「文学横浜の会」

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2005年8月7日


「大詰め郵政民営化」− 道徳を忘れた仏教 −

 郵政民営化法案がいよいよ大詰めを迎えている。
新聞や他のメディアを通して各議員の動向を知るのだが、 人間の営み、つまり人と人との関係は主義主張を同じくしてもそんなにすっきりとしたものにはならない、 ということをまざまざと見せつけている。
この現実を国会議員ともあろう者が情けないと思うか、さもありなんと思うか。 少なくとも国会議員なら、国家の十年先、二十年先を見据えた決断をしてほしいと思うが、必ずしもそうはならない。 そう思うのはぼくだけではないだろう。

何れにしても、民主主義とはえらく時間と労力を要する。
民主主事では何事も多数決が原則だが、それをごり押しすれば反撥・反感をかう。 少数意見を無視・圧殺すれば、そのしっぺ返しを覚悟する必要がある。

日本では郵政民営化問題で政局は揺れているが、 イラク問題と言うよりイスラム教過激派問題で西欧諸国はテロの影に怯えている。 イスラム教とキリスト教との歴史的な対立との見方もあるが、テロリズムの根絶は容易いことではない。 勝者がいて敗者が生まれて、勝者に敗者を思い遣る心がないと、テロを生む温床となる。 圧倒的な勝者であればある程、敗者の対抗手段は、テロしかないと思い込む。

それにやはり「特定の国の民主主義」を押しつけるのは問題だ。
傍からみて「おせっかい」と思うのだが、押しつける方はそうは思っていない。 それから、やはり「絶対正しい」と思い込む原理主義的な考えも厄介だ。 あれやこれや考えると、テロを根絶するのは容易なことではない。

郵政民営化で混乱している日本は、まさに平和な国だ。
だから意地を張ったり、個人的な恨みを晴らすことに汲々として、 国の借金が何百兆円あるのかも忘れているのではないか、と思う。 何れにしてもどう決着するかは不明だが、いずれ決着するだろう。

どちらに決着しても、ぼくらにすぐ影響がでるというものでもない。
ぼくは郵政民営化に賛成で、およそ130年前に始まった制度が今も続いているというのもおかしいし、 この先も続くとは考えられない。
全国至る所同じように、などと言う幻想も捨てた方がいい。 便利さだけを追求した結果が今のこの地球の有様なのだから。

高齢化、年金、財政問題、国の在り方、等々
この国にはもっともっと大きな問題が差し迫っているように思うのだが。

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反時代的蜜語 梅原猛 H170719 より
 − 道徳を忘れた仏教 −

聖徳太子は晩年「諸悪莫作(しょあく まくさ)、衆善奉行(しゅうぜん ぶぎょう)」という経典の 言葉を口ずさんでいたという。「悪をするな、善をせよ」という単純な言葉である。

ここで「善」というのは「仏教の六波羅蜜の徳」すなわち布施(ふせ)、持戒、忍辱(にんじょく)、精進、 禅定(ぜんじょう)、智慧の徳を指す。

「悪」というのは十善戒によって戒められる殺生(せっしょう)、偸盗(ちゅうとう)、邪淫(じゃいん)、 妄語(もうご)、綺語(きご)、悪口(あつく)、両舌(りょうぜつ)、慳貪(けんどん)、瞋恚(しんい)、 邪見(じゃけん)の悪をさすのであろう。

江戸時代に檀家制度ができ、僧侶の生活は安定していたが、 明治初期における廃仏毀釈の政策の一つとして僧侶の妻帯が奨励された。

血を吐くような懺悔の言葉とともに肉食妻帯に踏みきった親鸞にならって肉食妻帯を行いながら (今の僧侶には)懺悔の心はあまりない。
今や仏教者はほとんど俗人と変わりない生活をしていて、俗人より高い道徳をもっているとはなかなかいえない。 このような状況の中で、仏教者が道徳を語らなくなったのは当然であろう。

しかしその責任を仏教のみに負わせることはできない、と筆者は言う。
「戦前までの日本の道徳教育のバイブルであった教育勅語は、、廃仏毀釈の精神の延長上に作られたものであったために 仏教の道徳がほとんどとり入れられていず、仏教の道徳が学校で教えられる修身教育に矛盾したからだ」と言う。

このことは特に十善戒の第一の不殺生戒において著しい。
不殺生戒は、すべての人間ばかりかすべての生きとし生けるものを殺すことを禁じる教えである。 これは実践することが大変困難な道徳であるが、このような道徳を守らずには今後の人類の最大の問題である 核戦争や環境破壊を防ぐことはできない。
しかし戦前の日本は軍国主義の道をひたすら走り、戦後の日本は自然を壊して日本列島を改造し、 経済大国になった。明治以後の日本人はもっぱら不殺生戒に反して生きてきたのである。

筆者は言う。
「今、日本の道徳は衰え、このままでは日本は精神的に再び亡国への道を行かざるを得ない と憂えているのは私一人ではあるまい」

<K.K>


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