「文学横浜の会」

 読書会

評論等の堅苦しい内容ではありません。
小説好きが集まって、感想等を言い合ったのを担当者がまとめたものです。

これまでの読書会

2019年04月15日


三浦しをん

「木暮荘物語」

担当(川島)

『木暮荘物語』を選んだ理由

 三浦しをん氏は、祥伝社文庫版の金原瑞人氏(翻訳家・法政大学教授、金原ひとみ氏父)の後書きにもあるように、「純文学」ではなく、「読み物」の中で人はいかに生くべきかを描いている作家だと思ったからである。

 三浦氏は、現在42歳の若手であり、『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を受賞したのは2006年、三浦氏が29歳のときで、選者の一人平岩弓枝氏に「私が29歳のときには、とてもこんな作品は描けなかった。羨ましい才能」と評されている。その後の受賞歴としては、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞している。

 『木暮荘物語』は性がテーマになっているが、三浦氏は生々しくなくカラッと表現しているので、自然と読めてしまう。『木暮荘物語』は連作短編集で、男女の三角関係、老人の性の問題、浮気、覗き、不妊問題などの深刻な問題がそれぞれテーマになっているが、いずれもサラッと描かれ、ぎりぎりのところで生々しくなく読ませるそのワザが巧みである。

 ただ、サラッと描くのは、いま一歩踏み込んでいないからでもあり、一つの問題を深めた作品を読んでみたいとも思う。

合評会での意見

 ・読み易くておもしろかった。大衆小説であろう。一つの短編としても読めるが、個々の篇は、短編としても読める。女性が『心身』(大家の木暮老人がセックスへの願望に取りつかれ家族の住む一軒家から自分の所有する木暮荘に移り住む。そこでデリヘル嬢を呼ぶところまでこぎつけるのだが・・・)で老人の性の問題を取り上げたのは驚異であるが、男性の性の問題というのはもっとシビアなものである。
 ・連作短編にはなじめない。主人公が全員変態で、現実とは違う。文学と結婚するという作者の気合を感じる。

 ・心に訴えるものがなく、あまり好きではない。桐野夏生、高村薫のレベルに達してほしい。
 ・木暮荘のある世田谷代田の雰囲気は伝わってくるが、作品としての評価はあまりできない。七篇の中では、『ピース』(生まれつき生殖能力がなく、自棄になって奔放な生き方をしている女子大生が友人の産んだ乳飲み子を預かり、母性に目覚めるが一週間後に友人が赤ん坊を引き取りに来てしまう)が一番小説らしい。『シンプリーヘブン』(花屋に勤める女性繭が恋人と自室でごろごろしているところに、三年間音信不通だった並木という元恋人が訪ねてくる。並木は、ずっと付き合っていたつもりだと主張し、繭の部屋に居座り、三人の半同棲生活が始まる)では並木の存在に興味を覚える。しかし、最後の『嘘の味』(並木が繭を諦めきれず、花屋の近くで繭を覗き見しているところをニジコという料理を食べると作った人が嘘をついているかわかるという特殊能力を持った女性に見咎められ、ニジコのマンションに住むことになる。並木の繭へのピュアな思いと執着が綴られる)で描かれる並木の描き方は無理がある。

 ・最初、退屈だったが、『ピース』はこんなことがあったら大変だと身につまされた。『心身』は女性が男性の問題をよく書けるなと思った。おもしろおかしく作ったような気もするが、それなりに力のある作家なのだろう。
 ・多分に現代を映し出しているのであろうが、若さについていけない。あり得ない設定が多すぎて、突っ込み所満載である。『穴』(会社勤めのかたわら税理士を目指して勉強している男が階下の女子大生の部屋の覗きに熱中してしまう)なども妙に明るく描かれている。ただ、主人公がだらしなさやダメさを抱えた弱い人間ばかりというのが良さである。

 ・三浦しをんは好きで、ほとんど読んでいる。篇によって主人公の背景が変わると、人物像もどんどん変化するところを作者は書きたかったのではないか。
 ・作者の倍生きてきているので、作者の描きだした世界がわからない。連載小説のような感じで、読み取り辛い。心理的教えとか導きがない新しいジャンルの読物だとおもった。作者は、敏感に世相を受け止め、売れる書き方をする頭のいい女性だと思った。

 ・全体的にあり得ないことをマンガチックに描いていて、軽くておもしろいが軽すぎる感がある。『嘘の味』は無理に大団円に持って行った印象だ。
 ・三浦ワールドが展開されていて、筆力はあると思う。しかし男性から見ると違和感がある(特に覗きを描いた『穴』など)。

 ・人間に対する洞察力、観察力が足りない。木暮荘という前時代的なアパートを舞台に設定するところが、生活感がなく生活を甘く見ている(作者はこんなアパートをよく知らないだろうにただ興味本位にこんなアパートを設定している)。若者に通ずるものだけではなく、年齢を超えたおもしろさを持ってほしい。

合評を終えて

 全体として、読み物としてはおもしろいが、強く心に訴えるものがないという意見が多かった。

 私としては、各会員の方のご意見はそれぞれおもしろかったが、三浦しをんの持ち味はやはり好ましい。深刻な問題を生々しくなく、サラッと描き出すそのワザは職人級ではないだろうか。ややどたばたが過ぎるとは思うが、突飛な設定もファンタジーめいていておもしろい。私は純文学よりも読み物の方が好きなのであろう。 描きだされた世界のその外に、解決されなければならない問題が山積みなのは書き手も読み手もよくわかっているのである。ある会員の方の「登場人物が弱い人間ばかりのところに良さがある」というのはこの作品の本質を言い当てていると思う。三浦しをんは弱者の味方なのである。


以上 川島 記

◆次回の予定;
  日 時; 5月 4日(土)17時半〜
  テーマ;「団塊の世代」堺屋太一。文春文庫出版
  担当者;成合さん
  場 所;601会議室

(文学横浜の会)


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