「文学横浜の会」

 読書会

評論等の堅苦しい内容ではありません。
小説好きが集まって、感想等を言い合ったのを担当者がまとめたものです。

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2018年11月05日


井上靖

「猟銃」

担当(金田)

<読書会に「猟銃」を択んだ理由>
 初めて読んだのは学生時代、だいぶ前になる。 その時の感想は「凄いな、上手だな、こう言う作品が芸術と言うのか」と感心したのを覚えている。 その後シルクロードに関係する井上作品、つまり『天平の甍』や『楼蘭』等の作品に接して西域への興味を駆り立てられた。 「猟銃」を択んだのは久し振りに再読したくなったからだ。

<「猟銃」について>
 小説は、語り手である私が、 ひょんなことから日本猟人倶楽部の機関紙「猟友」に「猟銃」と題する一篇の詩を掲載したことから始まる。 私は猟銃というものと、人間の孤独というものの関係に、詩的感興をそそられ「猟人の背景をなすものは、 どこか落莫とした白い河床であった」とした一篇の散文詩を載せたのだ。

 何か月か経って、三杉穣介という見知らぬ人物から「猟銃」に書かれた人物とは自分のことではないかとの書状が届き、 物語りがはじまる。後日、三杉穣介から送られてきた3通の手紙によって物語の全体像が明らかになって行く。

 3通の手紙とは、彩子の娘「薔子」からの手紙、三杉穣介の妻「みどり」からの手紙、 そしてみどりの従姉妹「彩子」の遺書の3通で、いずれも三杉穣介宛のものだった。 読者には3通の手紙によって4人(彩子、彩子の娘「薔子」、三杉穣介、 穣介の妻であり彩子の従姉妹でもある「みどり」)の人間関係が明らかになる。

 三杉穣介と彩子は不倫関係にあり、三杉穣介と妻みどりとは不毛な夫婦関係を送っていた。 みどりがふしだらとも思える生活をしていたのは背景として、結婚直後に夫と彩子の関係に気づいたからだ。 彩子と穣介も二人の関係は秘密のつもりで3人は日常的には平穏を装っていた。

3人の偽りの関係が、彩子の自死によって終わる。 作者は3人の手紙によって、人間の「業」を描いている。 そして人間は何処まで本心を晒すことができるのか、とも問うている。

彩子は元・夫「門田」の不倫に対して自らの潔癖性から我慢できず離婚した過去があるが、 しかし心の中には門田への未練もあるようだ。

作者は彩子の遺書で言わせている。
「人間は誰も身体の中に一匹ずつ蛇を持っている。」
「人間の持っている蛇とは、我執、嫉妬、宿命、おそらくそうしたもの全部を呑み込んだ、 もう自分ではどうすることもできない業のようなものでありましょうか。」
このあたりが作者の書きたかったことではないだろうか。

また作者は三杉穣介に次のようなことを言わせてもいる。
「人は何処まで自分を表現できるか、或いは伝えることができるかはなはな疑わしい」
つまり人とは自分でさえ掴み切れない何物かをかかえている、と言う事でもあるだろう。

 伯父さんと慕われていた薔子には彩子の秘密を知って関係を断たれ、妻みどりにも去られ、 孤独になった穣介の胸中はまさに詩篇の「落莫とした白い河床」だったのだろう。

 あらためて見事な作品と思う。

<読書会の感想>

さて読書会の感想だが、例によって作品そのものより井上作品全般を含めた雑談がより多くなったのは毎度のことだ。 特に西域に関する蘊蓄が飛び交い、ドラマ化された井上作品、遠い昔に初めて読んだ「しろばんば」の話にも話題は及んだ。

「猟銃」の評価は別れた。当日の雰囲気からいえば、特に女性陣の方から寧ろ否定的な感想の方が多かった。

否定的な意見としては、
・不倫の話は、もうそれだけで拒絶反応が起きる。
・ドロドロとした内容は嫌い。
・内容の設定に無理がある。
  見知らぬ人にそんな手紙を送るだろうか。
  秘密の書かれた日記を例え娘だとしても「燃して」と手渡すだろうか。
  …等。

否定的な意見の中で、 みどりの手紙の中で書かれていた、
「猟銃の手入れをしていた夫・穣介に銃口を向けられたシーンを述べたくだりに印象が残る」
との意見が複数あった。

副題とした「闘牛」の方では作品を評価する方が多かった。
・面白く読めるた。
・イベント開催に賭ける人間が生き生きと描かれている。
・登場人物の「目」の動きに心を打たれた。まさに目は口ほどに物を言う。
・復興前の雑然とした、猥雑・複雑な社会風景が再現されている。
・…等。


以上 金田 記

◆次回の予定;
  日 時;12月 8日(土)17時半〜
  テーマ;「黒猫」アランポー 、
      「黒猫・アッシャー家の崩壊」―ポー短編集〈1〉ゴシック編 (新潮文庫)より

  場 所;602会議室

(文学横浜の会)


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