メイク



二人とも、穏やかに笑ってる。
全然、いつもと同じでさ。俺もエマも、冗談なんかも言いながら。

だけど、ほんの30分前のことなんだよ。
でも、それすらも彼方の記憶って感じで、モヤがかかってて。
明日になったら、この現実さえも忘れてしまいそうだね。

だけど・・・ほんの30分前のことなんだよ。
「別れよう」って言い出した俺に、あんたが「うん」って頷いたのは。

あっさりしてたね。
嘘みたいにね。
こんなに永いことつきあってたのに、別れ話は1分足らず。
覚えてる?
告白したときは、「あいしてる」の5文字を言い終わるまでに30分もかかったの。
「あ」から「る」までが、だもんね。
あれが、俺の人生で一番長い単語だったな。
きっともう、この先も。
あんなに長い5文字を口することは無いだろう。

ねぇ、エマ。

みんなが来る前に、全部終わらせなきゃいけないって、あんたにだけ早い集合時間を伝えた俺に、何か感じるところがあったのかな。
ぼんやりしてるようでも、勘が鋭い男だからね。
それとも。
あんたも考えてたことなのかな。
だって、微塵も動揺しなかったね。
聞き慣れた曲の、次の歌詞を耳にしたように。
ほら。
今も、「おはよう」ってみんなに言ってる声は、いつもと一緒。
だから俺も、いつもと同じように笑って。

笑って。

だけど・・・変だね。
鏡を見ると、泣きそうになるんだ。
言い出した自分の顔が、言われたエマより辛そうで。

着々とみんなが準備を整える横で、俺だけ何もせずに、ぼんやりと鏡を眺めていた。

「吉井」

すぐ横から、エマの声がして、驚いて視線を向ける。
エマはいつものように悪戯っ子の表情をして、隣の椅子に腰掛けると、俺のメイクボックスから濃いブルーのアイシャドウを取り出して、
「目を閉じて」
って囁くように告げると、俺にこってりとアイメイクをし始めた。

「・・・エマ?」
「いいから」

何も知らないヒーセが「おいおい、今日もオアツイねぇ」なんて茶化すのに、「ははは」って声を立てて笑いながら、忙しくチップを動かしてる。

なんで、エマ?
今になって、いつもしないような・・・こんなことするの?
俺の言ったこと、判ってる?
ついさっき、別れたんだよ?俺たち。

「はい。できた」

エマの声に目を開けると、鏡の中の俺は、目の上にも下にも見事に濃いシャドウを施されていた。
「・・・濃くない?」
やりすぎなメイクに正直な感想を述べる。
そうしないと、涙が出てきそうだ。

エマはこっそりと周囲を見回し、誰も見てないことを確認すると、鏡越しに俺の目を見つめた。

「これで、泣けないね」

「・・・え?」

「泣いたらみっともないよ。すごく目立つ。―――――・・・だから、吉井。泣くな」

「・・・・・・・・・エマ・・・・・・」

どうしたってお見通し。
俺が泣きそうなことも、嫌いで別れるんじゃないことも。
エマ、ずるいよ。こういうの。
別れたんならさ、忘れなきゃ辛いのに。
こういうことされると、徹底的に忘れられなくなる。

今は、あんたの優しさが痛いのに。

エマは俺に背中を向けながら
「俺はね、大丈夫。俺はもう、泣かないから」
と、告げる。
平気ではない証拠に、仕草が明るいんだね。

あんたの『泣かない』は、『人前では泣かない』だと、俺は知りすぎるほど知ってる。
もうずっと、泣くのは俺の前でだけだったね。
それを今日から封印してしまうから・・・ねぇ、これからは泣かないと決めたの?

ごめんね、エマ。
泣かせてもあげられなくて、ごめんね。
さっきの一言から、俺たちは他人になっちゃったんだね。

エマの施したアイメイクを眺めて、大きく深呼吸する。
泣けないね。確かにこれじゃ。
それにね、エマ。
心配してくれたみたいだけど、俺も泣かないよ。
だって――――もう。
あんたの胸以外の場所で、泣く方法は忘れてしまったんだ・・・。

小さく笑った俺の表情は、呆れるほどおセンチだった。

だけど。
当分俺、アイメイクなしでステージに立てそうにないと思うよ。



end



なんとなくSYNを見てて思いついたネタ。
どうもこの、「一回別れた」っていう設定が外せないんだなぁ、私。
At The White Roomで、吉井が最後のほうすっぴんで出れたのは、また『泣ける胸』に帰れたからなのだ!というこじつけ。
あっ!ここまで書いて、吉井が次のTOURでメイクしてたらどうしよう・・・って思った。

72.本日は晴天ナリに続く。

back