「文学横浜の会」

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2006年 9月 3日


「次期政権は誰に、」

★ 親の子殺し、子の親殺し、と聴くだけで耳を塞ぎたくなるような事件が起きている。 いくら報道の自由と言っても、そんなに大きく取り上げなくてもいいではないかと思いたくなる。 殺しの手口を事細かに書くのもいただけない。ぼくはそう思うが他の読者は一体どう思っているのだろう。 そこまで知りたいと思っているのだろうか。 社会面の片隅に小さく、事件の事だけを書いておけばいい、とぼくは思うのだが、、。

★ 自民党の総裁選が始まる。来月の今頃には新しい総裁が決まり、従って日本の総理大臣も決まっているだろう。 立候補の顔ぶれは麻生氏、谷垣氏、それに安部氏の3人にほぼ確定だが、形勢は安部氏が圧倒的に優勢なのだそうだ。 国会議員の7割近くの支持を集めていると言う。 何故そうなったのかと言うと、同じ派閥の有力候補と目されていた福田氏が立候補を取り止めたことで、 安部氏有利との声が高まり、雪崩現象が生じて形勢が決した。

今の情勢では安部政権を前提に論功行賞を目当てにした駆け引きが、自民党内で行われている。 所謂、勝ち馬に乗るのは今回に限った事ではないが、みっともないし、それで良いのか、と言いたくなる。 安部氏が首相として何をしたいのか、どんな政策を掲げているのか、 そうした事が曖昧なままにただ勝ち馬に乗るだけなら、この国の将来は暗い。そんな政権は長く続いてほしくない。

たまたまそうなったのかも知れないが、今回の候補者3氏共に2代目・3代目の国会議員である。 それに選挙地盤は地方にあるが、高校大学とも東京で過ごした。つまり地方での生活体験に乏しい。 選挙地盤、所謂、書類だけの地元で過ごした時間も圧倒的に少ない。

小泉政権で勝ち組・負け組の格差が生じたと言われるが、日本の社会には元々格差はある。 生まれたその時から、人はそれぞれの格差、ハンディを持っている。それはどんな国や社会制度でも同じだ。 ただ一番の問題はその格差が固定化することだ。

格差の固定化という観点では、インドのカースト制度が挙げられる。 インドを旅した際に目にした路上生活者の多さと、貴族と言われる最上位の位の人達との、その格差に驚いたものだ。 またサウジアラビアにおける石油資源の利益を独占している一部の階級とそうでない大衆との格差。 日本ではそんな事には絶対にならないと思うが、格差の固定化だけはなんとしてでも排除しなければいけない。 それが社会の安定と、ひいては繁栄に繋がる。次期政権には特に配慮して頂きたい問題だ。

★ 次期政権の課題と言えば「靖国問題」に端を発したアジア外交が言われている。 8月15日の小泉首相の靖国参拝は、意固地な子供じみた行動に思えた。まぁ、自分は辞めると決まっているから、 このあたりで公約を実行して、と考えたのだろう。「靖国神社」の扱いについては色々な考えがあるが、 天皇が行けない、一国の総理が堂々と行けない、ましてや近隣諸国の元首がそっぽをむくようなものでは、 国のために尽くした故人を祀る施設とは到底いえない。

靖国神社を信奉する理由として「日本の文化伝統」と言う者がいるが、靖国神社は明治以後に出来たもので、たかだか百年。 先の大戦からだと50年。 2000年に及ぶ有史上の日本の歴史の中では、どうしても守らなければいけない「日本の文化伝統」には当たらない。 また、先の大戦では「靖国で会おう」と命を捧げた英霊のために、国家が守らなければいけないと言う者がいるが、 それならそのまま残せばいい。

それらの英霊を含めて、国の為に尽くした先人達を祀る施設を新たに造り、 天皇陛下も、近隣諸外国の元首もお参りできるようにしてほしい。それが政治家の役目ではないか。 単に自己主張するだけが政治家の役目ではない。

★ どうでもいいことだけど、この頃、テレビに国会議員がよく出るね。 出る番組もバラエティであったりお笑い番組だったりで、 それが良いか悪いかと聴かれたら、悪くはないと応えるが、なんとも釈然としない。 何故なら、問題を議論するにしても、周りの出演者のキャラクターにもよるが、如何にも軽薄に思えるからだ。 議論の内容も偏る事が多い。大きい声で言う者や、押しの強い者が、勝ち負けの問題ではないが、多くしゃべる傾向にある。 その面からもいかにも軽薄だ。でも、所謂、大衆というバケモノはこういうメディアに影響され易い。 集団としての大衆がある方向に向かってしまうと、それを正すのは、それこそ命がけだ。それは歴史を振り返れば判る。 マスメディアは心して問題を取り上げてほしい。

<K.K>


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