「文学横浜の会」

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2004年7月4日


「道徳教育と残虐性」

15日朝刊(朝日新聞)
<反時代的密語 民主主義道徳の創造>梅原 猛(哲学者)より

「戦後、日本人は大変重要なことをおろそかにしており、それは平和憲法と対をなす新しい道徳を創造しなかった。 つまり、大日本帝国憲法と対をなす、教育勅語にかわるものをなおざりにした。」

と始まり、以下のように続く。

 明治二十二年に大日本帝国憲法が発布された。翌年、教育勅語が作られ、 法律と道徳が対をなして日本帝国の発展の基礎を作った。 その基礎の上に後進国日本は軍事大国となったが、「大東亜戦争」での敗戦によって日本帝国は終焉を迎えた。

 戦後、日本は平和憲法のもとに新しく出発して、たとえ憲法がアメリカによって作られたにせよ、 戦後の日本人がそれを抵抗なく受け入れられたのは、二度と戦争はごめんだという平和への強い願いがあったからだ。

そして氏は、
「日本の庶民の道徳的水準はまだそれほど低くないと考えるが、それは日本人が長い間、 精神の糧としてきた仏教や神道や儒教の教えが心のどこかにまだ残っているからだと考える。 しかし、その道徳的遺産も尽き、道徳性のまったく欠如した人間の跳梁する恐るべき時代が遠からず到来するに違いない」
と憂慮する。

そして氏は「過去の道徳的遺産がある間に新しい道徳を創造することが必要である」と説くとともに、 新しい道徳を作るには、 仏教を中心に儒教や神道をも総合して「十七条の憲法」を作った聖徳太子の例が参考になると提案する。

明治政府は仏教を徹底的に公教育から排除したが、 仏教は平和と平等を思想の根本におく教説であり、民主主義に甚だふさわしい教えであると氏は言う。

 道徳には、戒律すなわちしてはいけないことと、徳すなわちすべきことの両面がある。 仏教では五戒、十戒などといってすべきことではないことを厳しく教えるが、 結局、二つの戒律がいちばん重要である。

 ★一つは、生きとし生けるものを殺してはいけないという戒である。

 不殺の戒は、仏教のほうがキリスト教のもとをなしたユダヤ教及びイスラム教よりはるかに厳しい。 ユダヤ教及びイスラム教においては、殺してはいけないのは人間にかぎられ、しかも同じ神を信じる人間のみである。 他の神を信じる人間を殺してはいけないとは旧約聖書にもコーランにも書かれていない。

しかし仏教では、殺してはいけないものは人間ばかりか、動物はもちろん植物をも含む生きとし生けるものすべてに及ぶ。 もちろん生きとし生けるものを殺し、食べずには人間は生きていけないが、仏教はそのことを深く懺悔せよという。

 ★二つめは、嘘をついてはいけないという戒である。

 日本においてこの戒は、言葉には霊がいて、嘘をつけば必ず言葉の霊がその人を罰するという言霊信仰と結びついている。 嘘は泥棒の始まりというが、嘘から一切の悪が出現する。 このような嘘をついてはいけないという戒とともに正直あるいは誠実の徳が教えられるべきであろう。

 梅原氏は「このような仏教の道徳を中心にして、たとえば儒教の人間への信頼、神道の自然崇拝、 キリスト教の希望などを総合した新しい道徳体系の樹立が必要不可欠である」と説く。

また「新しい道徳をあまねく日本人のものとするには政治家の力を必要とするが、 今の日本の政治家はむしろその反面教師を演じているようにさえみえる」と嘆いてもいる。

 道徳教育と言えばすぐ「国を愛する教育だ」とかの議論をするそこいらの政治家とは随分とレベルが違う。 政治家諸氏は真剣に上記の意見を傾聴すべきである。

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22日朝刊(朝日新聞)より
「宇宙の底で」        柳澤桂子(生命科学者)
 ー 残虐性は人間の本能か ー

「イラクのファルージャでは、アメリカの民間人が殺害され、黒こげになった遺体が橋につるされた。 アメリカ軍兵士はイラク人捕虜に常識では考えられない残虐な行為をした。 このような残虐性は人間の本能なのだろうか。」

と始まり、
野生のチンパンジーを観察して、チンパンジーにも殺戮性があるとの研究事例を紹介し、 当初そうした研究が学会で発表されると、 研究者たちもジャーナリストも残虐性が本能的なものであるという考えに嫌悪感を示したそうだ。

霊長類のさまざまな研究事例を紹介し、
「私たちは、自分たちが先天的に残虐性を持っているという考えに恐れを感じる。 できれば否定したいと思う。けれども、ほんとうに残虐性を持つことが証明されたら、それをただ否定するだけでなく、 この事実を率直に受け入れて、理性でこの未開な感情をコントロールすることを考えなければならないのではなかろうか」
と指摘する。

 先の道徳教育とあわせて、政治家は無論、我々も大いに考え傾聴すべき内容だと思う。

<K.K>


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