「文学横浜の会」

 読書会

評論等の堅苦しい内容ではありません。
小説好きが集まって、感想等を言い合ったのを担当者がまとめたものです。

これまでの読書会

2018年10月11日


城山三郎

「そうか、もう君はいないのか」

担当(藤村格至)

 文学とは、思想や感情を言語で表現した芸術作品。また芸術とは、 表現者あるいは表現物と鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動、と定義される。 さて文学横浜の会。今回の読書会の対象作品には、5月の読書会(「妻と私」江藤 淳)の際に関連資料として紹介された 城山三郎の随筆「そうか、もう君はいないのか」を設定した。

 城山三郎(1927-2007)は名古屋市生れ。海軍特別幹部練習生として終戦を迎えた。 一橋大学を卒業後、愛知学芸大に奉職して景気論等を担当。1957(昭和32)年、『輸出』で文学界新人賞を、 翌年『総会屋錦城』で直木賞を受賞し、経済小説の開拓者となった。吉川英治文学賞、 毎日出版文化賞を受賞した『落日燃ゆ』の他、『男子の本懐』『官僚たちの夏』『秀吉と武吉』『もう、きみには頼まない』 『指揮官たちの特攻』等、多彩な作品群は幅広い読者を獲得している。2002(平成14)年、 経済小説の分野を確立した業績で朝日賞を受賞した。

 随筆「そうか、もう君はいないのか」は、城山三郎没後に、次女の井上紀子と新潮社編集部の手で、 遺されたメモや原稿を再編集して出版されたもので、井上紀子による後書き 「父が遺してくれたもの ー 最後の「黄金の日日」」が含まれている。城山三郎は、 人間社会の矛盾に孤独な戦いを挑む「気骨ある男」を主人公とした経済小説、伝記小説を数多く世に送り出した。

激動の時代を毅然として生き抜いた男たちを描いてきた城山三郎が、最愛の伴侶に先立たれた際に襲われた途方もない寂寥感、 喪失感。「そうか、もう君はいないのか」には、城山三郎と妻容子の出会いから別れの日までが簡潔な文章で記述されており、 従来あまり表に出ることのなかった城山三郎の本質が、妻との実生活の描写の中から鮮やかに浮かび上がってくる。 遺稿を手記の形に整理した短い随筆ではあるが、さて本作品は読者に精神的・感覚的変動を与えることができたのだろうか。

 今回の読書会の参加者の中には、城山三郎の企業小説、伝記小説をまだ一冊も読んだことがない方も少なからずおられた。 本作品を読む前に作者の企業小説、伝記小説を読んでいるか否かによって、 本作品の読後感が大きく異なることは想像に難くない。つまるところ会員各自の志向により感想もそれぞれである。

≪会員の感想≫ 

■若い時から作者の小説はよく読んだ。作者自身も経済小説の主人公と同じようなタイプの人物かと想像していたが、本作品を読んで認識を一変した。愛する対象を持つということ、それを極々平易に発し受け止めて日々が過ぎていくこと、その素晴らしさに気付くのはそれを失いかけた時、その深刻な打撃も足掻きの思いも深く心に刻む思いだった。妻への愛情が作者の創作に対するエネルギーであり、改めて「世には良質な人間が本当にいるのだな」と感じさせられた。

■作者の経済小説等はあまり読んだことがないが、本作品は読み易く、成功した例に入るかと思う。作者を中心とする読書会が50年間も継続したことは敬服に値する。ただ作品から読み取れる作者の人生が完璧すぎて、逆に味気なさを感じた。

■作者の作品は今まで読んだことがなく、作者に対しては一般情報から頑固者のイメージを持っていた。妻の包容力の大きさが印象的で、冷静な視点に立った次女の後書きも素晴らしいと感じた。

■戦後の混乱期、高度成長の時代を生き抜いた同世代の人間として、作者に対してはかねてから強い共感を抱いてきた。「総会屋錦城」等の気骨ある戦う男を主人公とした経済小説を読んだ後には、はからずも大きな爽快感を得ることができる。素晴らしい作家である。

■本作品は初めて読んだ。次女の後書きが秀逸と思う。作者の没後に次女と出版社が編集した作品とのことだが、本人自らが編集したらどのような作品になっていたかと思うと少々残念な気がする。

■妻のおおらかな性格が印象的で、思わず三人で笑いあったニューヨークへ戻る息子との最後の別れの場面が印象に残る。

■作者の作品は初めて読んだ。読後感は非常に良いが、創作としてはどうかと感じた。作者は結婚して幸せな人生を送ってきたが、妻の没後の状況をみると、やはり男は情けない存在だと感じさせられる。

■今まで作品を二三冊読んだことがあり印象が薄い作家との認識だったが、本作品を読んで素敵な男性であることが分かった。かけがえのない伴侶を得て人生を楽しむことができた、滅多にはいない夫婦との印象を受けた。引き続き作者の「落日燃ゆ」を読む予定にしている。

■文学作品としては凡作かと思う。影が無く本質に迫るところがない。妻への惜別の情も少々薄っぺらな感じがする。また次女の後書きも抽象的すぎて感じるところがない。ただ作家自身は極めて純粋な性格で、妻との出会い、新婚生活の描写などには大いにノスタルジアを感じさせられた。

■二十代の頃に作者の「鼠」を読んだことがある。その後読んだ「小説日本銀行」も面白かった。海軍の経験等を踏まえて気骨ある人物を小説に描いたが、本作品にみられる妻との関係は大変ほほえましく感じた。妻の病気に対する医者の対応には、少々問題があるように思われる。

■5月及び今月の読書会と、読書会の対象に随筆が取り上げられたが、率直に言って対象作品に随筆を選択することには賛成できない。折角読書会で読むのだから、もっと読み応えのある小説を対象作品に選んで欲しい。妻を看取る話は自分にはあまりピンとこないが、本作品のタイトルのつけ方には最近の若手小説家に通じる斬新さを感じる。


以上 藤村格至 記

◆次回の予定;
  日 時;11月 3日(土)17時半〜
  テーマ;「猟銃」井上靖 、

  場 所;303会議室

(文学横浜の会)


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