「文学横浜の会」

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2006年 2月5日


「ライブドア事件をめぐって」

 ライブドア事件がマスコミで盛んに取り上げられている。 事の真相は何れ明らかになるだろうが、時の寵児が一転悪者のように扱われて、どんな時代になっても毀誉褒貶の種は尽きない。 実際法を破ったのなら仕方がないが、それにしてもマスコミの扱い方に、行き過ぎはないのかと思う。 マスメディアが多様化して、情報量もリクルート事件の頃とは比べようもなく多くなっているから、 一層その傾向が強くなっている。

リクルート事件の時もそうだったが、政治が絡んでくるとよけいその傾向が強くなる。 政治家が絡むとまずお金だが、今回はどうなのだろう。まだそんな報道は目にしていない。

ホリエモンが世間に与えた数々の功罪の中で、先の総選挙で若者を投票所に向かわせたのは功績ではないか。 善し悪しは兎も角、小泉劇場と言われた総選挙で、若者に選挙に関心を持たせたのは功績だと思う。 政治の課題は一つだけではないのに、「郵政民営化」の旗印の下、あるイメージ作りに影響を与えたことは確かだろう。 その影響で自民党が大勝したのは事実だ。

世論や多数派がいつも正しいという訳ではないが、こうした現象は日本だけのことかと言えば、そうではない。 成熟した民主主義の国アメリカでさえ、選挙ともなればマスメディアを介してのイメージ作り合戦となる。 そこでは主義主張は隠れしまうこともままある。大衆は「愚かだ」と言ってしまえばそれまでだが、学習もしている。 そんなに愚かでもない。どうあれ、民主主義のシステムは守らなければならない。

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 所謂、耐震擬装事件。それに「東急イン」ホテルの改装事件。これらの問題から浮かび上がるのは「コスト削減」や 「利益率の向上」といった言葉だ。会社は利益の追求が求められ、 その行き着いた先がこのような結果をもたらしたのだが、ライブドア事件を含めて企業の倫理観が欠如しているのは明らかだ。 とりわけ組織のトップに立つ者には、相応の倫理観が不可欠のように思う。

コンプライアンス(法令遵守)と言う言葉がはやり、各企業ではコンプライアンス規約を設ける動きが盛んである。 それだけ法令遵守を叫ばなければならない事態なのだろう。西欧流合理主義の中で、或いは企業資本主義の中では、 利益を出すためには無駄を排除し、利益率を高めるためには如何なることでも許される。 そんな風に考える企業家がいてもおかしくない、そんな風潮がある。

そうした中で幾らコンプライアンス規約を設けても、倫理観が欠如していては「魂入らず」だ。 周りが煩いから、世の中がそう言う動きだから、規約を設けようと言うのでは無いに等しいし、 利益率の向上のために「コンプライアンス規約を設ける」と言った位置づけなら、それは絵に描いた餅だ。 事は「法律を破らなければいいんだろ」と言うだけではない。 トップに立つ者の倫理観が、今問われている。

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 今年はやけに寒さが身に凍みる。戦後のベビーブームに生まれ育った、今中高年のおじさんやおばさん達が、 その人数故に、多くの社会現象を起こしてきたと言われている。数が多い事は好い事もあれば悪い事もある。 とりわけ07年問題とやらで、中高年のおじさん達の動向が注目されている。

ただひたすらに働いて、会社人間と化したおじさん達が、会社の殻から押し出される。 まるで化け物が大量に発生するかのような取り上げ方だ。 でも宿命的に多くの人の中で揉まれ続けたおじさん達は逞しいぞ!  生まれ育った故郷へUターンを考えている者もいるだろうし、都会を離れてのんびりと過ごしたいと考えている者もいる。 今や人生八十年の時代である。ぼくはそんなに生きる自信はないが、逞しいおじさんやおばさん達は、 きっと何か新しい文化を創るだろう。

 若者達よ、逞しいおじさんやおばさん達を刮目すべし!!

<K.K>


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