「文学横浜の会」

 エッセー


INDEX 過去のエッセー

2001年3月3日


 「春はもうすぐなのだが」

 猫の額ほどの畑にジャガイモの植付けをした。
親父が亡くなって、見よう見真似に始めてもう五年目になる。

 二月の声を聞いて、畑の土起こしに取り掛かった。 日頃運動不足の身には少々きついが、運動だと思えば苦にならない。 何より土と格闘するのは楽しい。それに収穫のことを思えば、これぐらいの労働はどうと言う事もない。

畑の準備をしつつ、種芋は出ていないかと小まめに種苗店に出向く。 この時ばかりは、花影には目もくれず種芋を探す。 親父が健在の頃は「買ってきてくれ」と言われて買いに行ったが、自分がするようになってから、 買いに出掛ける時期が遅くて、無くなっていた事もあった。 種苗店を探して、隣りの三浦市にまで足を延ばしたこともある。 時期を逸すると、無くなってしまうし、植付けの時期が遅れると収穫にもひびく。

 今年の2月は、週末2度大雪に見舞われ(雪国の方から見ればたいした雪ではないだろうが)、 その間隙を縫っての作業だった。ジャガイモの芽が出て、その上に雪が積もると駄目になってしまうと聞いていた。 だから植える時期は早すぎてもいけないのだ。土地土地で植える時期は決まっている。

種付けが終って、何週間か経つと、畑のあちらこちらに芽が出て来る。 それを確認すると何故かほっとする。中々出てこないで、やきもきさせる種もあるが、きっと出て来る。 無論出てこないケースもあるが、それは植付けた方が悪い。

ジャガイモのように植え付けてからそれ程手間の掛からない作物でも、雑草取りをしたり、 日照りが続けば水の心配もする。雨が多すぎても、作物が病気に罹らないかと気になる。

 私のように遊びのような農作業でも、斯様に天候は気になる。本職の農家の人には笑われてしまうだろうが。

 先日、テレビで「日本市場を目指す野菜」(番組名は?)と言う番組を観た。 「90年代の不況を契機に、アジアの国々は日本市場を目指して野菜の輸出を奨励する政策を採り始めた」 と言う内容だった。今、今日本市場に出回っている野菜の17パーセントは世界各国からの輸入だと言う。

インターネットの普及と技術の発達、それの齎す大量輸送コストの低廉化および輸送技術(低温輸送、等)の改善 により、鮮度を落さず世界の何処からでも、日本への野菜輸出が可能になったと言う。 そして何よりアジアの国々が輸出品として農作物を見直し、産業政策として農家をサポートしている事も大きい。 輸送費用を入れても、国内産より安いと言う。 品質も遜色ないと言う。一昔前には、野菜の輸入など、輸送コスト等を考えれば、考えられない事だった。

品質に遜色なく安い物が出てくれば、どちらが消費者に喜ばれるか、それは明らかだろう。 野菜農家の悲鳴が聞こえてくるようだ。そうでなくても日本の農業には元気がない。 お米にしても絶えず自由化の圧力がある。輸入野菜が日本の市場を席巻すれば、 日本の農業はどうなってしまうのかと、農業産業とは無縁の私でも心配になる。

もっと輸入が増えれば「輸入制限」を求める圧力が強くなるだろう。 しかし世界の流れは、例え農産物と言えども「自由化」だ。 そして貿易自由化の恩恵を最も受けているのも日本なのだ。日本の農業はお先真っ暗、との感を受ける。

 しかし、悲観してばかりは居られない。事は「食」に関する事だ。 例えテレビや自動車やインターネット機器がなくとも、食べるものさえあれば人は生けていける。 その食べる物が100パーセント外国からの輸入に頼っているとしたら、あなたはどう思いますか。 それでも日本が豊かな国でいられるのなら、それでいいと思いますか。 私は、それは決して真の豊かさではないと思う。見せ掛けの豊かさ、底の浅い豊かさだと思う。

日本の食料自給率は、主食の米を高い関税でどうにか阻止しているにも係らず、 全体的には50パーセントを割っていると言う。 その上、近郷の野菜農家までもが農業を放棄してしまう事態になれば、ゆゆしき事態だ。 一度放棄された農地は荒地に戻り、農地にするには大変な作業を必要とする。生態系にも影響を及ぼすだろう。

この国を真に豊かな国にするためには、農業の生産性を挙げる事だ。 こんな狭い国で、と思われるかも知れないが、隣りの韓国から野菜が輸入される時代なのだ。 もっと知恵を出して、農業の生産性を挙げる政策を、国を挙げてとるべきだ。

例えば、地方振興・農業政策と称して、何十億円もかけて立派な農道を造ったり、 使用されない農業用空港を造るような事業を行うより、生産性を高める為の補助金にしたらいい。 機械化のための施設、野菜ハウスの構築、等等に補助を出せばいい。 人件費が高いと言うのなら、人手の掛からない手立てを考え、必要なら外国人労働者を入れればいい。

無論、それには色々な法改正も伴うし、農家の淘汰も必要になる。 やる気のある専業農家が元気をなくすような政策を取っていては駄目だ。 1年の半分以上は他の仕事に就いて、片手間に農作業をするような、そうせざるを得なくなるような、 そんな政策は止めた方がいい。

 それに何より、国としての確固とした農業政策か欠かせない。 生産性を高める為にはどうしたらいいか、農業従事者、産業界、研究者等が一体となって取り組む事が何より肝要だ。 お金を地方にばらまくのは決して政策ではない。農業政策に名を借りた単なる公共事業など、言語道断。

 アメリカのメディアで「日本の首相になる人はいませんか?」と揶揄されるような、 昨今の政治状況を見ているとうんざりする事ばかりで、今回は政治には触れないと思ったのだが、 結局、政治の事になってしまった。

(KK)


[「文学横浜の会」]

ご感想・ご意見など、E-mailはこちらへ。
禁、無断転載。著作権はすべて作者のものです。
(C) Copyright 2000 文学横浜