「文学横浜の会」

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評論等の堅苦しい内容ではありません。
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2013年11月02日


ショーロホフ「人間の運命」

 いきなり私的話で恐縮だが、ショーロホフ(1905〜1984)というと、筆者が高校一年の冬に、当時文庫本で全八冊に及んだ代表作の長編『静かなドン』を読んだのが出会いである。冬休み中、世界の名作文学の文庫本を一日一冊読むことをノルマにして次々に読んだ中の一つであった。時代に翻弄されるコサックを描いたロシア大河小説の世界にどっぷり浸かって抜け出せなくなり、新学期の初日、わいわいがやがや賑わう教室の中で、ぼんやりとして、一時的に人と口がきけない状態に陥ったこと思い起こす。

 今回、そのショーロホフの短編『人間の運命』をテーマに選んだ。大袈裟なタイトルだが読むと頷ける。『静かなドン』完結から16年後、ショーロホフ51歳の円熟期の代表作だけあり、実に短編小説としての完成度の高い作品に思える。

 以下の概略の通り、何よりも活発に交わされたメンバーの感想こそが作品のテーマのほとんどを言い当てているようだ。
「生きる奴は生きる、死ぬ奴は死ぬ。戦争で生きるか死ぬかは運命というのがよく分かる。最後に戦争孤児を育てることになる部分が救いを与えている」
「帝政時代の崩れゆく儚さを描くロシア文学とはまた異なる世界を描いて成功している。ショーロホフの場合、土着性、風土性を生かしたところに価値がある。また、政治的な中立性を保っているがゆえに評価され、生き残ってきたのであろう」
「ロシア人の不撓不屈な側面や気の毒な人をいたわる側面をよく表現している。また、主人公が捕虜になった際のドイツ軍司令官とのやり取りのヤマ場の場面には、ロシア人にとっての歌舞伎十八番的な痛快さがあることが分かる。さらに、スラング的な表現が巧みで、民族的な賛歌、土着性がよく表現され、ロシアとはこういうものだ、という一つの側面を知ることができた」
「短編でありながらとても深みがある。表現も豊か。ロシア人全てを表している訳ではないだろうが、ドイツ軍司令官に銃口を向けられてもプライドを見せる点にロシア人の一つの特性が描かれているのが分かる。(短編集所収の他の作品なども含めて)情にもほだされるが無情に人を殺すという両側面を有している点を感じる。ショーロホフの実際に見て来た体験を振り返っているのではないだろうかと想像させる」
「大変な目にあいながら、主人公がとても逞しく見えた。『人間の運命』のタイトルがよく当て嵌まっている内容であった。(角川文庫版の)表紙のイラストが綺麗だと思った」

 僅か文庫本で50ページという短さなのに、戦争の悲惨さ、人間に内在する残酷性、ロシア人のもつ勇猛果敢さや労りなどの民族的特性、そして時代に翻弄される人間の運命といった、THIS IS 世界文学、と唸らせられる普遍性が宿っているように思われた。それでいて、悲劇、スリル、救い、といったヤマ場がドラマチックに展開され、ただ重厚なだけでなく面白さも充分に併せ持っている。

    以上、篠田記

(文学横浜の会)


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