2009.08.02
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記憶の大半は、杉の林を抜ける風のザアという音と、
小さな屋敷の一室。
冷たい女衆の手。
墨で塗りこめられたような、色のない毎日の積み重ねだった。
生まれてすぐに人の目のとどかぬこのようなところに捨て置かれているのだという。
いつの間に消えた侍女の一人が、話すともなく話をしてくれたからこそ知った自分の出自。米沢の伊達家跡取りであるという身分、それがどのようなものかもわからず、人のぬくもりも知らず。
どうして自分は一人なのだろう、何故だろうと思うこともない。
気がつけばこのような生活の中に置かれており、別段それに異を感じることすらなかった。
毎日とは決められた一連の動作の繰り返しであり、それ以上でも以下でもない。
決まった時間に起き、決まったものを食し、書物を読み、身を清めて床につく。すべてが凝ったこの場所では新しいことは何も起こるはずもなかった。
…これはなんだ。
故に、目の前に座して臣下の礼をとる男の姿は、日常に異なるものとして映り、小さな混乱の渦を彼に落とした。
「片倉小十郎景綱と申します。若君の傅役を仰せつかりました」
ゆっくりと面を上げるしっかりした体格の男は、不思議な光を放つかのようにくっきりとした輪郭を子供の目に焼きつけた。
自分の異形の両瞳をまっすぐに見つめて臆さない。
目鼻立ちの整った顔立ちは、美しいというより精悍で。
ともすれば食い付かれるような肉食獣の気配をも内包している。
―――トクン
胸の奥が小さく跳ねる。
変わりが無いはずの毎日が、空気の色が…変わる。
それがなぜか恐ろしいと思った。
彼が「傅役」として赴く場所は、およそ伊達家の跡取りが住まう所とは思えぬ山中にあった。
ご嫡男でありながらお体が弱く、とても人前には出せないという噂が流れ、城内でその御姿を拝した者は皆無。
かくいう小十郎もその一人ではあった。
衣擦れを伴って現れた当の本人を前に、一通りの口上を述べ臣下の礼を取る。
そんな彼の頭上に、幼いがしっかりとした声が下った。
ゆっくりと上げた面、伏せていた瞳をしかと開き幼い主の面を真正面から捉える。
於東の方から聞いていた異形の子供。
どのようなものだろうかと思ってはいた。
が…これは。
ギラリと光を放つ異形の両瞳。
人のものではありえない縦長の虹彩。
まるで猫か蛇のようだと思った。
金属的な光のせいか、全てを拒絶するような印象すらある瞳はどう見ても人の子の持つそれではない。
お方様のいわれる通りの異形の姿が目の前にある。
…だが。
不思議と嫌な感じを受けない。むしろ整った面に映えて美しいとさえ感じてしまう。
子供にしては白い肌、赤い唇、整った面に黒い髪、そして金色の瞳。
異形ではあるけれど、なぜかそれで良いのだと納得させられてしまう。
だから気になってしまった。
これでなぜ、だめなのだろうかと。
そして豪奢な瞳を持つ子供の、その瞳の金色に似合わぬくすんだ影を。
だからもう少し…。
もう少しだけ時間が欲しいと思った。
たとえその最後の筋書きは、既に決められているとしても。
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