「文学横浜の会」

 読書会

評論等の堅苦しい内容ではありません。
小説好きが集まって、感想等を言い合ったのを担当者がまとめたものです。

これまでの読書会

2018年02月06日


カズオ・イシグロ

「日の名残り」

担当(成合)

私が読書会の課題本(「日の名残り」)にさせてもらった理由

1、「日の名残り」は、日本の侍、家老などの話のようだ。日本とイギリスの違いはなんだろう?
2、イシグロは、日本人なのか、イギリス人なのか?
3、イシグロに、日本人の心はあるのか? 郷愁は残っているのだろうか? 日本人の郷愁と同じだろうか?
4、最後まで読まないと、あらすじも、主題も分からない。これが名作か?

まことに読解力の浅い、ど素人の単純な疑問です。皆さんから教えて頂きたいと提出させてもらいました。

考えさせられた箇所

p42 「偉大さ」…美しさのもつ落着きであり、慎ましさではありますまいか。
p43 「品格」…定義は容易ではない。
p61 品格の有無は、自らの職業的あり方を貫き、それに耐える能力。イギリス人は感情の抑制がきく。

p265 品格・ 男も女も身につけられる。 p265 紳士の専売特許ではない。
p280 「強い意見」を持ち、発言すべきと主張することを品格にからめるのは、的外れ。 p289忠誠心を欠く
p301 品格・ 公衆の面前で衣服を脱ぎ棄てないこと。

p239 品格・ 執事が執事としての役割を離れてよいのは、自分が完全に一人だけでいるときしかない。
p238 恋愛小説には、荒唐無稽・おセンチなものも多い。恥ずかしいことではない。悪い事がありましょうか。
p285 民主主義は過ぎ去った時代のものだ。 今の世界は単純ではない。

p288 この世に自分の足跡を残すには、自分の領分に属する事柄に全力を集中することです。
p322 ダリトン卿は紳士なんだよ。そこからすべてが始まっている。英国紳士の宿命
p323 アメリカ人・人生の冷厳な事実かな。今日の世界は高貴な本能を大切にしてくれる場所ではない。

p343 時計を後戻りさせることは出来ない。架空のものを何時までも考え続ける訳にはいきません。
p344 みな、今手にしているものに満足し、感謝せねばなりますまい。
p350 後ろばかり向いているから、気が滅入るんだ。休む時が来る。人生楽しまなくっちゃ。 夕方が一日で一番いい時間なんだ。

p352 真に価値あるもののために微力を尽くそうと願い、それを試みるだけで十分である。 そのこと自体が自らに誇りと満足を覚えてよい十分な理由となる。
p353 人間どうしを結び付ける鍵がジョークの中にあるとするなら、決して愚かしい行為とは言えますまい。

まとめ

 頂いた感想・意見は、難聴の故もあり、聞き落としもあること、勘弁して下さい。 意見・感想は、順不同・発言者名省略でまとめてみました。

 物語は、執事としての人生を送った男の回想である。執事としてのあるべき姿はなにか。 執事として立派であったか。日本流に言えば執事道とは、とも言うべきものへの自分の生き方、 過去を回想する。回想は新たな使用人の必要も生じたのを機に、昔の女中頭を訪ねる道々の出来ごとと共に、 自己省察を深めて行く。

 それと並行して女性(女中頭)の恋と、執事として努めつつも生の根底に揺らぐ女性(女中頭)への恋情が語られるのだが、 これは最後まで読まないと分からない構成になっている。(読解力の浅さを痛感したのは提案者の私です。)
 女性(女中頭)と出逢って別れる最後の場面描写は、絶賛である。との評もあった。

 「品格」とは何か、との問いから物語が始まる。風景の品格、執事としての品格、国の品格、仕える主人、 国民の品格などと問われる。その過程で戦争、人種問題、人間の尊厳、民主主義について語られ、大英帝国の衰退、 アメリカ文化の比較に及ぶ。

 これら一つ一つのついて論じるのは、容易ではない。そう考えると、 カズオ・イシグロの社会哲学を簡単に理解するのは難しい。
 執事とは、騎士(道)などの誉れある身分ではない。世の下位にある者の目線を通して語らせている所に、 作者のねらいもあるのではなかろうか。

 米国映画「風と共に去りぬ」や「大統領の執事の涙」などにも通じる執事の哀しさ、 主人を一番にして仕え生きて来た人生、執事として貫いた人生の哀しさが伝わってきた。
 主人を一番にして仕える姿をも皮肉(批判)っているだろう。

 明治時代日本にも貴族社会があったが、欧州の比ではない。欧州全般に貴族社会というものがあった。 それ故に、その衰退に多くの人に郷愁なるものがあり、多くの共感を得た。 そのこともあって、ノ^ベル賞につながったのではないだろうか。

 恋人と別れる場面や滅びゆくものへの哀感は、日本的でもある。英国人には、そのようなデリカシーはない。 英国人には、書けないだろう。執事への努力は武士道にも通じ、また恋と死というものも、日本的なものに通じる。
 歴史に逆行する執事の主人の生き方と、それを信じることを自分の生き方としてきた執事。 それ故の恋のすれ違いなど、どう捉えるか難しい。

 厳しい執事の人生は、日本人のイシグロがイギリス人として生きる厳しさ、難しさもあっただろう。 そこから見たイギリス、見えたイギリスを書いたのだろう。
 欧州に学んだ者は多いが、漱石以来の人物だと思う。

 最近の現代文学は、性の解放・権利・民族などをテーマにしたものが多い。 今の時代に欠けていた抑制というものを書いた。没落のなかにもまだ残っているものを書いたのが良かった。
 日の名残り、として夕がたが良い。これは人生の終わりが近くなった者として大いに共感する。 そのような人生になるように日々を送りたいと思う。
 民族、国の違いを越えて示すものが、これからの文化・文明であろう。文学も同じではなかろうか。

 会員の方からCDをお借りしました。狩りに向かう貴族たち、会議に集まる貴族たち、 国際会議と宴会(食事)の豪華さ、執事も使用人も戦争のような忙しさ。それをひとつのミスもなくやり遂げる大変さは、 見ていてもハラハラしました。大概は映画は本に劣ると思っていましたが、映画ならでは味わえないものもありました。 CDの鑑賞をぜひお勧めします。

 二次会では、更に活発な話があっただろうと思います。難聴と酒が飲めないため、何時も欠席しています。 読書会でも失礼が多いかと、申し訳なく思っています。これからもよろしくお願いします。ありがとうございました。

<参考資料>

カズオ・イシグロ 
                            1954(昭29)長崎で生まれる
1959     家族でイギリスに渡る
1983     英国国籍取得
1986     ソーシャルワーカーの英国人ローナ・マックドウガレと結婚
1917     ノーベル賞受賞

作品

 1982   遠い山なみの光
   86   浮世の画家
   89   日の名残り    英国のブッカー賞
   95   充たされざる者
 2000   わたしたちが孤児だったころ
   05   わたしを離さないで
   09   夜想曲集     音楽と夕暮れをめぐる五つの物語
   15   忘れられた巨人

作品概要

・遠い山なみの光
  英国で暮らす日本人女性を主人公に故郷を思う気持ちや時間の移ろいを主題
・日の名残り
  英国貴族の執事を描き大国の栄光と没落、戦争の問題
  英国らしい品格のある執事の道を追求した人生を振り返り、旅に出た男の物語
  英国の執事なのに、日本の城仕えの侍のようだ
・わたしを離さないで
  寄宿学校風の施設で育った男女の姿を描き、医療技術や生命科学の問題を扱ったSF的小説
・忘れられた巨人
  記憶と忘却や現代の社会情勢などを視野に入れた作品。 (ユーゴスラビア解体やルワンダ紛争が物語を考えるきっかけになった。 母が読み聞かせてくれた日本のお伽話も心によぎった。イシグロ語る)
・日の名残り
・浮世絵の画家
  「無駄にした人生」をテーマにした。
  職業人生を愛や結婚という個人的な人生の両方だ。
  手遅れになるまで、現実から目を背けていたことに気付かされる

作品評

・サラ・ダニウス(ノーベル賞選考委員)
 イシグロは私達が過去とどう折り合いをつけるか、個人、共同体、社会として生き延びるために何を忘却するか、 探しもとめている。
・クリストファ・レアンドエル
 村上よりも日本的に感じる。  命のはかなさとか、そういうことが
 家族や年配の人を重んじること、大切な人への忠誠心など、伝統的な価値観に基づいている。
・平井杏子(昭和女子大)
 日本の感性とネィティブに近い英語力が融合した文学
・尾崎真理子(読売編集委員)
 国籍や言語は個人の意志によって選び得るか。
 個人は科学技術が先導し、民族や宗教が対立し続ける時代の運命に何処まで抗うことができるのか。
 被爆地長崎に「石黒一雄」として生まれた作者自身が引き受けた難題だ。
 世界にも境遇にも絶望せず、自分らしく生きて行くにはどう考え、行動すればいいのか、強い励ましが詰っている。
・浦 涼介(俳優)
 人間とは何のために生きているのかを感じ、そしてたくさんの思い溢れる作品でした。
・沼野充義(2017・10・06読売新聞)
 「小説を通じ、世界とつながっているという幻想の下に、隠された深淵を暴いた」と言う、ノーベル賞受賞
 理由が面白い。
・花中孝之(京都外語短大)
 時代に翻弄されている人の悲しさなどが描かれている。人物に対して温かいまなざしがあり、そこに人間
 尊厳を見出だして行こうとしている。
 クローンの置かれた状況は、我々の置かれた状況とそんなに大きく違うわけではない。 我々にも無限に時間がある訳ではない。普通の人間の人生のメタファー(隠喩)となっている。
・渡辺由香里(ベストセラーから世界を読む)・・インターネットより
 「信頼できない語り手」で知られている。
 語り手自身が自分の人生や自分を取り囲む世界について、必ずしも真実を語っていない。 現実から目を背けている場合もあれば、現実を知らされていない場合もある。
 読み進むにつれ馴染みのある日常世界の下に隠されていた暗い深淵のような真実が顕わになってくる。 そこで強い感情に揺すぶられる。
・インターネットより
 「わたしを離さないで」は現時点で最高の傑作。
 キャシー(主人公)の話。 「記憶を失うことはない、と思いたがっているのは、 彼女自身がこれから立ち向かうことになる自らの運命にたいする、いわば準備の一環。彼女の虚構ではなかったのか。
・都甲幸治(早稲田大教授)
 声には感情と意味がある。感情は響きとなって心の奥底を曝け出す。そして他者の心を揺さぶる。
 小説とは音楽の一種である。
 (イシグロはなぜ小説家になったのか)
 最も強い感情をかきたてるのは、心のなかにある。記憶と想像が混じり合った1950年代の日本だ。最早失われた世界である。
それを蘇らせ保存するには、小説を書くしかない。・・イシグロだけの日本を作り出す。 出発点には越境(イギリス移住)がある。移動が日常となった現代文学では、標準的なものだ。ノーベル文学賞が世界文学の現状を認めただけだ。作品は多様だ。その奥には常に声で人を繋ぎたいという欲望がある。

日本文化の影響

 1950年代の映画、小津安二郎「晩秋」原節子主演。「東京物語」。成瀬巳喜男「めし」「浮雲」など

カズオ・イシグロ語録

・五歳まで母の日本語を聞いていたので、女性の日本語は分かる。
・街を歩いていると昔見た懐かしい日本の記憶がよみがえって来る。他の外国とは違う何かがあります。
・自分には日本的要素がある。・・日本への回帰が見られるかもしれない。
 表面は穏やか、表面は抑制されているという、日本の芸術の長い伝統からきている。 表面の下に抑え込んだ感情の方が、より激しいという感覚がある。
・妻、ローナ・マックドウガルは仕事上の良き相談相手。「忘れられた巨人」を何度も書き直させられた。
・人が人生の終わりに近づくにつれて、記憶を自分のためにどう使うか
・「日の名残り」・・世代間の断絶、そして過去にとらわれている旧い世代の人間が、時代の変わり目を経験し、 それを自分なりに受け入れて行く過程の物語だ。
・「信頼できない語り手」は特に考えたことはない。普通に語り手を描いているだけです。 人生で重要な時期を振り返って説明を求められたら、誰でも「信頼できない語り手」になりがちだ。 それが人間の性というものです。こと自分に対してそうではないでしょうか。 私は「信頼できない語り手」を文芸的なテクニックだとは思っていない。
・「わたしを離さないで」・・ミステリーのように意図した訳ではない。 文章の表面には表れてこない葛藤があった可能性も想像されるようになっていく。
・私にとって大切なものは、愛や友情、尊厳です。「もののあはれ」は小説を書く上で常に私の心の中にある。
・母は被爆者だ。私は原爆の陰で育った。 ノーベル賞は「ヘイワ」を促すものと母が言った。
 長崎が原爆で壊滅的な打撃を受けて14年後(5歳)イギリスに移住。平和とは大切なものだと知っていた。
・ノーベル賞は我々を隔てる壁を越えて考える手助けをし、人類として共に努力すべきものを思い出させてくれる。
・重要なのは感情を伝えること。人間として共通するものに訴えることだ。私はこう感じる。 私が言っていることが分かるか? 同じように感じるか? と。
・文学の本質とは、互いを受け入れて必要であれば妥協したり、共通点を見出したりするのに、 他者の視点を理解するということです。他者を理解することだけに留まりません。文学は私達自身を理解する助けにもなる。
・私は60歳代で目をこすりつつ・・・世界の輪郭を見定めようとしている。自分たちと同世代の作家が、20世紀の負の歴史や戦争を語り継いでいかなければと語っている。 ・物語の語り方によっては、人種や階級、民族性といったバリアを越えられるはずだと、信じてきた。・・日本人の家庭で育ったことは、 周りのイギリス人とは違った視点で、世界を見ることが出来るようになった。


以上 成合 記

◆次回の予定;
  日 時;3月4日(日)12時半〜18時
  テーマ;「文学横浜、49号」、合評会

  場 所;帆船日本丸訓練センター「中会議室」。
  JR桜木町下車 5分、

(文学横浜の会)


[「文学横浜の会」]

禁、無断転載。著作権はすべて作者のものです。
(C) Copyright 2007 文学横浜