連城三紀彦
「私の叔父さん」
担当(藤村)
文学とは、思想や感情を言語で表現した芸術作品。
また芸術とは、表現者あるいは表現物と鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動、
と定義される。さて文学横浜の会。今回対象とした連城三紀彦の小説「私の叔父さん」は。
30歳で第三回幻影城新人賞、33歳で日本推理作家協会賞を受賞するなど、ミステリ文学分野で早くから才能を発揮していた作者は、
1984年「恋文」(短編集:「私の叔父さん」を含む)で第91回直木賞を受賞。受賞作が“恋愛小説”と目されたこともあり、
それ以降、ミステリと恋愛を完全に融合させた独自の恋愛小説の世界、本格ミステリ小説の世界と、
二つの領域で多くの傑作を残している。
特に短編小説にみられる、人生の悲哀・人間心理の機微を洞察した大胆な逆説をストーリーの核とし、
作品の最終段に切れ味鋭い“どんでん返し”を設定して読者を精神的・感覚的混乱に導く小説作法は、
余人の追随を許さないとミステリ小説の読者から高い評価を得る一方で、
巧緻を極めた多層構造の仕掛けが余りに現実離れしていると、
私小説等の分野の読者からはいささか冷淡な評価を受けてきたのではと推察される。
この点に関しては、第91回直木賞受賞時の選考委員のコメント、
山口瞳氏「こんどの短編集には殺人がなく、はたして、格段に良くなったことを喜びたい。」
水上勉氏「小説づくりの巧みさでは定評があり、独特の世界である。」
源氏鶏太氏「どの作品にも男の優しさがにじみ出ていて、人生の機微を良く描き出している。」
井上ひさし氏「伝達力があって、表現そのものとしても魅力がある文章で書かれている。しかも物語は、人間心理への深い洞察に支えられていて、新鮮です。」
五木寛之氏「造花の美が時には現実の花よりリアリティを感じさせることがあるという、小説ならではのたのしみを充分にあじあわせてくれた佳作となった。」
黒岩重吾氏「氏はロマン豊かな男女の人間模様を、たくみに計算し尽くした色彩で描いていく。」
等が、作者の構築した小説の世界を適確に表現していると思われる。
今回の読書会では、出席者13名中5名は、会に際して初めて本作品を読んだとのこと。
会員各自の志向により感想もさまざまである。
≪会員の感想≫
■読後感が良い。微妙な感情の起伏が巧みに書かれている。主人公というよりも、婿に入った香川布美雄の描き方に印象が残る。
ただ5枚の写真が言葉を伝えるくだりは少々無理があると感じた。
■少女から大人への端境期の女性の不安定な心理をよく捉えている。小説作りがうまく、巧みに読者を引きつけるプロの仕事。
■直木賞受賞は当時かなりセンセーショナルな反響を呼び、女性ファンの方が多かった。
確かに巧いが、読んでいて疲労感が残り、話しを作り過ぎている気もする。直木賞受賞時に山口瞳氏がアドバイスしたように、
「小説作りに律儀でありすぎて、説明過多になるのが難点。無理に小説にしようと思わない方が良い。」のかも。
■小説の設定自体が現実にはあり得ない話しで、全く読む意欲が湧いてこない。
■男性の立場から描いたリアリティに欠ける小説で余り共感を持てない。
今の時代はもっと生活臭が漂うドロドロした内容の小説でなければ受け入れられない。
■サスペンスとして極めて良くできている。ドロドロしたものを削ることもプロの作家の業では。
■文章表現がうまい。ただ創作としては有り得るが、主人公他の人物像の設定に嫌悪感を抱く人もいる。
個人的には本作品は(典型的な)自惚れ小説との感想を持った。
■昭和の時代の特有な雰囲気がよく出ている。説明過多と言われがちだが、心理描写が極めて巧みで、
18・19歳の若い女性の細かな心の襞がよく描かれている。作者が36歳の時に本作品を書いたことは驚きでもある。
■恋文は読了したが本作品はまだ読んでいない。
■「戻り川心中」等ミステリ分野の作品はかつてよく読んだ。本作品は確かに説明が少々過多という印象があり、
人物・背景等の設定に困難なところがある。
■軽い読み物といった印象。フィクションとはいえ余りにリアリティに欠ける個所がある。
■小説を描く視点が女性的で、育った家庭環境(姉ばかり4人いる5人兄弟の末っ子)が影響している可能性がある。
会話体を多用するなど文章表現のテクニシャンで、仮想世界を巧みに生み出す小説作法・技量は、
小説を含む芸術の世界が新しい時代へ向かう先駆けになったともいえる。
以上 藤村 記
◆次回の予定;
日 時;10月1日(土)17時半〜
テーマ;「コンビニ人間」村田沙耶香
担当者;金田さん
11月の読書会テーマは決まり次第連絡します。
(文学横浜の会)
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