「文学横浜の会」
読書会
評論等の堅苦しい内容ではありません。2016年05月08日
宇江佐真理 「幻の声」
担当(清水)
今月は宇江佐真理「幻の声」をとりあげました。皆さんの感想をまとめました。
「おもしろかった」「江戸情緒がよく描かれている」「推理小説としての興味に引きずられて読んだ」
「万人向けの典型的な人情物語」「情景描写が生き生きしている」
「土地勘がずれている」
その他、「歌舞伎が思い浮かんだ」「いや、歌舞伎ではなくドサ廻り一座のおもしろさだ」など様々な感想を
いただきました。
直木賞の候補には何度ものぼっていながら一度も受賞していないことからも、文学作品として
の完成度は決して高いとは言えないと思います。
ただ、そう思ってもなお私(清水)は髪結い伊三次シリーズの
大ファンで他の時代小説にないきらめきを読むたびに感じていたのです。あたかも江戸時代の庶民の日々の中に
タイムスリップし、登場人物を身近に感じて、心楽しく幸せな時・・・。皆さま、お付き合いいただき本当にあり
がとうございました。
以上 清水 記
資料
宇江佐 真理 (1949年10月20日〜2015年11月7日)
経歴
北海道函館市生まれ。函館大谷女子短期大学卒業。OL生活を経て主婦となる。本名 伊藤 香。
*髪結い伊三次シリーズは代表作で、フジテレビ系列でドラマ化(中村橋之助・涼風真世主演)された。
「雷桜」は岡田将生・蒼井優主演で映画化された。
インタビュー・対談 聞き手「本の話」編集部
―さて、「今日を刻む時計」は2年ぶりの新刊となるのですが、冒頭で前作より10年の月日が流れています。なぜ思い切って作中の時間をとばされたのでしょうか?
宇江佐 最終回まで書くための時間を計算したら、とても足りないことに気が付いたんです。その頃は、伊三次の最期までしっかり書くことがこのシリーズを愛読して下さっている読者のためだと思っていました。ただ最近、私が死んだ時にこの物語が未完で終わってもいいのではないかと思うようになりました。そうは言ってもこの10年は取り戻せないので、ちょっと惜しいことをしたかなとも思っています。
―なぜ心境が変わったのですか
宇江佐 昨年、中島梓(栗本薫)さんの訃報に接したことがきっかけになりました。中島さんは「グイン・サーガ」シリーズという大長編小説を執筆されていましたが、とうとう未完で終わりました。彼女は余命宣告をされた後も、病床で執筆を続けていたのですが、最終回を書こうとはされなかった。その彼女の姿勢を伝え聞いて私も書けるところまで書き続けようと思うようになりました。
― 10年という月日がたち、伊三次は40を越えました。主人公のふたりが年齢を重ねたことで、物語の展開にどのような変化がありましたか?
宇江佐 年齢が高くなったぶん、伊三次もお文も少し脇に退いた感じになりましたね。お文はまだお座敷に出ていますが、若い芸者のお目付け役のようになっています。若い登場人物が新たに加わって、二人がそれを見守ることが増えました。もちろん年長者としての経験を活かして、二人が先頭に立って若いものを引っ張るという話も書きたいと思っています。
― 確かに二人に代わって、若い世代の活躍が目立ちます。まず伊佐次とお文に新しくお吉という名前の女の子が生まれました。
宇江佐 うちは男の子二人で女の子がいなかったから、小説の中で書きたかったのです。家の中に女の子がいるってほほえましいでしょう。
― 逆に伊与太は絵師になる修行のために、家を出て師匠の家に住み込んでいます。
宇江佐 彼は最終的に絵師になるにしても、ちょっと寄り道させて、苦労させようかなと考えています。私はあまり優秀な子には魅力を感じないんですね。男前で剣の腕が立って頭も良くて、という人物は呼んでいて気持ちいいのでしょうが、そんな人間はなかなかいないでしょう。また普段酔っ払ってばかりいるけど、いざという時に剣をとったら強いなんていうのも許せないんです。毎日稽古しているから強くなるわけで、そんな人物がいることは信じられないですし、信じられないものは書けません。
☆「深川恋物語」の解説(阿刀田高)の中から抜粋
… 結局「幻の声」は全員の推奨を受けて第75回オール読み物新人賞に輝くこととなったが、私としてはほんの少し不足を感じないでもなかった。二重丸ではなかった。ストーリーが弱い。月並みで、筋運びに納得のいかないところがある。しかし江戸の人情風俗をこれだけ巧みに描くことができれば、おおいに有望という判断は妥当であり、新人賞としては特に異存はなかった。
それから二年ほど経って、今度は「幻の声」を含む短編連作集「幻の声」が直木賞の最終候補としてノミネートされた。……評価はおおまかなところ新人賞の時と変わらない。つまり江戸風俗は申し分ないが、ストーリーが弱い、である。加えて今度は直木賞である。ハードルが高い。短編連作集「幻の声」は善戦むなしく、受賞を逸した。
これが平成九年のこと。次いで平成十年には短編小説「桜花を見た。が直木賞の候補となった。腕は確かに上がっている。が、これは四十枚ほどの短編で、一般論として言えば四〜五十枚の短編一つがコンクールの席上で一冊の本に勝つケースは少ない。迫力がちがう。−宇江佐さんは、この時も敗れた。
… 直木賞の選考会からの帰り道、私は文芸出版のベテラン編集者と二人で車に乗り、「宇江佐さんはつらいだろうなあ」「いいとこまでいくんだけど」「なにかほんの少し足りないんですよね」「風俗描写は抜群にうまい。ただ、お話の作りが少し安易で、工夫がなくて…」上達はしているのだが、当初に感じた弱点がいつまでもつきまとっているように感じられてならない。
… それと言うのは、新人の場合、普通は逆なのである。ストーリーはそこそこにおもしろいものを創るが、人情風俗の描写において不足が目立つケースが多い。どちらかと言えば、後者を磨くほうがずっと難しい技なのだ。
… 読者諸君よ、この連作短編集を読んで、どうかこのあたりの経緯を推測していただきたい。
… この「深川恋物語」は、そういう意味で、真のプロフェッショナルとしてのデビュー作と言ってよいものだ。
☆この作品を選んだ理由
私自身がこの髪結い伊三次シリーズのファンであり、読む楽しみを存分に味わわせてもらいました。目の前に江戸の長屋の風景が浮かび、そこに生きている人たちが本当にいとおしく、生き生きと身近に感じられるのです。今回何度も読み返してみると、確かにストーリー展開に納得できない部分は多々あり、そういう意味では「深川恋物語」の方がすぐれていると思います。こちらも短編集なので、どちらを選ぶか迷ったのですが、欠点があることを承知しながらも、好きな方を選びました。読み始めるとするっとタイムスリップして、小説世界に入り込む楽しさは私にとって何にも代えがたい喜びであり、作者が亡くなってもう続きを読めないのはとても寂しいことです。いちファンとして、大好きなシリーズを書き続けてくれた宇江佐真理という作家を今回紹介させていただきました。
◆次回の予定;
7月の読書会テーマは決まり次第連絡します。
(文学横浜の会)
|
[「文学横浜の会」]
禁、無断転載。著作権はすべて作者のものです。
(C) Copyright 2007 文学横浜