「文学横浜の会」

 読書会

評論等の堅苦しい内容ではありません。
小説好きが集まって、感想等を言い合ったのを担当者がまとめたものです。

これまでの読書会

2020年01月13日


「欲望という名の電車」テネシ・ウイリアムズ

担当(藤本)

 人間の多面性、内面の深さを、アメリカのになう歴史、文化を背景に戯曲という手法を用いて、描き出した作品。 この手法でなければ、アメリカの光と影を表現しえなかったところが大きい、という意見が多かったことが、 とても印象に残りました。

タイトルの素晴らしさ、それぞれの人間の描写、また演劇化された作品についてもお話ができたことが、 嬉しかったです。

A Streetcar Named Desire


欲望という名の電車

欲望という名の電車』A Streetcar Named Desireは、テネシー・ウィリアムズによる戯曲。 1947年にブロードウェイで初演、1951年に同名で映画化、1998年にオペラ化されている。 ニューオーリンズを舞台に、落ちぶれた名家出身の女性が隠していた過去を暴かれ、破滅するまでを描いている。

ストーリー

かつて南部の大地主だった家柄の、若い未亡人のブランチ・デュボア。彼女は夫の死後、諸事情から故郷を離れ、 兵隊あがりの工場労働者スタンリー・コワルスキーと結婚した妹のステラの下に身を寄せる。 気位の高いブランチと粗野なスタンリーはそりが合わず、しだいに衝突するようになる。 ブランチはスタンリーの同僚のミッチと知り合い、 彼と結婚して人生を立て直すことに望みをかける。 しかしスタンリーはブランチが故郷を離れた理由が、同性愛者だった夫の死後に精神の安定を失い、 多くの男たちと淫蕩な生活を送った挙句、少年を誘惑したことで街にいられなくなったことを知り、 ミッチにそれを暴露する。ブランチはミッチに罵られて捨てられ、スタンリーにレイプされる。 そしてブランチは発狂し、施設に入れられる。

このタイトルは、執筆当時にニューオーリンズを走っていた路面電車の名前である。 ニューオーリンズには「欲望 Desire」, 「極楽 Elysian Fields」といった名前の通りがあり、 「欲望という名の電車」は、「欲望通り Desire Street」を走っていた電車である。 この電車には「Desire」という表示がされていた。


テネシー・ウィリアムズ


アメリカの劇作家。3月26日、ミシシッピ州コロンバスに生まれる。 不況時代のセントルイスで不安定な青春時代を送り、アイオワ大学で劇作を専攻、以後は雑多な職業を転々、 各地を放浪しながら戯曲、詩、短編小説を書いた。

初期の作品の多くは、生地南部のよどんだ風土を背景に、 人間の赤裸々な闘争の様相を象徴技法により甘美な詩情で包み、独特の美の世界をつくりあげた。 『ガラスの動物園』1945は、彼自身の青春時代をモデルに、家出した青年の母と姉に対する思いを叙情的に描いたもの、 また『欲望という名の電車』1947は、 南部の没落農園の娘が教養と欲情の板挟みのために精神が崩壊していく過程を描いたもので、 この2作の成功で劇作家としての地位を築いた。

その後、理想と現実のはざまに置かれた人物の内面心理のゆがみを掘り起こす『夏と煙』1948や 『バラのいれずみ』1951、幻想劇『カミノ・レアル』1953を経て、『やけたトタン屋根の猫』1955では、 遺産相続をめぐる家族間の醜い駆け引きをもとに、虚偽で固めた人間の外衣をはぎとり、 執念と執念のぶつかり合う強烈な戦いぶりを描いた。

以後は、世俗的暴力と妥協せず孤独の殻に閉じ込もる芸術家気質 (かたぎ) の人物の敗北の物語に終始し、 『地獄のオルフェウス』1957、『この夏突然に』1958などでは、 愛の価値の否定、弱肉強食の社会構造などを通じて人生に疑問を投げかける暗い思想を展開させたが、 『イグアナの夜』1961からあとは寛容と忍従の精神を訴えて、『牛乳列車はもう止まらない』1963、 『東京のホテルのバーにて』1969などでは死を甘受する人間像を描き出した。

1956年にニューヨークの路上で三島由紀夫と出会って以来親交をもち、数回来日している。 ウィリアムズの死後発表された戯曲の一つで、画家ジャクソン・ポロックの死をきっかけに書かれた『男が死ぬ日』 The Day on Which a Man Dies は三島に捧げられ、 1957年に英訳出版された「西洋能」An Occidental Noh Playという副題がつけられた。

1960年代は孤独感と罪悪感にさいなまれて酒と麻薬に入り浸って健康を害し、 69年には精神科病院の暴力的な患者を収容する病棟に入れられるなどの経験をした。

その後は立ち直って、人生の敗残者の心境を描く『小舟注意報』1972や、孤独の底で狂気と正気の境を生きる恐怖と諦観 (ていかん) を語る『二人芝居』1975など、いわば自分自身の絶望の美学の展開ともいうべき作品を書き続けた。また自己の同性愛体験を告白する『回想録』1975の発表は大きな話題を巻き起こした。 83年2月25日、ニューヨークのホテルの一室で事故死。

死の直前まで、戯曲、小説、詩と多数の作品を執筆していたが、晩年の作品は筆力の衰えを感じさせる。主要作品は映面化され、日本で翻訳上演された戯曲も数多い。

1945年 ガラスの動物園 The Glass Menagerie
1947年 欲望という名の電車 A Streetcar Named Desire ピューリツァー賞
1948年 夏と煙 Summer and Smoke
1953年 カミノ・レアル Camino Real
1955年 薔薇の刺青 The Rose Tattoo
1955年 熱いトタン屋根の猫 Cat On a Hot Tin Roof ピューリツァー賞
1956年 ベビイ・ドール Baby Doll
1957年 地獄のオルフェウス Orpheus Descending
1959年 青春の甘き小鳥 Sweet Bird of Youth
1959年 去年の夏 突然に Suddenly, Last Summer
1961年 イグアナの夜 The Night of the Iguana
1961年 ストーン夫人のローマの春 The Roman Spring of Mrs. Stone
1963年 牛乳列車はもうここには止まらない The Milk Train Doesn’t Stop Here Anymore
1964年 風変わりなナイチンゲール The Eccentricities of a Nightingale /『夏と煙』の改作
1969年 東京のホテルのバーにて In the Bar of a Tokyo Hotel
1973年 二人だけの芝居 The Two-character Play
1973年 叫び Out Cry /『二人だけの芝居』の改作
1980年 夏ホテルの装い Clothes for a Summer Hotel
1980年 トリゴーリンの手帖 The Notebook of Trigorin /チェーホフ作『かもめ』の自由翻案

鳴海四郎他訳『テネシー・ウィリアムズ一幕劇集』1966 /早川書房
鳴海四郎訳『テネシイ・ウィリアムズ戯曲選集 1・2』1977, 1980 /早川書房
鳴海四郎訳『テネシー・ウィリアムズ回想録』1978 /白水社

Wikipedia, 鳴海四郎訳 /テネシー・ウィリアムズ回想録 参照


以上 藤本 記

◆次回の予定;
  日 時; 2月 1日(土)17時半〜
  テーマ;「伊豆の踊子」 川端康成

  担当者;金田
  

(文学横浜の会)


[「文学横浜の会」]

禁、無断転載。著作権はすべて作者のものです。
(C) Copyright 2007 文学横浜