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彼岸録

ときどき、12歳以上推奨。心して御覧下さい。


安住の地は、ガムの銀紙の中だーーーーッ!(中 2004年01月31日(土)

(太郎丸さん誕生日)

やばいやばい●1点 2004年01月30日(金)

 やばいやばい。月末ですよ奥さん。

 ギターの各部名称を探さねばならず、あわてて資料を引っ張り出すも出て来ず、精神的にウロウロしていると紙がヒラリ、と。

 中学二年生時のスポーツテスト、である。
 どれどれ。

身長 171.5
体重 93.0
座高 93.7

反復横飛び 39
垂直飛び 45
背筋 168
握力R 47kg
握力L 39kg
上体反らし 51cm
立位体前屈 11cm
踏み台昇降運動 54.2

50m走 9.10mts
走り幅跳び 301cm
ハンドボール投げ 14m
けんすい 0

 ……これが全盛期か。

おもしろい。(中 2004年01月29日(木)

(緋川小夏姐、さとさんとこの御令嬢、誕生日)
 この辺り、知り合いの誕生日が多いので勝手に綴ってみる。本文は、また後ほど。

ヒィヒィ云わされる●2点 2004年01月28日(水)

 ここ二日カンヅメです。おんもへでたい。

 まぁ、自業自得なのですが、明日(木曜)は遠出だし、よしとしやう。
 えーと、ココに出張っている場合では無いですが、一個だけどうしても公開私信しときたかったので、一件だけ。

+++

 放っておいて吉。自称詩人なんていうアナクロの権化は、あと数年もしないうちにおっ死んでしまうでしょうから。
 どこで読んだんだっけか。今日の讀賣だったかな。
 谷川俊太郎さんが一時詩を書くのを辞めたのは、それは自分自身が詩に冒されているからだって書いていた。もう自分のやり方に慣れているから、言葉を紡ぐのは簡単だけれども、でも、それは過去の自分をなぞっているだけだ、という話。おいらは小説に比べれば詩を不得手としているのですが、先達をなぞっても、自分自身をなぞっている意識は……どうなんだ。あたしゃ。(人称バラバラ)

独吟・冬の日(完尾) 2004年01月26日(月)

   吟者 ながちろこと宮武赤胡

 発句
一音で冬の日高く晴れ渡り

部屋の明かりをチト消してみる

亞細亞色ガネーシャにニス塗られたり

身体のみ欲しくはあらねども

サクラサク渦に己の舞い散りき

あと一年は生きんと思ふ

走馬灯おりんの鍮に写りたり

テレビで横向きにみる大花火

投げりゃ鬱打てば取られる負け戦

脳裏に幸運の澱降り積もる

一掴み一円玉を撒き散らし

トレビの泉二グラムの雨

秋雨は弁天様の悋気かな

自動販売機ぽつてりと熱

雪寒にアスファルトから仰角に

ベルトの隙間しんしんと風

寝転がる八月二十日水曜日
 挙句
一匹の蜘蛛黄金に搖れり

+++
 ――とりあえず、18で。

点々と 2004年01月25日(日)

 へぇー、ほぉー、ふぅーん。
 夫馬(御茶ノ水博士)教授のBBSからの孫引きで申し訳ないけれども。

 RahmaanとRahiimであるAllaahの御名において

 最近、都合によって岩波少年文庫なんかでイスラム関係の概略を探っておるのじゃが。まぁ、あれだよな。個人的な見解からすれば、キリスト教とイスラム教って、イスラムがあくまでも生活に即した(生存のために)部分で深化していったのに対して、キリスト教はイデオロギーも含めて知の勢力配備/終末論(=民主主義の完結であり、それをひっくり返すであろう社会主義の到來)てな、あくまでもイデオロギーが他を駆逐している点で深化していったと。どちらかというと、イスラムの方が懐は深いんだわな。結構、色々発見して面白いわけで。

 じっくり読ませていただきましょう。楽しみに。

+++
 昨日の六〇〇オフをキティさんと一緒に帰宅、地元のファミレスにてしばらくヒソヒソした後、2時ごろ帰宅。ズドーンと就寝、7時起床、10時過ぎ出立して打ち合わせなど点々と。夕方に浦安から吉祥寺まで電車でスパーンと帰って疑視倭人伝オフ。オフとはいえどあんまり参加してない気もするが。するんですが。

 まぁいいか。焼肉美味しかったし。

 吉祥寺はむしろ地元だけれども、地元はやっぱり知らないものだにゃー、という感じ。
 いや、ごちそうさまでありました。

六〇〇な新年会(途中) 2004年01月24日(土)

 である。

 六〇〇スタツフのともぞうがわざわざ遠い海外からやってくる、ということだったので、そこにあわせて宴席を設置したのである。11月にはもう騒ぎ出していたので、これで予定を合わせてこられなかった人は、きっとものすごく不幸なのか、きっとカイショナシなのだろう。エラソーナコト云いなやオッチャン! ごめんなさいゴーマンでした。ゴーマン・ロックウェルなんつて。反省の色がありません。
 10時過ぎ出立。朝一番早いパソコン屋にてマウスを一匹購入の後三鷹発新宿→品川経由京急線京急蒲田→羽田空港。ともぞうを迎えに行くのである。

うどん・そば考 2004年01月23日(金)

 はなまるうどんで昼食。うまいよね。讚岐のうどんではないけど、でも、ちゃんとコシがあって、出汁が効いてる。蕎麦は関東の汁の黒いほうが好きだけど、うどんは関西のほうがうまい気がします。これはアレだな。関東とか関西じゃなくて、うどんとそばのどの部分を美味しいと思うかによると思うわけで。
 別に上方気質と江戸っ子気質、なんていう簡単な分け方が出来ないのはよくわかっているが、麺類を主食にするか、汁物として扱うかの差なのかな、と思うのだ。

 こんど実験してみたいことがある。

 関東の人間と関西の人間で、ラーメンの汁まで飲みきるかどうかを調査してみるのだ。これはあくまでも推測だが、関西の人ほsど、ラーメンの汁までちゃんと飲むんじゃないかね、と思うのだ。

 いや、お腹一杯です。かまたま(茹でたうどんに半熟卵をまぶして食べる)もうまいけれども、やっぱり汁も飲み干すというところではかけうどんの方が満足するね。180円の差、というのは意外と大きい。
 もちろん、精神的な「得した!」という差である。(ケチ)

本日のダイジェスト 2004年01月22日(木)

・久しぶりに自分のいた大学に行く。講義も聴く。いいなぁ、大学はやっぱり面白いなぁ。
・サイトつくりの御仕事打ち合わせ。と思ったらグローバルスタンダードな仕事らしい。何、五ヶ国語?
・身を切る寒さ。
・帰り道、意気揚揚と電車を降りると、隣の駅。人知れず赤面する。ぼけ。
・全身がボキボキ云ってる。風邪か?
・背中に負担がかかっているらしく、あちこち凝っている。
・当日記執筆現在、眠くて半目だ。
・でも、明日中に何とかしないといけない案件、数点。
・じゃあ、一回寝て3時ごろ起きればいいのに。
・ああ、それいいじゃん!

 寝ます。

prev.ワンダとダイヤと楽しい奴ら 2004年01月21日(水)

18,348 byte

 ↑びっくりしました。(屋台の人、いなかったけど)

 書くべきことが、あるような、無いような。

 要はアレだ。やるべき仕事は決まっておるので、それを黙々とやっておればいいのであるが、なんつーかどうも。所詮一人作業でありますので、なにかしらのコミニュケートが欲しくなる。MSNを立ち上げる。でも、一度に三人と会話するのって、疲れるんだよね。だからってわざわざ立ち上げておいて、己を「取り込み中」に押し込めるのもアホ臭い。ワガママ? いわずもがな。
 当サイトのトップ変えました。いやもう、鏡餅でもないだろうと。なお、もと写真は浅草のお地蔵様。ブロンズのはずがオバアチャン方に頭を撫でられてペカペカになっておりました、という。

 「ワンダとダイヤと楽しい奴ら」見る。やー、やっぱりジョン・クリーズだよな。確かに真っ当な「映画」ではあるが、外国の言葉で欲情してしまう女性やら、英米の差にコンプレックスを持つ禪マニアやら、動物愛護狂信者なのに拷問として飼っている金魚を食われたり、事件の鍵を握るバアさんを殺そうとして、周りの飼っている犬が不幸にも死んでいったり、と。まぁアレだ。あいかわらず動物愛護協会に喧嘩を売っていて、ギリギリのところでかわす当たり、やっぱりいいなぁ。
 ハリポタにも「ほとんど首無しニック」役で出ていたけれども、あれはなんだな、たまに笑っていいともに担ぎ出される宮尾すすむみたいで、ファンとしてはあんまり気分のいいモノではなかったわけで。

まひる、もしくは落日病、予告編(その1) 2004年01月20日(火)

 突然ですが、マキシシムグルを出そうと思います。

 というのも、例えばQMUSICSでの滑動を始めた、というのもあるけれども、ファースト(カセット)を出したのが99年の秋。おお、もう5年にもなるのだね。別に音樂活動を辞めたわけではなくて、年に二回ぐらいはどこかしらで歌えているし、曲は着実に出来ている、と。じゃあ、そのまま抱えているのも、ちと勿体ないかな、と。

 それよりも何よりも、金が欲しいのだな。売れるものは売っていきましょう、というわけである。いまだったらQMUSICSで拙作を面白がってくれた人もいるかも知れないので、まぁ、今がチャンスだろう、というのもある。

 で、マキシシングルなのは、前回の「越天」みたいに16曲入りでだと、16曲入り800円! とか営業の点でどうしても弱気になってしまうからなんですな。15曲入りを2000円で売るよりも、5曲入りを1000円で売った方がいいでないの。相場からしても、インディーズ価格では、あるわな。
 というコトをふと思い立ちつつ、夕方からキティさん宅の新居で引越し処理の御手伝い。で、運良くギターが転がっていたので、収録予定曲も含めてちょっと聞いてもらう。すると、あ、駄目かな、とおもった曲も結構ウケたりして、あー、そうかそうか、という感じ。確かに曲層の似通ったやつを入れるのは面白くないわけだし。この辺のバランスも、結構大事かもしれない。

 というわけで、ジャケットなども含めてじわじわ作業をすすめていく予定。儲けるぞー。ふむー。

 <現在の収録可能曲。ここから5曲か6曲。>
1:まひる
2:オレンジの満月(作詞、みねのもみぢば)
3;雨(作詞、桔梗)
4:蝉時雨(作詞、檸檬)
5:いまひとたびのきみとのおうせ
6:ヲンガク
7:天地放浪〜ソラカラ〜(補作詞、こはら深尋)
8:ドンガラ
9:在東京少女
10:Green Sleeves(トラディッショナルに作詞)
11:カミヒコーキ上の夢(作詞、閣下)
12:双葉老人会の唄(作曲、日和俣上ル)
13:うさぐるみちゃん
14:サティのテーマ
15:さくら(弾唱)
16:獏の夢
17:落日病
18:月光キネマ(仮題)
19:勾玉池(仮題)
20:5087398(仮題)
 他数曲。結構あるねぇ。(注釈ナシは、ながしろ)

Sharpen you up! 2004年01月19日(月)

 というあのフリスクの宣伝が、好きだ。
 あの、筋肉モリモリの男が"Philosopher"なる題名の本を持ってダンベル体操をしているのだが、本を逆さまに持っている。で、フリスクを口に一粒入れるっていうと、とりあえず、本が逆さまだということに気が付く、というアレだ。(※)この宣伝、書き物に悩んでいる女史が、フリスクの力によって、投げた反故紙が、初めて背後のゴミ箱に入る、というヴァージョンもあるのだが、なんとも行間を読む、ということで、このシリーズは存分に楽しめるのである。
 なぜ、筋肉男はあえて”Philosopher”なる本を選んだのか。
 後になって、唯一ゴミ箱に入った反故紙を見ても、女史はそれがフリスクの所為だとは思わないだろう。

 嗚呼、ドラマだ。
+++
 何でこういう話をしたかというと、QBOOKSの6000字小説を読んでいて、なのだ。オイラの場合、自分が創作モードに入っているか否かで、読み手としての感覚が、化ける。普通の読み屋モードならば、ある程度、作家の製作意図や、その裏の作家像を暴こうという意識が働くため、結構包括的な読みが出来る、のであるが。
 現在、月末までに8000字というタスクを負っているため、やっぱり視点が書く側の視點になってるんだわな。これ、いいことか悪いことかは別として、ただ、票を入れるにしても、困ったことに悪口しかでてこないのである。どうも、瑣末な部分が許せない。ああ、普段他人の小説に向かって口さがない人々は、おおむね、自分も書く人なんだろうな、という予感がするのである。
 アレですよ。ファミレスでアルバイトをしている友人と食事に行くと、店員の一挙手一投足がきになってしまう、というアレ。
 6000字も、自分が書いている以上投票義務があるので、これはしかたがない。全感想でもしたためて、ちょっと脳を書評モードに戻すかい。ぬぬぬぅ。

 なお、拙作「安住の地」でありますが、やっぱり12/30、31でゴリゴリやったのが悪かったのか、人称の統一のところでかなり気まずいことになっております。あの、それ以外はそこそこ出来たと思いますので、もしよろしければ、御照覧下さいませ。
 こちら、7作目。映画にしたらR指定。
http://www.qshobou.org/6000/5/index.html

ブンガク? 2004年01月18日(日)

 そんなもの、ない。
 文学する、という動詞は、ある。

 以上、多分本人には届かないであろう、私信。

雪でした/prev.アメリ 2004年01月17日(土)

 貴女のあとを なんとなく ついていきたかった

 名曲もストーカーだよドラえもん。ながしろです。「サルビアの花」も猫の「雪」も、みんなストーカーだもんな。世知辛い世の中になりました。

振り向いた 貴女の瞳は 早くお帰り坊や、って云ってた

 そう、この位は、云ってほしい。

 午前十時過ぎからの粉雪はそのまま舞い散るだけで、おいらは引っ越したキティ宅を来襲、まだガスも通っていない新居で、コタツと赤外線ファンヒーターを頼りに生きている舊友を見舞いに。ガスと電気とネットを解説すべく、万里園に舞い戻ってネットで情報検索、吹雪く中を駅前の蕎麦屋で蕎麦食って解散、と。あとは帰って仕事。前日のすき焼きの汁で芋の煮っ転がしを作ったら美味しく出来ました、とさ。

 夜は、年末に買った『アメリ』を観る。
 原作がムチャクチャよかったからなぁ。ホクホクしながらー、って、気さえあれば喫茶店のトイレだろうが、どこだろうが腰振って盛ってしまうフランス人気質は、非常にいいなぁ、と思った。アメリも、幼少児のアメリも95点の美女でありました。パッケージのアメリはちと怖い気がしなくもないけれども、でも、この本編の、なんともいえないバラストぶりといい、これだけのまぬけなお話を、おしゃれに美しくまとめてしまうフランスって、いいねぇ、と思う。

 まぁ、こういう人も居ますが。まぁ、シラクへのあてつけってことで、それはそれで。

 DVDづいて、そのままYapoosの「ヤプーズ計画」DVD。テレビでは釣りバカ日誌8をやっているらしいが、戸川純の出なくなった釣りバカに用事はない。
 ああ、典型的な犬顔だなー、戸川純。

 バージンブルースのセーラー服姿に、燃え。

prev.連句アニメーション「冬の日」 2004年01月16日(金)

 もくろんでいる企画のこともあって、ラピュタ阿佐ヶ谷冬の日を見にいく。連句というジャンルであるが、そろそろこれが流行るんじゃないか、という予感があって、その先駆として夫馬基彦教授の(一度だけ、大学のトイレの前で御話したことあり。笑)サイトのオンライン連句であったり、この「冬の日」だったりは、その先駆として、あとからマスターピースたりうるものなんじゃないかと、思うのだ。
 まぁ、ただ、その場を取り仕切る捌きだとか治定だとか、ある種、参加者にとっては「しばり」ととられるシステムを、いかに簡素にするか、というコトで、オイラの中でも、この企画は凍結していたわけだが。

 いや、これですよ、これ。

 外国のアニメータのかたもいらっしゃるので、句の解釈として、これはどうなのだ、というのも無きにしも非ずだけれども、でも、そういった解釈云々ではなくて、何故捌きやら治定やらが必要なのか、という説明を、うまいこと説明できる、非常にいい映像。全ての句に違う作家をつけるなど、啓かれる一句ごとに、異なる世界が展開する、というダイナミズムと面白さは、いや、そう、うまいこと再現したなぁ、と思った。

 例えば、俳句ブームなんて云って、俳句をやっていた人間がメリメリ敷居を下げてしまったために俳句のレベル自体が崩壊してしまった、というのがある。(某お茶の飲料メーカーでも俳句を募集してるけど、あれでいいのかよ、と思うわけで)まぁ、良心的な見方をすれば、猫も杓子も文芸活動、万葉集の世界じゃあーりませんか、とはいえなくもないけれども、でも、じゃあ、文化を洗練させるという意味合いにおいての文芸屋という技術職からすれば、これらの文芸ジャンルが浸透するのはよかれども、逆に参加者のレベルを引き上げる方向にいけばな、と思うのだ。
 わかるかね、ここが某大手と六〇〇の違うところだ。同様に連句、まぁ、普通にやってみて、五人も座衆が集まれば、いいかね。

 追記。「冬の日」参加者の中でも。
 やっぱり古川タクさん、好きだわ。

巾に木槿をはさむ琵琶打  荷兮
牛の跡弔う草の夕暮れに  芭蕉

ら抜きの殺意 2004年01月15日(木)

 ちゅ舞台がありましたが。ながちろです。
 会話文に置けるら抜き、おいらは使います。もちろんのように「ら抜き反対論者」ではありますが、でも、現代ものを書くときに、「そういう世相」だといわれてしまえば致し方ない。その一方で、自分自身が「ら」に固執することも、実はあんまり意味のないことだ、ということも含めて。
 そもそも現代の日本語以前というのは、ヒエラルキーごとに言語体系が違ったんですな。武士は武士言葉、町人は町人言葉。で、貧乏のために遊女に売りに出される女性、ところが階級の差があってはまずいから、共通の花魁言葉が作り出される。

 さて、じゃあ、明治に入って何で日本語が統一されたかっていったら、小説の話し言葉に他ならないわけで、日本語というのは体系だてられる前に、漱石や花袋、紅葉なんかを初めとした作家の文体がオフィシャルになっていったと。(だからこそ、中学校の文法の時間で「音便」なんていう冷害が発生したり、形容詞と形容動詞、なんていういまだに論争中のものまであったりする)

 食べれる/食べられる、日本語の辞書というのは法律と同じで、今までの使用例を挙げているに過ぎません。今まで、この語がこういう風に使われていましたよ、という凡例でしかないので、喋れる、食べれるがこのまま定着してしまえば、日本語の成立過程上、認めざるを得ないんですわな。というのが、正論。

 でもやっぱり、昭和生まれにとっては違和感が残るだろう。あたしなんぞ「しゃべれる、たべれる、ミ●ストップ」なんで宣伝が出ただけで一日鬱だもんね。
 こればっかりは個人的に気持ちが悪い、という理由でしかないけれども、日本語の乱れが云々、なんて大上段に振りかぶるオッサンオバハンも無知蒙昧としてつついてよし。でも、寂しい。

 ちょっと関係ないけど井上ひさしさんの言葉を思い出した。
「JRみたいに、力のある企業が、日常生活に横文字を入れることによって、横文字や略称から避けられない生活を営まざるを得ないのは、実に傲慢で暴力的である」
 ミニストッ○、いや、宣伝を作った宣伝会社の罪が、重いのだな。

+++

 昨日の爆睡から一夜空けてムチャクチャ体が重い。なにしろ首が据わらないので、今日は休みということにする。そうだよな。ロクに正月から休んでいない気もするし、ということで、まるっと休んだ。
 で、モリモリ食って、夜十時(!)にはスカーピョロロ〜といびきをかいていた、と。やっぱりカラダに色々と足りていなかったのだね。

+++
 さて。
 とっても私事なので末尾にこっそり書く。

 いや、ネット上で小説を読んだり、色々書いたりするのですが、で、それを面白がったり、気にいってくれたりするのはものすごくありがたいのですが。

 <先生>呼称、禁止。
 いや、約三名ぐらい。
 非常に嬉しいですが、激しく照れます。

 以上、どうでもいいこと。

とりあえず、あれだ。 2004年01月14日(水)

 十一時前、やっと帰宅。
 眠い、至極眠い。
 ので、とりあえず寝る。

 せっかくお越しになった方にはこの画像を。

 いや、ヘタレた頭にも感動してビビビと。
 では、おやすみなさい。

+++++
 で、今日の追記。

 進行中企画のために秘書まはと打ち合わせ。でも、単に打ち合わせだと面白みがないので、初の川崎大師に出向くことにする。いいね、飴切る音だとか鳩だとか。まはは鳩が死ぬほど苦手だというので、あえて鳩のいるところをじゃんじゃん歩くことにする。ほれ、ミソおでん食ってても、鳩がよってくるんですな。ゾロゾロと。ぞろぞろ。
 夕方に本日退院の柳川猊下を見舞う。川崎大師で買った長い麩菓子を柳刃包丁で削ぎ切りにする様は意外と元気そうだが、単につないであるだけで骨は折れたままなので、実は死にそうなのである。まぁ、横たわりながらも口舌は衰えず、本当に駄目なのは腰だけなのである。
「蹴飛ばせるよ」というので、足元にはよらない。
 10時過ぎ、品川で蕎麦食って帰宅。

あ、ほれHard day's Night 2004年01月13日(火)

 愛宕城陥落のため、我々は落ち武者と女子供をさらいに出張ったのである。野武士かよ。

 城主に「なにか欲しいものはあるか」と聞くと「丸々と肥えたペットボトルが欲しい」というので、しかたなく−4にてお買い物の末、城下町をそぞろ歩く。でも、マジで遠いよな城まで。おりしも暖かな日であったので、うっすら汗をかきながら登城。

「すみませーん、落ち武者がりでーす」
「やぁどうも、よろしくおねがいいたします」
「じゃあ、戦意高揚のために新橋でも。」
 (※ 上のリンク、いきなり始まります)
「わはははは」
「わはははは」
「新!」
「新!」
「さて、じゃあ、棚の本から詰めてください」
「はーい」
 まぁ、同じ穴の狢というか、書籍だけでダンボール12箱、その他家財道具、酒二箱、などなど。途中でキティさんの知り合いである引越し会社のプロヘッショナルの人も助太刀にー、って、アンタ、あたしなんぞは途中の時点ですでに腕に力が入らずに。もー、あれだよね、あとになって風呂のヘリにかける腕にも力が入らない、という。で、腰をメリメリ、腕の腱を完全に伸ばしきりながら、なんとか、大して戦力にもならずにヘロヘロと。仕事場に戻ってからも色々やることはあったのだけれども、でも、そのまま力尽きて10時就寝でした。
 いや、これから三日の筋肉痛、多分辛い。

 え、落ち武者? 女子供? ま、それなりに。

そうか! 2004年01月12日(月)

 直前だったのか! 道理で……て、タイトル使うほどの私信か。こんばんは、MAOことながしろです。参考にします。>私信

 世間では成人の日らしいですが、そんなこと知ったこっちゃありません。もりもり原稿を書いたりお歳暮でもらったカステラをもりもり食べたりしておりました。チーン。

 でも、これはどうよ。いや、見出しだけでも。あれ、記事がないので、メモより。

 ズボンを脱ぎ、花を食べる

 たしかYahooニュースだと思ったけれども、この見出しだけで考えると、もう、なんだかわからんわいな。どーなんだろうねぇ。そんなに高揚するものかね。この元気があったら革命でも何でも起こしたらいいに。
 などと、騒ぎの後ヘコヘコ謝っている新成人を見ながら考えるのです。ばーか。謝るくらいなら、最初からやるんじゃないっ。けっ。

マサニ雑記 2004年01月11日(日)

 やべぇ! うっかり寝ちまったよ!
 四時半出発、車でフラフラと成田方面。ねむー。やはり、前日飲み会での朝は、つらーい。飲み会の延長上みたいなかんじで、明らかにテンションは逆転している。つらーい。これはすごーい。げふげふ。

 まぁ、特に面白い話は無いので、キャツアイ。

 午後ほどポックリ倒れて、夜は六〇〇懺悔室でチャット。恐怖の空飛ぶアルテッツアから生還して、看護婦の目を盗んでネットに興じる柳。と人間の生命について語りつつ、六〇〇新年会のはなし。よくよく考えたら、今の六〇〇は東京勢よりも、横浜近辺の人間が多いんだよな。ので、横浜中華街でなんかする、ということにする。

 作業のほうは難航中。胃と腰が痛い。

Qなオフ 2004年01月10日(土)

 いや、それよりもだ。

平成12−14年の1円玉が500円。

 ……ただまぁ、アサリの中のちっちゃい蟹を探すとか、シジミで出来る真珠を探せ、みたいな感じなので、まぁ、いいか。でも、500円か。

 逆に、稼げるのは今だけな気もするし。

 三鷹→中野→飯田橋→銀座一丁目。知り合いの画家である宇山たみの抽象画展示。地下一階の壁面、白く塗りたくりの会場で、作品十数点、「どうも円が内に籠もるようになったんじゃないか」というと、呵呵大笑されて「そんなん、わかんない」と。タハー、これは、かなわない。
 銀座一丁目から有楽町、千代田線乗換えで代々木上原、町田。QBOOKSの新年オフであるが、6時待ち合わせでうっかり4時半到着。でも、一見新宿並のデパート群とそこに連なる本屋、あと喫茶店などでなんとか時間を潰す。
 魔矢峰央『アスタロト』(2)など。

 オフ会には詠理、越冬こあらさん楓さん、主宰Qさん、木葉一刀さん、ごんぱちさん、佐藤yuupopicさん、三月さん、日向さっちんなど。(誰か抜けていないだろうね)。小奇麗なよろしいお店→カラオケ、という手順を踏んで、なんとか1時半ぐらいに家に帰りつく。
 次の起床は3時間後なので、このままおきているべか。

おまえはほほえむ 2004年01月09日(金)

 そろそろ五段に積まれた文庫群が、小生の身長(172cm)を越えようとしております。多分、確実に、今年中には。作業椅子に座ってると丈が変わらない、そんな今。とふふふ。8割は読んでるんだろうな。残りの2割は何を買ったのか覚えていない。(←駄目じゃん)でも、インド思想史を電車の中で読めッたって、大変ですよ。ええ。

 思い切りと覚悟が足りないといわれても、小説よりも「詩」ってのは己の人格が出ちまうんだろうな。そゆ意味で、ある種の割りきりやらボジティプな読者には、実に鬱陶しく感じてしまうのだろう、と。
 CoC公開推敲なんていう不思議な企画を数日前までやっていたわけですが、いくらいじっても、己の本質に嘘をつかない限り、やはり、その人の素性は、出てしまう。もっと言えば、「自分探し」小説しか書けないような輩は「もっと人間、磨いてこんかい」ということなんじゃろうな、と。
 さて、反駁のある諸氏は三田誠広『僕って何』あたりを読んでもらおうか。ちゃんとストーリーものの小説です。べつに自己啓発本じゃありません。まー、タイトル的にどうか、というのはよくわかるけれども。BOOKOFFちゃんで100円で、あるんじゃないかい。

+++
 床屋に行ってそのまま吉祥寺、はなまるうどんでかまたま380円なりを啜って古本屋を物色、快調。校正臭い原稿2本、はふはふ終わらせていると、

 久しぶりの黒いものが、どずーん、と。

 重い重い、最近調子がいいからそろそろ來るんじゃないかとは思っていたが。ぱくぱくと情けない感じでウロウロして、なんとか夕方ごろに息を吹き返す。

 いいじゃねぇか、何にもなくて不安に駆られるより、ずっといい。
 で、これを書きながら「在広東少年」が頭の中でぐるぐる回っているところ。とりとめもなく、以上。

忙中閑在 2004年01月08日(木)

 昼休みちう。校正の仕事でしぼしびの目で居ると、小骨さんとこの日記に読書速度判定、なんてのがあつたのでやつてみることにした。琴錦。

 987文字/分。

 大丈夫、小説において、速読なんていいコトは、ない。
 今道さんという東大の哲学のせんせえがいてはりましたが、ヴィトゲンシュタインと友人だったといわはる。まぁ、そういう方でしたが、インターネットで情報を得ずとも、まだ読んでいない文献や資料がゴマンとあるんだから要らん、と。
 そうだよなぁ。生まれ来る情報は天文学的な数字で跳ね上がったと思うけれども、でも、だからといっていままでのログを埋もれさせる必要は、ない。

 オイラは近隣の小説書きに古典を読むことをバンバン推奨するのですが、アレなんですよ。過去に答えの出ているものを、わざわざ自力で見つけんでもいいだろう、と。過去の偉人が積み重ねなら、それを踏み台になんか考えたらどやねん、と。
 あれだよな。徳育云々言う前に、オモロイ古典を読ませたらいいのに、と思う昨今。こういうと語弊があるけど、古典から現代に焼直したら、ある種の文芸文盲ども(具体的にどの辺か、は伏せます)は面白がるんじゃないかね。まぁ、同じことを考える人は必ず居て、こういうのはおおむね先にやられてるんだろうけど。

対CoC・公開作品推敲(7・最終回) 2004年01月05日(月)

いままでのあらすじ
:詩の推敲ちう露出狂まがいのことを、やっている。

+++
ぼくは 鉄塔の下で
後藤を待っている
より子だなんて、呼べないものだから
後藤
さんを待っている

ニットキャップの下は汗ばんで
一月の空の下で汗ばんで
指先はすっかり凍えているのに
やかんな頭は 湯気、噴いて

鉄塔の遠く、遠くはるかまで
鎮守の森の神太鼓 宇宙の広さを震わせて
早く、初詣に行かないと
後藤さんは、じつは鳥目なのだ

丘の下の、二つ先の鉄塔の下
真っ赤に立ち尽くす後藤さんに気が付いた
待ち合わせ場所をまちがえたのだ
どちらが悪い、とはいわないが
目を合わせないように(石になってしまう)
頭のオレンジの触手を見ないように(だって臭いんだもん)
早く行かなければ、行かなければ、
怒られる。
後藤……さんに。

(↑セーブポイント)
・よし、一度シェイプアップを図ろう。無駄な形容を年はずす。取捨のポイントは、読者に余計な疑問を与えないか、どうか。

 ↓よし、これで二時間ぐらいおいてみよう。
 醗酵するかもしれない。

・二時間たった。やかん→薬鑵にしよう。
・鎮守の森の神太鼓 宇宙の広さを震わせて
 流れ、悪い。なんかもっとすっきりと。
 うーん。

 くそう! 最後の方の間延びがゆるせん!
 これでひとまず筆をおく。もう一回見て、違和感がなかったら送ることにする。まぁ、省いたところも含めて、こんなもので。所詮、実験室詩人。

 1月12日、最終改稿。

 後藤を待ちながら

ぼくは 鉄塔の下で
後藤を待っている
より子、だなんて呼べないものだから
後藤
さんを待っている

ニットキャップの下は汗ばんで
一月の空の下で、汗ばんで
指先はすっかり凍えているのに
やかんな頭は 湯気、噴いて。

鉄塔の遠く 遠く遥かまで
太鼓の音高く低く 送電線を震わせて
はやく初詣に行かないと
後藤さんは、じつは鳥目なのだ。


丘の上 向こうの鉄塔の下に
真っ赤に熟れた後藤さんがいて
(なんだ、どっちが間違えたんだ)
怒られる、と真っ青になる。

慌ててぼくはびっこの足で
全速ひいこら脱兎でよろけ
石だらけの丘をかけのぼる
後藤

さんに待たれながら。

対CoC・公開作品推敲(6) 2004年01月03日(土)

 〆切が11日なので、いいかげんに決めてしまおう。

 後藤を待ちながら

ぼくは 鉄塔の下で
後藤を待っている
みよ子なんて、呼べないもんだから
後藤
さんを待っている

ニットキャップの下は汗ばんで
一月の空の下で汗ばんで
指先はすっかり凍っているのに
頬の火照りは、おさまらなくて

鉄塔の遠く、遠くはるかまで
いっせいに、いっせいに鐘がこだまする
早く、初詣に行かないと
後藤さんは、じつは鳥目なのだ

丘の下の、二つ先の鉄塔の
赤いフードの後藤さんに気が付いた
あ、
待ち合わせ場所をまちがえた
怒られる
後藤……さんに。


 前回より。今回、詩のフォームとしての言葉の排除と、それっぽさで埋めている部分を削り取って、なんとか開通させようと。それっぽさに逃げていれば、やはり陳腐に見えてしまう。灰汁を取って、味の素を使わないような。(ワカリニクイ)

 ・みよ子って、どうかな。名前に全く意図がないので、ここでなんか思い入れのある名前でも入れてみるか。「由美子」だと六〇〇の由美子しかおもいうかばないし、「ある」だと怒った感じが出ない。
 怒らせると怖い女性。で、時間に厳しい。

 ……より子? ああ。(ポン)

 ・<もんだから/ものだから>、「ぼく」の性格として、どっちか。どかな、知久寿焼風だと「ものだから」「呼べなくて」「もんだから」うーん。まぁいいや。

 ・<指先はすっかり凍っているのに>ふむ。へんに喩にしないほうがいいかな。あくまでも、素朴に。

 ・<頬の火照り>嘘臭いね。うそ臭くてもいいけど、さらっと流せる嘘がほしい。どうすっかな。<凍える>の対照が欲しいわけだが。
  ・頭からの湯気は、たなびいて
  ・やかんみたいな頭は、湯気噴いて。
 やかんはいい。形容詞にする。
  ・やかんな頭は 湯気、噴いて

 ・<いっせいに、いっせいに鐘がこだまする>
 こだまがいっせいに出るかよ。順繰り、は重い。
……太鼓にしちまうか。いま、知久さんの「ロシヤのパン」を思い出した。あ、「ジャバラの夜」?

 ・ここで秘書に見せると「より子さんが怒ってらしたらええんちゃいますでしょうかけえのう」と乱れた日本語で話すので(ナゲカワシイ!)ハイハイとイウトオリニする。えーと、具体的にはどうしようかな。

丘の下の、二つ先の鉄塔の下
真っ赤な真っ赤な後藤さんに気が付いた
待ち合わせ場所をまちがえたのだ
どちらが悪い、とはいわないが
早く行かなければ、
後藤さんに、怒られる。


 説明臭いなー。真っ赤な真っ赤な、は「学校に間にあわない」だし、もっとすっぽりはまる言葉が、ほしい。


ぼくは 鉄塔の下で
後藤を待っている
より子だなんて、呼べないものだから
後藤
さんを待っている

ニットキャップの下は汗ばんで
一月の空の下で汗ばんで
指先はすっかり凍えているのに
やかんな頭は 湯気、噴いて

鉄塔の遠く、遠くはるかまで
神明様の大太鼓 宇宙の広さで震わせて
早く、初詣に行かないと
後藤さんは、じつは鳥目なのだ

丘の下の、二つ先の鉄塔の下
真っ赤に立ち尽くす後藤さんに気が付いた
待ち合わせ場所をまちがえたのだ
どちらが悪い、とはいわないが
目を合わせないように(石になってしまう)
頭のオレンジの触手を見ないように(だって臭いんだもん)
早く行かなければ、行かなければ、
怒られる。
後藤……さんに。


 最後で台無しな感じです。
 長くなってしまったので、次回、最終回。

およ 2004年01月03日(土)

 外でた。100円ショップでヘッドホンが売っているので購入。年末壊れてたし。で、結構使えるのですごいな100円ショップ。おもわずデカいのこぎりを買いそうになって、使いどころがないので、断念。

 今日のリファラ
 こういう検索をかける人は、何を探しているのだろう。いや、ものすごくいい趣味の人だと思うし、これでひっかかる電マルもお友達である。

 なかよくしましょうや。のう?

初夢 2004年01月02日(金)

 は、見なかった。昨日から飲み続けの色々なアルカホルで目の前を鈍色にして眠ってしまったので、朝はすっきり目覚めたが、いかんせん、熟睡しすぎた。

 で、まぁ酒呑んでテレビで漫才見ながらグヘヘヘって今年はバラエティーしか出来なくなったかもしれない漫才コンビがいやにゾクゾク出てきませんか。海砂利水魚(現・くりいむしちゅー)とよゐこの漫才なんて何年ぶりだ。家人の話だとホンジャマカの漫才もあったらしくて、あー! それみたかったー! などと。

 いい加減にこの癖は直さなくては。あまりにもやるべきことリストが多いと、「多いなあ」とおもって全思考がストップしちゃうんですな。で、今日もうららかな新春の日差しの中でしばらく固まっていましたが。まぁ、何もしないのが一番よくないわな。進展しないし。
 今年は、なんとか起動時間を早くしよう、と思うた。

 それにしてもあれだよな。元旦、二日から働いている皆様、心底オツカレサマです。でも、なんだろうね。そこまで労働に突き動かす何かって、金かね。
 考えろ雇用者。このぉ。(←酔っ払い)

アケマスタ! 2004年01月01日(木)

 ↑ 巻き舌で。無理。じゃあ威勢良く。

 あけましておめでとうございます。昨日の夜11時半ぐらいまで原稿に追われていたなんて嘘みたい。去年最後の原稿をメールでたたきつけて、残り三十分でQやら自分とこやらの掲示板にレスをつけてまわって、年の変わる3分前には一度パソコンを閉じて年の変わるのを待つ。所詮人間の勝手に作った区切りだというヒネクレチャンチキも多かろうと思いますが、でも、自分自身で決まりだのケジメだのつけるのは難しい。生きる死ぬにしたって、いまや葬儀業者を手を借りないとおちおち死ねやしない、なんて新年から縁起でもないのはいつもの裏返し、今年もよろしくお願いします。

 深夜、地元の神社に一人初詣。ぺくぺく歩いていくと西の空に真っ赤な月。すわ、今年はなんじゃいな、と思って写真機(携帶電話)を構えても街灯の光で映像にならず。でも、怪しげな一年の始まり。

・初詣のテーマソングは細野ハリーの"Chou-Chou-Dog"なのな。口笛で吹いてて、ハッとした。
・神社の巫女さんがえらく可愛かった。眼福。
・年賀状やメールをくれた方、ありがとうございました。
・万里園謹製の年賀状、届いたかしら。
・帰ってからAncient Ageのお湯割。プルプルプル。
・昼間はワインと日本酒とビール攻勢。日本酒は男山から芝右衛門、なんとか少女など。全体的に甘めのお酒ばっかり。
・夕方からサイトをようやく正月モードに模様替え。
・よくわかんないけど去年のコトは酒で洗い流した。
・サーモンジャーキーの食いすぎで胃にきている。

 さて、今年の抱負であるが、毎年のように、去年の伴反省やら今年の抱負やらが全くでてこない。反省も何も、まぁ、自分自身に繋がる何かがあまりにもめまぐるしかったかもしれない。

 というわけで。
 今年はやや謙虚に生きようと思います。
 まぁ、それが無難かなー、と。

 ではみなさま、本年も、どうぞよろしく。


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