「文学横浜の会」

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2006年10月 1日


「安部政権、スタート」

 安部政権がスタートした。

 1954年(昭29年)生まれと言えば、所謂、団塊世代より若い。 自分より年下の総理大臣は初めてで、若い首相と言うべきか、自分が歳を取ったと言うべきか。 そんな事はいずれ起こることだからどうと言うことではないが、小泉首相の後で、何かと比較されるから大変だろうとは思う。 が、国の命運を左右するかもしれない立場なのだから当然だ。

これまでの安部氏の言動からして、政治スタンスは「右」との指摘がある。 60年体制の頃の「右」と「左」にははっきりとした区別があったが、 社会主義体制が崩壊した今、右・左の区別はそう単純ではない。 仮に『国家』をより全面に出すのが現代における「右」なら、『国民』をより全面に出すのが「左」と言うべきか。 そのような「右」は国の締め付けをより多く国民に求める傾向にある。

国を愛する事や、家族を愛することは、それは当たり前の事で、日常、余り口にはしない。 確かに、親殺しや子殺し、殺人事件、そうした事件の尽きぬ日はない。 だからと言って原因は教育にあるとするのは早計に過ぎる。 国を愛する事を教育したからと言って、国を愛すると日常口にするかと言えば、それはないと思う。 家族を愛する事を教育したからと言って、親殺しや子殺しが無くなるとは思えない。

安部内閣は「活力とチャンスと優しさに満ちあふれた国にしていく」とし、「美しい国づくり内閣」を組閣した。 教育問題にも取り組むとして、教育再生会議を内閣に発足させるそうだ。憲法の改憲にも関心がある。

「美しい国」とはどういうものか、余りに漠然としている。著作は読んでいないし、読んだ方もよく判らなかったそうだ。 ただなんとなく判るのは教育制度を改正して、道徳教育を充実させる、と言うイメージである。 目指すことは悪くはないが、なんでも締め付ければいいと考えているならうんざりだ。

だいたい国民の人気が高い、と言うか人気が高いから首相にと言う発想が、どうも胡散臭い。 先の大戦に大きく舵を切った日本における東条首相や、ドイツにおけるヒットラーも、国民の人気は高かったと言う。 そんなではないにしても安部首相がどんな政治をするのか、じっと見守る必要がある。
国民の人気など、泡のようなものだ。

それにしても政権を預かっている政権党の総裁選びの、なんたる様か。政治信条や政治姿勢、施政方針などは片隅に置いて、 一にも二にも、国民の人気が先行した。この分だと人気が無くなったら、さっと引いてしまうだろう。 こんなことで国の政治が行われていいのか、と思うが、これは国民の問題でもある。そう言う人達を選んできたのだから。

★ 10月は9日に出雲駅伝があり、駅伝シーズンの始まりだ。 陸上競技に限らず、秋はスポーツの季節でもある。プロ野球はペナントレースの結果は見えてきて、 シリーズの行方に関心が移った。各競技では夏合宿の、そして日頃の練習の成果が試される。

日本サッカー、オシム・ジャパンはどんなチームになるのか、どんなヒーローが生まれるのかファンは待ち望んでいる。 チーム造りは前監督とは明らかに違うが、どんな結果を生むのか関心を持って見守っている。先ずはアジアカップだろうが、 結果によってはオシム監督に対するパッシングが起こるだろう。前監督の時もそうだが、目先の勝敗ですぐ騒ぐ輩がいる。 プロだから当然、と言う意見もある。でも、とぼくは思う。 ここはじっくり目先の勝敗に関係なくオシム監督に全日本のチーム造りを任せてほしい。そういう人物を撰んだ筈だ。 少なくとも、そして願わくば、次のワールドカップが終わるまで……。

★ 所謂」、段階世代の大量定年を前に、定年延長が言われている。ぼくは反対である。 延長どころか定年は45歳ぐらいにしろ、と言いたい。 45歳と言えば社内での勝ち組・負け組がはっきりし、社内での差別、いや社内での立場が決まっている。 それなのに後二十年も同じ会社に縛り付けるのは、負け組には堪えられない。 負け組は只じっと堪えているか、辞めるかだが、日本の現状ではじっと堪えているのが多数だ。

45歳と言えばまだまだ現役ばりばりだ。 負け組とは言うけど、偶々入社した会社が合わなかったか、配属された部署が肌に合わなかったか、 上司とそりが合わなかったかだ。 そうした会社に、能力があってやる気もある社員が、まだ20年も30年も在職し続けるのは苦痛以外の何物でもない。 そう言う訳で、希望する者には一度45歳で定年退職を選択できる制度にし、再度仕事を撰べるようにすればいい。 負け組は勝ち組に比べて圧倒的に多いのだ。

それに、そんなに長く会社勤めはしなくても良いじゃないか。
もっともっと自然の中で働こうよ。

<K.K>


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