墓参りとか、寺社仏閣の話が出たので書くけれども、仏教というのは自力本願か他力本願かで分けていいようです。つまり、自分自身の修行によって本願を遂げるか、何かえらい人に自分の身を委ねることで本願を成就させるか。 この枠のもうひとまわり上にあるのは、宗教の「効果」なんだけれども、ここで勘違いするのは、宗教に篤いからって金持ちになったり、権力が手に入ったり、そういうこっちゃないのだわよ。 あくまでも、周りからの不運や、厄や、死なんて云う、内部の恐怖心にを克服するための「宗教」じゃないと、やっぱりおかしい気がする。
今それなりにうまく行っている人の話を聞くと、たいていは誰かのおかげで、周りの人の助けで神輿に載せられている、なんてことをいいます。 このまえ柳家花緑師にインタビューした時もおっしゃっていたけど、自分のテストが3点で、友達のテストが97点だったら足して100点にすればいいんだよ、という思考法なのです。99人に頭を下げて、自分の力は1%でいいじゃないか、と。そういわれればそうかもしれないな、とは思うんだけど。 じゃあ、人って、どうやって集めるのよ。
一方、当方周りには自力本願の人ばっかりだからなぁ。まぁ、自営業の人はおおむねワンマンでないとやっていけない、という論法なんだけれども、だいたいみんな苦しんでるよね。どんなに企画を立ち上げて、やりたいんだー、と云っても、宣伝媒体が、世の中に知らせる手段がないと立ち行かないわけです。
文芸越人600のときはなんで隆盛したかなぁ、ということを考えていて。 あれは、うなぎがいて、サイトを作ってみて、当時のサイアド(リレー小説サイトね)のメンバーを連れてきたから大きくなってきたんだよな。
などと、いろいろ考えるに当たって、本当に「人って大事よね」という結論に達するわけであります。 なんかこう、何かするための、人を集めねばならない状況であります。 信玄じゃないけど、自力にしろ他力にしろ、「人は城」だなぁと実感するこのごろであります。
あ、インタビューで思い出した。忘れてた。
小生が携わりました本が7/6に発売になりました。(リンク先参照) 当本では小生、インタビュアーをしたり、イラストを書いたり、文章を書いたり、進行に関わったりしています、が、スタッフロールに名前があるだけなので、あまりながしろ臭はしないのではないかと、思われます。 当方確認ではアマゾン100,000位強でしたので、まぁ、そんなものなんじゃないかなぁ、と。
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