「文学横浜の会」
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2005年2月6日
「市場原理」
イラク選挙の行方はどうなるのだろう、と思いながら2月になった。
原油が値上っているそうだ。産出国はかぎられていて、
中国やインドが経済発展とともに有力な輸入国になった事が原因で、
それも将来的にそうなる、との観測から値上がったらしい。
中国は間違いなく原油の輸入国になった。インドも恐らく近い将来そうなるのだろう。
需要と供給で値上がりするのなら、やむを得ない面もあるが、マネーゲームの標的になっているとの観測もある。
マネーゲームの標的とは、思惑だけでファンド等のマネー運用業者が売買に参加して、
つまり需要と供給とは関係なく、原油の値上がりを招いているのだ。
そうした売り買いで莫大な利益を上げる会社(或いはファンド業者)がある一方、当然、
思惑が外れて損失を被る業者もある。
しかし、今のファンド業者には、価格を操作できるまでの莫大な資金力があり、
マネーゲームでいたずらに価格を吊り上げているとの指摘もある。
つまり単純に需要・供給のみで価格が形成されているのではない。
その結果として、高い価格の原油を末端の消費者が購入する羽目になる。
一消費者として看過できない、なんとも不可解な現象ではないか。
そうした現象は「市場」のある、あらゆる「物」に及んでいる。
円、ドル、ユーロと言った通貨そのものも換算レートの差で、
利益を得る対象になっているし、少し前になるが「アジア通貨危機」の記憶も生々しい。
ファンドに資金が集まるのは、銀行の金利が低くなったことから、お金の行き場がなくなり、
そうしたファンドマネーに資金が集まるからだと言われる。
資本主義の世界ではそれは仕方がないことだと言うが、ぼくは納得できない。
市場原理、つまり純粋に需要と供給で価格が決まるのなら納得できるが、「市場」がマネーゲームの場になって、
一方で儲ける者がでて、その結果価格が吊り上がり、
多くの消費者が高い物を買わなければならなくなるのは納得できない。
そもそも、市場ができた背景はそんなマネーゲームの場を提供することではなかった筈だ。
であるなら、売買できる業者を規制する必要もあるのではないか。
お金を動かすだけで利益を得ようとする根性は良くない、とお金を持たないぼくは思う。
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三宅島への帰島が始まった。と言っても全島避難解除と言う訳ではなく、
高濃度ガスの出る地域はまだ立ち入り禁止だ。とは言え、喜ばしい。
中越地震の被災者は、今、雪にまみれて、厳しい避難生活を続けている。
昨年末に発生したスマトラ沖地震の津波被害は、
まだまだ全容をつかみきれない程の被害を関係国にもたらした。
どんなに科学が発達しても、人類は地球をコントロールする事はできない。
地球が一度怒り、荒れ狂えば、人類の生存はたちまち危うくなる。
およそ40億年前にこの地球上に生命体が生まれてから、
「進化」か「絶滅」を繰り返してきた生き残りの一部が人類であり、
地球上に生存する生命体だ、と言うことを忘れてはならない。
人間同士、或いは国同士の諍いなど、そうした中では実につまらないことだ。
<K.K>
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