあっさり答えてさ。
挙句に、その後に迫ってる本番に差し支えないように、別れたばっかの男の心配までして。

昨夜は昨夜で普通にぐっすり寝た。

朝、喉が渇いて目が醒めて、キッチンに水を汲みに行った。
二つ並んだグラスを見て、自分が今いるのが実家じゃないことに気付いた。
吉井と長い時間を過ごした部屋だけど。
ここんとこずっと、ここにいる間は一人だったから昨夜は気付かなかった。

ここに、もう来る必要がないことに気付いて、今夜は実家に帰ろうと思った。

多分、吉井も暫くは来ないだろうから、ゴミは捨てておかなければいけない。
ゴミ袋を片手にリビングに移動して、ふと左手に軽い感触を感じて見遣れば、指に、やめたばかりの煙草を挟んでいた。

これはもう必要ない。
苦笑して箱ごと捨てる。
ついでに灰皿も捨てた。
リビングのゴミを放り込んで、ベッドルームへ。
ベッドルームのゴミ箱には、既にいつのものか思い出せない、コンドームの空袋が一枚貼り付いていた。
それで思い出して、サイドテーブルの引き出しから、自分が買ったわけではない、使いかけの箱も捨てる。
これももう必要ない。

たいした作業をしたわけでもないのに、何故か疲れた。
ゴミ袋を床に下ろして、ベッドに斜めに寝転んで・・・枕に落ちてる金色の髪を発見したんだ。

波打たない心。
泣かない俺。

嫌いになったわけじゃない。
吉井に嫌われたとも思わない。
二度と会えないわけでもない。
それどころか、嫌でもまた明日には会わなければいけないんだけど・・・
更にそれも、嫌ですらない。

あれはもう、何年前?
ライブのMCで「新居を捜してます」とか言ってた頃。
まさか本当に捜してるとは思わないだろうね、なんて言いながらこの部屋を借りて、運ばれてきた広いダブルベッドに、大笑いしたっけ。
ベッドだけは自分が注文するんだと、きかなかった吉井も笑ってて。
2人して倒れこんだベッドで、キスするだけでも、火がついたように興奮した。

それが、今はもう波打たない心。

別れた理由は単純なものじゃなくて、さまざま事情を孕んでいたけれど、こうも平静な自分の心を考え合わせてみると、もうとっくに俺たちは冷めていたのかもしれない、とも思う。


大きすぎる布団を抱えて、ベランダに出た。
いっぱいに広げて干して、嫌になるくらいの澄んだ青空を見上げる。

本日は晴天ナリ。
今まで2人が流した涙も、もう降らない。

ベッドルームに置いたままのゴミ袋から、吉井の髪がついた枕が覗いてる。

本日は晴天ナリ。
痛いほどの青空。

深呼吸の直後、俺は何故かその場に蹲って――――・・・長いこと、膝を抱え続けた。



end



82.メイクの続き。
今、本家があまりにもラブラブだから、最近アップしたSSはドキュメンタリーみたいになってるので、「よし、ここは一発完全なフィクションを書こう!」と思って、最も現実と遠い話を模索したら、失恋話だった(笑)
『メイク』は別に続けるつもりじゃなかったんだけど、なんかあのときのエマっていう描写もしたくなって。
・・・でもなー、これ、また無意識に続けたら、「最近になって復縁した」っていう話になっちゃって、いつものお約束パターンになるんだろうなー。
一応解説しておくと、別にエマは本当に冷めたんじゃなくて、自分でも気付かないほどのショックのあまり、思考停止してるんですね。・・・って、解説しなきゃいけないような自分の筆力のなさが嫌だ(笑)

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