「文学横浜の会」

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2006年11月 5日


「いのちの初夜」を再読する

 安部首相が誕生して一月余り。 組閣のゴタゴタがまるで遠い出来事のように思われる。それ程に物事の移り変わりは早い。

 対アジア外交への懸念を持たれていた安部首相だが、就任早々、中国・韓国を訪問して、そうした懸念を一掃した。 補選にも快勝して、新首相の滑り出しは無難だと言えるだろう。その訪中の最中、北朝鮮の核実験のニュースが飛び出した。 その後の対応をみると、恐らくアメリカも日本の一部指導者も、北朝鮮の核実験はある程度予期していた事ではなかったか?  何れにしても無難な安部政権の滑り出しは、これからの政権運営にどういう影響を与えるか、しっかり見守る必要がある。

 今話題になっているのは、国内では北朝鮮の核、いじめ、高等学校における科目未履修問題。 海外ではイラク情勢の混迷化、イランにおける核、中南米の反米政権化、中東情勢の混迷、 と問題の大きさと根の深さには違いがあるが、内外ともに問題の種は尽きない。

これらの問題を並べてみると「いじめ」や「科目未履修」問題など小さい小さい。本人にとっては自殺を考える程に、 そして大学受験に影響が及ぶのでは、と当事者には大変なことではあるが、小さい小さい。

★ 「科目未履修」問題は現在の教育制度そのものの弊害をもろに現しているのではないか。 大学の受験科目ではないから勉強をしないと言うのは、なんともお粗末だ。教育現場でそのようなことが行われていたとは、 開いた口がふさがらないとはこのような事を言うのだろう。 教育とは何たるかを弁えないからこのような失態を晒すことになったのだ。 高等学校が単に大学受験のためなら、なにも教育カリキュラムなどいらない。予備校と変わらないではないか。

 この際、大学受験に際しては高校のカリキュラムで履修しなければいけない全ての科目の受験を課すようにしたらどうだろう。 無論、大学毎に学部毎に配点を変える。一科目だけ100点満点で、あとは全て10点満点にする受験であってもいい。 要は全ての科目について、高等学校の卒業生として、最低限の常識があるかを試す。 それなら、高校での評価があれば何も受験科目にするほどではないと言われそうだが、そうではない。 授業はしてないのに評価だけは出していたと言う学校もあるのだ。 学校の評価が受験によって決められるようになれば、今問題になっている事はこれからも起こるような気がする。

小泉政権以来、なんでも競争原理を取り入れる考えが広まった。それ事態は間違いではないが、総てとなると疑問が残る。 教育については、学校間の競争で、何を競うのかが明確になっていない。だから受験競争となる。 世間もそれしか評価しないし、マスコミもそれしか取り上げない。 今の風潮では、なんでも評価して、競争させる方向に向かっている。 教師の評価でも、如何に有名大学に合格者を多く出したかとか、それだけでは偏った評価ではないか。 学校間の競争・評価が今以上に言われるようになれば、未履修なのに履修したように工作することが、巧妙になる可能性がある。 それも形をかえて目立たないように。

 今回の決着では、災害時特例が適用されて単位数を最大50単位とするようだが、高校生にも、そして部外者にも、 なんともすっきりしない。 それに、教育問題となると、どうして受験校だけが取り上げられるのだろう。 大学に進学しない高校生の単位はどうなっているのか。今回も全く蚊帳の外だ。 問題は科目の未履修ではなく、日本の教育制度そのものの問題で、教育のあり方が問われている。

★ 「いじめ」問題では、いじめ自体は昔からどんな処にどんな世界にももあるが、 問題なのは小中学生の自殺者がでる事である。 それも少子化で子供が少ないから、社会に与えるインパクトも大きく、マスコミの取り上げ方も大きい。

今や各家庭では多くの場合、一人っ子である。つまり兄弟間での絡み合いがない。 各家庭で大事に大事に育てられた子供が、学齢になると学校と言う小さな世界の一員となる。 純粋培養された個体が組織の一員になるのだが、純粋培養された個体は異物に対しては過剰反応する。 一方、同類間の結びつきは強くなる傾向にある。

 今、学齢前の子供たちが外で遊んでいる光景を殆ど見かけなくなった。 子供達の接点と言えば、地元のサッカーチーム、野球チーム等になってしまった。 何処にも属していない子供たちは何をしているのだろう。他人に対する抵抗力が弱くなってはいないだろうか。

子供のいじめ問題は単なるいじめ問題ではない。 いじめをなくす努力は必要だが、同じぐらいに逞しい子供に育てるための方策を考えことも必要だ。

★ 久し振りに「いのちの初夜」(北条民雄著)を読んだ。初めて読んだ時の感銘を思い出した。 そして今、子供達に是非この小説を読んでほしいと思う。「命」とはどういうものなのか、考えるきっかけになってほしい。

この作に限らず、もっともっと本を読んでほしい。 子供達が本を読まなくなるのと反比例して、「いじめ」や「自殺」が増えたような気がする。

<K.K>


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