「文学横浜の会」

 「掲示板」の内容

評論等の堅苦しい内容ではありません。
テーマになった作品について参加者がそれぞれの感想を書き込んだものです。
  

2023年04月10日


「文学横浜」54号

<「掲示板」に書き込まれた感想> 目次

<創作>  「そのとき現れたものたち」  ………………  上終 結城
<創作>  「チュウタイチョーニカタナナカ」  ………… 上条 満 
<創作>  「底澄みーそこずみ」  ………………………… 原 りんり
<創作>  「初盆日記」  …………………………………… 港 朔  
<創作>  「ネットの向こう側の誰かさん」  …………… 藤堂 勝汰
<随筆>  「三組の盟友たち 〜よき友よよき相棒〜」   石野 夏実
<人物評論>「銀色の轍 〜宮城まり子を偲ぶ〜」  ……… 篠田 泰蔵
<随筆>  「大統領の手」  ………………………………… 池内 健 
<随筆>  「ニューヨークの想い」  ……………………… 山口 愛理
<随筆>  「祖父の思い出・冒険者の散歩道」  ………… 太田 龍子
<創作>  「アナ」  ………………………………………… 藤本 珠美
<創作>  「みどりの道」  ………………………………… 大倉 れん
<随筆>  「天は味方せず」  ……………………………… 日向 武光
<創作>  「タカシちゃん、もやしを買いに。」 ………… 和田 能卓
<創作>  「イマとココ」  ………………………………… 杉田 尚文
<創作>  「デュエット」  ………………………………… 河野つとむ
<創作>  「タウンハウス」  ……………………………… 保坂 融 
<創作>  「慶応さん」  …………………………………… 藤野燦太郎
<創作>  「さまよえる女」  ……………………………… 十河 孔士





「そのとき現れたものたち」
上終 結城

遠藤さん 2022/12/12 11:06

上終さんは姉妹サークルである「文横映画好きの集い」から入会され、私の方で強く文学横浜の会の方にも入って欲しいと切望し、入っていただいた。
 映画の知識はかなりのものであるが、文学の方も見識が広い。さすがと言わざるを得ない。
 さて、今回初めて作品を投稿いただいた。
 最初読ませていただいた際に、題材がなかなか面白いと思った。
 1980年が作品の舞台である。大学生の悠介が家庭教師先で出会った園美そして園美の母志摩が主な登場人物である。
 僕は上終さんの大学時代のエピソードも盛り込まれているのかなと思いながら読ませていただいた。
 独り京都で下宿する悠介を実際の母親の様に見守り、時に叱る美人の志摩に対して、仄かな憧れと、恋心のような感情が芽生えているのを行間から感じ取れる。
 霊感の強い親子は、亡き祖母と会話したり、娘の園美は谷崎潤一郎に出くわしたりと、ユーモアが盛り込まれており、飽きさせないストーリーになっている。
 うまくまとめられており、読後感が良い作品であると感じた。

阿王 陽子さん 2023/2/23 12:27

「そのとき現れたものたち」を読んで     阿王陽子

設定が1980年の京都であり、美しい母娘と大学生、娘の部屋、京都の寺院、と、古き良き時代の映画の情景のような展開が心地よい。川端康成の小説のような展開を期待しながら読み進めた。
作者の上終さんから、岩下志麻が好きで小説に志麻という人物を登場させたと、お話をお聞きしていたため、母親の志麻を、「古都」の岩下志麻をイメージしながら読んだ。
仏像に身近な人物の面影を感じるシーンは、ああ、仏像を見るときはそうやって似ている知っている人物を重ね合わせながら拝めたら良いのだな、と感じた。
ラストの、主人公の悠介が自分自身気が付かなかった内に秘めた志麻への思慕に気がついてしまったところが、この作品の妙である。
京都の風雅さと仏教美術と、美しい母娘に魅せられた大学生という、魅力的な小説であり、初めての小説とは思えない見事な出来映えである。
この作家の作品をまた読みたいと感じた。

森山 里望さん 2023/2/26 21:59

観光地ではない、生活の都としての京都の品・雅が作品全体に流れている。霊(?)と接する場面、会話が日常と変化がないのは作者の意図するところか?もう少しそこを立てて異なる空気を表現してもいいのではないかと思った。谷崎潤一郎の人物像を間接的に揶揄してるところが面白かった。
作中の悠介ら若者が今の若者より大人に映るのは、この落ち着いた文体、京都という背景のせいだろうか。事実、この時代の若者は大人だったのだろうか。
上質な読後感でした。

十河さん 2023/3/12 17:58

表現や構成など、小説としてよくまとまり、大きな瑕疵が見当たらないという読後感をもった。
・面白い題材をとりあげたものだとの第一印象。ただ、谷崎の名前を出したのはどうか。舞台裏がのぞかれるようで、出さなくてもよかったのではとも思った。
・なぜ舞台を1980年としたのか、何も書かれていない。現在とのかかわりもない。それはそれでいいのかもしれないが、何らかの言及があってもよかったのではないか。
・題の意味がよく分からない。

藤本珠美さん 2023/3/20 18:55

『そのとき現れたものたち』上終結城さん

神秘的な物語であると思った。
場所の設定が京都になっており、そこに美しい母娘があらわれる。
ちょっと茶目っ気のある女の子と家庭教師をしている主人公が、神社仏閣をみてまわるころから、あらたなストーリーの展開があるが、前半と後半にながれるリズムは、落ち着いて一定しているところが素晴らしいと思った。
途中、谷崎潤一郎を思わせる老人がでてきて、谷崎が東京生まれながら、関西の雰囲気を愛したという随筆「私の見た大阪及び大阪人」を思い起こした。
神秘的な場面をはさみながら、ラストシーンは小説の冒頭の部分の感じとうまく合っているところも良いなと思った。(しかし冒頭からはたしかにある時間を経ていることが余韻のようにしてあるところも)。

金田清志さん 2023/3/22 05:15

結局は主人公の志麻に対する思慕、ひそかな恋情を悟る物語り、として読みました。
前半と後半の作風が変わっていて、書きたかった事が整理されていただろうかと思った。

志麻の祖母・祖父についての不思議な部分が中途半端なままで終わっているのも気になった。

池内健さん 2023/3/23 23:49

夜になると仏像が寝返りを打って骨休めをする。ときには若い女性にちょっかいをかける。仏像らしからぬユーモラスなふるまいだが、地元の人々も自然な態度で共存していて、いつしか人間と仏像が重なり合っていく。幻想的でちょっとエロチックな話だが、京都が舞台だと、いかにもありそうに思えてくる。

筆名は京都の地名から取ったのだろうか。魅力的な土地への愛着を感じさせる。

後藤なおこさん 2023/3/24 13:42

1980年代の京都を舞台にした美しい母・娘、その家庭教師の日常と並行して語られる不思議な世界、亡くなった祖父母や異界の老人(谷崎潤一郎?)寝返りを打つ仏像などが落ち着いた筆致で描かれています。
いずれが夢か現か幻か。
それは彼岸にいる者が見せるものなのか、此岸の我々が見るものなのか。
読後感もよく読みおわりました。

杉田尚文さん 2023/3/30 09:49

そこにとどまりたい理由が、年上の女性への思慕なのだと知ったとき、主人公は唖然とします。ありえないことですが、もう一人の自分がそれを見つめています。豊かな語彙で、京都、奈良を舞台に、美しい母と娘に翻弄される青年を叙述しています。乾漆で作られた表情豊かな阿修羅像、その愁いをたたえた姿が主人公を思わせます。

山口愛理さん 2023/3/30 16:27

・そのとき現れたものたち 上終結城さん
主人公の男子大学生と家庭教師をすることになった美しい母娘。奈良や京都を舞台にしたちょっとミステリアスな体験談。確かに神社仏閣や仏像には、非日常的で神秘的な雰囲気が漂う。そんな違和感や畏敬の念をうまく小説にしている。
小説の初めの部分で時代や場所、設定がわかりやすく書かれているのは読者に親切。主人公と園美とのラブストーリーになるのかと思いきや、途中から、いないはずの祖母や不思議な老人が登場したりして小説の雰囲気が変わっていく。いっそのこともっともっとミステリアスにする手もあったかと思う。
ラストから推測するに、この主人公は志麻に憧れていたのだろう。それには寡黙な夫が関係していたのだろうか。夫の登場が小説内にないので、もう少し登場させてみても良かったのでは、と思った。
それにしても初めて書いたとは思えず、破綻のないしっかりとした読みやすい小説だった。

石野さん 2023/3/30 17:43

設定と構成のためのプロローグ、真情発露のエピローグであった。前半では、主人公の大学生の悠介、家庭教師先の美しく社交的な教授夫人の志麻、生徒は高校生のお茶目で活発なひとり娘の園美の3人を読者にイメージさせる。彼らが主たる登場人物であるが、昭和レトロのインテリ家庭の映画の域を出ていない。
母娘に霊感の様な特別能力があって死者と対話できるという設定は、この小説を盛り上げるためには必要なエピソードであったのだろう。
奈良の興福寺と東大寺の仏像をストーリーに入れた後半が新鮮であった。
悠介が年下の園美ではなく、母親の志麻の方に抱いた秘密の恋心は、仏像とうまく絡めて最後の場面で悠介自身に本心を確かめさせた。出会った人にしか恋心を抱かないとしたら、どうしても狭い範囲の身近な人に心が奪われる。若さゆえ相手との年の差を意識しない、しても問題にしない。
志麻の言動から察しても、悠介に好感以上の感情を持っている可能性も否定できない。時間を待たず突き進むか、時間をかけ徐々に離れて諦めるしかないのだろう。
小説や映画は、日常では叶わない夢の代替の役割が大いにあるのもひとつの真理である。

MASAO,F 由宇さん 2023/3/30 21:47

大学生というモラトリアムの最終段階の恋愛思慕感。

ふわふわとした現実感がないままに、アンニュイでありながらも心のひだを確実にいじくってくる「年上の女(ヒト)」への思い。

昔日の思い出に浸るに十分すぎる作品でした。
実体験なのかどうか。おききするのは野暮ですかね。。。

いまほり ゆうささん 2023/3/31 13:55

文章、語り口が上手で引き込まれて読みました。美しい母娘はあの世の人と交信出来るのですね。そして最後に悠介も幻影を見て自らの思いに気づくというラストはうまいですね。ただ、谷崎まで登場させるのは、ちょっとどうかとも思いました。

港 朔さん 2023/3/31 15:55

好いものを読ませていただきました。とくに E 南禅寺の帰り道 は面白かった。
変な老人と園美の話。そこに谷崎潤一郎を絡ませているところが面白い。谷崎はこの場に現われてくることに、不自然さを感じさせないキャラクターだと思う。
また奈良京都を歩いてみたくなった。

林さん 2023/3/31 20:45

おもしろかったです。
後半の仏像にいろんな知り合いの面影を重ねてみたり、邪鬼についての想像をふくらませたりして、最後は自分をその邪鬼に重ね合わせて自分の本心に気づいたところなど、流れるように話が進み、読みやすかったです。
長椅子に寝そべる謎の老人の話を入れたり、会話部分が軽快でテンポがよいのも、作品の流れをなめらかに進める作者のテクニックなのではないかと思いました。

津曲稀莉さん 2023/3/31 23:21

構成、描写、共に過不足なく、文体も落ち着いていて、作品世界に引き込まれました。それはシーンに対応する文字数のバランス等、読者に配慮してのことだと思いますが、一方で、意図的にバランスを崩した、過剰な、または欠落した箇所の設定よって、一定の効果を生むこともできると思いました(極端な視点の絞りやら信頼できない語り手、過剰描写など)。

藤野燦太郎さん 2023/4/1 16:59

そのとき現れたものたち 感想 藤野燦太郎

全体8個のパーツにわかれていて、京都の社寺と結び付けたお話の展開は大変良いと思いました。霊感の漂う京都での大学生活から就職までの話とまとめることができます。
6と7は幻想的な大変面白い話で、高名な作家を使ったエピソードはこれだけで一つの作品が出来そうでした。ただ、これを入れると印象が強すぎ、大学生悠介が飛んでしまいそうでした。京都という所は古いお寺がたくさんあって、個人の霊が漂っているところだよという趣旨で入れられたと思うのですが、自分だったら別の作品にしたと思いました。実際読後にくっきりとこの話が残りました。
また、京都に残った理由が園美に対する恋心でなく、志麻に対する思慕だと悠介が感じたというのは、作者の独創的な構想でした。最後をチャットGPTに作らせれば多分予定調和で園美に対する恋心のためとなるのでしょう。自分が作ってもそうなるなと考えていました。

成合武光さん 2023/4/1 17:04

仏像師が木を一削りする度に現れてくる一つの顔、その顔ごとにいろいろな思いを巡らすであろう。改めてそのことを想いました。
 高校生の若々しいい描写、家族の明るい様子、幸せな家庭の様子が良く書けている。初め怪奇小説のような設定に驚きながら読み進んだ。戒壇堂の仏像たちにいろいろな人たちの顔を思い浮かべていると、自分の心の中を気付かされたという。大変手の込み入った物語だと思う。あまりに練られすぎたようで、初めのミステリ気分が浮いてしまったように思える。


「チュウタイチョーニカタナナカ」
上条 満

遠藤さん 2022/12/15 07:45

最初このタイトルを見た時、僕もどういった意味なのかさっぱりわからなかった。チュータイチョーまでは辛うじて分かるが、そこからが、どう解釈してみようとも上手くいかない。
 この上条さんの小説はそういった事も狙ったものになっているのであろう。読者は最後の最後に種明かしをされて、納得する。
 今回は中国の米事情についてかなり専門的な用語を用いて解説されている。勉強になった。中国の米の匂いというのはいまいちピンと来ないが、きっと好き嫌いが分かれるのであろう。
 本小説は前半、中国の米について研究チームの一員として派遣され、そこで日本の寒冷地でうまく成育できた実例を説明して、今の中国米の成功をもたらしていることが克明に説明されている。改めて日本の米の技術の高さを知ることができた。
 後半は、そこでの宴席で、日本が満州を統治していた時代の過去の過ちに触れて、日本人として改めて考えさせられると言う展開になっている。
 この過去の戦争の歴史の云々に関しては、読者の意見も分かれることなので、言及は避けるが、一つには、今もその事実は体の奥底に染みついていると言うことと、それは忘れ難い過去であると言うことと、もう一つは、それはそれとして、これからを両国は見据えて協力していかないと言うメッセージが込められているのだと思った次第である。
 僕は、前半の中国の米事情における説明が比率として多く、後半の宴席での展開をもっと多くした方が読み応えが生まれると感じた。

阿王 陽子さん 2023/2/23 14:09

「チュウタイチョーニカタナナカ」を読んで   阿王陽子

上条さんの中国ドキュメンタリー小説は知識の宝庫である。この作品を読むとき、上条さんという登場人物を漫画の島耕作をイメージしながら読み進めた。島耕作の外国ドキュメンタリーと通じるものがあるかと思ったのである。島耕作は電機メーカーやショービジネスでよく外国に行くのである。

さて、上条さんの経歴は存じ上げないのだが、中国で実際に研究員として滞在されていたのではないか、と感じた。
米の好みを考えたことが実はあまりなかったので、日中間で米粒の好みが違うのに、まず驚いた。また、私が小学生の頃、自分の家庭で食べていたキララ397が昔、周りの家庭が食べていないことがわかり、がっかりしたことがあったが、その数字記号が品種に入っている、「空育137」という品種もあることがわかり、米の栽培実験がさかんに行われ、品質改良されているのだと知った。

宴会のところの、中国での乾杯の作法も、初めて知った。

途中731部隊の記念館、『地平線の月』、そしてタイトルにある「チュウタイチョーニカタナナカ」のところで、上条さんの戦争観が述べられている。最後のラオ李の弾圧され苦労した人生であろうと感じさせるところが胸を打つ。

戦争中、日本軍(関東軍)が中国を侵略し、マンチュリアン・ドリームをしようと傀儡政権、日本語教育、開拓という名の侵略、略奪をしたのはまぎれもない事実であるが、謝罪を江原さんのように日本国民としてしようとしたとしても、果たして、侵略された側(ラオ李)は、赦せるだろうか。

戦争観、歴史観など、問題提起する作品であった。

森山 里望さん 2023/2/26 17:56

中国の農業組織、構造については長く難しく感じた。30年ほど前、冷害により日本国内でコメ不足となったとき、仕方なくはじめて中国産のお米(あれがインディカ米だったのだろうか)を食べた。あの独特の匂いとぱさぱさした食感がどうしても好きになれなかった。「香り米」とはきれいな言葉だ多と思い、今一度食べてみたい気になった。
戦時中の日本軍が中国の人々に行った蛮行をうすうすは感じ知っている程度だったが、これを読んで中国の人たちの目と言葉から伝えられるストレートな事実の一端を知ることができたことに感謝したい。老李の唯一覚えているという日本語の意味を理解し、謝罪した江原さんの言葉に涙がでた。
老李が酒宴の終わりごろにこの言葉を放った真意はどこにあるのだろう。老李の来し方を思ってもそれは明確なものではないように思うが、黒く滲んだ過去と、明るい光さす未来の両方を渡されたように思う。

藤原さん 2023/3/10 10:47

作品のタイトルが象徴する中国における日本の侵略支配の過去に対して、戦後生まれの日本人がどのように考え、どのように対応するかの課題を再考させられた。作品中、江原氏(戦後生まれの中国農業経済研究者)の言動に焦点が当てられる。江原氏は、戦時中の日本人の侵略や蛮行に対して、自分と直接的には無関係との態度だった(七三一部隊記念館にも無関心)。しかし作品の終盤、中国側の日本人研究者歓迎会の席上、老李が披露した日本語を聞き、日本が中国人に及ぼした影響の深さを突き付けられ、江原氏は思わず「謝罪」する。
 この江原氏の謝罪に対して老李がとった態度の意味、彼の本心の解釈がいく通りにもできそうなところがいい。小生の解釈はこうである。老李は分局長の代わりに乾杯するくらいの人(局長経験者と推測)なので、宴会のなごやかな雰囲気へわざわざ冷水を浴びせてしらけさせる意図はなかった。むしろ昔覚えた(覚えさせられた)日本語を披露して宴会を盛り上げようと、半分座興のつもりだった。しかし結果として日本人たちは凍り付き、江原氏は真面目に謝罪する。老李は謝罪を望んだわけではなかったが、江原氏の真摯な言葉を聞き、その誠意を受けとめた。
 作品前半の中国におけるコメの品種や生産・流通の実情解説は、小生にはやや専門的過ぎて難しかった。

十河さん 2023/3/12 17:53

実際に中国で暮らし、仕事をした経験(違っていたらごめんなさい)からくる描写の積み重ねがものを言っている。実体験がないと書くことができない小説だと思う。こうした体験をしたことがない身としては、うらやましい。
・ヤマは@731部隊記念館訪問A農墾を訪れた後の歓迎会。@はAを補助する役割。この
2つの出来事を事実に即した客観的な文章が支える。@、Aだけを取りあげると、あるいはこの作者でなくとも他の書き手も書けるような気がする。が、それを農業研究員の視点や経験の中に落としこんで叙述しているのが効果をあげている。
・惜しむらくは後半に誤字脱字がある。
・農墾を訪れたのが2003年なのか2005年なのかわからない。
・登場人物がほとんど男性ばかり。単色になる。今回の主題ではしょうがないか。

藤本珠美さん 2023/3/20 19:01

『チュウタイチョーニカタナナカ』上条満さん

作者の視線をとおして描かれる、中国に関係する小説。隣の国であるにもかかわらず、中国という国を全く知らない自分に気付かされる。
中国も韓国もだが、日本との関係はゆるやかになったり、緊張したりし続けている。友人が日本語教師として数か月、中国で教えたことがあるが、彼女は中国語を全く知らず、また中日関係がよくないと連日テレビで伝えられていたこともあり、心配になって手紙を出すと、生徒たちはみな優秀で、町の人たちもみなとてもやさしいので、心配しないでという返事が来た。中国関連のニュースをみると、みな表情を隠しているようにみえるけれど、本当は全くの一人一人であり、あたたかい人たちなのだなと思った。かつて福田政権のとき、温家宝が来日して、会議のあと卓球の愛ちゃんがよばれたが、彼がサッと背広を脱ぎ、シャツを腕まくりして、心から楽しそうに世界チャンピオンとプレイしていた姿を思い出す。
この作品も、高齢の男性の日本語と日本に対する思いが、複雑ではありながら心あたたかく描かれているところに感動した。
文体がおだやかで、読んでいて安心させられる。

金田清志さん 2023/3/22 05:17

創作と言う読後感ではなく、中国での農業調査を通した戦後の日中関係の一端を描いた作として読んだ。

内容的に面白く、広い中国の一部ではあるが、中国人の中にも日本に対する色々な思いがあるのだと思う。当然だが。

池内健さん 2023/3/23 23:48

タイトルが印象深い。最初は東南アジアかどこかの言葉かと思って読み進めた。かつて日本語を学んだ中国の老人が、他の言葉を忘れてしまってもこの言葉だけは身に付いてしまっているという事実は、日中関係の暗い側面を象徴している。教育が持つ影響力の強さ、怖さも突きつけられる。

冒頭、中国米の香りが日本人には好まれないという話が出てくる。米という最も身近な食べ物を素材に、日中の違いを説明するのは分かりやすい。私自身は、米飯に何かをかけて食べる料理はインディカ米の方がうまいとおもうので、もっと当たり前の食材になってほしいと願っている。

後藤なおこさん 2023/3/25 07:05

「チュータイチョーニカタナナカ」と言う強烈なインパクトで、しかも「意味がわからない」題名から一転して、最初は中国の香米の話から日中の技術協力→満州開拓と少し固めな語り口で文章が綴られて行きます。
この辺は、事情に疎い私は頭の中で「ヴ?」と言いながら頑張って読みました。
後半の宴会の場面で、いきなり「チュータイチョーカタナナカ」、ここで題名の種明かしがされます。
見事な切り返しで一気に引き込まれました。お見事!
折しも直近に読んだ本が満州からの引き上げの様子を描いたかなりハードな本だったものですから、なおさら、何とも言い難い気持ちにさせられました。

いまほり ゆうささん 2023/3/29 19:45

近いようで遠い国。中国に関して上条さんならではの視点で描かれており、全く意味の分からなかったタイトルの意味が明らかになった時、はっとさせられました。前半の農業に関する部分はあまりに専門的すぎて読むのがしんどかったです。

杉田尚文さん 2023/3/30 09:51

前回、中国の文盲の若い女性、ヤオメイの登場に驚いた。自然描写もよかった。今回も、知らない中国で、コメをめぐる事情や、乾杯の様子、先の戦争への思い、これはもう、外交の現場の実体験だと思った。
僕には伯父が一人だけいた。保険の外交員をしていた。手伝いをしながら、留守番をしていると、伯父がバイクに乗って訪ねてくる。父を君付けで呼び、母を呼び捨てにして、「おるか」という。不在を伝えると、「古新聞はあるか」と持って行く。多くの人が生活が大変な時代だった。長身痩躯、直立不動、顔は平沢貞通に似ている。いつも、命令口調だった。この伯父が元中隊長だった。伯父が訪ねてきた何回か、偶々、僕は作業服を着て手伝いをしていた。その後、伯父はしきりに僕を褒めたと父と母から聞いた。長く生きて、雪よせ中に事故で亡くなられた。中隊長の哀しさ、どのような思いだったのか一言も聞いていない。

林さん 2023/3/30 16:26

前半、作品を通してお米や農墾についてたくさんの知識を教えていただき、興味深く読み進めました。
過去におかした日本の罪について、現代の日本人、それも個人が謝罪するというのはどうなのだろうか、非常に難しい問題提起をされたと感じました。
それを江原さん、野尻さん、上条さんの3パターンで考えを挙げているのも分かりやすくてよかったです。
過去のことで、自分自身とは関係がなかったとしても、自分たちの祖先が行ったことでそれにより傷ついた人が目の前にいるとしたら、私も思わず謝ってしまうかもしれないが、その謝罪に本当の謝罪としての意味があるとは言い切れないように思います。
原子爆弾を落としたアメリカをなんて残酷なことが出来たのだろうかと思う一方で、それについて現代のアメリカ人に謝罪してほしいかというと全く思わないからです。
ただ、原子爆弾を使うことは間違っていることだということを知ってほしい、広めてほしいとは強く思います。
一方で、戦争を体験していなくても現代においても謝罪をしてほしいと思っている人が世界にいるのも事実だと思います。
大切な祖先が傷つき悲しい思いをしたのだから、謝罪をしてほしいということなのかなと推測します。
過去からは学ぶことが出来ます。
自国にとらわれず、過去の人のとしての過ちを知ることで、それを認めて繰り返さないことが何より大事なのかもしれないと思いました。

山口愛理さん 2023/3/30 16:30

・チュウタイチョーニカタナナカ 上条満さん
一回読んだだけでは意味の分からないタイトル。それがいつ出てくるのかと思っていたら最後に登場する。日中のコメに関する専門的で詳細な説明が前半の多くを占めているが、これはもう少し縮小しても良かったのではと思う。
恐らく作者の体験に基づいていると思われる七三一部隊記念館に関するエピソードなどはリアルだ。老季の人柄がにじむ部分も良いし、戦争をからめた重い主題を、ある意味ユーモラスにしかしリアルにこのタイトルに込めたのが良かった。

藤野燦太郎さん 2023/3/31 14:46

チュウタイチョーニカタナナカ 感想 藤野燦太郎

中国の農業を研究するために派遣された作者の中国滞在記録として読みました。
やや読みにくいところもありましたが、中国での「乾杯」の作法「乾杯要員」などは強く印象に残りました。寒い黒竜江省の人は酒に強いとか、最近のalcohol分解酵素の遺伝子研究結果を裏付ける記述もあり、興味深かったです。
作者の実直な性格をよく表した発見のある滞在記録でした。

石野さん 2023/3/31 23:26

上条満作
上条さんは、中国と日本の農業経済共同研究の研究員として中国に派遣され長期滞在された方なので、食糧や流通等その関連のプロでありお米にもとても詳しい。前回の「ヤオメイ」の話も良かったです。今回は北海道の耐寒性技術と品種のおかげで、北海道より北に位置する黒龍江省で米の生産が毎年増産されていて、中国人がお米をお腹いっぱい食べることができていると感謝されている話を読み、とても嬉しく思いました。
調査団歓迎の宴席で乾杯の音頭を取った老李という老人に出会い、その彼が発した「チュウタイチョー二 カタナ ナカ」が、今回の題名となりました。
このいち文は老李氏の満州国(日本の植民地としての傀儡政権)の旧制中学時代の軍事教練の号令でした。これに対し「何十年経っても日本の歴史的な汚点、対中国侵略行為は事実であり戦争を知らない者であっても謝罪したい」と同行の江原氏は冷静さを欠いた早口で老李氏に話しかけた。老李氏は「謝謝!」と微笑んだが。。
日本の植民地化の次には共産党の粛清もあり、農村に逃れいち農民として大変な時代を生きてきた人々もまだまだ存命だ。
私的には、歴史の関りも深く、国土は日本の25倍、人口は10倍の隣国中国と、もっと仲良くしてほしい、それが一番の願いだ。

成合武光さん 2023/4/1 17:22

ご飯が炊きあがるときの香りは私も好きです。その好みが国によって違う、米そのものが違うというのに驚いた。私も東京に来て、初めて外米のご飯を見たとき、その米粒の大きいのにびっくりしたことを思い出しました。
畑苗代は今や日本全国に普及しているのではないでしょうか。初めてそれを知ったのは50年ぐらい前だったでしょうか。とてつもなく怪訝に思いました。話を聞いてその合理性に感心した。コロンブスの卵だと思ったことも思い出しました。中国との共同研究に多くの人が携わっておられることに、感動します。世界の平和に広がっていってほしいと思います。戦前からの拘りもまだまだ、人情としても難しいことが多いでしょう。携わっておられる方たちのご苦労に深く謝意を申し上げます。

津曲稀莉さん 2023/4/1 22:32

・中国人と日本人で米に対する嗜好が違うというのが興味深く、そこから歴史に接続していくのが面白い展開だと思いました。
・台湾では後藤新平らによって近代化が推し進められたことを肯定的に、一方中国では否定的にという風に安直に捉えてしまいがちですが、根底には米に対する嗜好のような動かせない部分があるのではないかと考えさせられました。


「底澄みーそこずみー」
原 りんり

遠藤さん 2022/12/17 15:41

原さんは僕がまだ文学横浜の会に入会する前にいた方であり、去年また入会された方である。
 底澄み、なかなかの力作である。
初め読ませていただいた時に、話の展開が早く、内容も面白いので比較的長い作品であるが、一気に読んだ。
 底澄みの良さを、以下に記したい。
 まず、キャラクターがしっかりできており、イメージが付いて回る。
 知的障害施設が舞台である。そこに、保母の資格を持つ主人公が自分の意思とは裏腹に
採用されている。
 その日常は、戦争である。力がある男性患者の面倒は主人公の女性にとっては想像を絶するほど、大変で、困難であることが伝わってくる。それでも、家賃やら、生活していくためには、我慢して仕事をこなしていくより他ない。
 中で働く職員を腹の底であだ名を付けて、悪態をつきながらやらないとやっていられない。
同居する男は好みではないタイプであるが、話し相手になってくれる相談者である。
患者を外に連れ出すということは、相当神経を費やす作業であることがよく伝わってくる。そこで繰り広げられる日常は、日々驚きとストレスの連続である。
 最後同居人とマックと仲良く、家族のような平安を得ていくと思わせておいて、マックの暴走により、地の海と化すというホラーで終わる。
やってくれたという思いである。
 ご本人がこういった施設で働いた経験をお持ちなのかどうなのかはわからないが、このような知的障害施設の日常がリアルに書かれていると思った。
 小説としては面白いし、完成度も高いと思います。
 ただ、知的障害者、および知的障害施設を題材にするというのは、家族や知り合いにそういった人がいると素直に笑えないところがあるのも事実である。
 そこに、そういった方への愛情や、職員への尊敬の念が求められると思ったしだいである。

阿王 陽子さん 2023/2/23 15:30

「底澄みーそこずみー」を読んで 阿王陽子

全編、女性の現代的な言葉で書かれているため、たいへんポップな、印象を受けるのが救いで、知的障害の施設で働く女性の話であり、内容はヘビーな話である。

男性の性処理の話にびっくり。また、食欲の強い入所者の話にもびっくり。本音で語る主人公磯野と同居人、哲ちゃんのなかなかくっつかない恋模様がもどかしい。

知的障害の入所者の世話をする磯野さとみら施設の職員の愛あふれる介助が綴られているが、ラストの衝撃的な急展開に、まさに恐怖を感じた。無邪気は狂気に変わるときがあるのだ。

森山 里望さん 2023/3/2 22:18

底澄みーそこずみー  
話し言葉で、軽妙に辛らつに綴られている。作品全体が怒りで覆われているように感じた。望まない仕事、施設の矛盾した制度、受け入れられる家族のない入所者、そういったものへの怒りの隙間にときおり見える人の優しさ、温もり。中の者しか知らない施設のリアルも迫力があった。予期せぬ結末。
韓国映画「パラサイト」に通じるものを感じた。

藤原さん 2023/3/10 11:55

障害者施設に勤める主人公さとみ(三十代)の視点から見た、施設の子供たちや従業員たちの実情を描いたインサイドストーリーとして読める。小説としての完成度が高く、達者な筆致の作品である。内容が濃く分量も十分で読みごたえがある。三十代女性の本音が話し言葉で生き生きとテンポよく語られ、それが若い頃のビートたけしの毒舌トークのようにも聞こえ笑える。
 主人公さとみは、ある意味不本意ながらこの職場に転職してきた。しかし世話をやかせる子供たちや、そりの合わない同僚たちに内心毒づきながら、彼女なりに精一杯働いている姿に好感がもてる。主人公だけでなく、同居人の哲ちゃんをはじめ登場人物のキャラクターが過不足なく描き分けられていて、その技量にも驚かされた。
 ほのぼのとしたハッピーエンドを期待した読者を尻目に、あっと驚く結末にした意図を是非教えてもらいたい。

十河さん 2023/3/12 17:54

主人公の言葉の汚さに驚く。ここまでの言葉を使わせる過酷な現実がある、ということだろう。が、読んで、いい気持ちにはならない。そういう主人公の心持ちはまったく普通の、30過ぎの女のそれ。このギャップに2度目の驚き。その言葉のように強く反抗を表明するところもない。そういう場面があってもよかったが。(職員とケンカをするとか、前の職場を離れる時に、ケンカして啖呵を切ったとか。)
・こういった表現を選びとるのは、勇気がいったと思う。それを躊躇せずに選んでひとつの小説に定着させたことは称賛していい。ああ原さん、自分の戦いを戦っているな、という気はする。
・原さんがなぜ「押し、燃ゆ」を選んだのかがわかるような気がする。内容、表現的に地続きな部分があるように思った。
・終わり方がどうか? 小説をどう終わらせるかは、もしかしたらどう始めるかよりも難しく、いつも大きな問題。安っぽい調和で終わるくらいなら、破滅で終わる方がいいとのことだろうが、成功しているだろうかと考えさせられた。

藤本珠美さん 2023/3/20 19:04

『底澄みーそこずみー』原りんりさん

文体が独特で、ひきこまれて読んだ。
会話体というのか、会話でフランクにおしゃべりするようなフレーズが、主人公の心のなかにあって、それが文章になっている。
人間は特に何かについて考えているわけでなく、ぼんやり思考していても、頭の中に文章ができていたりするが、それは書くときの文体とは違う。けれどこの作品は、頭の中にあるひとり言みたいなもの、友人たちと会話するときの会話体とが並行して描かれていて、とてもおもしろく、読んでいて、リズムが気持ちよかった。
日本語でセリーヌの「夜の果ての旅」みたいな作品があるなら、こういう文体に近いのかなと思った。
そして会話体だからなのか、表記されることばの中には、主人公の「本心」があらわれている気がして、この主人公もけっこうクールなのだが、ストーリーの完結するところで、人間と人間のたちきれないぬくもりも描かれていると思った。

金田清志さん 2023/3/22 05:19

面白く読みました。
公的障碍者施設内の障がい者及び職員の人間関係や人間模様が誇張して描かれ、職員でもある主人公と哲ちゃんとの関係もリアルに表現されて面白かった。

障がい者との関係では人間の複雑さと滑稽さ、特に知的障害者にあっては本能的な部分を含めて直截で、人間の本能が赤裸々に描かれている。
ラストの部分も秀逸だ。

一部気になる部分があり、会話と地の文が混然としている箇所も気になったが、文学横浜の最近号では最も最も印象に残る作。

池内健さん 2023/3/23 23:47

福祉施設の描写がリアルで迫力があり、障害者との共生には多くの努力が必要だと痛感させられる。鮮やかなラストも、意思の疎通の難しさが招いた悲劇だと思う。

いまほり ゆうささん 2023/3/29 19:58

すごい作品ですね。圧倒されました。重度の障がい児施設の日常がこれでもかというほどのリアルさで描かれています。さとみちゃんと哲ちゃんの優しさが重大な事件を引き起こしてしまった事、そしてそれはマックが綺麗にケーキを切った喜びを伝えようとしただけなのではないかと後になって気づくという何とも言えないやり切れなさで終わる。読後感としては重くて辛く嫌な感じが残りますが、多分それは原さんが意図された事なのだと思いました。

MASAO,F 由宇さん 2023/3/29 22:30

衝撃的なラストの展開ですね。
圧倒されました。
悲劇というより、喜劇のような気もします。

意外にも想起したのは「オイデプス王の悲劇」です。(愛する女性は実は母であり、恋がたきを殺すも、それは父というギリシャ古典)

自らが信じる正義がじつは社会通念上のコモンセンスと大きく逸脱していた場合におこる悲劇は尋常でHない。

正義の快楽は時に残酷なまでに社会的制裁をうける・・・という風刺なのでしょうか、、、。

藤野燦太郎さん 2023/3/29 23:16

底澄み  藤野燦太郎

知的障碍者の思考の純粋さがテーマだと思います。

主人公は、知的障碍者施設を自分が来るところではないと馬鹿にしているため、能力アップが出来ていないわけです。最後にマックの祖母をだまし、職場にうそをつき、障害者マックを自宅に連れ出すというルール違反を犯しさらに、マックの特性を忘れて最後に大失敗をするという作品でした。

大変よくできた作品でした。問題点は一つだけあって、短いのに24人もの登場人物があることでした。

杉田尚文さん 2023/3/30 09:54

題名は祈りの言葉だと思う。6K現場のすさまじさに、言葉も6K化する。せめて、心の底だけは澄んでいてほしいと祈るのだ。
ユーモアがある。主人公は自虐気味、自らを笑っている。悪態をつく。ふざけたり、突進したりする。しかし、その底には人の幸せを願う強いやさしさに溢れている。思いがけないラストが秀逸。
読書が好きだという60代の女性に、54号を贈呈した。その人のコメントは「そこずみが良い」の一言でした。強く共感したのだと思います。

山口愛理さん 2023/3/30 16:35

・底済みーそこずみー 原りんりさん
一人称の一人語りでとことん、主人公の心情を書きまくる。その迫力に圧倒される。汚い部分も含め、仕事場の描写はリアル。主人公は不満を抱えながらも、哲ちゃんとマックの存在にのみ癒されている。ラスト、思いもよらぬアクシデントによりその二人を突然失う。しかも主人公の勘違いによって。この展開は鮮やかだ。
決して後味は良くないし、何度も読みたい!とはならないが、アメリカン・ニューシネマ、もしくはフランス映画のヌーヴェル・ヴァーグ作品を彷彿とさせる。ラストの画面に突然Finと言う字が出てカメラが引いていきそうだ。

林さん 2023/3/30 16:37

とても勢いのある作品だと思いました。
さらに、読み進めていくうちにどんどんスピードが高まって、息を飲むような劇的なエンディングでした。

障碍者保護施設でのトラブルや並々ならぬ苦労、気遣いや配慮など、盛り込まれているものがたくさんで、実際にそういう繊細で難しい問題をたくさん抱えている場所なのだろうと思いました。
描写や登場する障碍者の人物像が明瞭で、それらを細かく具体的にどうやって取材したのか、それも気になりました。

飯野と哲ちゃんのように頑張っていても失敗したりうまくいかないことは働いていれば誰にでもあることであって、私もそういうときは分かっていてもかなり落ち込みます。
そんなときに飯野と哲ちゃんのようにお互いを励ましあったりなぐさめあったりする関係は、恋愛とか、同棲とか、性別などにとらわれず、とても優しく温かい関係でいいなと思いました。

でも、その優しい関係、優しい生活が、優しい思いから行われたマックの外泊で壊れてしまったショックというのはかなり大きかったです。
誰も悪くないのに悲劇がおこってしまう恐ろしさや悲しさのあるラストをよく書き上げたというか、構想したなと思いました。

石野夏実さん 2023/3/30 16:57

原りんり作
                  3月26日     石野夏実
 半年前に公立保育園閉鎖のため勤務を解かれ、養護施設で働くことになった女性飯野さとみが主人公。
そこでの現実、幼少期に入所したら退所することもなく何年もいるうちに思春期を迎え、身体は大人になっていく生々しい知的障碍者たちの姿を、生活を、筆者は書く力によって半端なくグイグイと読者に見せていく。内部の話がとても細かく書いてあるので、作者はこのような施設で働いたことがあるのではとか、施設に関わったことがあるのだろうと思った。
しかし作者はプロの小説家を目指されている?と思うので、高村薫がかって警察内部の事細かな描写を描いた小説は、警察も驚くほど正確なのに全て想像であったという事実と重ねると、同じく想像で書かれたとしても、それはありえないことでもない気もしてきた。
小説家の一番の必要条件は、見知らぬ世界の想像力であると私は思う。

ぶっきらぼうな文体は、今回あえて作者が選択し挑戦したものであって、読み進むうちに、臨場感を出すためには、これでいいのだ、成功していると思った。
読んでもらうためには書き始めが最も重要である。しかし評価は結末にかかっている。今回は両方とも成功していると思う。この小説はモノローグで成り立っている小説であるから、この文体を作者は何度も推敲し完成していったと察する。背景が養護施設であるため登場人物も多くなるが、それぞれきちんと個性が設定されている。少し気になったのは「あたし」と「私」の使い分けで、それがよくわからなかったので知りたい。マックには嫉妬という複雑な感情はなく、さとみの一瞬の恐怖の表情や怒声、叫びで彼はパニックになったのか。哲ちゃんは、頸動脈の出血多量で死亡。マックは?血の海の惨状で終わった悲劇であった。

この小説は、今回54号の私の一番の「推し」である。実は3回読んだ。
1回目は、掲載順にサラっと読んでいったときで、それでも一番目を引いた。
2回目は集中して読み始めたのであるが、急用が入り途中何日も途切れた。
そして3回目、もう一度最初から最後まで集中して一気に読み終わった。
場面の展開の多さと速さが、重い内容の救いでもある。2月の読書会テーマ「推し燃ゆ」と同じで読ませる力が強い作品であった。
いくつもの現代のテーマを背負った作品であるから、読み手は書かれていることを現実の社会問題として受け止めるだろう。

最後ですが、題の「底澄み」、いい題名だと思います。原さんは文学賞に応募して実力を世間に問うてみてください。完成度も高く受賞に値する作品であると思いました。

津曲稀莉さん 2023/3/31 04:54

・疾走感のある文体と会話に引き込まれました。もっとも、会話に関してはその表現とは裏腹に緻密に構成されていることが伺え、抑制がきいている感じも受けました。
・昨今の現代文学では必ずしも社会的な領域を書くことが求められず、社会からの退却、寄る方なき実存のようなテーマに傾斜しがちですが、そういった中でこのテーマを選ぶことは非常に勇気があると思いますし、意義があることだと思います。
・また、技術的な点ですが、閉鎖的な空間を書く上で、『テニスボーイの憂鬱』『イビサ』『トパーズ』『五分後の世界』等で村上龍が採用している語り手の情報量を絞る(制限する)方法を採用されると、効果的かと思います(また、語りの方法については舞城王太郎も参考になるかと思います)。

港 朔さん 2023/3/31 16:00

当事者の大変さを思うと叱られるかもしれないけれど、とても面白かった。一気に読みました。現代社会の矛盾を鮮やかに描いている。事実をありのまま描く(そう読みました)とそういうことになる、ということはとても悲しいことだけれど、そのこと自体が問題の深さ・大きさを示しているのではないだろうか。
繰り出される、やにさがったというか、現代若者言葉というか、そんな上品ではない言葉も、仕事と生活の大変さ・理不尽さを窺わせるものでOKだ。文体が独特で好いと思う。ごく自然に思考回路通りに流れる感じで、新しさも感じられる。

後藤なおこさん 2023/3/31 17:17

公立保育園閉鎖で養護施設に転勤になった主人公。男女の関係のないルームメイト。子供用の養護施設でそのまま大人になっていく障碍者。とても今時なテーマで勢いのある文章と相まって読み物として面白く、一気に読了しました。
このようなタイプの施設についてはいくつかの書物とボランティアの経験からなんとなく見聞きはしていましたが、私のようなものが安易に語ることがはばかられるような壮絶な現場で、主人公の自分の境遇に対する怒りや社会の理不尽さへの嘆きがそこここから感じられます。そんな重いテーマを急転直下のラストで読者をあっけにとらせながら終わるあたり書き手の力量を感じました。

和田能卓さん 2023/4/1 15:06

書きなれ・描きなれた方の作品、と感心。文章が持つスピードに乗せられ、心地よく読める、しかし深刻な作品世界です。

成合武光さん 2023/4/1 17:21

芥川賞にも相応しい作品だと思いました。現代の暗闇の中にあるものを、世に取り出して見せたことに驚き、感動しました。事件は誠に、「事実は小説よりも奇なり」とも聞きますが、虚構と現実の枠を昇華している。作者の創作力と視点の鋭さに感嘆しました。拍手です。何処かの賞に応募されることをお勧めします。同時に、人々に広く考えてもらいたい作品だと思いました。


「初盆日記」
港 朔

遠藤さん 2022/12/18 14:35

港さんも昨年入会された方である。文学散歩にも参加され、読書会にも積極的に参加される熱心な方である。
 さて初盆日記であるが、亡き父の故郷を訪問し、父の知らなかった部分、そして父との想い出を振り返る内容になっている。
 鹿児島の桜島付近の土地柄や閉鎖的な人々の性格がうまく表現されている。
 父にまつわるエピソードはそれなりにわかるが、父のことを回りの人間たちはどう見ていたのかをもっと克明に書いた方が読者に伝わったのではないかと感じる。

阿王 陽子さん 2023/2/23 16:14

「初盆日記」を読んで  阿王陽子

火山灰が降る中、亡くなった鹿児島の父親の供養のため、八月の盆、法要をしに鹿児島県S町に帰った主人公、井村裕史と妻。
ゆったりしたひなびた鹿児島の集落のなかで、初盆法要を忘れた住職のいる寺にはベンツや自動の鐘つき装置があり、集落からは浮いていた。この地方は浄土真宗の信仰があったはずだった。
伯母と再会したことに井村は喜ぶが、未婚で本家の遺産で生活する都会的な伯母をS町の人々は快く思っていない。
桜島の火山灰が降る中、火山が噴火し、閉鎖的なS町の灯がうっすら浮かび上がる。

故郷に帰る時感じる、閉鎖的な空気感や、亡くなった父親への尊敬、亡くなった父親の戦時中の体験、拝金主義な寺院などが、穏やかに描かれていた。

穏やかに、静かな郷愁とあはれ、さびしさ、わびさびが感じられた。

もう少し長い作品も読んでみたいと感じた。

森山 里望さん 2023/3/3 22:31

初盆日記
帰省するということ、途絶えたにしろ親・祖父母の住まいを訪ねることは、己のルーツをたどり再確認することと思う。
少年の頃の遠い記憶、土地へのわずかな愛着、疎遠となった親族のこと等々が、最終日の火山灰で霞む景色と重なる。何か釈然としない、ふり返りたい思いを残して四日間が終わる。
余韻の残る随筆のような創作だと思った。
とても真面目な文章と感じた。

藤原さん 2023/3/10 12:27

半年前に亡くなった父の初盆法要のため鹿児島へ来る主人公夫婦。宿がない土地で、やむなく人が長く住んでいない父の家に泊まる。そして父の九十年の生涯を回顧する。
 十七歳以降の多くの時間を、鹿児島を離れ大阪で暮らした父。戦争中は海軍に所属し、ミッドウェー海戦にも参加した。その父の法要やその後の会食での点景、回想が静かに描かれる。終始抑制のきいた落ち着いた文章でつづられている。
 小生の父も従軍(陸軍)しており、その意味で主人公(作者)の世代に近い。以前小生が観光で鹿児島を訪れたとき、作品のラストのように、桜島の噴火が日常の一部であると実感した記憶(噴火に慌てるのは観光客だけで地元の人たちは知らん顔)がよみがえった。

十河さん 2023/3/12 17:49

桜島近郊のことはぼくの見知らぬところ。それを淡々とした筆致で読めたのはよかった。
・シッ、シッと追われる若い男や生涯独身の百合子さんなど、興味深い人物が出てきた。が、ワンショットで終わり、残念な気がした。
・「御上(おかみ)」は、初めて聞く言葉。鹿児島で使われる言葉か。
・全体として、誰が誰を見ての文章なのか「視点」がはっきりしない。「日記」はふつう1人称。ここでは3人称の視点も混じり、読んで混乱する。どちらかに、できたら1人称に、統一すべきではなかろうかと思った。
・「・・・」が多用されすぎ。

藤本珠美さん 2023/3/20 19:06

『初盆日記』港朔さん

父親の初盆に鹿児島まで家族で訪ねていき、そこで父の記憶、そして父の生きた人生を振り返る。
淡々とした色調の作品だが、いくつかの盛り上がり、そして静寂のリズムが美しく描かれている。
この作品の主人公も、父親のことを知っているようで知らなかったりするのだが、このことはどんなに近しく生き、暮らしている人たちのなかにもよくあることで、人間はどんなにうちとけた相手にも、そしてうちとけているからこそなのか、実は自分のことも相手に語っていないのではないか・・・。そんなことをこの父親像、家族像、近所の人たち像から考えさせられた。
この作品の色調(トーンというのか)がしっとりとおちついていて、とても心になじむものがあった。

金田清志さん 2023/3/22 05:20

創作の部分も含まれているのだろうが、読後感は随筆の感じがした。

少子化で全国、特に地方では例え本家ではあっても先祖代々の墓を維持するのは大変だと聞く。

池内健さん 2023/3/23 23:46

実直な主人公による日記を通して、「南国としてはめずらしい粘り強さ・根気強さ」を持つ鹿児島の風土を描いている。歩くスピードが日本一遅く、桜島が噴火しても慌てない鹿児島県人の描写をみると、西郷隆盛のイメージそのものといった感じがして、ユーモラスな印象も与える。

後藤なおこさん 2023/3/29 14:50

亡父の初盆のためにその故郷を訪れ生前の父親の面影をしのぶも、生まれ育った鹿児島を離れその生涯の大部分を大阪で過ごし戦争中は海軍に所属し、ミッドウェー海戦にも参加したほどの父の人生は掴めそうで、つかめない。
父を介してよく知っていたはずの人たちも時間や住む場所と言う壁が隔たってよくわからない。
人1人がなくなると言うのはそういうことなのか、あるいは人と人との縁と言うのはもともとそういったものなのか。桜島の噴煙でけむる視界とあわさって効果的に表現されていたと思います。

いまほり ゆうささん 2023/3/29 15:42

とても読みやすかったです。日記の形をとっているので、随筆のように読んでしまいました。鹿児島には行った事がないのでとても興味深く読みました。

杉田尚文さん 2023/3/30 09:56

「御上」とはもっぱら天皇をさす御言葉だと思っていましたが、主人公の奥様とあるので、最初から、笑えます。そこから、いきなり、根強く残る家父長制、男性優位風土の故郷をコミカルに愛情を込めて描写している。落ち着いた視点と文体が良い。初盆という非日常を切り取り、ゆったりと楽しむ夫婦が素敵です。

林さん 2023/3/30 16:30

ヒロシの心情がいまいち読み取りにくかったです。
初盆を通して、風景や亡くなった父について、またS市に住む人々についての描写が主にありますが、それらについてヒロシが感じたことが多くは描かれていないように思いました。
敢えて抑えて描いていないのかもしれない、日記だと意外と自分の深い気持ちを多くは綴らないものなのかもしれないとも考えましたが、初盆を通しての紀行文のような印象もありました。

鹿児島を訪れて出会う人々との人間模様が、こんなことありそう、こんな人いそうという感じで読み進めていくことができました。

山口愛理さん 2023/3/30 16:36

・新盆日記 湊朔さん
戦争についての父の記憶や知らずにいた部分などについては、読んで共感する人も多いのでは。新盆にまつわるその土地特有の出来事や人間関係、風土を描いている。ちょっとエッセイ的でもあり、盛り上がりには欠ける感があるが、それぞれのエピソードをもっと膨らませても良かったかと思う。

津曲稀莉さん 2023/3/31 22:55

・作品全体の静かな雰囲気と、自分のルーツを探し求める父、知らない土地で戸惑いながらも思いを馳せる主人公に好感が持てました。
・技術的な点で、モチーフの並列関係や順序を入れ替えることでより効果を生む場面が幾つかあると思ったので挙げておきます。
@「父はいつも「うちは、どん百姓や」というだけであった。」のような父の人間性を表す部分を冒頭に持って来ると話の中心点が明瞭になり、「先の戦争では?」の時間的に独立した部分に現れる時間の遠近的な効果がより鮮明になるのではないかと思いました。
A「灰は溶けるわけではない。放っておけば溜まって積もって、樋をふさぎ、水路をふさぐ。」などの強いモチーフを冒頭近くに持ってくることによって、イメージが喚起されやすくなると思いました。
B幾つかの会話で、「」よりも地の文に溶け込ませた方が効果的と思う点がありました。
C灰が積もることで父の存在感が薄れていくモチーフなどを加えると、図式的かもしれませんが、テーマがより先鋭化されると思いました。
・また、方法論に関してですが、
@曖昧な視点を維持したまま書くという方法も効果的かと思います(『死んでいない者』で滝口悠生が採用している方法)。『長い一日』など滝口悠生の他の作品も参考になるかと思います。日記という形を取った前衛的なものとして、阿部和重の『インディビジュアル・プロジェクション』も面白いかもしれません。
A『忘却の河』や古井由吉が『山躁賦』や『辻』等で採用されている意識の流れ、特殊な方法ですが、村上龍の『MISSING』のように主観で歴史を覆う方法も効果的かと思いました。桜島を舞台にしたものとしては、舞城王太郎の『淵の王』が参考になるかと思います。

成合武光さん 2023/4/1 17:24

桜島の噴火のこと、火山灰に対する人々の意識と生活に及ぼす様子など、知らない者によく理解できる。貴重な観察紀行とも言える。読んでよかったと思える作品です。大阪の人情、鹿児島の人の人情など、具体的でとてもよくわかります。現代では環境の違いなどあまり問題にもされませんが、気付かないところにあるものですね。
 時代の流れの速さ、無情にも心打たれました。

石野さん 2023/4/1 21:29

<創作>初盆日記         
                          港朔作
鹿児島といえば桜島!の様子が書かれているところが良かったです。鹿児島出身の旧友に毎号贈呈しているのですが、彼女は、開口一番、懐かしい風景だった!と言ってました。ところで、お坊さん親子は、ひどいですね。


「ネットの向こう側の誰かさんへ」
藤堂 勝汰

阿王 陽子さん 2023/2/23 16:48

「ネットの向こう側の誰かさんへ」を読んで  阿王陽子

藤堂さんの去年の作品「ランナー2020」がたいへん爽やかで面白い青春小説だったので、今年は何をテーマに書いてくださったのだろう、と、期待に胸を膨らませながら、読み進めた。

うつ病は現代でポピュラーな病である。また今ではSNSでの投稿はさかんである。
現代的なこの2つの現象をテーマにしたこの作品は、主人公誠也が、小夜佳(さよか)という、つやっぽい名前の元彼女と、SAYORINという現在のSNSでのメール相手という、二人の女を重ね合わせながら、過去の失恋や現在のうつに向き合おうとしている。
「女性は付き合う男性で強くなったり、弱くなったり、明るくなったり、そして躁になったり鬱になったりするのだ。そして、幸せになったり、不幸になったりしてしまうのだ。」という文章に重みを感じた。
ただ、最後、主人公誠也が、SAYORINと確固たる友情の絆や、順番ある付き合い方をせずに、いきなり安易に交際を切り出すあたりが、安易すぎる、というか性急すぎて、前半のうつや婚約解消の流れが急に出会い系へと変容をとげた気がして、ラストは違うほうが前半の流れが生きたのではないか、と感じた。

また、来年の作品も読みたいので、また、違う作品を期待する。

森山 里望さん 2023/3/5 17:50

「ネットの向こうのだれかさんへ」を読んで
だれしも、苦い恋愛経験の一つや二つはあるものでしょう。その苦さをバネにしたり、時の経過とともに薄らいだり、美化したりできたら鬱にはならないのでしょうが、誠也とSAYORINは苦しく悲しい自己嫌悪で抱え込んでしまったのですね。その二人が、手を取りあって前を向いていく兆しを残して終わる。
遠藤さんの作品を読むのは53号に続き二作目ですが、両方とも読者にやさしい、常に読む人のことを思って書いている作品と感じました。読みやすいです。
ただ、山に登る前にSAYORINさんへ伝えることが決まっている(P106)のは、不自然かなと思いました。SAYORINさんが遭難しそうになった山道を自分も歩いて頂上まで登りそこで伝えるべき何かを得た、とする方が、ストーリーとして納得できるように思います。

十河さん 2023/3/12 17:55

ネット空間のことはよく分からないが、現実とは一線を画した、架空の世界との思いがある。この小説空間も、まさにそのような世界との印象。実生活から遊離した、頭の中で構想した世界のように受けとった。現実に近づけようと鎌倉山歩きや航空会社での仕事などを取りこんであるが、登場人物たちは、生身の人間というよりもアバターに近いようにぼくは思った。
・将来はこうした小説が増えていくのかもしれない。さらに、AIをとりこんで、人間との合作ということがあり得るかも。合評会でボットの書いたものについて感想を言いあうことになるかも。
・そこまではいかなくとも、今新たな試みにさまざまに挑戦している人は、若い人に少なくないだろう。作者もその中の一人なのかもしれない。

藤原さん 2023/3/13 14:45

今を生きる人々の心の痛みや、その孤独を癒すため誰かとの接触を求める姿を描いた、現代的テーマの作品である。
 私はSNSを利用して未知の人物と通信したことがないので、ネット世界のコミュニケーションの実態を知らない。仕事では未知の相手(たとえば新規顧客)ともメールするが、仕事上の目的を共有しているので会話は成立する。しかし本作品のようなSNS上のやりとりの場合、どのようなものを共有するのだろうか。未経験者の私にはよくわからない。
 人間は他者と繋がっていたいと願う社会的動物だろう。手紙、はがき、メール、LINE、電話、リモート会議、直接対面‥。コミュニケーション手段は多様になり、自分と相手の親密さや保ちたい距離感に応じて使い分ける選択肢が増えている。そんな中でSNSだからこそ、未知の相手だからこそ話せる事柄があるのだろうか。それは自分のことを全く知らない司祭に、自分の過去や後悔を懺悔する心境に近いのだろうか。本作品を読みながらそんなことを考えた。

藤本珠美さん 2023/3/20 18:53

『ネットの向こう側の誰かさんへ』藤堂勝汰さん

残業をしていてふと目にした、女性のメール。深刻な内面について語り合うが、そののち同じ名前の女性とは思えない、明朗快活な側面を知る。
しかしネットを介してでは、同一人物なのかふざけているのかもわからない。
この女性の、SAYORINという名前から、かつて結婚しようとした女性を連想し、その頃の一連の出来事を思い出す。ここのところから、小説の内面につよくひきこまれた。
SAYORINさんを知ること(ネットを通してだが、それもまた知ることなのだろう)から、実際の彼女をこちら側へひっぱってこようとする主人公のメールは、どこか曖昧なものを通り過ぎ、すがすがしさも感じる。
そしてこの作品の最大に良いなと思う点は、主人公がメールを送り、そしてネットの向こう側にいるSAYORINさんはそれからどうしたのか、何も語られていないところだと思う。

金田清志さん 2023/3/22 05:22

SNSとかツィターとか、ネット社会における今風の問題提起作と読みました。

主人公の元の恋人・小夜佳との同一性を連想した、ネット上でのサヨリンと主人公のやり取りが主な内容で、主人公の自分探しの物語りともとれ、主人公の一人合点、空回りともとれる作。

池内健さん 2023/3/23 23:43

主人公の誠也は、SNSで知り合った「SAYORIN」というハンドルネームの人物に惹かれ、実世界でも会いたいと思うようになる。SNSを悪用した犯罪も多いので実際に会うのは用心して、と心配にもなるが、そうしたリスクも含めたスリル感も、相手を思う気持ちを高めるスパイスなのだろう。

回想シーンを除けば主人公の動きはほとんどSNS上にとどまっていて、新型コロナの流行でリアルな活動が制限されてきた時代の反映にもなっている。

後藤なおこさん 2023/3/28 12:01

時折炎上しながらも衰えることを知らないSNSですが、文字だけのコミュニケーションにおいて難しいのは、パソコン(スマホ)に向かう人間の温度差だと思います。
確かに誠也はかつての婚約者との間でおかしてしまった過ちからこのSAYORINに真摯に向き合う覚悟を決めて「会いませんか?」と問いかけますが、果たしてSAYORINはSNSにそこまでのものを求めているのでしょうか?
ラストが誠也の問いかけで終わっており、結末が気になります。
結末を読者がいくつも想像できる終わり方です。

いまほり ゆうささん 2023/3/29 17:34

ネット上でメッセージをやり取りしながら繋がっていく設定がとても意欲的で興味深く読みました。ただ、この女性は躁鬱病みたいですね、意識してこの設定にされたのでしょうか?心の病気を抱えた人のことを扱うのは慎重にする必要があるのではないかと思いました。

MASAO,F 由宇さん 2023/3/29 21:14

ラストに共感しました。

警鐘的な作品だと思いました。
取り沙汰されている「出逢系ネット」「SNS」
上のヒーローは、リアリテイから乖離した価値観で
できあがります。
「飲食店などのいたずら」動画なども、リアリテイの欠如が原因でしょう。
つまり、次に食する人へのイメージ、ネットで炎上した後の自分の生活、などの想像力がないためにその場の「いいね」その場だけの短絡的な支持に依存していくネットでの人間関係。

そこから、抜け出すようにと・・・恋愛告白するラスト、とても共感しました。

杉田尚文さん 2023/3/30 09:59

例えば「罪と罰」のような長編の序章のように思いました。魅力ある人物、3人が登場し、さて、これから物語はどう展開するのだろうか。
深夜残業で鬱気味の誠也、死にたいとネットで助けを呼ぶSAYORIN,それに航空会社勤務の小夜佳。
SAYORINとは何者で、実際の出会いはあるのか、どうなる? 小夜佳との復縁はある?
三人の成長物語となるのでしょうか。
「天園」には子供と2度行きました。眼下に、鎌倉霊園が広がり、海が見え富士山が浮かんでいました。途中の茶屋は最近なくなったそうです。残念です。

山口愛理さん 2023/3/30 16:40

・ネットの向こうの誰かさんへ 藤堂勝汰さん
SNSを題材にした、今どきの小説。婚約破棄で別れた小夜佳の記憶とSNSで知り合ったSAYORINとの触れ合い。そのやり取りを見て、はじめは誠也(クロニクル)って何て嫌な奴なんだと思っていたが、最後に近づくにしたがって、内省的な部分が出てきて、結構いい奴かもと思う。
ラストには藤堂さんの小説には珍しく(?)明るい兆しが少しある。私が読んだ藤堂さん作の中で、この小説が一番好きだ。

林さん 2023/3/30 16:53

SNSを舞台にした作品で、こういう姿の見えない相手との関わりが増え、見えないながらも関係や絆を作っていくことが出来るのだろうか、と考えさせられる作品でした。
私自身は、不特定多数の誰でもいい誰かに本音を聞いてもらいたいとは思わないので、若い世代のインスタグラムの良さなどはあまり理解できないです。
誰でもいいから話を聞いてほしい、つぶやきたいというのは、精神的に何か追い込まれている状態なのではないかと私などは思ってしまいますが、SNS利用者がこれだけ多いと一概にはそうとは言えなさそうです。

ネットでのやり取りを通して、沈んだ心に手を差しのべることが出来るのだとしたら、どんなに素晴らしいだろう、どれだけの人が救われるだろう、とも思います。
SNSだけでつながれていればいい、と思えるのか、それとも作品のようにやはり会うことも必要という展開になるのか、今後SNSを舞台にした作品やドラマはとんどん増えていくだろうし、その分、内容や結末も複雑に多様になっていきそうだと感じさせられました。
また、本当に心と心もしっかりつなぐことが出来るのか、ネット社会になっても人と人とが直接会うということの必要性を見極めるのにはまだ時間がかかるのではないかと思いました。

石野さん 2023/3/30 17:09

いつも凄いなと感心するのは、毎回新しいテーマを見つけ、内容も表現方法も実験的に挑戦し、社会的な話題を小説化する意欲が読み手に確実に伝わるところです。
今回は、ネットでの出会いである。見えない相手にイメージは膨らむ。遮断すれば関りは、瞬時に断てる気楽な世界でもある。しかし、実際に会わないと次の段階には進めない。どのような進展になるのか気になるところですが、ふたりは果たして会えるのでしょうか。
誠也の決めつけは、重い。女性とか男性とか、考え方も含め一般論でひとくくりにするのはもう止めた方がいい時代になってきていると思う。

港 朔さん 2023/3/31 16:03

一気に読んだ。読者を引き込んでいく筆力、語り口の滑らかさは、さすがに書きなれておられると思う。自分の場合、ネットとの付き合いは、あくまでリアルの補助だけれど、この物語では単なる補助ではなく、ネットの中でリアルが息づき生活をはじめているように感じる。これからの社会はどうなるのか、百年後の人たちはどんな生活をしているのか、想像がつかない。

成合武光さん 2023/4/1 17:34

ネットの被害、悪用の事件が世の中を騒がしている現代。車を運転すれば、事故が怖いから運転免許証は取らないという風潮も昔にはありました。事故が怖くて車に乗らないというのでは困る、というのが現代です。今は高齢者の運転事故が危険視されている。
SNSもまた同じように聞こえます。正しく使っている人には、幸せも運んでくるのでしょう。ドキドキしますが、夢を掻き立てる作品です。私はスマホを持っていませんので良く分かりません、これだけの長い文を、画面に打ち出すのも大変でしょう。二人のやり取りを他の人もそれを読んでいるのでしょうか? 夢を掻き立てますね。「長すぎた春」と言う言葉が浮かんできます。女性(異性)の気持ちをここまで考えられるのも凄いと思います。創作力に感嘆しました。

津曲稀莉さん 2023/4/1 22:17

・『ねじまき鳥クロニクル』で感じた登場人物の不安定さを想起しましたが、それがネットを媒介にした他者の覚束なさに繋がっていくというのは発見でした。
・『不可能性の時代』で大澤真幸が主張している、インターネットは相互監視的というよりも人間の監視されたい願望を可視化したという論が腑に落ちていたので、ネット上のテキスト空間に自らを開示する若者の在り方や、そこで交わされる、過度に直接的な、意味偏重とも言える会話の特徴も作品の中に上手く反映されていると思いました。
・また、大平山が危険な場所か確かめに行く彼の身体感覚の不安定さが作品の中で上手く機能していると思いました。
・方法論についてですが、滝口悠生の『高架線』のように極端な一人語りで展開すると、より効果的かと思いました。

藤野燦太郎さん 2023/4/1 23:33

ネットの向こう側の誰かさんへ 感想 藤野燦太郎

 思い込みの強い男性の不幸を描いています。クロニクルもSAYORINもひどく落ち込んだ経験のある寂しい人たちで、共感できる人を探していて、たまたま、SNS上で出会った形になっています。
 特にクロニクルは真剣で、SAYORINを救うことで過去の失敗を清算しようと考えていますが、思い込みが強いのでまた失敗しそうです。SNS上に大量にある「死にたい」願望の人、ほとんどはただ寂しく共感を求めているだけなのでしょうが、これに反応する人も実は寂しいのでしょう。孤独な現代人を描いたよい作品でした。

 ただ、SAYORINは「私の生活は荒れてしまい、夜な夜な街に繰り出しては、行きずりの相手と一夜を共にしています。‥‥わかっているんです。みんなこんな女、一晩やるのはいいけど、面倒くさくなるのは嫌なんだって」と冷静に分析しているように思います。一人の男性とうまくいかなかったから転落してしまうのは、親からの愛情を受けられなかった過去を持つ女性が多いようです。ちょっと書いてあると納得できるように思いました。


「三組の盟友たち」
石野 夏実

遠藤さん 2022/12/22 20:03

石野さんの随筆に出てくる文横映画好きの集いという映画サークルに、僕自身も属している。元々このサークルができるきっかけは、藤野さんの一言だった。
文学好きの人には映画好きの人も多い。
そうして、文学横浜のメンバーにそういったサークルを作ろうと考えているが入る意思はあるかを聞いたところ、結構な人が集まることになった。
 そして、3年目に活動は入る。石野さんが書いている様に、新旧映画をテーマとして挙げ、それについて語り合う。ここのところzoom開催が中心であるが、メンバーは手慣れたもので、このスキームを難なくこなしている。
 文学もそうであるが、映画もただ漫然と観ているよりも、テーマとして観てみると、石野さんの様にここまで踏み込んで考察できるのであるから、大したものである。
 皆さん、観ること、得られる事を巧く文章にまとめ上げ、分かりやすく説明してくれる。
そういった意味では、ボケても老いてもいられない。
 頭を使わないと、一つの作品に対して納得のいくものが書けないのである。
 今回の石野さんの随筆は同じサークルに属する者としては共感を覚える事も数多くあった。
また、石野さんの熱き映画愛を書いてもらいたいと思う。

阿王 陽子さん 2023/2/23 17:42

「三組の盟友たち」を読んで 阿王陽子

私は文横映画好きの集いに、去年から参加している。本作品は、その集いのメンバーで先輩である石野さんの随筆である。

「文学同人誌の会が、文章を書いて発表することを選んだ集団であるからには、映画の感想も疎かにしてはいけないのであった」とあり、自分の思いを文章に書くことの重要性を感じた。

最初、上終さんや自分が選んだ映画のことにふれられており、ドッキリした。

黒澤明監督と三船敏郎、フェリーニ監督とマルチェロ・マストロヤンニ、スコセッシ監督とロバート・デ・ニーロについて歴史的な考証をしながら述べられているところは、以前に映画好きの集いで「予習」をしていたため、「復習」として読み進めた。出てくる映画で、観た映画も多くあり、ああ、あの作品はそういえば、そんなかんじだったな、ああ、この俳優はやはり素晴らしかったな、と思った。

黒澤明監督作品は最近映画の集いをきっかけに、立て続けに観て、たいへん面白かった。「赤ひげ」のおさえた三船敏郎が私は好きである。

デニーロ作品も映画の集いをきっかけに立て続けに観た。デニーロの「タクシー・ドライバー」「レイジング・ブル」は今まで見たことがなく、映画の集いによって感化されて観た。

マストロヤンニの「8 1/2」は、女性陣が目立つ作品であったが、彼の「ひきしお(恋人カトリーヌ・ドヌーヴ共演)」「ひまわり(ソフィア・ローレン共演)」「昨日・今日・明日(ソフィア・ローレン共演)」はマストロヤンニのいぶした男の魅力にメロメロになる。
フェリーニは、難解な作品であったが、映画の集いの課題として選ばれた作品で、皆で議論するのが楽しい作品である。

この随筆のなかに出てくる三人の監督が絵の達人というのは知らなかったが、映画は舞台芸術であり、一コマ一コマカメラワークの絵コンテを描く上で絵の上手は必須なのだろう。

映画の集いの課題映画として私はわりと大衆娯楽を選んでしまうため、文学の会にふさわしい、抒情的な文学的な映画を今度は選択しなければと思っている。

文学横浜の会も楽しみだが、映画好きの集いもたいへん楽しみにしていて、凡庸な毎日の繰り返しの中で、やり甲斐、生き甲斐、張り合いになっている。

森山 里望さん 2023/3/8 22:01

「三組の盟友たち」を読んで
筆者の声が聞こえてきそうな、映画愛にあふれ熱のこもった随筆でした。これほど、能動的に深く映画を観てこられたことに驚きました。私はあまり映画を観ないので、文中の映画のほとんどを観たことがなく作品について述べられているところは、ついていけませんでした。が、それでも、3/31公開となるカズオ・イシグロが黒沢明へのオマージュを抱きながら脚本を書いたという「生きる living」を観たいと思っています。
これまでになくもっと貪欲に!

藤原さん 2023/3/10 14:47

巨匠と呼ばれる映像作家とがっちりとコンビを組み、数々の名作を残した俳優たち、その代表三組のコンビをテーマにした映画エッセイである。三組とは、黒澤明/三船敏郎、フェデリコ・フェリーニ/マルチェロ・マストロヤンニ、マーティン・スコセッシ/ロバート・デ・ニーロである。「文横映画好きの集い」の同人仲間として楽しく読んだ。しっかりと文献を調べ、そのコンビの成立経緯と生み出された映画の作品評、その周辺情報を盛り込んだ労作である。
 ある映画監督が同じ俳優とコンビを組み、つぎつぎに異なる題材・テーマの映画を制作する場合、二人の強い信頼関係が前提となる。その俳優に様々な役を演じられるポテンシャルがあることはもちろん、監督にもそれを引き出す演出力があることが必須だ。作品がマンネリにならず、しかも名作を生み続けたコンビは、映画史上稀有だろう。(『男はつらいよ』山田洋次/渥美清のようなシリーズ物は別)
 一般には映画制作会社側に決定権があり、監督、俳優は雇われる側である。だから映画では監督も主演俳優も一作ごとに変わるのが普通だ。監督が主演俳優を指名できるのは相当な実績のある監督に限られる。上記三組以外で「盟友」と呼べるほどのコンビとなると、ジョン・フォード/ジョン・ウェインくらいしか思いつかない。一方、一作ごとにテーマも俳優もあえて変え、けっして同じ役者を主役にしなかった監督もいる。スタンリー・キューブリックはその代表だろう。
 ‥映画の話になるとキリがないので、このへんでやめます。

十河さん 2023/3/16 11:10

作者の映画愛が伝わる作品。だが、その愛ゆえに、ところどころ上っすべりしているように感じられるところがあるのは愛嬌か。
・3組を並列して取りあげているが、そのために焦点がボケたきらいがある。1組だけを取りあげ、深く掘りすすむのを3回に分けた方がよかったのではないかと思った。
・まだ見たことのない映画の名前がたくさん出てきて、ぜひ一度見てみたいものだと思わされた。

藤本珠美さん 2023/3/20 18:43

『三組の盟友たち〜よき友よき相棒〜』石野夏実さん

作者の映画についての作品で、三作目であるが、今回の視点はとてもおもしろいと思った。
演劇にはいろいろな対立する構図があって(光と影、明と暗というように。影も暗も目立たなくても、それがなければ光もないのだと思う)、片方がなければもう一方も存在しえないものだと思う。
作者の作品の盟友たちは、対立しあう存在ではないが、この人とでなければつくれない、そこには一本の映画をめぐって(体重を増減させてでも)最高をめざす人たちの姿があるのだろう。
日本映画は観始めたばかりであるが、イタリア映画、アメリカン・ニュー・シネマはとても好きで、作者が書いている作品群のなかに入るかどうかわからないが、最近、ジョン・カサヴェテスの「アメリカの影」を観た。即興的作品で面白かった。
作者のポップな文体がとても軽やかで、深い洞察力をもって書いておられるのに、深刻にならず楽しく読めることに感心する。この映画についての作品を、もっと読みたいと思う。

金田清志さん 2023/3/22 05:24

前作に続き、作者の映画好きがよく解ります。
今回のなかでは黒沢作品については当方も好きで、大概は観ていますが、外国物はいまいちです。

それにしても今の時代、過去の作品でも容易に観られる時代なんですね。

池内健さん 2023/3/23 23:41

名監督と名優のコンビを3組並べ、盟友間の化学反応によって名画が生まれることを教えてくれる。古い映画を見直したくなる。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:01

二人とも軽さがなく、武骨で照れ屋で口が重い。黒澤明と三船敏郎の各々の父親の出身地は以外にも、秋田である。父親の影響だろうか?
羅生門、七人の侍、椿三十郎、天国と地獄、赤ひげなどを見た。どれも重厚で名作だと思う。三船敏郎が若いころ、間借りしていたという場所が私の住む街、杉田にある。上下、白の、天国と地獄の服装で、小道から出てくるかも、と幻想するときもある。

いまほり ゆうささん 2023/3/30 15:12

私も映画好きの会に一応所属していますが、石野さんのように深く掘り下げていくタイプではないので脱帽です。面白かったです。知らなかったエピソードがいっぱいあって驚きました。映画監督の三人とも絵の才能があったのですね。

山口愛理さん 2023/3/30 16:41

・三組の盟友たち 〜よき友よき相棒〜 石野夏美さん
前回に続いて石野さんの映画愛に溢れる作品。大変な力作と思うが、三組の盟友たちについて内容が行ったり来たりして読みにくい部分もある。例えば中見出しをつけて、プロローグ 1、黒沢と三船 2、フェリーニとマストロヤンニ 3、スコセッシとデ・ニーロ エピローグ などと区切って書いても良かったのでは。
いずれにしても、データや参考文献を駆使していて、映画好きにはとても興味深い内容だ。

後藤なおこさん 2023/3/30 22:57

映画好きの方はこんなふうにみるんだ!と、思いながら読みました。
映画館へは時折足を運びますが、古い映画も見てみたくなりました。

港 朔さん 2023/3/31 16:07

自分は演劇関係のことはあまりよく知らないけれど
  黒沢・三船の「酔いどれ天使」
  フェリーニ・マストロヤンニの「甘い生活」
  スコセッシ・デニーロの「タクシードライバー」
いずれも耳にしたことのある作品で、しかもいずれも見ていないので、見たいと思った。

林さん 2023/3/31 20:35

黒澤明と三船敏郎、ロバート・デニーロしか知らないため、またそれほど映画を観ていないため、初めて知ることばかりでした。
作者はどれだけたくさんの映画を観てこられたのだろうと驚いています。
映画の見方についてもカメラワークやアングルなど、映像の構造などについても注目しながらご覧になっていらっしゃるのだなと思いました。

成合武光さん 2023/4/1 17:29

沢山の映画を鑑賞しておられる。羨ましいと思いました。月々の掲示板にも映画の紹介、推薦などがあったら、見逃さずに参加できるかもとも思いました。三船敏郎と黒沢監督とのエピソードなど興味深く読みました。このようなことも知ると、映画も見てみたいと思うようです。

津曲稀莉さん 2023/4/1 22:49

監督と役者との関係性については、小津映画で、小津と原節子がそこまで親密な関係性ではなかったことを知ってから見るとかなり面白く観れた経験があったので、本作を参考に着目して行きたいと思いました。


「銀色の轍〜宮城まり子を偲ぶ〜」
篠田 泰蔵

遠藤さん 2022/12/23 19:46

今回、篠田さんの人物評論を読ませていただき、宮城まり子という情熱的な女性の一生を垣間見ることができた。彼女の行った功績は今後益々注目を浴びるであろうし、評価されていく事だろう。
 実を言うと、僕の甥っ子も、重度の脳性麻痺を患っており、到底他人事としては読めない。
脳性麻痺の子供たちを理解する事は容易い様でいて、そう簡単では無い。彼女はたまたま若い頃にそういった脳性麻痺の子供に触れて、その思いを強くしていったのだろう。僕自身、甥っ子が脳性麻痺で無かったら、宮城の活動を軽く見過ごしていたのかもしれない。
 この類は

阿王 陽子さん (8n2dgleu)2023/2/23 18:42

「銀色の轍?宮城まり子を偲ぶ?」を読んで 阿王陽子

宮城まり子さん、と聞くとたしかねむの木学園で上皇后美智子様がたしか、、、と思い出すが、知識不足であまり詳しく知らなかった。

本作は人物評論で、宮城まり子さんへの当初の反発と先入観から、映画をきっかけに興味へと転じ、宮城まり子さんの慈善活動に共感し、尊敬する作者の気持ちの変遷と、小劇場の映画讃歌や宮城まり子さんの監督した映画たち、著作、またねむの木学園の絵画などの様子が描かれている。

私は美術館が好きであるが、「ねむの木こども美術館」を存じ上げなかったことに恥ずかしさを感じた。また、アンニュイな作風の作家、吉行淳之介氏と宮城まり子さんがいわゆる不倫の交際をしていたことも知らなかった。

しかし、吉行淳之介が娼婦と関係してるのに寛容なまでに宮城さんが愛しぬいたことを知り、純愛と感じた。

母性が強い方なのだろう。子どもたちを聖母のように包み込む慈悲深さを感じた。

作者が宮城まり子さんファンになり、講演や運動会、学園、宮城まり子さん本人を見に行ったことが、写真とともに述べられている。

そんなに心惹かれる人に自分は果たして会ったことがあるだろうか?感銘を受けたことがあるだろうか?
と自問自答した。

「やさしくね やさしいことは つよいのよ」というフレーズに感激した。

藤原さん 2023/3/12 22:52

私はこの作品を読むまで宮城まり子という人物をよく知らず、わずかに吉行淳之介が愛した女性で「ねむの木学園」をやっているひと、くらいの認識だった。昭和のヒット曲『ガード下の靴磨き』を彼女が唄っていることも初めて知った。
 宮城まり子は美人というよりベビーフェイスで、その容貌からは妻子ある男性を奪うというゴシップが想像できない。また美男子の流行作家である吉行は、バーでは常に美人に囲まれているイメージがあるため、この二人の組み合わせは意外だった。本作のp138「A吉行淳之介との愛」には、その二人のいきさつが丁寧に紹介されている。そして作者(篠田さん)自身が投げかけた疑問「夜の街の女好きの吉行を、何故宮城はかくも深く愛し続けることができたのか」について、作者なりの答えを示している。
 「ねむの木学園」の子供たちは宮城を「お母さん」と呼んで慕っているという。宮城はよほど母性豊かな女性なのだろう。子供は母親に褒めてもらいたい。母親が自分を見てくれると同時に、自分を認め評価してくれることを願う。ところがねむの木の子供たちは、自分の描いた絵を宮城が褒めたり評価したりせず、ただ「喜んで」くれることが嬉しいらしい。宮城が喜ぶ姿が見たくて絵を描いてくる子供たち、その絆は実の親子以上に一途なものがあるようで胸を衝(つ)かれた。
 篠田さんの宮城まり子という人物へ寄せる敬愛の情が伝わってくる作品である。

十河さん 2023/3/16 11:11

宮城まり子については、ほとんど知らないことばかりだったが、この作で蒙をひらかれた。それとともに作者の宮城まり子への憧憬も、ゆったりと落ちついた筆致の中に知ることができた。構成も整っており、全作品の中でも秀でた出来のひとつだと感銘を受けた。
・作者は若いころに「ノンフィクション関係の書籍を手当たり次第に購入し、よく読んだ」(P.129)とあるが、ノンフィクションの作法に習熟しているように思った。読者を物語の中に引きこんでいく力が強い。
・最後の終わり方が洒脱で、題のつけ方もいい。
・終わりのページに参考文献があげてあるが、これだけの比較的短い分量の作品を書くのにも、あれだけ多くの資料が参照されているのに驚く。しかし、その労力に作品は答えているように思う。

森山 里望さん 2023/3/20 15:29

熱く冷静な作品と思いました。
 筆者が若いころから深く携わってきた映画、文学、絵画を通しての宮城まり子との接点から、時系列で宮城まり子の人生、人物像、功績を淡々と敬意と畏怖を込めて書かれている。膨大な資料からの内容や筆者の思いが熱い感情にはしることなく整理されていて、大変な力作と思いました。
 運動会の「銀色の轍」の行進シーンでは涙がでました。
 宮城まり子という人物を、この作品から知ることができて嬉しい。私は子どもの絵が好きなので、ぜひねむの木子ども美術館を訪れてみたいと思います。

藤本珠美さん 2023/3/20 18:33

『銀色の轍〜宮城まり子を偲ぶ〜』篠田泰蔵さん
作者の膨大な資料を研究する、深い熱意と、エネルギーに感服させられる。
宮城まり子さんが、ねむの木学園に内田裕也(うろ覚えだが、たしかそうであると思う)をよび、学園の子どもたちとみなで、ディープ・パープルの「ハイウェイスター」をプレイしたときのドキュメンタリーをみたことがあるが、大音量のサウンドのなかに、一本のきれいな線があって、ほんもののロックだった。そのとき、宮城さんは本人も女優であり、歌手であるけれども、表現ということについての考えがあり、どんな環境にあろうと、幸せに生きることができるということ、人格や個性を尊ぶことを考えていらっしゃるのではないかと思った。
それから、「やさしいことは、つよいこと」。やさしさとつよさは表裏一体になっており、やさしくなければつよくはなれないし、つよくなければやさしくはなれないのだということに共感した。

金田清志さん 2023/3/22 05:26

今ではもう知らない人もいるだろうが、当方も宮城まり子のなした事に敬意を持っている。
もう何年も前だが、テレビ放映された「ねむの木」に関する番組は何回か観た。

この作を読んで作者の一方ならぬ宮城に対する思いに共感する、力作。
ただ、現在の「ねむの木学園」がどんな状況なのか知りたかった。

池内健さん 2023/3/23 23:40

1994年から5年半、静岡県内に住んでいたので、「ねむの木学園」も宮城まり子も存在は認識していたが、こんなに詳しいことは知らなかった。勉強になった。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:05

力作です。対象を見る目の素直さに驚かされます。
私は日曜美術館はよく見ます。しかし、ねむの木学園関係の番組は見たことがありません。何故なのでしょうか。そのことが「先入観」にあることを知りました。これを脱するには対象の本質をつかむ目、画家の目が必要です。この情報過多社会にあって、ここまで目配りされることを讃嘆いたします。

いまほり ゆうささん 2023/3/30 15:36

私もねむの木学園の子供たちの絵が大好きで何度も展覧会に足を運び、一度は掛川のねむの木学園で催された運動会も見学させてもらいました。勿論新幹線代はかかったものの、駅から学園までの送迎、切った竹に入った心づくしのお弁当まで全て無料でまり子さんの思い・・子供たちの運動会を見て欲しい・・が温かく伝わってきて感激しました。勿論美術館や吉行淳之介の記念館にも行きました。宮城まり子さんについてここまで詳しく調べ、素敵な作品にしていただいた事を感謝したい気持ちになりました。

山口愛理さん 2023/3/30 16:45

・銀色の轍 〜宮城まり子を偲ぶ〜 篠田泰蔵さん
<人物評伝>というカテゴリーにふさわしく、徹底的な取材や体験談などで読ませる。参考文献の多さにも驚く。著者が宮城を好きになった過程や、ねむの木学園の実情、宮城の絵に対する考え方などが、画家である著者らしい視点で綴られていて、読みごたえがある。
強いて言うなら、初めに「ねむの木学園」とはどういうものかという概要があればもっと良かったと思う。
実際に学園を訪問した部分や運動会の描写などは、著者のワクワク感が伝わって来る。比較的長いが章立てしてあり、文章によどみが無くて読みやすい。

石野さん 2023/3/30 17:39

本日、篠田さんの「銀色の轍」を読んでの感想を書き始めたわけですが、作者の宮城まり子さんへの敬愛が深く大きく伝わり、そして亡くなられてからちょうど丸3年になることを知り感慨深いです。
まり子さんがお元気だった頃、しかしあまり笑顔ではなかった記憶の2007年6月に六本木ヒルズ美術館で開催された「ねむの木学園」の絵画展に行ったことを思い出しました。その前にいちど静岡の掛川の学園に行ったことがありました。ボランティア関連団体の日帰り旅行で立ち寄ったのだと思います。丘の上の可愛いらしい美術館でした。篠田さんがUPされた写真で、その当時を思い出しました。
一番興味があって一番知らなかったまり子さんと吉行さんの関係が、今回よくわかりましたし、文壇一のモテ男といわれた吉行淳之介氏とまり子さんの気持ちもよく伝わりました。
まり子さんが亡くなられ、コロナ渦での学園運営は大変だったと思いましたがHPを見て少し安心しました。

港 朔さん 2023/3/31 16:11

かなり昔のこと、吉行淳之介の文章を読んでいたら、宮城まり子のことが書かれていた。それは次のような内容だった。
「宮城まり子と初めて話したときは <なんだ、この人は> と思った。夢のような話をさも本気で話す。もともと慈善活動をやるような女性というものが嫌いだったこともあって、彼女もその類だろうと思って適当にあしらっていたけれど何回か会っているうちに、この人はちょっと違う、ということに気が付くようになった。彼女の本気度が伝わってきて、いいかげんな態度は改めて真面目に付き合うようになっていった。」
その後お二人は、実質的な結婚生活を始めたわけのようですね。

後藤なおこさん 2023/3/31 20:38

「宮城まり子」も「ねむの木学園」も「ねむの木こども美術館」もその存在は知っていましたが、何も詳しい事は知りませんでした。
今回この素晴らしい教育者について知ることができ、うれしいです。
映画も著書も拝見してみたいと思います。

津曲稀莉さん 2023/3/31 23:11

・吉行淳之介は好きな作家ですが、そうでなくても引き込まれる内容と文章でした。
・文学館にも足を運ぼうと思っていたのですが、宮城まり子とねむの木学園については殆ど知らなかったことばかりだったので、足を運ぶ前に知れて良かったです。
・また、吉行淳之介の側は彼女をどのように考えていたのかに興味が湧きました。

成合武光さん 2023/4/1 17:28

まさしく奇跡の人ですね。障碍者に関わる施設、携わる人たちについても感嘆するばかりですが、宮城まり子の決心と吉行淳之介との関係についても同じ。波乱万丈と言っても足りない位です。神に選ばれた人と考えるしか考えられない。人間万歳? プーチンくたばれ! 私も子供の頃学校の映画鑑賞の折、小児麻痺の学園の映画を見ました。宮城まり子の名前をその時知りましたが、その後のことは知りませんでした。ですから、吉行淳之介のことも全く知りませんでした。吉行淳之のことも読み直してみなければと思いました。貴重な紹介ありがとうございました。人間の心について深く考えさせられます。


「大統領の手」
池内 健

遠藤さん 2022/12/12 19:57

池内さん(中谷)さんも新しく入られた方で、是非作品を何か書いてとお願いしていた。
今回、初めてご自分のとてもビッグなエピソードを披露してもらえた。
 あのエリツィンと生で握手されたとのこと。エリツィンという男ほど見た目と本当の性格の差が少ない政治家はいないと改めて実感することがこのエッセイを読んで実感できた。
 今正にロシアは世界を敵に回して、自らの都合の為に横暴な姿を全世界に晒している。
 エリツィンがいいとは言わないが、もっと大らかに世界のリーダーシップを図れる行動を期待したいものである。
 大変面白いエッセーでした。

阿王 陽子さん 2023/2/23 19:03

「大統領の手」を読んで 阿王陽子

エリツィン大統領の頃、自分はまだ小学校低学年生であり、記憶があまりなかったため、逆に新しいような感覚で本作を読み進めた。
エリツィン大統領の手の柔らかさ、温かさ。旧ソビエト、現ロシアは大きい国であり、カリスマ性ある指導者である大統領がいた。

たしかにロシアはいまウクライナ侵攻という戦争をしているが、バレエ、フィギュアスケート、文学、スポーツ、美術、など価値あるものも創り上げてきた。
だが、果たして、このまま突き進むとしたら世界的に孤立化する一方ではないのだろうか。

読みながら最近ニュースで「ウラー(万歳)」を連呼するプーチン大統領とロシア国民の映像を思い出した。

プーチン大統領の手はどうであろうか。果たして柔らかくて温かいのだろうか?いや、違うに違いない。筋肉質で冷たく硬質な気がする。

握手という挨拶の作法を、改めて考えた作品で、池内さんの若き日のグローバルな活躍も気になった。もう少し外国滞在の様子を書いてほしいとも感じた。

藤原さん 2023/3/10 15:50

池内さんが1992年7月、G7サミット(G7+1)開催地ミュンヘンの現地で経験したエリツィン大統領との握手、その様子がビビッドに伝わるエッセイである。
 偶然ながら小生は同じ年(1992年)の4月出張先の広島で、来日したゴルバチョフ氏(政治からは退きノーベル平和賞受賞者として訪日)を原爆資料館前の公園で目撃したことがある(わずかに氏と眼が合っただけだが)。
 佐藤優『国家の罠』(新潮文庫2007)を読むと、1999年エリツィン大統領がKGB(ソ連の情報機関・秘密警察)出身のプーチンを首相に任命したころの、日本外務省内の様子や小渕首相と佐藤氏との(いわゆるブッチフォンでの)緊迫したやりとりが描かれている。
 池内さんのこのエッセイは、世界の歴史がまさに大きく動きつつあり、その結果としてウクライナ戦争の現実にも直結するあの時代の一場面(ワンシーン)として興味深い。

森山 里望さん 2023/3/11 20:46

「大統領の手」を読んで
構成がうまい! かっこよくて気持ちのいいエッセイでした。世界地図が変容した時代と、渦中の時の指導者エリツイン、そして昨今の難しいロシア問題まで…。なんともグローバルな背景をさらりと書き、その大きなうねりのなかにあった筆者個人の歩みを、懐かしむように控えめに書いていて、若いころの筆者が文中できらりと光っていました。
強面のエリツィンの意外にチャーミングな面も楽しく読みました。

十河さん 2023/3/16 11:09

貴重な体験ができてよかったですね。
ロシア文学の話がはさまっていたら、なおいいように思いました。

藤本珠美さん 2023/3/20 19:07

『大統領の手』池内健さん

ソ連崩壊の激動のころ、ゴルバチョフからはじまったのに、なぜ途中からエリツィンが出てきて大統領になったのかわからずにいた。このころはずっと長い間くすぶりつづけ、噴火しそうになり、でもおしこめられ、またくすぶりはより重く深いものとなってくすぶりつづけ、そして東欧諸国を中心になにかが爆発した時代という気がしている。
エリツィンのあたたかみみたいなものが、作品をとおして、また後半とくににじみ出ていると思う。ウオッカとまぐろが好きで、日本にもプライベートでまぐろを買いに来ていたという話を聞いたことがあるが、ロシアという大国をリードしながら、そういうチャーミングなところもあったのだろうか。
文体がとてもすっきりしていて、さわやかな感覚で読みとおせた。

金田清志さん 2023/3/22 05:28

エリツィン大統領の手のぬくもりを感じさせる作。
個人(国民性といってもいい)と国家の隔たりはロシアだけではない!

後藤なおこさん 2023/3/29 15:43

G7プラス1サミットの一コマがさらりとカッコよく描かれています。
エリツィンと握手だなんてただただうらやましいです。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:07

ケネデイ大統領との握手の写真一枚、それだけで衆院議員に当選した男がいました。大統領との握手は人生を変えることもある貴重な経験と言ってもいいと思います。
ただ、プーチン大統領誕生秘話(西側報道)によると、エリツインが親族による汚職の追及を受け、これを逃れるために若きプーチンを大統領にしたといっています。せっかくの経験がプーチンの影で曇ります。これでは、心境は複雑と察し致します。光と影、反転して欲しい。

林さん 2023/3/30 15:06

エリツィン大統領について、人柄やエピソードなど、これまであまり知らなかったので興味深く読みました。
大統領という1人の人物次第でロシアに自由をもたらすこともできるし、戦争を引き起こしたりすることもできるのだな、と複雑な気持ちになりました。

旧ソ連によるシベリア抑留は国際法違反です。
文章中にあったドーピングも世界アンチドーピング規定に違反するものです。
世界大戦中は日本も国際法違反があったと言われていますが、ソ連・ロシアは昔も今も世界規模での約束事を国家として守らない国であるような印象があります。

その印象を覆すような明るい未来があるといいなと思いました。

山口愛理さん 2023/3/30 16:47

・大統領の手 池内健さん
短いけれど、面白いエッセイだった。仕事内容のわかりやすい記述もあり、エリツィンとの触れ合いに絞った点が良かった。山場であるちょっとドキュメンタリー的な握手の場面が臨場感たっぷりだ。エリツィンの左手のエピソードが興味深く、イラストも可愛かった。

石野さん 2023/3/30 18:00

コロナで海外旅行が出来なくなったため、直近で最後に出かけたのが2018年のモスクワひとり旅であった。ウクライナとの戦争はまだ始まっていなかったし、いちど行ってみたかった最後の国が、ロシアであった。
エリツイン大統領との握手のことを書いたこの随筆は舞台がミュンヘンでの「G7プラス1」であるのでモスクワの話は出てこないが、作者はロシアもお茶目なエリツインもお好きなようである。書かれているようにロシアは光と影のコントラストは桁違いに大きく、ラインは禁止でメールだけであったが、2018年初夏の市井の人々はとても親切で親日的であった。

港 朔さん 2023/3/31 16:18

すごい時と場所に遭遇されたわけですね。ボンが西独の首都だったとは ‥‥ すっかり忘れていた。
私の伯父はソ連に抑留されていて、S.25年頃だったか舞鶴に帰港し、港では伯父を含む抑留者たちは、全員、肩を組みながら革命家を合唱していたそうだ。ソ連軍に追われて樺太から逃げてきた人、満州から命からがら逃げ伸びてきた人達の話は2〜3ではなく聴いているが、全くひどい話である。しかしロシアは芸術の国でもある。音楽・美術・バレー、どれをとっても素晴らしい。近年のフィギュアスケートも素晴らしいけれど、政治が絡んで鑑賞することができないのはさびしいことだ。光と影のコントラストが、たしかに鮮やかな國だ。

匿名さん 2023/3/31 16:27

とても上手に纏められたエッセイで興味深く読みました。今の情勢を考えると、とうしてもエリツイン大統領を好きになれませんが、人と人が直接会って握手する、触れ合う事の大切さを感じました。国対国となると難しいとは思うのですが、違う国の人間同士が交流を積み重ねる事で共感が生まれ平和に繋がっていけばどんなに良いかと思いました。

成合武光さん (8oj5ljfs)2023/4/1 17:32

「エリッインの右手に感じた柔らかさ、温かさ、にロシアを憎み切れない」とある。分かる気がします。単なる「推し」ではないですね。しかも国を代表する関係者でもなかった作者にです。その作者に、さりげない当たり前のような仕草。そこにエリッインの飾らない仕草、人柄が伝わったのでしょう。国と国の理解も土台は一人一人との国民との理解、交流からだと言われます。私もロシアと聞くと耳にするより反発していましたが、考えさせられる一文でした。平和が来ることを願っています。この随筆が大勢の人に読まれるといいですね。

津曲稀莉さん 2023/4/1 22:40

内容はもちろんですが、構成が巧みだと思いました。「その後、僕は帰国し?」の部分と「握手したときには知らなかったが?」の部分が全体の効果を高めていると思います。


「ニューヨークの想い」
山口 愛理

遠藤さん 2022/12/12 13:15

この度、山口さんのニューヨークの想いを読んで、僕も学生最後の年にアメリカ西海岸とハワイを旅行した記憶を呼び戻した。
 山口さんは熱いニューヨークの想い、それを若干形を変えて実現した。若い頃に持った熱いパッションを実現した事は、その後の人生に少なからず影響を与えたと思う。
 僕も感受性の強い時にアメリカを訪問したことは今六十歳近い年齢になっても色鮮やかに思い出す事ができる。僕も仕事をリタイアしたら、様々な国々を訪問してまたあの頃の熱いパッションを思い出してみたいと感じた。

阿王 陽子さん 2023/2/23 19:36

「ニューヨークの想い」を読んで 阿王陽子

文横映画好きの集いで少し前にロバート・デ・ニーロの話題となり、私も石野さんが観ていた「ニューヨークニューヨーク」を観た。大好きなライザ・ミネリと、芸達者なロバート・デ・ニーロの作品だが、このタイトルの「ニューヨークニューヨーク」という主題歌を頭の中に流しながら本作を読み進めた。

私も村上春樹「風の歌を聴け」やカポーティ「ティファニーで朝食を」を読んだことがあるが、英語があまり得意ではなかったこともあり、あまりアメリカに興味を感じたことがなくて、でも本作を読んでみて、アメリカ文学やアメリカ映画、アメリカ音楽、歴史も面白そうだと感じた。 

「ティファニー」でお土産のネックレスを買うところは憧れだ。

後半、「ニューヨークの想い(ビリー・ジョエル)」とあり、ああ、タイトルは「オネスティ」や「ストレンジャー」の歌手の曲なんだと、初めて知った。

読み終わった後、「ニューヨークの想い」を聴いて、知らない世界を知った気がした。ニューヨークの夜景に似合いそうな音楽だった。

ニューヨーク旅行が楽しそうな旅行随筆であった。

藤原さん 2023/3/11 00:16

山口さんのこのエッセイを読んで、一度だけ仕事で訪れたニューヨークを思い出した。1990年11月民間会社のエンジニアとして、ある技術の調査とプレゼン(売り込み)のため米国に一週間ほど滞在したのだ。当方の会社事務所がニューヨーク(マンハッタン)にあり、初日の朝事務所に顔を出した後はちょうど仕事がなかったので、近くのメトロポリタン美術館へ行き、駆け足で観てまわった記憶がある(何を観たかはほとんど忘れた)。
 翌朝、宿泊したホテルの下降エレベーターで黒人と二人っきりになった。見上げるような大男で、上等そうなスーツでビシッと決めサングラス越しにじっと私を見下ろしている。恐怖に固まっていた私へ彼が急に「イェ〜イ! ニューヨークを楽しんでるか〜い!」と陽気に声をかけてきたのだ。なんだ、いいヒトじゃんか、と安どしたのを思い出す。
 ビリー・ジョエルは学生時代(1976〜1979年度)よく聴き、今でも車中で繰り返し流す。『素顔のままで』、『ストレンジャー』、『オネスティ』、そして『ニューヨークの想い』も。私事と思い出ばかりですみません、ノスタルジックな気分にさせる素敵なエッセイでした。

十河さん 2023/3/16 11:10

読みすすめるうちにゆったりした気持ちになり、ニューヨークやヨーロッパなどを旅している気分になりました。
 コロナ禍が終わり、また世界旅行の夢がかなうといいですね。

森山 里望さん 2023/3/17 15:44

書き出しが素敵です。
若いころ、胸の内に熱く燃えていたものが人生の年月の中で消えていく。思い起こしてもう一度火を灯そうとしてももう燃え上がりはしない。しかし、その頃の熱さと強い光はそのまま記憶の中にある。ちょっぴり切なくて熾火のような暖かさを感じるエッセーでした。

藤本珠美さん 2023/3/20 18:45

『ニューヨークの想い』山口愛理さん

作者の美しいもの、素敵なことを追う視線がとても良いと思う。
ビリー・ジョエルの曲もふくめて、あこがれていたニューヨークへの旅を実現しようとするけれども、いろいろなハプニングも起きる。
哀愁をかすかに感じさせる作者の作風に、ユーモラスなエッセンスがプラスされている気がする。この独特なバランスが作者特有のものとして存在しているように感じる。
さらさらと書いてあるように読める文章の奥底には、ストーリーの裏側のようなものも記述され、作品の深さを感じさせられる。
また描かれたことばの美しさや、表現の美しさにも感動させられる。

金田清志さん 2023/3/22 05:29

作者の旅好きを感じさせる作。
欧米に偏っているように思うが、インドや中東、東南アジアはどうなんだろう、とちらっと思った。

池内健さん 2023/3/23 23:44

ここまで外国に憧れられるなんて、そして実際に行ってしまうなんて、実に羨ましい。自分自身、ここまで外国に行きたいと熱望したことはない。たぶん、憧れの都が東京だったからだろう。田舎で、東京に行きたいと思い詰めていたなあ。

今、その思いは満たされているのだろうか。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:09

ニューヨーク愛、共感いたします。ただ、トランプ、銃、暴力。私には、好きだというだけでもなさそうです。

林さん 2023/3/30 15:09

ツアー中の様子が生き生きと描かれていて、旅行中のワクワク感や読んでいるこちらまで気分の盛り上がる感じがありました。
滞在型の旅というのは経験したことがなく、観光地を巡る旅行とはまた異なる世界を見ることが出来るのだろうなと思います。
滞在されたときに感じたり体験されたりしたことなどもいつか読んでみたいなと思いました。

いまほり ゆうささん 2023/3/30 15:53

とても楽しいエッセイでした。最初に山口さんが計画した通りの旅が出来たらどんなに良かった事でしょう。それでも団体のツアーの様子がユーモラスに生き生きと描かれていました。山口さんのおおらかで、どうせならしっかり見て楽しもうという精神を感じました。

石野さん 2023/3/30 18:04

ビリー・ジョエルがお好きなのは、夫の妹と多分同じ年ごろかと思いました^^。
団体旅行は私も好きではないですが、80年代バブル期のそれは凄まじかったことを思い出しました。私たち夫婦は、山口さんご夫婦より少し年上ですので、この3年間どこにも行かれなかった結果、もう海外には行かれないかもねと話しています。夫は絵を描くのでヨーロッパの街並みがお気に入りですが、残念。
是非ともお二人で楽しい計画を立て、実現してまた旅行記を書いてください。

港 朔さん 2023/3/31 16:22

P.158十八行目〜「奥様は高級ブランドバッグを ‥‥ 金歯がライトにきらめいた。」の叙述は、今令和とは違って元気でお金持で、しかしなんとなく田舎っぽかった昭和の最後の時代のきらめきを象徴している点で、いい表現だと思った。
9.11のワールドトレードセンターの事件はとても驚きだったけれど、今でもさまざまな方面に尾を引いていて、いろんな話を聞く。ケネディ暗殺事件の経過ととてもよく似ている気がする。不思議で、真相のよくわからない事件だ。
アメリカもまた光と影のコントラストが、とても鮮やかな國だと思う。

後藤なおこさん 2023/3/31 23:47

ニューヨークに恋い焦がれて♪ご主人様とは、ヨーロッパを旅してとてもうらやましいです。
未曾有のパンデミック「コロナ禍」に入る直前、私も憧れた、ヨーロッパ旅行の第1回目フランスを決行しました。そして翌年、海外旅行の夢は何処へ
また、安心して旅行ができる日が来ることを切に望みます。

成合武光さん 2023/4/1 11:34

読みだしながら「三人旅は凶」と俗諺にある。御存知だったのだろうか、と思いました。私も似たような経験があったからです。もちろん外国旅行ではありません。人事面での災いはなく、旅行券(座席)の障害で良かった? かと思います。ナイアガラの滝、一度は見たいですね。ニューヨークへ行けてよかったですね。「願い続ければ叶う」と言うことでしょうか。他にもたくさん海外旅行をされたとのこと、素晴らしいですね。

津曲稀莉さん 2023/4/1 23:03

読ませる展開と細かいディテールに引き込まれました。ニューヨークの描写はフィッツジェラルドが書くときのようで、足を運びたくなりました。


「祖父の思い出・冒険者の散歩道」
太田 龍子

遠藤さん 2022/12/12 11:47

太田さんは最近ご自分のお身内の事を書かれることが多い。前回はお父さんのお話であったろうか?
 今回はお祖父さんのお話である。昭和の初め、商社勤めをされておられたお祖父さんが、世界各国に進出し、その中で憲兵隊に拘束され、あらぬ嫌疑を掛けられたという。
 祖父母の想い出を、亡き母の葬儀に思い出し、しみじみ語る内容が自分の祖父母の記憶を呼びおこさせた。

阿王 陽子さん 2023/2/23 19:52


「祖父の思い出・冒険者の散歩道」を読んで   阿王陽子

先見の明があり、天賦の商才があった、作者のお祖父様。最後の懐中時計のねじを巻きながら、「いつの世かで再会が叶えば、今度こそ大陸やインドシナでの冒険談を聞かせてもらおうと思う」としている、作者のあたたかな気持ちがじんわり沁みた。

藤原さん 2023/3/12 23:38

数々の武勇伝と印象的な逸話に彩られた作者(太田さん)の祖父を回想したエッセイ。
 「心身ともにタフで行動力に富む祖父」は商社で資源調達を担当、海外駐在員として活躍した。戦前戦中の時代、若き商社マンとして香港、ラオス、上海、ベトナムと世界を舞台に颯爽と仕事をした祖父。日本人青年を主人公にした長編小説にもなりそうな題材である。とくに盧溝橋事件(1937年)の頃の国際都市 上海などは小説の舞台としても魅力的だ。短い文章ながら想像力を大いに刺激される作品である。

十河さん 2023/3/16 11:08

人に歴史あり。身近なところにいた人にも、興味深い話がひそんでいる場合がある。この随筆はその典型。
・世界史に連なる波乱の人生が、落ちついた筆致で書かれているところに好感が持てた。

森山 里望さん 2023/3/17 17:51

母の死を通して、祖父をしのぶ。身近なおじいさまの知りえなかった人生・人格の層に思いを巡らす。読むうちに、わたしもおじいさまに惹かれていきました。

藤本珠美さん 2023/3/20 18:41

『祖父の思い出・冒険者の散歩道』太田龍子さん

冒険者のように人生に果敢にたずさわって生きた、お祖父様をめぐるストーリー。
背後に歴史の大きな流れや、家族という単位での、小さくても重くて深い歴史を担った存在が描かれている。
後半、懐中時計の話が出てくるところが印象的である。この時計の「意外に明るい音」は、古いもののなかにときどきある気がする。私の場合はカメラですが、年季の入ったカメラのシャッター音が「コトリ」という音で、形は武骨なのに、意外な気がしたことがある。
お祖父様の行動的な姿とは対称的に、作品の文体がしっとりとしていて、じっくり落ち着いて読むことができた。

金田清志さん 2023/3/22 05:30

祖父の大きさ、スケールの大きさが感じられる。
明治生まれの人に、こうした大きさの人物が市井の中にもいる、やはり時代が生み出すのだろうか?

池内健さん 2023/3/23 23:38

南洋を舞台にした冒険ものの主人公を地で行くような破天荒な祖父への愛情が伝わってくる。オメガの日付が何を意味するのか気になった。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:10

肉親の描写はややもすれば感情が入って、嫌味になったりする。過不足のなく、適切な距離を保った的確な文章と思います。

林さん 2023/3/30 15:15

私は祖父母が大好きだったため、祖父母を思いながら親近感を持って読みました。

故人の使っていたものって、片付けても片付けても意外と残っているんですよね。
私の場合は、祖父のカメラとたくさんの撮り貯めた写真で、やはり筆者と同じように今になって聞きたい、知りたいと思うことがいろいろ出てきます。

この作品中の祖父の方は、安定や安全が保証されているとは言えない場所や時代に生きて、確かに冒険者の1人であったと思います。
お仕事をされていらっしゃった頃のエピソードから豪快なイメージを持ちましたが、奥様の入院中お遍路参りに出かけたり家族へ特産品や郷土玩具を送ってこられたりしたところをみると家族愛に溢れる優しい方だったのだろうなと感じました。

いまほり ゆうささん 2023/3/30 16:14

何となく同人のお一人であるKさんの事と重ねて読んでしましました。海外で大きな事業に携わっておられたお祖父様、きっと直接お話をせがめば、様々な武勇伝が聞けたのだろう、そして私も知りたかったと思いました。

山口愛理さん 2023/3/30 16:49

・祖父の思い出・冒険者の散歩道 太田龍子さん
祖父の若かりし頃のアジアでの貴重な体験や活躍が綴られていて興味深い。最後の時計のシーンなど、著者の祖父に対する愛情も感じる。著者との触れ合いがあまり語られていないので、八十歳を過ぎた晩年であっても、著者がからんだ祖父の生活があれば、もう少し読みたかった。

石野さん 2023/3/30 18:07

セピア色の写真の中のニッカボッカとハンチングだけでもハイカラなのに、ゴルフクラブとトロフィーとは、なんてカッコいいのでしょう。おじい様と暮らせて良かったですね。私の祖父は、私が生まれる少し前に亡くなっているので、祖父を知りません。大人になってからの一番会いたかった人でした。私たちの両親も、そのまた両親も激動の時代を生き抜いてきました。今、私たちが生きているのは彼らが命を繋いできてくれたから。思い出と感謝しかないですね。

港 朔さん 2023/3/31 16:24

1937年上海事件のバックグラウンドが少しわかったような気がする。立派なおじいさんを持たれて、羨ましいことです。もし冒険談が聴けたら、それを書いていただけたら嬉しい。

後藤なおこさん 2023/3/31 23:23

私も祖父の話をもっと聞いておけばよかったなと思うことがよくあります。久しぶりに祖父母のことを思い出しました。

津曲稀莉さん 2023/4/1 01:26

・一人の人間と歴史が否応なしに接続していること、そういったことを思い起こす時、戦争や暴力という文脈に短絡しがちですが、それは現代において、歴史と接続しているという意識が希薄になっていることの裏返しかもしれず、そのことついて改めて考えさせられました。
・米澤穂信の『氷菓』という作品の中にある「全ては主観性を失って、歴史的遠近法の彼方で古典になっていく。いつの日か、現在の私たちも、未来の誰かの古典となるのだろう」という台詞を想起しました。

成合武光さん 2023/4/1 10:59

日本の中国進出、昭和の時代のことが良く想像できます。晩年には少しとぼけたような祖父も、仕事では命知らずのような出来事もあったと。そのような話も聞けば一層感慨深く思われるでしょう。今の時代にもそのような人が居て、世界の貿易が回っているのだろうと想像します。人間とは恐ろしくも、またすごいものだと思います。まだまだ話を聞きたくなるようです。


「アナ」
藤本 珠美

遠藤さん 2022/12/12 13:35

世界の人々と交友を持つことは、言葉が通じないし、文化が違うことから緊張する。主人公の女性も27歳の時に、自らの人生観を変えるために英国に飛び込んだ。
 そこでドイツから来ていたアナという19歳の少女と出会う。アナは自由で、好き嫌いもはっきりしていて、主人公の女性は到底仲良くなれないと諦めてしまう。しかしその後の経過を見てみると、ずっとアナの存在を目で追いかけている。
 アナの意外な一面を見て、また一層興味を惹かれている。
 そして主人公の女性も成長し、やがて自信を持ち始める。すると対等な立場となり、客観的にアナを見ることができる。他社に刺激を受け、成長していく。

阿王 陽子さん 2023/2/23 20:10

「アナ」を読んで 阿王陽子

外国で外国人の女性たちと教養講座で知り合うなか、美しい赤毛の19歳のドイツ人女性アナとも知り合うが、クールな彼女と「私」はなかなか打ち解けない。でも、最後にようやく打ち解ける。
ザ・クラッシュの音楽をかけてみた。なかなかロックだ。

十河さん 2023/3/12 17:52

異国にたった一人ほうり出された若い女性の肩身の狭さ、心細さがよく分かる。
・しかし、題材がそのまま提示された感じ。
・細部を組み立てて一篇の物語にしたら、面白いものができたのではないか? その努力をしてほしかった。
・興味深い主題だけに、ちょっと残念な印象をもった。

藤原さん 2023/3/13 13:33

「私」(作者自身を思わせる)が、英国でボランティアをしていたときに知り合ったアナ(十九歳のドイツ娘)が物語の中心である。多様な国から集まったボランティア仲間の様子を含めて興味深く読んだ。
 時代は東西ドイツが統一(1990年10月)して数年後の1994年初め。アナは自由にふるまう若者であると同時に、斜に構えた皮肉屋でもあり、突っ張って生きているように見える(英国の反骨のロックバンド「クラッシュ」が好き)。作品の終わりになって「私」は、アナがじつは東ドイツ出身であることを知る。
 この話を読んでNHKドキュメンタリー『映像の世紀バタフライエフェクト』(2022年12月30日放映)のエピソードを思い出した。東ドイツ出身で長く統一ドイツの首相(在任16年)を務めた女性メルケル氏が、首相退任式(2021年12月)で演奏される送別曲としてリクエストした曲のことだ。彼女はニナ・ハーゲン(東ドイツ出身。同国の監視社会への怒りを歌った反骨の女性シンガー)の『カラーフィルムを忘れたのね』を選んだ。物理科学者だった若き日のメルケルは、ベルリンの壁崩壊(1989年11月)を東ドイツ側からリアルに体験したという。
 藤本さんの本作は、そんな欧州激動の現代史の一断面を垣間見させる作品でもある。

森山 里望さん 2023/3/20 14:52

作品に独自の世界観を確立していらっしゃると感じました。私やアナの心象風景の中にいるような感覚のする小説でした。

金田清志さん 2023/3/22 05:31

創作とあるがどの部分が創作なのか判らないが、同じドイツ人でもマリアンとアナの心の内が伝わってくる。
こういう事は日本にいては分からない。

池内健さん 2023/3/23 23:37

イングランドで知り合った東ドイツ出身のアナがベルリンの壁崩壊時を思い出し、「… the war …」と言う。この「戦争」は何を指しているのだろうか。

ゴルバチョフ書記長率いるソ連がブレジネフ・ドクトリン(制限主権論)を放棄していたこともあり、壁崩壊のプロセスは武力弾圧を伴わず、「平和革命」とも呼ばれた。したがって、壁崩壊プロセス自体を戦争にたとえるのは違和感がある。壁崩壊前の冷戦(the Cold War)か、それとも崩壊後のボスニアなどバルカン半島の戦争だろうか。いずれも壁崩壊と直結せず、モヤモヤした感じがぬぐえなかった。
後後藤なおこさん (8o7vxbcf)2023/3/29 23:54削除
イギリス留学中の主人公が知り合ったアナという女性 赤毛で美しく自由で少し粋がっているあたりチャーミングな女性です。様々な国からいろいろな背景を持って集まった女性たち。掘り下げて長編の小説にして欲しい題材だと思います。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:13

「密告社会」だった東独からきて、クラッシュの歌を口ずさむアナ、気持ちが分かったのは別れのとき。やっとやさしい会話ができた。

林さん 2023/3/30 15:18

このアナという女性の出身地が東ドイツであった、ということをラストで持ってくるまでの仕掛けというか、伏線というか、顛末が良いと思いました。
冒頭の歌に始まり、授業中いっぱい質問をすること、いきがっているように見えたこと、イギリスの本をたくさん買いたいと言ったことなど、ラストへのヒントをちりばめながら話を進めていく展開が素晴らしいと思いました。

山口愛理さん 2023/3/30 16:51

・アナ 藤本珠美さん
海外に舞台を置いた、独特で藤本さんらしい小説。東西ドイツ統一後の時代、主に教養講座での女性たちとの触れ合いが語られている。言葉や文化の違いに戸惑う主人公の心情や様子が良く描かれている。この辺りは海外実体験を持つ藤本さんならではかも。
このままでも良いが、面白い素材を扱った内容だけに、もう少し長さがあったらと思った。高齢の女性のヘルプをするいきさつ・やり取り、折々の英国の自然や風景の美しさ、最後のお茶会でのアナを中心とした会話などを、もっと描いても良かったかなと思った。

いまほり ゆうささん 2023/3/30 17:33

藤本さんの文章が好きです。独特の美しい世界観に包まれるような感じがします。ただもう少しテーマに沿って登場人物を絞っても良かったのではないかと思いました。

石野さん 2023/3/30 19:41

文横の新しい号を読む楽しみの一つが、藤本さんの作品です。独特の雰囲気があって、誰にも書けない文章です。旅行ではなく留学先の英国の町の様子や人々、表情が伝わります。音楽は時代と共にいつもあります。友との思い出も音楽と共にあることが多いです。最後の授業の日、ずっと誤解していた東ドイツ出身のアナと初めてかわした優しい会話と巻きずし、ザ・クラッシュの記憶は、何度も蘇る青春時代の懐かしい思い出です。

港 朔さん 2023/3/31 16:28

1990年前後の時期は、さまざまな意味で世の中(世界)の画期点だったのだと思う。池内さんの『大統領の手』も同じ時期の話だけれど、教科書やマスコミの情報ではなく、ある個人が実際に触れ、また見聞した生の情報はとても貴重だ。この時代を、アナもマリアンも珠美も、精いっぱい生きていたのですね。

成合武光さん 2023/4/1 17:30

ベルリン出身、十九歳。ドイツ人である。そのことも訳も知らないまま、同じ歌(クラツシュ)が好きなのだと思っていた。自由な世界と自由のない世界の人が居ること、それを知った時の衝撃は大きかったでしょう。ハツとさせられますね。歌の一節(go or stay)
も素晴らしいです。

津曲稀莉さん 2023/4/1 23:11

・好感の持てる作品でした。
・冒頭に「私個人」という言葉が出てきましたが、ヨーロッパ的な個人と日本人である私との、個人としての対立がエピソードとして欲しいと思ってしまいました。
・また、後半の「いまも、ワイン色のロングコートの?」部分で、アナのが目に浮かぶよりも薄れていくようなイメージの方が適している気がしました。


「みどりの道」
大倉 れん

遠藤さん 2022/12/12 19:40

今回森山さんは創作に挑戦されました。いかにも森山さんらしい作品だと感じました。
森山さんは昔から伝わる昔話を即興で話せる語り部でもあります。それは想像力と感性豊かでないとできない所業です。
 本作、みどりの道は、普段何の気無しに足として利用している自転車の立場になって人間の老いや身勝手さなどを自転車と人間の関係から浮き彫りにした作品であります。
 主人公であるグリーンは、新品の時から最後ボロボロになるまでの半生をその乗り手とともに歩む。出会いで一緒だったアイボリーと最後木村リサイクルで再び再会する。
 そして互いの使える部分を組み合わせて、また一台の自転車として再生する。
互いの夢はその片方が半分だけ達成して、最後の夢へと繋げていく。
なかなか憎い演出である。
 普段何気なく無頓着に扱っている自転車であるが、この小説を読んで、自分の事をどう見ているのかを少しだけ考えてみることができた。

阿王 陽子さん 2023/2/23 20:52

「みどりの道」を読んで 阿王陽子

大倉さんの作品は、前年度の「六十年後の蜜月」を読んで、詩の情景のようなあたたかい作品であり、読後感がたいへん良く、今年度も作品を読むのが前から楽しみだった。本作は、作者の2作目にして、すばらしい童話だった。

自転車が登場人物(擬人法)で、度肝を抜かれた。商品(品物)に対して作者は愛情あるあたたかなまなざしで、描いている。

自転車のグリーンに恋人(オレンジ)ができ(このアイデア、展開にも驚いたが)、別れ、またユウスケが清一さんにグリーンを渡し、整備されたグリーンは、ミユセンセイと所有者が移る。ミユセンセイがセダンの男と結婚し、やがて中古で売られる。キョカンに買われるが、あまりいい暮らしではなかった。キョカンからムラタサンに譲られたグリーン。しかし、ムラタサンの思いやりもむなしく、グリーンのブレーキワイヤーは切れてしまい、意識がなくなってしまう。目を覚ましたグリーンは、清一さんによって、かつて一緒に飾られていたアイボリーと一体になったことを知るのだった。

人生の移り変わりや心の機微を、あたたかな表現豊かな文で綴った、心豊かになるような作品であり、「読まされる」文章であった。最後のアイボリーの再登場あたりで読みながら涙が出てしまった。

また大倉さんの作品を読みたいと感じた。

藤原さん 2023/3/7 16:13

一読、爽快で暖かい気持ちになる作品。擬人化された自転車たちの物語で、主人公はグリーン(男性自転車?)だ。グリーンの持ち主は、ユウスケ(高校生) ⇒ ミユセンセイ(ピアノの先生) ⇒ 太った六十男 ⇒ ムラタサン(老人)と変転する。
 グリーンの生涯は持ち主たちの人生とリンクして、彼女(オレンジ)ができたり、様々な自転車たちと知り合ったり、体重の重い主人に苦しんだり、持ち主をかばって車とぶつかり瀕死の状態になったりする。その後、新品のとき共に並んでショーウィンドウに飾られていたアイボリー(女性自転車)と、お互いの車体や部品を持ち寄って一体とされる。そして生まれ変わった新しい自転車として、新品のときと同じ店頭に再び飾られる。
 まるで人間の一生のような起伏をもったストーリー展開で、物語の最後がひとつの環(わ)となって閉じられる巧みなエンディングに感心した。

十河さん 2023/3/12 17:51

こうした童話風の世界もあるとは思う。人間ではない「もの」を主人公にした読み物。時間の流れが主題のひとつになっているのは好感が持てる。
・描写が美しく、出てくるほとんどが「善人」ばかり。今回のテーマではそれも致し方がないのかもしれないが、ちょっと平板にも思った。この長さにはもう少し大きなドラマがあってもいい感じがする。
・今度は人間を主人公にしたものを読みたいと思った。「もの」が主人公ではあまり感情移入ができない。

藤本珠美さん 2023/3/20 18:51

『みどりの道』大倉れんさん

同じ「木村サイクル」から出発した、グリーンとアイボリーの二台の自転車が、どのような生涯をたどってゆくのか、とても心にのこる作品だった。
自転車たちが擬人化されているけれども、この作品では単なる擬人化とはいえなくて、人間のやさしさや、したくなくてもせざるを得ない人生の転機などがはたらいて、とてもユニークにストーリーが描かれている。
ラストシーンもよかった。
先ほど単なる擬人化ではないと書いたが、自転車の心の動きが人間を表現し、人間の行動が自転車に思わせ、実感させていることは、本当に人間の生涯そのものを描いてあるのかも知れない。おもしろい視点をもって、人間を表現している作品なのかも知れない。

金田清志さん 2023/3/22 05:32

擬人化した自転車の視線で人間を描いた作だが、内容的には平凡。

ラストで二台の自転車がリメイクされて一台になるラストは良かった。

池内健さん 2023/3/23 23:35

ほのぼのした読後感。お互いに半分だけ夢を叶えて、でも2台で一つになったので、満たされた気持ちになる。結婚式などで使われる「喜びは2倍、悲しみは半分」ということばを思い出した。

後藤なおこさん2023/3/24 18:10

とても優しい物語でした。
子供にも読んで聞かせてやりたいような…

擬人法で自転車として語られている「グリーン」や「オレンジ」に、改めて人間である知り合いや、友達の誰彼を当てはめて読んでしまう位、自然に描写されていて、
微笑んでみたりやるせなくなってみたり、最後はアイボリーと夢を半分ずつ分けあえてハッピーエンドで本当によかったです。

MASAO,F 由宇さん 2023/3/29 07:24

ドロップハンドルさんの描写に震えました。

世俗と一線を画していたつもりで、リサイクルショップにやってきたドロップさんがママチャリ連中から揶揄され、体を震わしながら
聴こえないふりをする。
高度経済成長、そしてバブル期の末裔世代の方、それも管理職で高いステイタスについていた方を彷彿としました。

お合いできたら、ぜひドロップさんが、何の象徴なのか、教えていただきたいと存じます。

また、木村サイクリングの店主さんの存在、と自転車たちの関係。
も絵本を思わせるような、なんというか、すべての音をつつみこむチェロの音色のような、、、優しい神の前で人生を演じる人間観
を感じました。

大好きな空気感でした。

いまほり ゆうささん 2023/3/29 15:48

擬人化された自転車が持ち主が変わる度に色々な体験を重ね、最後に古くなってあちこち傷んでしまったグリーンとアイボリーの使える部分を生かして一つの自転車になるという、爽やかで素敵なお話でした。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:15

グリーンとアイボリーの自転車が主人公。感情をもっているし、会話する。乗り手の批評もする。物が主人公とはびっくりした。リメークされて、合体する最後も面白い。

林さん 2023/3/30 15:28

擬人化された2台の自転車の視点から人々を描いたり、自転車の感じる風や光などの季節感が細かく描写されていて、繊細で優しくて、とても美しいと思いました。
自転車達の色以外にもたくさんの色が文章中に含まれていて、それはそのまま人生の豊かさを現しているようだと感じました。

最後、リサイクルという観点からグリーンとアイボリーが清一さんの元へ戻るという展開も幸せな結末となっていて、子ども向けの絵本にしてもいいのではないかと思いました。
現代の小学校ではSDGsを始め、リサイクルやリユースについての教育も熱心にしている感じがあります。
絵本にすれば、様々な色が映えて美しい世界が拡がるのではないかと思いました。

山口愛理さん 2023/3/30 16:53

・みどりの道 大倉れんさん
自転車のグリーンを主人公にした童話的なファンタジー小説。グリーンから見た風景も心情もとても丁寧に描かれている。最後にグリーンがアイボリーと、ある意味結ばれるのも微笑ましく、作者の優しさが文章に表れている。
ただ、自転車の人生が人間のそれとあまり変わらない感じを受ける。自転車が話すこと自体がファンタジーなので、もっと弾けた自転車の人生があっても良かったのでは。また、自転車名と人名が全てカタカナなので、人名は漢字やひらがなの方が読みやすいかな、と思った。

港 朔さん 2023/3/31 16:30

すべてのものに命を感じるというか、大倉さんのアニミズムというか、そんな発想の物語。全体に幸福感がみなぎった、かわいい童話、という気がする。人だけではなく物にもすべてに命や運命を感じとり、それを表現した物語だと思った。
籠にゴミを入れていく輩など、世相もよく捉えられているところが好い。

津曲稀莉さん 2023/3/31 23:05

・作品全体の空気感に好感が持て、心温まる作品でした。
・導入の部分で、吉行淳之介の『原色の街』の冒頭部のような列挙のされ方があると、どのような街が舞台なのかがより鮮明になると思いました。
・また図式的かもしれませんが、どちらかの自転車が日本製(日本人)、外国製(外国人)というモチーフを導入すると、リメークのシーンで、擬人化という方法を採用したことによる物と人間の「他者性」の差異というテーマがより先鋭化されると思いました。

成合武光さん 2023/4/1 11:43

奇抜なアイデア。心優しい創作です。夢見る童話。物語の展開も現実感がある。二つの自転車が、さわやかに街を走っているような姿が浮かんで来ます。素晴らしいです。二つの自転車が、また元の木村サイクルに戻って来る。感動しました。また新しい旅が始まる。ドキドキします。

石野さん 2023/4/1 21:20

<創作>みどりの道                大倉れん作
自転車の話、面白かったです。ファンタジー小説というのでしょうか。擬人法を用いて独自性があり、とても良かったです。少しページ数が多くなり長かったような気もしました。次号が楽しみです。


「天は味方せず」
日向 武光

遠藤さん 2022/12/26 07:45

日向さんの随筆である。家に我が物顔で入り込む猫に悩まされている。その猫の為に両手を捻挫してしまった暑い夏の出来事であろう。忌々しく思う情景は何となく浮かぶ。
 友人の太田さんが果たして猟銃の資格を取得したのかが気になるところである。
 さて、後半が本随筆と同関係してくるのかがよくわからない。天は味方せずというタイトルがたんに猫を取り逃がして両手を捻挫したというだけの話であるのならば、後半は蛇足になってしまう。少し厳しい言い方かもしれないが、思いつくままに書いている様で、読者を一緒に伴って歩いている気がしなかった。

阿王 陽子さん 2023/2/25 09:04

「天は味方せず」を読んで 阿王陽子

随筆なので、感じたことをそのまま書いている点は良いのだが、散文のなか、主語などがわからない箇所があり、やや読みながら理解することが難しい箇所があり、読み手に読んでもらうことを少し意識されたほうが良いかとも感じた。

藤原さん 2023/3/8 16:04

このような作品は、作者ご本人を知っている方々にとっては、たとえば「ああ、日向さんらしいな」などとその情景を想像して、ほほえましく読めるのだろう。ただ読み手が作者をまったく存じあげない場合、作者の脳裏に浮かんだ事柄や心のつぶやきをつぎつぎに聞かされているようで、やや戸惑う。随筆というより日記に近いものだろうか。
 小生には作品の前段(猫とのエピソード)よりもむしろ最後の文章(p186下段後ろ三行目以降)が印象的で心に残った。日向さんのために敬虔に祈ってくださった三人(そのひとりは母親)を回顧する部分と、七十年前自分の腫物を農家の人が鎌を使った祈祷で治してくれた話である。

藤本珠美さん 2023/3/20 19:28

『天は味方せず』日向武光さん

読み始めて、文学横浜第四十九号、第五十号の、日向さんの作品、「ガリバー太田」のシリーズをすぐに思い起こした。
土台のしっかりした文体の作品で、けれどもひょうひょうと身軽でユーモアがある。テンポよく短い文章がするするとつながっていて、途中、友だちとのメールの交換などもリズムがあっておもしろい。
この軽やかさはいいなあと思う。
会話体も記述されていて、読むのが楽しかった(特に猫とのストーリー)。
作者の作品にたびたび登場する、自然と、本来は自然の一部であるはずなのだが今はどうなのか・・・という人間との、それぞれの、そしてお互いの、たくましい、力づよい関係について、再び考えさせられた。

森山 里望さん 2023/3/20 21:01

思いめぐらす独り言を、そのまま文章にした印象を受けます。筆者をご存じのごく近しい方には笑いも誘う楽しい随筆なのかもしれません。
 文のリズムをというか、語感を大事にしているのだと思いましたが、内容が行きつ戻りつしたり、唐突な出来事を差し込んだりで理解が難しかったです。

金田清志さん 2023/3/22 05:13

過疎化の進んだ地方で、作物が野生動物の被害に遭う、これは全国的な現象。

ペットによる糞尿被害の声も絶えません。
それが作者の憤懣の矛先であるのは確かで、それに加えてこの作では地方に残っていた土俗的な風習についても触れている。

池内健さん 2023/3/23 23:51

猫の糞に悩まされたうえ手足まで痛めてしまう。創作どころではないというボヤキに実感がこもっている。お大事に。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:17

なんでも書けるという随筆は自由度が高いだけに型が重要であると思いました。
草ぼうぼうの空き地、日本家屋の解放された床下が失われ、野良猫にとって生きずらい時代になったのだろうと思います。建築家は野良猫のことも考えた設計をすべきです。
たしか「海辺のカフカ」にあったジョニーウォーカー氏の野良猫虐待の怖さ、日向での野良猫たちの会議を連想しました

林さん 2023/3/30 15:30

冒頭、岡山の太田くんの話なのか、ご自身の感想部分なのか、分かりにくいように感じました。

いろいろ面白いエピソードが詰まっているので、もう少し小分けにして、1篇ずつ作品にしたほうがいいのではないかと思いました。
日常のこと、思い出の話など盛り沢山なので、ひとつひとつを作品にしたほうがそれぞれのお話の内容が強調されて生きるのではないかと思いました。

山口愛理さん 2023/3/30 16:53

・天は味方せず 日向武光さん
友人とのメール文のやり取りは登場するが、日記的な作品。穏やかな日常を侵食する獣害を主題にしている。それと同時に自身の怪我にも、どうにもならない苛立ちを感じる。 年齢を重ねるにつけ、胸に去来するあれこれ。そこはかとない郷愁や神仏への畏敬、来し方行く先への一抹の不安。最後の草刈鎌のエピソードが良かった。

港 朔さん 2023/3/31 16:44

獣害のすごさがよく分かった。
日本の農業を邪魔するものがこんなところにもある、ということ ‥‥ 動物愛護とか保護の論理には、何も云えなくなる。しかし、そのために農家ではこんなにも困っている事実があるのに、政治は実質的なことは何もしないように見える。
随筆というよりノンフィクションだと思った。

後藤なおこさん 2023/3/31 23:21

獣害に悩まされ狩猟資格試験を目指す友達とのメールのやりとり。自らも野良猫の糞尿被害に憤り脅そうとして、自分自身がお怪我をなさり、また話は、故郷の郷土信仰にとぷ。思うままに、あちこちと話題が飛び、楽しく(と言っては失礼かもしれませんが)拝読しました。

津曲稀莉さん 2023/4/1 17:06

狩猟には興味があるので、面白く読みました。文体のリズムが良く、そこに連なる言葉にもユーモアがあり、作者のセンスを感じました。小説にもできる形式と内容だと思いました。

いまほり ゆうささん 2023/4/1 17:39

ペットブームの裏に獣害に悩まされ生活を脅かされるまでの人たちがいるのだという事は大きな問題ですね。大阪に住む友人の家の周りでアライグマが増えて被害が出るので捕獲したと写真入りでFacebookに投稿していましたが、アニメのイメージと違って獰猛そうでした。

石野さん 2023/4/1 22:01

<随筆>天は味方せず               日向武光作
「天は味方せず」の題名が日向さんらしくていいなと思いました。
本文最初の1行目の「定年後、自分だけ一人実家に戻った」の自分は、岡山の太田さんだと思うので、「彼だけ」の方が分かりやすいと思いました。
縦横無尽な文章は日向さんのオリジナリティ溢れる個性だと思います。それと今回も日向ユーモア全開!無敵です!


「タカシちゃん、もやしを買いに。」
和田 能卓

遠藤さん 2022/12/12 11:35

今回も前回に続き「たかしちゃん」シリーズである。
 和田さんの作品には温かみを感じます。
 昭和30年代のお話ということ。
 僕も昭和30年代最後の年の生まれなので、本作の内容に郷愁の念を感じます。
 八百屋の人に丸め込まれたたかしちゃんを叱らないお母さんの心優しい面が出ており、ほのぼのと感じました。

阿王 陽子さん 2023/2/25 09:16

「タカシちゃん、もやしを買いに。」を読んで 阿王陽子

もやしは現代ではスーパーで39円とかで個包装になって並べられているため、昭和三十年代は、八百屋さんでこのように売られていたのか、と驚いた。
タカシちゃんの50円玉を見て、八百屋さんは押し売りをするわけだが、純粋なタカシちゃんの気持ちに、ママも、八百屋さんを良い人と思うようになり、ラストは、最初に出てきたテーブルに置いたあまり物おすそわけに結びつく。
起承転結が見事に書かれた短編で、読みやすく、また温かいほのぼのとした作品であり、安心して読むことができた。

藤原さん 2023/3/13 14:06

小生(昭和31年生まれ)が小さかった昭和30年代を思い出し、懐かしい気持ちで読んだ。そういえば五十円硬貨は中央に穴がなく、今よりずっと大きかった。
 現在のような格差のなかの貧しさではなく、世の中の家庭がみんな貧しかった時代である。その分、隣り近所で助け合った時代でもあっただろう。作品の最後に、買い過ぎたもやしが山盛りに入ったボウルを、ママが共同の台所のテーブルにそっと置き、「皆さん、もやしをどうぞ」とあるのがほほえましい。

藤本珠美さん 2023/3/20 19:22

『タカシちゃん、もやしを買いに。』和田能卓さん

ママのおつかいで、市場にもやしを一つかみ買いにいったタカシちゃんは、五円分でいいのに言い出せなくて、八百屋のおじさんにのせられて五十円分のもやしを買い、おまけのおまけまでもらってくる。
ママの反応が、びっくりはしたけれど、叱ったりしていなくて、そして食べきれないもやしは共同の台所に、「どうぞ」と差し出されている。ほほえましい風景だなあと思った。
タカシちゃんが、袋に入れられてゆくもやしをみつめながら、動揺したりする姿が、あたたかく微細に描かれていて良かった。

金田清志さん 2023/3/22 05:42

タカシちゃんの優しさ、素直さが際立っている。

森山 里望さん 2023/3/23 20:54

生活感と温もりのあるおはなし。貧しさが力強く、ほほえましく、美しくさえ感じる。

池内健さん 2023/3/23 23:16

子供ひとりのお使いでのかわいい失敗。ラストのもやしの山盛りの映像もとぼけた感じでほのぼのした気持ちになる。

後藤なおこさん 2023/3/29 15:34

ほのぼのとした優しいお話でした。お裾分けテーブルいいですね。その日はみんなの食卓にもやしが上がったんでしょうね。

MASAO,F 由宇さん 2023/3/29 22:48

「八百屋さんはほんとにいい人なのかしら」この一言「あのころ」の未来が透けてみえてきました。

昭和30年代アンソロジーに一角に混じっても、なお秀逸な雰囲気がこのママの一言に見えます。

動機なき殺人に象徴される「善(シリアル)人の中の狂気」と日常的に遭遇するのはこの後の時代です。

預言者ママの一言が響きました。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:20

タカシちゃんシリーズも3回目でしょうか。缶けりを書いた三度鬼が特に好きです。今回も楽しく読みました。皆が貧しくて、貸室で助け合って暮らしていた時代、せこい大人もいました。タカシちゃんの世の中との出会いの瞬間をとらえ、新鮮でした。
私の昭和30年代。父も30歳台で、夕方、酒を持参してくる友達があると、母の使いで、酒のつまみに経木で包んだ鰹や鮪の刺身を買いに走らされました。
その日もまた、父の酔った友が私にタバコを買って来るようにと百円札を渡しました。その日、私はどうした訳かこの金をどこかで落としてしまいました。正直に失くしたと伝えました。ところが、私がごまかしたと決めつけたのか、私を睨みつけています。その後は、私が逆に、その酔客を睨みつけるようになりました。蜘蛛の巣だらけの百円札を床下で見つけたのは、ずいぶん後のことです。今思えば、貴重な経験でした。

林さん 2023/3/30 15:33

大好きなたかしちゃんシリーズで、今回はたかしちゃん、どうしちゃったの・・・?と思いました。
優しすぎるのかしら?と思ったり、子ども心に言いにくい瞬間っていうのが存在するんだな、と感じたりしました。

また、最後のママの「言わなきゃ」は何を言うのか気になります。
押し売りをされた、とも想像できるけれど、たかしちゃんが「おじさんはとってもいい人」って言っていたから、やっぱりママはお礼を伝えるのかな……などと考えたりしました。

山口愛理さん 2023/3/30 16:55

・タカシちゃん、もやしを買いに 和田卓能さん
もやしを買いに出たタカシちゃんの可愛らしい作品。買わされてしまった有り余るもやしをどうするのかと思ったら、最初に出てきた文章につながる。共同台所のテーブルの上に、善意の余りものとなって置かれるのだ。古き良き時代を感じさせる。

石野さん 2023/3/30 18:14

ユーモアと懐かしさが和田さんの童話を読む楽しみです。今回はタカシちゃんシリーズの「もやしを買いに」でした。袋に入っていないで樽からつまんで売るもやしを、私も知っています。ただ、八百屋のおじさんは、断れないタカシちゃん相手に、わざとたくさん入れて押し売りしました。ちょっとえげつないと思いました。今でも一袋50円ぐらいで普通のもやしは売っていますから当時50円ものもやしは、高いですよね。

いまほり ゆうささん 2023/3/30 21:59

八百屋のおじさんは良い人ではなさそうで、ともすれば嫌なお話にもなりそうなのに、ママの人柄ー冷静に人を見てきちんと主張しそうな面と、たかしちゃんの気持をそのまま受け止め大きく包む優しい面を併せ持っている所がとても素敵でほっとします。そして最後はお裾分けという所が見事だと思いました。

港 朔さん 2023/3/31 16:48

昭和30年代、懐かしいです。今のような孤立的な暮らしではなく、隣人どうし仲良く助け合って、なんとか生活していた時代だった。この八百屋さんは困った人のようですね。ホントの話なのかね。これではお客さんが来なくなってしまって、八百屋さん自身が困ることになるのではないのかな。

津曲稀莉さん 2023/4/1 17:02

語りの距離感や文章が映像的な効果を生み、「昭和三十年代のお話です。」と言う前置きも読者への配慮が伺え、物語に入り込みやすかったです。台詞の優しい書き方にも好感が持てました。

成合武光さん 2023/4/1 17:18

『手袋を買いに』行ったその店の人とは違って、もやしを売っている店の主人は「ニヤリとしました」。怖いですね。先験的に親切を期待している読者はどうなるのかと、心配になります。タカシちゃんは、「いい人だよ」と言います。びっくりしました。たしかに、ずる儲けはしなかったのです。「ニヤリ」も店の人であれば、自然な笑みだったでしょう。深読みもつまらない。物語のアイロニーを、思い切って作品にされた勇気は素晴らしいと思います。楽しまなくっちゃ、ですね。


「イマとココ」
杉田 尚文

遠藤さん 2022/12/19 07:40

杉田さんらしい作品である。
最近の杉田さんの作品は銀河鉄道の夜を思わせる作品があった。、今回は、安寿と逗子王と浦島太郎を彷彿とさせる内容が盛り込まれている。もしかすると他の作品も隠れているのかもしれない。いずれにしても、姉妹の仲睦まじい姿が描かれている。
 父がいなくなった山に導かれ、そこで貴金属の仕事に精を出すというアルバイト?をやるというなんとも現代的な小旅行をやってしまうわけだ。キテレツな話である。
 イマとココという名前にしたのはなぜなのかを聞きたいところである。
読者は若干読み方を混同してしまうところもあるような気がした。

阿王 陽子さん 2023/2/25 15:53

「イマとココ」を読んで 阿王陽子

イマとココという姉妹の、ミステリアスな童話で、読むと絵本のように想像できる、面白い異世界の話だった。神隠しの話、でもあり、浦島太郎の話にも着想を得てるのだろう。ユニークな紫のカードと緑のカードの使い方が知りたくなった。読んだ後、不思議な気持ちになった。

藤原さん 2023/3/8 15:53

森鴎外の名作『山椒大夫』を思い浮かべながら読んだ。二歳違いの姉妹イマとココ(安寿と厨子王は二歳違いの姉弟)、消息が途絶えている父親への憧憬も似ている。『山椒大夫』では人買いにさらわれた母親が佐渡へ売られていく。イマとココが迷い込んだ世界もどこか佐渡金山を連想させる。そこは砂金を採り、それを金製品にして販売している会社だ。その会社の女社長が安寿というのも楽しい。
 この作品の冒頭、津軽の人は岩木山を「安寿」とも呼び神の山として信仰しているという。弟厨子王を逃がすために自らは入水して犠牲となったけなげな安寿、その不幸な境涯と死は人々に「恐れ」や「畏れ」の感情を抱かせたのだろうか。そして作品の終わり近く、イマとココがカードを小舟に載せて川に流すとお山での記憶が薄れてゆく。これはギリシア神話に出てくる「忘却の川」なのだろう。清らかな余韻が残るメルヘンである。

十河さん 2023/3/12 17:48

宮沢賢治を思わせるような、鮮烈なイメージがあふれる作品。姉妹の名前の喚起する不思議な感覚。
・古きよき時代を思わせるところがあり、懐かしい感じもする。描かれた世界が嫌いな人はだれもいないだろう。
・罪のない、上質な童話、あるいは夢物語を読んだという感じ。
・若書き。感受性の細やかさが読みとれる。

藤本珠美さん 2023/3/20 19:24

『イマとココ』杉田尚文さん

タイトルがとても良いと思った。
ストーリーが神秘的なようで、でもずっとずっと昔の記憶のなかにある物語のような気もして、自然に理解できる不思議さがあった。
風景の描写や、実際に見たことのないもの(切符や小箱など)も、特異な感じがせず、心の中にすうっと入ってくる魅力がある。
微細なものごとの描写は殊に美しく、幻想的でもあり、心のちかくにあるような感覚もあり、不思議なのだけど、どこか親近感を覚える部分もある。
宝石箱のような美しい作品だと思った。

金田清志さん 2023/3/22 05:34

宮沢賢治の世界思わせ、おとぎ話のような不思議な世界、或いは「浦島太郎」の世界のようにも思えた。

イマとココ姉妹の父を想う思いが表現されているのだろうか。
紫のカードと緑のカードの意味をもっと作中で語ってほしかった。

池内健さん 2023/3/23 23:33

岩木山で亡くなった父と覚しき男性と再会するファンタジー。「千と千尋の神隠し」の主人公のように、姉妹がまじめに働いたご褒美だろうか。

森山 里望さん 2023/3/24 22:10

宮沢賢治、石井桃子(ノンちゃん雲に乗る)、浦島太郎…等の世界を感じるがそのどれともやっぱり違う作品。木から落ちたあとに入り込んだところでの不思議、心もとなさ、幸福のようなものが混ざり合ったつかみどころのなさがよく出ていてひきつけられた。
カードと漆塗りの手箱を川に流したから、現世に帰ってこれたか、、、?

後藤なおこさん 2023/3/29 16:15

『不思議の国のアリス』ではアリスがウサギ穴に落っこちて異世界に入りますが、イマとココは大杉から落っこちて、不思議な世界に迷いこみます。
宇宙の果てまで行ける不思議なカードを手に異世界でアルバイトまでする姉妹。
この冒険を通じてきっと九九が言えるようになったり漢字が苦手じゃなかったりするようになっただけでなく、2人はずいぶん成長したのでしょうねと思います。
続きが読みたい物語です。

林さん 2023/3/30 15:45

率直に、もらった小箱を開けずに川に流してくれて、良かったと思いました。
そして、小箱が川に流れていくに連れて、記憶が薄らいでいくというのもお話の味のある素敵な部分だと思いました。

でも、山での過ごした内容が会社の研修というのが、ちょっと面白かったのと、会社の仕事内容が安寿と厨子王の話に関わりやヒントがあるのだろうか?と思い調べてみましたが、分かりませんでした。
設定された種明かしをしていただけるとありがたいです。

山口愛理さん 2023/3/30 16:56

・イマとココ 杉田尚文さん
杉田さんの作品は、いつも幻想的でその展開が楽しみだ。今回は幼い姉妹イマとココの物語。津軽地方を舞台に、異界の金細工工場で働くことになった姉妹を描いている。
二人が異界を自然に受け入れているのが、いかにも子供的で可愛い。異界なのに扱う金製品に関しては現実的なので、そのギャップも面白い。最後に会った男は父なのか。それなら、もうちょっと触れ合いがあっても良かったかも。紫と緑のカードの役割は少し分かりにくかった。
幻想的な世界を描くことはとても難しいと思うが、それに挑戦されていることが凄いと思う。

匿名さん 2023/3/31 16:11

安寿と厨子王のお話が下敷きになっているのかなと思って読み始めましたが、途中からは銀河鉄道の夜のような雰囲気があり、迷い込んだ先は金のネックレスやブローチを作っている工場という世俗的な場所、そして最後は浦島太郎のお話を思い浮かべました。これは私の勝手な読み方だったのでしょうか?個人的にはうまく物語の世界に入っていけず戸惑ってしまいました。

港 朔さん 2023/3/31 16:50

小学生の頃「地底旅行」といった物語を読んだ記憶があるが、それを思い出した。美しいファンタジーの物語だ。牛若丸が登場するところなど東北地方らしくて好い。最後に消えた男性は、間違いなくお父さんですね。

MASAO,F 由宇さん 2023/3/31 23:16

姉妹をファンタジー界へ導いた導線は・・・

・父が用意し、娘たちを招いたものなのか!?

・イマココちゃんたちの願望が実現したものなのか!?

心地良い余韻が残る、作品でした。

成合武光さん 2023/4/1 11:39

「岩木山、八合目当たりの光、父が行方不明、」これだけでもなにか物語的で、神秘な感じがします。安寿、女性の寝姿と親しまれているとある。岩木山の名前は有名ですので、名前だけは知っていますが、教えて頂きなるほどと思いました。
梯子から落ちる間の空中遊泳から物語が始まる。物語の常套手段ですがワクワクしてきます。子供が一度はやってみたい仕事、金のネックレス、大人には単純ですが上手いですね。最後は、木の箱を川に流す。なかなかの思い付きだと思います。物語好きな作者なのですね。現代の子供も大喜びすると思います。民話的なほのぼのとした話。上手いです。
「岩木山、八合目当たりの光、父が行方不明、」これだけでもなにか物語的で、神秘な感じがします。安寿、女性の寝姿と親しまれているとある。岩木山の名前は有名ですので、名前だけは知っていますが、教えて頂きなるほどと思いました。
梯子から落ちる間の空中遊泳から物語が始まる。物語の常套手段ですがワクワクしてきます。子供が一度はやってみたい仕事、金のネックレス、大人には単純ですが上手いですね。最後は、木の箱を川に流す。なかなかの思い付きだと思います。物語好きな作者なのですね。現代の子供も大喜びすると思います。民話的なほのぼのとした話。上手いです。

藤野燦太郎さん 2023/4/1 13:53

イマとマコ 感想 藤野燦太郎
屋根の上に上った姉妹が、雷が光ったとたん、二人で転げ落ち、そこからファンタジーの世界に入る話でした。洋服ダンスの奥は冬の世界(ナルニア国物語)、ハリケーンに家ごと飛ばされて(オズの魔法使い)、などファンタジーの入り口はそれぞれ工夫されています。この作者もよく研究されていると思いました。
そして大仏見学、宇宙への切符の話、金属加工工場、会社での研修、川渡り、こちらの世界のおもいでをつめた箱、最後にアユを焼いてくれた男が登場、こんな優しい人がお父さんならいいなと思ったら、その男は消えたとか‥‥大変楽しいファンタジーでした。

石野さん 2023/4/1 17:14

<創作>イマとココ                杉田尚文作
イマとココという姉妹の名前が今風であったので、今回はどんなお話なのかと思いましたが、仲良し姉妹が雷光と雷鳴とどろく中真っ逆さまに落ちていった先はカタクリの群生花畑と桜吹雪の舞う中を抜け、異次元の世界でした。ところが、、、砂金の採取から金制品の製造までを展開する会社で研修を受けることに。。。楽しみながら書き進んだであろう≒ぶっ飛んでいる凄い発想と発展はユーモアがありますが、浦島太郎を連想させましたので、やや安直。山で遭難した父親らしき人物との再会に、もう一工夫欲しかったです。今回は東北名山の津軽富士と呼ばれている美しい岩木山の色々を教えていただきました。

津曲稀莉さん 2023/4/1 17:16

・二人が斜面から落ちる場面は、アリスかとも思いましたが、古事記のような側面もあると思いました。
・また、マジックレアリズムやシュールな方向に傾けても成立する作品だと思いましたが、イマとココが城南小学校に通っているというリアルな描写もあり、その圧着しきらないところにこの作品の個性があるのだと思いました。




ONT size="5" face="HGP行書体" color="Red"> 「デュエット」

河野 つとむ

遠藤さん 2022/12/18 15:30

河野さんの女の人生シリーズが久々に戻って来た。
ここ数年、出される作品は孫や姉等を取り扱った「真面目な」ものが多かっただけに、本作デュエットは、いかにも河野さんの作品らしい作品であると改めて感じた。
 雀は見栄えが悪く、貧乏な生い立ちで、両親の愛情を受けずに育った。それだけに愛情に飢えており、少し優しくされると、その人に身を捧げてしまう。
 端で見ていると愚かに映る。
 雀の唯一の取り柄は、デュエットを上手く歌えること。これが身を助け、働き口を見つける。だが、そこには雀をいいように働かせ、体を弄ぶ江口という男がいる。そんな男でも、雀にとっては父親を想像させるいとおしい存在である。
 雀は男にいいように利用され、50歳少しで短い一生を終える。雀の鳴き声だけを残して。
 いい作品である。昭和の香りが多少色濃いが、味のある作品に仕上がっている。

阿王 陽子さん 2023/2/25 16:17

「デュエット」を読んで 阿王陽子

カラ
オケスナックで働く女性の、哀れや悲しみが感じられる。石原裕次郎の「銀座の恋の物語」や、美空ひばりが出てくるから、昭和時代が背景としてあり、すずめは、「尽くす女」であり、明るくデュエットを歌うのがなんだか逆に悲しい。
文章がうまく、無駄がない。描写がリアルであり、モデルとなった女性がいるかと感じたし、また取材をしたのかもと、感じた。雀という名前をつけたのがまた、うまいと感じた。

藤原さん 2023/3/10 11:25

河野さんは物語を紡ぐこととキャラクター、とくに女の造形が巧みな作者だと思う。この短い作品のなかに雀(すずめ)という女性の一生が点描されている。人(女)の一生を描くためには、当然、人生を全体でとらえる視点が不可欠で、これには作者自身の人生経験および対象との距離感が必要だ。このあたりは河野さんに見習いたい点である。
 父親がいなかった雀は、自然と父性を求めて男に寄りそうようになったのだろう。外見的には男に利用され、金をたかられ、お人好しの「おバカさん」と言われた雀だが、その一生が不幸だったかどうかは本人以外わからない。歌が好きで小柄な雀は、どこかフランスのシャンソン歌手エディット・ピアフ(ピアフは俗語で雀の意。ピアフは身長142cm)を彷彿とさせる。作品全体に哀感が漂う物語である。

十河さん 2023/3/12 17:57

一読、この作者独特のこなれた小説作法にひきこまれる。そこにある種、懐かしさを感じる。ただ一つの欠点といえば、短い≠ニいうこと。もっと長いものを読みたかった。

藤本珠美さん 2023/3/20 19:09

『デュエット』河野つとむさん

デュエット曲のなかに「相手のぬくもりが感じられ」て好きだという雀は、社会に出ても人間関係があまりうまくいかない。
ある男のすすめでカラオケくらぶ<コスモス>に入ると、デュエット曲を歌いたいお客さんたちの人気者となる。興味深い視点と展開であると感じた。
どこかに必ず居場所はあって、幸せをすこしでも感じられる場所はあって、しかしそれを見つけられるかはわからない。
雀はせつない人生を生きているようにみえる人たちのなかに、デュエット曲のあたたかみを受けとめ、そしてそれを相手にあたえていたのではないか。
悲しみも感じるけれど、心をあたためてくれる作品だと思った。
「デュエット曲」がもつ意外性にも、作者の視点のユニークさを感じ、とても心にのこる作品だった。

金田清志さん 2023/3/22 05:36

下町の飲み屋街を背景に蠢く人々の営みを描き、その中でしか生きられなかった雀の一生として読んだ。
が、話が少し急ぎ過ぎのようにも思う。 

池内健さん 2023/3/23 23:30

全編に昭和の薫りが漂う。雨が降り続くラストも切ない。

森山 里望さん 2023/3/25 10:19

馬鹿な女、哀れな女で切ない。けれど、これが雀の選んだ幸せの形だったのかもしれない。デュエットを歌っている数分の輝きと男性の温もりを心身の糧とすることも、お金の使い方も、雀には真っ当なことだったのかもしれない。
男性にしか書けないものと思った。

後藤なおこさん 2023/3/29 19:06

悲しい女性のお話でした。
両親や周りの愛に恵まれず育った雀は、歪な形でも愛を感じることで幸せだったのでしょうか?
それとも歪な形と知りながら、やっと見つけた居場所にしがみついてしまったのでしょうか?
雀の心の内は本人にしか分かりませんが、こなれた文章でしっかりとした読後感を味わいました。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:29

昭和色が濃く、演歌調です。せつないほどに人間が描写されていると思いました。

林さん 2023/3/30 15:52

寂しいもの悲しいお話だとは思いましたが、雀自身はどうだったんだろうとも思いました。
周りから見れば、貢いでいいように利用されていて、哀れなようにしか見えなかったかもしれません。
事実、その通りなのですが、両親もいない身寄りのない雀にしてみれば、自分を求めてくれて貢ぐ相手がいて、そばにいてくれるだけでも本当に良かったのかもしれないとも思いました。

雀自身の口からの泣き言をほとんど描いていないが、江本やうなぎ屋のおかみや笹部などの周りの登場人物の描写が丁寧で、それらからも雀の哀れな様子が浮かび上がってきます。
物語があって、それをもとに歌詞を作詞することはよくあることだと思うのですが、その逆に歌詞から作品を創作するというところに驚き、見事だと思いました。

山口愛理さん 2023/3/30 16:57

・デュエット 河野つとむさん
小説を作りなれている感じがする作品。昭和的ではあるにせよ、久々の河野さん節だ。年の離れた男にお金をむしり取られても尽くしまくる、薄幸の雀の人生が淡々と、しかし哀切に語られている。カラオケやデュエットを題材にしている分、明るさに彩られているのがせめてもの救い。その明るさも、雀の空回りのような人生そのものだったことを暗示させる。

匿名さん 2023/3/31 15:21

久しぶりに河野さんの女シリーズが続篇として濃厚な演歌の雰囲気を纏って戻ってきた印象を受けました。

港 朔さん 2023/3/31 16:52

薄倖の女性、雀さんの物語。私はそのような世界のことをよく知らないので何とも言えないのだけれど、情趣があると思った。松尾和子が出てきたけれど、彼女の名曲『再会』は、五年前に亡くなった友人が好きで、カラオケのたびに歌っていたのを思い出した。

藤野燦太郎さん 2023/3/31 18:57

デユエット 感想 藤野燦太郎

これは面白いと思いました。
作者が演歌「酒場すずめ」を聞いているうちに物語を思いついたようです。
カラオケで稼ぐ女と貢がせて生きる男。ばかばかしいと思う人も多いだろうが、奥深い依存関係があって、悲しい余韻を残す作品でした。
河野さんにはこういった演歌、歌謡曲シリーズで今後頑張っていただきたいものです。

MASAO,F 由宇さん 2023/3/31 23:01

エデイットピアフへのオマージュなのでしょうか。

幸せの定義をゆさぶられながら
雀をめぐる人間は雀を評価します。

評価にぶれることなくまるで嘲笑しさえするかの如く

「何をそんなに哀しんでいるの」との雀自身は
幸福な一生をまとい、謳歌した人生をさえずる。

チュンチュン

の鳴き声は読者を含めて周りがおもうほどに哀しい音色ではない・・・

そんな空気が透けて見える 秀作だと思います。

石野さん 2023/3/31 23:29

河野つとむ作
しばらくぶりの河野さんらしい小説だと思いました。河野さんのカラオケ歌唱を聞いたことがありませんので、ご趣味かどうかもわかりませんが、「すずめちゃん」は河野さんの愛するヒロイン像ですね。哀愁が漂います。

成合武光さん 2023/4/1 11:36

哀しくも寂しい人たちの話ですね。先に疑問に思ったところを書きます。教えて頂けると有難いです。
1,「手が鳥の様だ」ということ。名前が雀だからでしょうか、意図が分からない。拘り過ぎのように思いました。物語の中身が素晴らしいので、目立ちました。
2,雀の母の死と、雀の死んだときのことが、はっきりしないしないのも、ものたりない。道端に死んだ雀を見かけることもあります。哀れさは描写のとおりです。物語的で上手だなと思いましたが、心配しました。
3,コスモスを勧めた男とは、町で知り合った。とのみですが、簡単すぎる気がします。
デュエットの好きなおじいさんたちは、雀と寝なかったとありますが、少し清純すぎる感じもします。老人の性も寂しさと同じに書いたら、どうなったでしょう。雀の寿命は一年とか聞きます。哀しい雀の物語に出来過ぎの女の子の雀。作者の夢でしょうか。

津曲稀莉さん 2023/4/1 22:03

・完成度が高い作品だと思いました。この分量の中に雀の生涯の時間が凝縮されていて、短編だとは思えませんでした。
・雀以外の周囲の人物も、単に登場人物としてではなく上手く書き分けられていて、技術力の高さを感じました。


「タウンハウス」
保坂 融

遠藤さん 2022/12/18 16:31

本作タウンハウスは、なんとなく村上春樹の匂いを感じさせる作品である。主人公は日本でのしがらみに多少嫌気が差しており、一人カナダにやって来ている。
 そこでかつて交流のあったKの死に直面する。
すると止まっていた時が急に動き出したように、主人公の周りが忙しくなる。そして、Kを知る人々が、主人公の気持ちとは裏腹に、Kの思い出話を語り始める。いやが上にも、主人公はKとあった日々、想い出に心馳せることになる。
 Kは、Mと結婚する約束をしていたという事実まで知るに至る。
 やがて、一息の休息をするカナダのタウンハウスを後にして、帰国する日がやってくる。
 そこでの空港の景色を目に焼き付けるのである。
 本作は映画の1シーンのような局面を持っている。
ここに、音楽の要素が加わると、村上ワールドの様相を呈すると思った。
 ただ、文中でもあるが、あまりにも知り合いがこれでもかと次々に出てくると、スモールワールドでは片付けられない、ご都合主義小説に感じられてしまうのも事実である。

保坂融さん 2023/2/25 21:07

注記すべきでしたが、「スモールワールド」は「六次の隔たり」に代表されるつながりを考察した社会学の概念です。それを踏まえています。

阿王 陽子さん 2023/2/26 12:19

「タウンハウス」を読んで 阿王陽子

保坂さんの前年度の作品「窓」が入院中の鬱鬱とした心象風景を描かれていたのに対し、今回の「タウンハウス」は、行動的なカナダ行きの紀行文に近いものであり、さながら沢木耕太郎「深夜特急」を思い出させる、カナダ、バンクーバーの街並みを描写するところや、登場人物の描写がリアルであり、保坂さんがこのような紀行文小説も、書くことのできる、幅広さ、多彩さがある作家であることに、驚嘆した次第である。

文章が巧みであり、「Kの死」という、知らせをテーマにしたところは、夏目漱石「こころ」へのオマージュとも感じられる。本作ではKは女性であり、自殺ではなく、突然の心臓発作によって亡くなっているので、「K」という人称は偶然かもしれない。

さて、このKといとこのM、そして新の三人がこの作品の主な登場人物で、後半、KがMと結婚まで考えていたとMから知らされる、意外な打ち明け話も、よく出来ていた。

Kの死によって向かい合わなければいけない他者や自分の内面を主人公は、最後、感じてカナダを後にするのだが、カナダ滞在は主人公にとって憩いだけではなく、逃避だけでもなく、成長する過程にもなっている。

文章に説得力があり、読後感も良い作品であり、飛行機内の雑誌に掲載されて欲しいような作品であった。

藤原さん 2023/3/11 23:04

作品には現地の知人や隣人たちの名前がつぎつぎ出てくる。しかしストーリーの中心は主人公 篠原新と女性K(新の古い知り合い。死亡の知らせが来る)、男性M(新の大学時代の知人でKの従兄。カナダで偶然二十年ぶりに新と会う)、それに律子(Kの葬式で新の同僚杉内に会いカナダの新たに突然連絡してきた女性。二十年来連絡がなかった)である。
 作品を読む限りKもMも律子も、新とそれほど親密な繋がりはなさそうだ。ただ唯一Kとだけは、過去になにかあったかもしれないとわずかに疑わせる。たとえば律子は唐突に、Kの肉声ファイルを添付したメールを新へ送ってくる。この思わせぶりな行為は、少なくとも律子は、かつて新とKが親密だったと思っているせいだろうか。(しかし作品では、新とKは時々映画に行く程度の付き合いとしか書かれていない)作品の最後に新は、KとMの結婚を意識した恋愛とつらい別離の過去を知ることになる。が、ただの知人にすぎない男女の恋愛話となるとそのドラマ性は高くない。
 私の感想だが、作品全体がフィルターで覆われたように淡い印象で、どの登場人物もそのキャラクターが鮮明な像を結びにくいのである。読者は新、K、Mの誰に感情移入してよいか戸惑うのではないか。しかし一方で、この静かな文体と浮遊感のある雰囲気は、結果として作品に叙情的で詩的な味わいを与えていると思う。

十河さん 2023/3/12 17:56

Kの謎めいた死をひとつの中心として、多くの人物が円環をめぐる。互いの関係が複雑で、現在と過去が入り乱れ、場所も日本とバンクーバーで、一筋縄ではいかない。物語はけっして深くはならず、あっさりと場面を何回も変えながら、進んでいく。
・登場人物はみんな短くしか登場せず、すぐに立ち去ってゆく。
・しかしその登場人物の多さ、場面展開の早さ、見知らぬ外国の街を舞台とすること、実生活の描写の少なさ、KやMなど人物にイニシャルを使って匿名性を出すなどが相まって、軽い、味わいのある、不思議な小説世界を創り出している。
・が、それは作者の狙ったものだろうか、ぼくの読みちがいではないのかという疑問もある。
・設定に無理はないか? Kが死んだのと時を同じくして、何度も来ている狭いバンクーバーで、偶然にMと20年ぶりに出会う!?

藤本珠美さん 2023/3/20 19:12

『タウンハウス』保坂融さん

ここへ来たらほっと落ち着ける、主人公にとってそんな場所であるバンクーバーのタウンハウスだが、ストーリーがすすむにつれて現実がさらされてくる。
決して劇的にならず、心のかたすみでふっと感じていることが、浮かびあがってはまたふと消える。そういう描写がしずかで心にしみてくる。
文章のしずけさや、流れるようなリズムが、しとしとと雨が降っているかのような情景を思わせ、独特な美しさだと感じる。
作者の場合、舞台が日本でも今作のように少しイメージが離れたカナダでも、画面にオブラートのかかったような印象をうけ、そこが特に心にのこる作品である。

金田清志さん 2023/3/22 05:37

Kの死にまつわる話として読んだが、主人公・新とKとの関係がよく解らなかった。
書きたい事が人間関係の複雑さ、煩わしさだとしても登場人物が多くはないか?

池内健さん 2023/3/23 23:29

律子はなぜKのメッセージを主人公に転送してきたのだろうか。Kは主人公のことが好きで、律子はそれを知っていた、ということなのだろうか。

カナダのゆったりした空気感が伝わる描写は巧みだと思った。

森山 里望さん 2023/3/28 17:57

Kという女性のなぞが、次々に現れる知人たちとの会話、主人公の回想によって少しずつ解かれていく流れが、上手いと思った。これが最後かもしれないカナダ滞在をあとに、疎遠になっていた知人とのこれからに向かって帰国するような、静かな期待を秘めた終わり方だと思った。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:22

バンクーバーの街には顔なじみが多い。歩いて気持ちが良い。でも、さよならだ。

林さん 2023/3/30 15:57

主人公のKに対する思いというのが、最後までよく分からなかったです。
Kとの関係が深くなかったのであれば、Kの死についてそこまでとらわれることもないように感じますが、シンとKの関わりが多くは描かれていないため、想像するのが難しかったです。
律子のメールや音声だけの連絡もどういう意味合いがあるのか、どういう意図があるのか、シン同様未消化な感じがあります。

Kの生きているうちに亡くなったことを知らせる手紙を送るというのは、今までにない発想でとても興味深く感じました。
生前の感謝、伝えきれていない思いなどをちゃんと伝えたいというところが良かったと思うのと同時に、だからこそもっとKについてどんな人柄だったのかなどのエピソードが含まれているともっとその手紙がインパクトのある生きた感じになるのかなと思いました。

山口愛理さん 2023/3/30 17:00

・タウンハウス 保坂融さん
保坂さん独特の空気感が小説内に漂う作品。バンクーバーのタウンハウスを中心に主人公の新の周りの人々が思わぬところで結びつく。
新の仕事内容は初めから詳しくは書かれていないし、イニシャルで登場するKとMの関係も最後になってわかるだけ。新はバンクーバーにいて、ほとんどのことをメールで知るのだが、あまり自分からは返信しない。すごくミステリアスな人物だ。そして遠い日の新とKとの関係も匂わせる。
日本に帰ってから、事態がはっきりするのかしないのかもわからない。新の胸に去来する全てのことに、霞がかかったような状態だ。だが、単に薄味なのではなく、何かしらゾクゾクするような感覚ももたらす。この辺りが絶妙だ。そして、風景・情景描写などは丹念で抜群に上手い。

匿名さん 2023/3/31 16:51

次々と人が登場するが、特に主人公と深く関わるわけではなく物語が進んでいく。Mがなくなったという知らせが届いて彼女の事に思いを馳せるけれど、彼女とも深い関わりがある訳ではなさそう。そしてKとMに関するエピソードが一番具体的だが、その事自体が主人公とどう関わっているのかよく分からなかった。人も風景のように俯瞰して淡々と描いている印象を持った。

後藤なおこさん 2023/3/31 22:41

全てが靄(もや)のむこうにかすんでみえるような、曖昧な人とのつながりやカナダでの日常の描写は、現実(生活)である日本での日常と乖離を期してのものでしょうか?そしてそんな逃避の中にいても結局現実に絡め取られていく主人公の様子が叙情的に描かれていると感じました。

津曲稀莉さん 2023/4/1 16:20

・物語全体の静謐な雰囲気と、滑らかな文体に魅力を感じました。特に、街やコーヒーショップの描写は『1973年のピンボール』や『ダンス』、夢のシーンはポールオースターの初期作品を想起させ、異国の都市に拡散、仮託される主人公の心情に引き込まれました。
・冒頭の「タウンハウスの一階のパティオで何やら作業をしていた」等のディテールを細かくする描写や、パーティー(『三匹の蟹』大庭みな子)などがあると、登場人物の円環が整理される効果があるのではないかと思いました。

成合武光さん 2023/4/1 17:14

筋の流れのきめ細かさ、複雑な人間関係、詳細な説明に感嘆しました。一人の人物の死、その人物の知り合い、関りを持った友人などを訪ねて行く。それによってKと言う人物の姿が浮かんでくるという構図かと思えた。事件が裏にあるのか、とも想像されるストーリーであるが、Kの急死に動揺する一人の友人の心が主題であるかに思えた。物語つくりに長けた作者だと思われるが、私は複雑さに降参しました。すみません。

石野さん 2023/4/1 21:13

<創作>タウンハウス               保坂融作
タウンハウスの意味を知りませんでしたので調べました。マンションではなく長屋形式。テラスハウスとも違うみたいでしたが、この小説の主人公はバンクーバーにテラスハウスを持っていて、20年来、長期休暇をそこで過ごしてきた独身男性でした。 

住民たちとは長い知り合いなので、訪れた時は彼らはフレンドリーにご近所さんとして気軽に声をかけ歓迎してくれます。しかし私には、主人公の新が最後まで社交的な人物には見えませんでした。
彼は言葉数も少なく、話していて面白いとか楽しいというような人物ではなく孤独が好きそうなのに、周りの人々と打ち解けているの?でした。しかし20年間もお隣さんという間柄からくる信頼関係なのでしょうと思い直しました。

かって学生時代の友人「M」を介して知り合った「K」という女性。その「K」が急死し、そのことによって知り合いも友人たちも、思いがけず繋がっていたことを知った。少し強引さがある設定だと思いましたが。。

保坂さんのお書きになるものは、その物語の世界の独自性が強くあり、読み手はその世界に入り込み自分なりの読後感を持つに至らないと、なかなか霧が晴れません。
校正の当番の時、真っ先に読んでいてストレートな感想を持ったのですが、数か月が経ち忘れてしまいました。かえって、前号、前前号の方の印象が生々しく残っていました。今回「タウンハウス」を読み直して、やはり「保坂ワールド」の「眼差し」健在と感じました。書いているご自身とも距離をとっているご本人がいらっしゃるような感じですかね。


「慶応さん」
藤野 燦太郎

遠藤さん 2022/12/20 08:21

慶応さんらしき人を僕も知っている。今回、文学横浜第54号にはこの藤野さんの慶応さんと原さんの底澄みの2作が、脳に障害を持つ人がテーマになっている。
 僕が街で見かけた慶応さんらしき人が果たしてここに出てくる慶応さんそのものなのかは定かではない。僕の知る慶応さんはありとあらゆるところに出没していた。腰は相当曲がっているが、片手に袋を抱えて、結構なスピードで歩き、自販機の返却口に手を差し入れては小銭が無いかを一つ一つ確認して回っていた。ある時は隣の駅前で見ていた。また違う時には全然違う路上で同じ格好でコインを漁っていた。またいた、と思い、いつしか街を車やバイクで走っている時に、また慶応さんがいないかと探してみたりもしていた。
そして、いつしか慶応さんを見かけなくなった。
 何度も言うが、僕が見ていた人間が、ここに出てくる慶応さんであるのか、ないのかはわからない。街には、この慶応さんはあちこちに徘徊しているのかもしれない。世の中には生まれながらに、また、交通事故などによって脳に損傷を持った人がいる。街でこういった人間を見ると、この小説の主人公の様に、見栄えが悪い為、臭がり、迷惑がり、避けてしまう。
 でも、この様に毎日自由気ままに歩き回り、日が登ってから、日が沈むまであちこちの自販機に行って、小銭を見つける作業をする事は、一人の人間としての人権は守られなくてはいけないと思う。
 本小説では、看護師の女性が特養施設に入れられて自由を奪われた慶応さんを見かねて、慶応さんに自由を与えるべく、特養に潜入して、逃すという行為にでる。これはいささか暴挙とも思えるが、気持ちは分からなくもない。
 話は変わるが、自分も母の認知症がひどくなった為、施設に預けた。エレベーターの前で、家に帰ると言って、駄々をこねた母を見るのは辛かった。施設にいた方が母の為なんだとそう言い聞かせて、後ろ髪を引かれながら帰った時を思い出した。
 施設には自由がない。今まで自由に歩き回り、刺激を受け、何かを発見し、何かに怯える楽しみがない。施設内は安全で、暖かく、栄養のある食事が振る舞われる。家族としては安心して任せられる。
 そう考えながら、自由を奪われた母を思うのである。

阿王 陽子さん 2023/2/26 13:31

「慶応さん」を読んで 阿王陽子

藤野さんの前年度の「葡萄の道ー武郎少年探求記ー」が歴史的な考証や綿密な取材を元にした傑作だったので、今年度も読むのを前から楽しみにしていた。

普段の藤野さんはクリニックの先生の仕事をされているというから、本作の主人公飯田という看護士をはじめ、医者で院長の山本、そして「慶応さん」こと、山岡という患者らが、現実味を帯びているように感じられる。また、特別養護老人ホームの現在も描かれている。

飯田は、慶応さんを連れ出し、外の世界に解放するが、慶応さんを最後まで責任持って送り届けたりはしていない。読んだ方としては、自宅に着くまで見守ったり、ちゃんと介助しないままであるので、連れ出したのはかなり問題行動かと感じた。

たしかに慶応さんは奇行の放尿癖と徘徊ぐせがあるが、それを本人がしたいわけではないと思う。脳の障害になってしまったから、仕方ない行動なのに、管理の届かない外の世界に放置したのはなかなか納得がいかない。
それなら、飯田は、慶応さんを都度訪問すべきだったと思うし、無責任にクリニックを退職して引っ越してしまっているのも、ひどいと感じる。

自由と正義感は、個人的なものである。命の価値に優劣はないと思う。

最後の「もう一人の私に出会えますように」というところが、やや突飛な気がした。

十河さん 2023/3/12 17:58

ユーモアあふれる達意の文で、気軽に読みすすめる。細かいところにまで心が配られているが、それを感じさせない工夫がある。
・市井につましく生きる人たちを取りあげた、ペーソスあふれる作品。
・文章がすらすらと流れるが、流れる分だけ読み手に与えるインパクトがどうだろうか、との印象。慶応さんが自分の意思をもつ設定でもおもしろかったのでは、と夢想した。

藤原さん 2023/3/13 18:12

医療に携わる作者(藤野さん)ならではの問題を提起した作品である。大きく言えば、公共の利益と個人の自由が対立する場合その自由はどこまで許されるか、あるいは、管理社会のなかで人間の自由と尊厳はどこまで守れるのか、というテーマである。医療の現場、特養ホームの現場には「慶応さん」のような方がきっとたくさん居られるのだろう。
 クリニック内の様子や特養ホーム内の状況など、リアリティある描写はさすがだ。小説の展開としては、後半、「私」が慶応さんを特養ホームから連れ出すシークエンスにサスペンスがある。ホームの監視体制や防犯カメラの盲点をついた脱出手段はよく考えられており、説得力がある。
 むろん「私」の行為の是非については様々な意見があるだろう。ホームから一時的に連れ出すだけでは無責任だとの考え方もあろう。映画好きの小生は本作品を読みながら『カッコーの巣の上で(1975)』や『ミリオンダラー・ベイビー(2005)』を思い浮かべた。

藤本珠美さん 2023/3/20 19:13

『慶応さん』藤野燦太郎さん

心も身体もどこか意志的に生活できなくなると、周囲にいる家族に負担がかかり、施設で暮らしてもらうようになる。この「慶応さん」は、赤い色に反応したり、周囲の人が困ったなあと思うことを次々とするわけだが、「私」はこの人には意志も欲望もあるのではないかと思う。エレベーターの場面はせつなかった。
この「慶応さん」の自由や意志を尊重するために、「私」は法律の枠を超えてしまうような行動に出るのだが、「私」と同じ立場から、「慶応さん」のように意識に障害があったり、「ふつう」とはちがうことをする人の人格についても、最近語られてきていると聞く。
今まで懸命に働き、有意義で幸せな生活の記憶だって(今は忘れていても)持っている。そういう人たちが「ふつう」の老後を送れない。今までしてきたことは一体何だったのだろう。そういう思いを持つと、この「私」の立たされた境い目に至ることになるのではないか。人間は「ふつう」をおしつけられて育ち、そして「ふつう」になれないのだろうか。
そもそも「ふつう」とは何なのだろう?

金田清志さん 2023/3/22 05:38

看護師から見た老人ホームであり、認知症或いは障害のある老人をホームに隔離していいのか、との問題提起作として読みました。
結局、看護師は慶応さんをホームから逃すのですが、その後の事にはふれていません。

慶応さんが本当に幸せなのかどうかは、無論、誰にも応えようはありませんが、
ホームに隔離せざるを得ない側の視点ももっと必要なのでは、と思った。

日本の社会状況をみれば、これからはホームに入る事も益々難しくなりそうです。

池内健さん 2023/3/23 23:27

「公害」という表現は凄まじいが、たしかに働き盛りの年頃の認知症は、体力があるぶん周囲にとっては悩ましい問題かもしれない。きれいごとではすませられないだろう。でも、語り手は認知症患者の置かれた立場に違和感を感じ、施設から解放するという一種の義挙(暴挙)に出る。

自分自身が認知症になったとき、どのように生きたいか。また、社会は認知症患者と共生できるか。考えさせられた。

森山 里望さん 2023/3/29 21:32

慶応さんのことが軽妙さと哀切さをおびて書かれている。放尿やら悪臭やらどうにも困った存在だが、私にはどこか愛さずにはいられない面を持っている人と移った。
親の介護や自分の将来、多くの人が直面し、悩み苦しむ問題を医療現場の側からみせてくれた。リアリティのある筋書きから、ラストはファンタジーめいた淡い希望、期待を投げかけられたように感じた。

MASAO,F 由宇さん 2023/3/29 22:18

「自由」に勝る正義など、結局この世俗には存在しないと実感させられました。リアリテイ溢れる秀作だと思います。

想起されたのは、映画「カッコーの巣の上で」(詐病の犯罪者が精神病院に潜り込み、患者に自由をコーチングするという秀逸な正義感を描いたアカデミー賞作です)

現代は「自由からの逃走(E,フロム)」に回帰していると感じています。すなわち、あえてマスク社会という制約に逃避することにより、安心感を得ようとするコモデテイ。そこに一石を投じる作品ではないでしょうか。

看護師は社会的な制裁を受ける余韻もみえますが、それでもラストの「もうひとりの私にあうために」それをも厭わない。ペシミストではなく、社会に欠けていく「私」にあうために決意表明と、感じました。

脱走のリアリテイには驚愕しました、作者の体験からきているのか、ぜひおききしたいです。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:24

ユーモア全開、スリルがあって、人間とは何かを考えさせられ、楽しくよみました。

林さん 2023/3/30 16:01

まず最初に思ったのは、人物描写が素晴らしいということです。
「私」「院長」「慶応さん」「ケアマネージャーの鈴木」他にチンピラや介護スタッフなど、1人1人の様子が目に浮かぶような生き生きとした描写で、とりわけ「慶応さん」の一生懸命というか、ひた向きさが伝わってきました。

ところどころ、心に刺さる部分があり、後半は泣きそうでした。
「自分らしい生活が出来なくなった人は哀れで仕方がない」
「ちょっとしたルール違反で誰かが大きな幸せを手に出来るとしたら、責められるだろうか」
共感して心が痛くなる箇所がいくつもありました。
私も、自分自身を、自分の意思ですら自分で理解出来なくなったときは、どうすればいいのだろうか、それはもう自分ではない、殺してほしいとさえ考えます。
生きながら死んでいるのと同じように感じてしまうからです。
病と人としての幸せについて、改めて考えさせられる作品でした。

山口愛理さん 2023/3/30 17:01

・慶応さん 藤野燦太郎さん
彼女の行動は、彼女なりに信念をもってやったのだろう。でもそれならば、最後まで慶応さんをフォローして欲しかった。三年たってからでは遅いのでは。読後に感じたのはまさにそのことだった。例えば森の中で自由を得たとしても、瀕死の怪我を負った上に餓死したとしたら、それでも幸せだったと言い切れるだろうか。実に難しい問題だ。
医療関係の藤野さんらしく、ヒントになるようなことが実際にあったのかと思わせるようなリアルな描写が多い。ラストは何らかの形で慶応さんが生きていることを彼女が知って、明るい気持ちを持って捜索に乗り出すという展開にして欲しかったな、と個人的には思う。

匿名さん 2023/3/31 15:47

この作品は慶応さんという人物像がとてもリアルに描かれ、人間の自由や尊厳について考えさせられる作品です。でも、やはり彼女が慶応さんのその後を背負う覚悟なしに施設から逃がした行為は納得できませんでした。死んでしまう可能性もあるし、また何とか自宅に帰り着いたとしたら、奥さんはどうするのでしょう。他になにか良い手段を見つけられたらどんなに良かったかと思いました。

港 朔さん 2023/3/31 16:54

とても面白かった。面白かったなんて慶応さんには失礼かもしれないけれど、悲劇と喜劇は表裏、また紙一重とも言われる。p.236の、おしっこをかけられるヤクザとかける慶応さんのところは全く笑ってしまった。こんな場面があると面白くて、ついつい読み進んでしまう。
認知症と家族の問題、また認知症クライアントの世話をする施設側の問題は、現代の社会が抱える難しい問題の一つだが、施設側の問題は、政治が本気になれば解決できることが多いのではないかと思った。

後藤なおこさん 2023/3/31 22:53

慶應さんの描写がリアルで、エレベーターの前での様子は本当に悲しい。
作者が医療関係者だと聞いて納得しました。
心や体の異常から以前とは同じに生活できなくなる事は、明日の自分にも起こることかもしれません。まずは安全(生命)の確保が第一義ですが、個人の尊厳とは?家族の負担は?考え出すと答えがありません。

石野さん 2023/3/31 23:44

藤野燦太郎作
題名からして面白いです。慶応さんのキャラは痛快な面もあり面白いです。
しかし、話の内容は重いです。読ませる力とユーモアがあるので読み進めますが、実際はどうすればよいのでしょうか。
仕事のできる女性のベテラン看護師が主人公ではありますが、会話以外でも箇所によってはもう少し柔らかさが欲しい文もありました。
行変えが少ないので、紙面に余裕が出来ないため、文章がやや固く感じられました。

津曲稀莉さん 2023/4/1 15:50

・構成やストーリーテリングのテンポの良さはもちろんですが、慶応さんの行動から浮かび上がる何かに、読み手の思いを自然に巡らせさせる技術に作者の力量の大きさを感じました。
・冒頭、山本先生が看板のことを気にかけているシーンを、慶応さんを気にかけているという風にミスリーディングしてしまいましたが、その線で、慶応さんが山本先生のオルターエゴ的な存在であることが図示されると、看護師である彼女の中間的な語り位置と相まって、物語に奥行きが与えられるのではないかと思いました。

成合武光さん 2023/4/1 17:16

まさしく大家の小説。作家として世に知られた人。大家とは文豪とも言われる。完成度の高い小説です。取り上げている問題・主題がまさに現代の問題です。
 事故で精神異常になったKさん。その経過から、症状、その問題点、関わる人たちの大変さ。それを時にはコミカルに、また辛辣に、描写している。医学的な説明も、そのような医療に関わっている人ならでは、一般の人の知らないようなことも書かれている。
 それ故、問題の深さ、深刻さが読者にもよく分かる。書かれている文章、言葉も優しい。これは作中の「私」、それは作者自身の誠実さであり、優しさであると思った。主題となる問題を自身の問題。それは自身に課せられている問題として取り組んでいるからだろうと思える。物語とその文章から、作者の優しい人柄が伺えたのが最高にうれしい。
 だが、物語の最後の一文はいけなかったですね。元の木阿弥に戻りました。
「もう一人の私に出会えますように」、とは何事ですか? 犯罪ですよ。街中が大騒動になります。
…優しさゆえの本心だと分かります。そんなにも深刻で、解決の方法が見付からない問題だと。…苦しめ、苦しめ、世は巡礼である(山本周五郎?)。天を仰いで ? 机に打ち伏して ? 世の人に訴える方が良かったと、何もできない私は思いました。ごめんなさい。


「さまよえる女」
十河 孔士

遠藤さん 2022/12/21 20:04

十河さんも去年入られた新しい会員の方である。
去年2022年どういうわけか多くの新規会員を得ることができた。
ただ、頭数が増えただけではない。会員の作品の底上げが確実に行われている。昔からいる自分にとっては喜ばしくもあり、うかうかしていられないという焦りもある。
 さて、本作さまよえる女であるが、なかなかの力作である。
まず読み終えて初めて感じたのは、ワーニャおじさんの最後にセリフも情景も似ていると感じた。
 生きづらい世の中で、自分の性格や人生がうまくいかなくなり、投げやりになったり、生きることに疲れてしまう事は誰しもある。しかし、そこで歩む事を拒絶してしまったら、時を止めるしかもはや方法はない。つまり、死ぬ事しか無い。でも、誰かがいる限り、その選択をする事は許されない。
 この小説の中では、中澤靖子あり、母親がその誰かに当たる。
主人公の多恵子は、側から見ると正に行きづらい道のど真ん中を歩く生き方をしている。それは、自ら選んでいる部分もあるが、そうしないと生きられない必然の部分もある。
 そんな道をまっしぐらに進んでいる多恵子は、靖子との少女時代の文通のやり取りが無かったら、恐らく実家の母の元に戻るという選択を取る事はなかっただろう。
 きっと、肩肘を張り、自分に嘘を付き、目的も無く遠い地で母の訃報を聞いていた様な気がする。
僕は、この小説の一番の肝は、救いとなる言葉をもらえるのか? 
もらった時に、それを咀嚼し、理解できるのか?
それによって、本人が気付くチャンスを得られれば、例えそれが少しの生き甲斐なのかもしれないが、生き続ける理由になり得るというものであった。
 ただ、それを読者にどれだけ本小説の主人公から感じさせられたのかは、不確かである。
多くの人は、この主人公よりももっと劣悪な環境、経験をしており、この主人公から人生の機微を学べたとは思えないのも事実である。

阿王 陽子さん 2023/2/26 14:31

「さまよえる女」を読んで 阿王陽子

熟年離婚の話で主人公多香子は、おそらくは更年期の女性であるだろうが、夫がおそらく浮気をしていて、娘は自立をめざしており、家庭はバラバラになっている。

主人公は豊かな生活でありながら、パートをしており、ヒマをリズムよく潰すことをしているが、夫との関係はすれ違いのままであり、自ら夫との関係をよくしようと努力はしていないし、またメキシコ滞在のときもホステス役としてはやや劣っているため、夫からはがっかりされたに違いない。

主人公多香子に共感ができない。
贅沢な悩みを抱えていて、共感できるところがない。夫や家族に対して、努力をしていない。

性格の不一致がよく離婚理由としてあげられるが、寄り添う努力をするべきではないのだろうか、と思う。

夫から慰謝料をもらいながら、週4日だけ働くのも、誰かににすがりつくことしかできない主人公なのだな、と思い、イラッとした。

離婚を切り出したのが妻側であるならば、離婚慰謝料は妻側から夫に出すか、または、慰謝料は無しで別れるかかと思うが、まあ、娘がいて長年結婚していた年数と夫側に浮気の影があるから、穏便に済ませるには、夫が慰謝料を払うことで双方落ち着いたのだろうが、主人公多香子の、中途半端なパートや離婚を切り出すところがイラッとした。また、途中、母親の面倒を見ないのも、自分勝手、自分本位な気がした。

ラスト、故郷に帰り、母親の面倒を見ることを決意する。「わたしがわたしだったからこのようになった」と、あるように、主人公は、自分本位だった自分をわかっている。
また、かつての文通相手に手紙という形で決意表明をしている。しかし、いきなり「あなたの生涯の友の」と、またわがままに書いている。

自分本位な主人公にいらいらしたが、読者にそう思わせるだけの、起承転結見事に書き分けた作品であり、私以外の別の女性が読んだらまた、違う印象を受けるに違いないと思った。

藤原さん 2023/3/14 10:05

主人公 多香子の心の動きや内的独白を克明に描いた心理小説として読んだ。
 多香子は夫と離婚後に引越し、ひとり暮らしを始める。登山中に遭難し避難した穴で不思議な“声”を聞く。後日その穴が古い時代の墓だったことを知り、死のイメージに苦しむ。やがて近くの寺の墓地で死について考え直すようになり、“声”の主が十代の文通相手 中沢靖子であると思い至る。母の世話をするため故郷へ帰ると決めた多香子は、中沢靖子へ架空の手紙を書き、生きてゆく決意を表明する。
 作者(十河さん)はこれらを経験する主人公の内面をていねいに追いかけ、ひとりの女性の再生物語として作品化した。文学の香り高い作品と思った。
 余談だが、古い墓だった穴で聞いた声の主 中沢靖子は、もしかしてもう亡くなっているのでは、とも想像した。

藤本珠美さん 2023/3/20 18:47

『さまよえる女』十河孔士さん

主人公多香子は、その人生はそれほど波風も立たず、あたえられたものに素直に生きてきた女性であるという気がする。そのなにか物足りなくても、平和な人生に転機が訪れ、一人の多香子にもどり、あらたな生活をはじめる。
人生を変えても変えなくても、同じ選択をすることになり、同じ場所に行き着くのではないかとよく思う。
ただ多香子の場合、それが幸福につながったのかどうか。
母親のもとにもどる選択をするが、昔の文通相手への手紙は、何十年経っても、いろんなことを経て、よりふくらみの増した多香子が書く手紙なのかも知れないし、あまり変化はないのかも知れない。
ラストシーンに少し怖いものを感じて、印象に残った。

金田清志さん 2023/3/22 05:39

表題から揺れ動く女の心のような事を書きたかったのかも知れないが、たんなる多香子の一人よがり、愚痴のようにしか思えなかった。

全体的に余分な文は省いて短くした方がいいと思う。

池内健さん 2023/3/23 23:18

ハイキング途中で入った山中の穴がかつて死者を葬るために使われた場所であったと知り、主人公は死を強く意識しはじめる。そして一度は捨てたはずの故郷に戻る。死を思うことは生を思うことであり、生の原点である故郷への思いにつながる、ということだろうか。

森山 里望さん 2023/3/25 21:07

主人公多香子は自分と同世代と思って読んだが、共感はできなかった。十代の頃の文通相手の存在が何十年もの時を経て、なぜ重要かつ大きな存在となって心理に語り掛けてくるのかが解せなかった。
聞こえてくる声や最後の手紙のところは、言葉をそいで短くした方がすっきり読者に届くのではないだろうか。

後藤なおこさん 2023/3/29 17:17

立派には生きられない。強くも生きられない。ただそこにある1人の女性の内面を独白の形で描いた作品です。
主人公と年齢が重なるような気がしますが、私とは違う選択をする女性。多分自分だったらそうはしなかっただろうなぁと言うところで共感はできませんでしたが、私自身、他社から見たらたくさん矛盾を抱えた存在なんだろうなぁと思いながら読み終わりました。

杉田尚文さん 2023/3/30 10:27

昔、死んだ人を投げ込んだという穴に知らずに、雨宿りしてしまった主人公は、気持ちが悪くなり、そして落ちこむ。それは、いきなり、死者として墓場に放り投げられた気分なのである。やがて、時間が癒してくれる。優しく死を迎えるためなのだろうか、主人公の散歩はなぜか寺院へと向かう。

林さん 2023/3/30 16:18

一人の女性が自分の生き方を肯定し、前に進んで行く内省的なテーマの作品だと思いました。
多香子と同じように、自分のこれまでについて振り返り、後悔をしたり迷いを感じたりすることもあれば、それでも自分のこれまでについて自身で納得したり、肯定していかなければ前を向いて生きて出いくことが出来ないようにも思います。
「人は自分を生きるしかない」「どちらか一方を選べば、もう一方は捨てなければなりません」
その通りだと思いました。
「幸福を自分から掴みにいく力」という箇所に、のほほんと生きてきた私は雷を打たれたように感じ、羨ましいような見習いたいような励まされたようないろいろな思いを起こされました。

一点、靖子さんからの声、というのがちょっと唐突に感じました。
私と靖子さんの絆や関係の深さ強さが感じられるエピソードがあったほうが、うまくつなげられるのではないかと思いました。

山口愛理さん 2023/3/30 17:02

・さまよえる女 十河孔子さん
見知らぬところを歩くことによって、自分の来し方行く先を考えるというのは、私も好きでよくやってきた。自然の風や水の流れや草花の色や香りを感じながらひたすら歩くことによって、身体が浄化されるような感覚があるのだ。だからこの主人公の気持ちはよくわかる。
また、書くことによって気持ちが定まることがある。あてもなく書いた手紙を水に流し、それで気持ちの整理がついたのだろう。キーマンとなる中沢靖子という名前は、母を尊敬しているペンパルという初めのところで出しておいた方が良かったのでは、と思った。

MASAO,F 由宇さん 2023/3/30 21:38

冒頭の離婚に至る夫婦の会話に引き込まれました。
多香子から切り出した離婚話に「口の端に笑みがこぼれる」夫の描写。メンズの立場でそこまで見られているのか!と背筋が冷たくなりました〜。

勝手な見立てで恐縮ですが
多香子に統合失調症的な精神病気質を感じます。
過去に憂い逡巡し、「死」に象徴される未来の恐怖に
脅える姿に、それを彷彿しました。

死と現実に認知を変えることで自分をとりもどし
「今・ここ」に目覚める多香子。

仕事柄、応援したくなりました。感情移入しました。

ぜひおききしたいのですが
もしかしたら、靖子はドッペルゲンガー!?

深読みしすぎでしょうか。。

起承転結。構造的に創作された力作だと思います。

港 朔さん 2023/3/31 17:00

離婚を切り出すまでの経過(p.7~8)は、言葉は多く書かれているがよくわからない。どうしても唐突感が抜けない。旦那様は常識も思いやりもあるごく普通の男性であるのだから、なおさらそこは知りたくなるところです。
最後は旧友に手紙を書き、そしてその手紙を川に投じるが、この一連の行為も唐突感が拭えない。つまり因果関係がよくわからない。

いまほり ゆうささん 2023/3/31 21:57

男性が女性を、女性が男性を一人称で書くと、どこかしら違和感を感じることが多いのですが、この作品に関してはそれを感じることなく多香子の心象風景を興味深く最後まで読みました。ただ、その心象風景の中に彼女の最も身近な存在であう娘や母親、そして別れたとは言え元夫にまつわる想いがあまり感じられなかったのが不自然な気がしました。昔文通していた友人が「声」の主だったことや、母親のために故郷に帰る決断をしたあたりは、やや腑に落ちない感じが残りました。

石野さん 2023/3/31 23:48

十河孔士作         
 熟年離婚に至る女性心理を、かなりうまく掴んでいると思いました。
ただ、腑に落ちないのは―北部九州の山間部の街の出身で役所勤めの朴訥な父親を持つ―と書かれている状況にありながら、東京の大学に行ったという設定です。
意志が強く自立心がなければ、九州から東京まで出てこないと思いました。
学業や資格に打ち込んだ様子もないし、アルバイトの話も出てこない、恋の話もひとつもない?ですよね。片思いでもあった方が人生面白いです、小説も、と思います。
「さまよえる女」の題名どおり、いまいちコアがなくさまよっていると思いました。

津曲稀莉さん 2023/4/1 16:48

・心情やモチーフのディテールの細さに作者の技術の高さを感じました。
・多香子の、過剰な自己理解の一方で(故か)、自己をコントロールできていないように周囲から映るところが非常に現代的で、そういった性向は過剰適応というモチーフに流れがちですが、その気質を容易な形で解消せず主題に繋げていくところに好感が持てました。
・「大きな息をついて怒る夫をかわして?それはなかった。」を段落として独立させて書き出しにすると、冒頭にスピード感が加えられるのではないかと思いました。

成合武光さん 2023/4/1 17:13

作者は作者名から考えると、男性だと想います。男性が女性の悩みを斯くも書けたということに驚きます。男女を問わず、どんな人も一度は、離婚のことを考えたことがあると思いますます。エネルギーの膨大さ。第三者には分からないと思うこと。確かにそうだと思います。人の悩みはもともとその人でなくては分からないものですが。作中の妻の述懐は、その経過と気持ちをよく説明している。地方の一般的な風潮が自分(作中の妻)の思想、気持ちであり、出発だったと。多くの人の出発も似たようなものでしょうが。妻の立ち位置の理解が読者に広がります。良く書けたなと思います。
「軌道修正が出来ていたら」と言うのも分かります。またそれが出来ないものであることも。でも、出てくる反省(愚痴)であるというのも、物語を物語にする言葉ですね。物語とは誠に不思議な力を持っている。改めてそう思いました。

成合武光さん 2023/4/1 21:30

「従業員の活気ある会話」・「揺り戻しが」「死の影に」なども洞察が深いと感嘆しました。何らかの形で、作者の経験もあるのだろうと思いましたが、勿論悪いことではありません。このような深い作品に昇華されたのは凄いです。
「お母さんのようにはなりたくない」と、娘に言わせています。これも一般的ですが、娘から見た母親(自分)の様子が分かりません。蛇足の様でも、説明が欲しかった。ちょっと残念です。
最後に手紙を川に流す。予想できなかった手段に感服しました。素晴らしい作品です。

(文学横浜の会)


[「文学横浜の会」]

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