☆ THE DAY ☆

27th June 2000
7:00pm。BBCの指定された入り口の前に集まって静かに待つBowieファン達。年齢層の高さと男性比率の多さは普段のコンサートとは違う雰囲気。結局、開場は7:15pmごろだった。
まず本名を告げ、リストでチェックされた上で、カバンの中身のチェック。そういえば、外国でコンサート?なんて初めてだった、とこのとき気づく。ロイヤルアルバートホールのプロムスには昔旅行中に行ったっけ、とか、大英博物館の入場なんかでカバンの中身チェックの経験はあるけど、なんて考えながら。
このとき実はこの傍で、Bowieの息子がビデオカメラを回していたらしい。でも、そんなことに気づく余裕なんてあるはずはなかった。

Radio Theatreに足を踏み入れ、その小ささに驚く。最大収容人員たった300名、アールデコの内装のホールは、大邸宅の居間のような落ち着いた雰囲気。私の座席、F12は前から6列目、1階席のほぼど真ん中、左寄り。床面が傾斜しているのでステージが良く見える。ステージ上には楽器がスタンバイ。今日のショウは本当にBowieのライブなんだ。この瞬間まで曖昧だった事実がいきなり現実感を持って襲ってくる。
2階席の招待客には、Bob Geldof、Boy George、Meg Ryan、Simon LeBon、etc.、そしてCoco Schwabもいたそう。でも、私は誰にも気づかなかった。今から真正面に目的の人物が現れるのを待ちわびているのに、他の何を気にすることが出来よう。

隣の席のNikkieは、もしかするとトークショーかなにかかもしれないと思っていたそうで、今ここでライブコンサートだということを知り大喜びしている。彼女も、入場前に少し話したKarenも、この日は仕事中も心ここにあらず、なにも手につかなかったそうだ。半日、ロンドンをただ足を疲れさせるためだけに歩いていたような自分だったが、みんな同じような気持ちだったらしい。
さてこれから、何が待っているのか?!

期待にざわめく観客の前に、BBCのディレクターらしき人が現れた。この日の収録について説明した後、観客が立った状態でのカメラからの映像の確認をするため、立つよう要請する。Bowieの大ファンが会場に集まっているんだからね・・・なんて言っていたような気がする。しかしとにかく、立つよう言われたその瞬間に、全員が、まるで、今、目の前にBowieが出てきたかのような大騒ぎ。手を上げ声を上げ、一瞬で盛り上がる。
一見静かにしているけど、それぞれの中ではもう準備万端、いつだってOK。
その様子に満足した彼は、「15分後にMr Bowieは登場します」と言い残して引き上げた。15分後・・・8:15。いつの間にかもう8:00になっていた。

8:15pm。バンドのメンバーが現れる。Mike Garson、Gail Ann Dorsey、Earl Slick、Mark Plati、Sterling CampbellにバックコーラスのHolly PalmerとEmm Gryner。拍手で迎えるも、会場は不思議なほど静か。期待がこぼれそうでそうっと支えているような緊張感。
2分、3分・・・。まだ現われない主役。そのとき、Mikeがキーボードでチャイムを演奏。「キーンコーンカーンコーン」
Mr Bowie、お時間です!

☆ Wild is the Wind。☆
Wild is the Wind。
今回の一連のNYライブやGlastonburyでのオープニング曲。「これまでライブではやっていなかったからやりたかったんだ」とBowieはインタビューで語っていたが、なんと"David Bowie"の威力を示す曲だろう。コンサートという一種お祭りのような”ハレ”の場において、浮つかずしっとりとBowieの重さと渋さを空間に敷き広げる。
"Lonely, lonely, lonely・・・"会場は弾かれたように総立ち!Bowieは黒のシックなスーツに身を包んで現れた。中の白いシャツの裾はズボンの外に出した着こなし。シンプルかつノーマル。
小さなステージ、照明以外の演出は何もない中、モノトーンの出で立ちが映える。適度にウェーブのある髪が似合って、本人のカッコ良さが際立つ。
TV向け戦略?うまいぜ、ちくしょう!

ただこの時、ひとつの不安があった。BowieはNYで咽頭炎のため声が出なくなったことに続き、Glastonburyの往復に使ったCoachのエアコンのフィルターに問題があり、今度は気管支炎を患っていたのだ。Glastoのステージは大丈夫だったものの・・・。その上今日はただのライブではない、収録用なのだ。
だから彼が歌い出すまで、声をのばすところを聞くまで、どうしても耳は味わう以前に声の調子を聞き取ろうとする。でもその心配はあっさりと吹き飛ばされた。心地よくのびる力強い歌声!ああ!
・・・そして気づいた。現実感が伴わないことには、まっすぐステージを見た、同じ高さでそこにBowieがいるのだ。あそこに、すぐ近くに、同じサイズの人がいる。でもそれは、ずっと見てきたミュージシャンDavid Bowie本人、というよりも、その存在をこれまで生きてきた中身と皮、まるで初めて見るもののようだった。皮から透けて見える中身は、喜びと幸せと力に充ちて神聖に輝いていた。形ではなく、その存在の余りの美しさに、私は崩れて椅子に座り込んでしまった。

実はこれ以降については、大まかな印象と断片的な記憶としてしか残っていない。これまでの他のコンサートのときには、ステージ上の動きや表情、演奏、照明やセットが多少は映像と音として目や耳に残り、後でもう一度記憶を再生することができた。でも今回はそれとは全然違っていた。
多分、私が目と耳を使っていたのは、どうやらこの時点までだったらしい。あとは直に脳に打ち込まれたかのように、衝撃だけが大きく、具体的な記憶は細かい欠片のようだ。

しかし打ちのめされている場合ではない。Bowieの声は程よく小さいホールで美しく響く。バンドの音は濁らずに空間を満たし、自分の声も周りの声も聞こえる。ステージが近いにも関わらず、ライブハウスや通常のホールの前席にいるようにスピーカーの大音量に耳がやられることもない。Bowieにも皆の声が十分に届いているだろう。
"Don't you know your life, itself?"でいきなり観客席にマイクを向けるBowie。それに応えて、一層力をこめて歌う我々。ああ、彼は微笑んでいる。

曲が終わるとBowieは観客を席につかせた。立ってる必要ないから、座って聴いて、というようなことを、諭すように言う彼。
続く2曲目はAshes to Ashes。
Major Tomをジャンキーだと歌う彼。

次のページへ