「文学横浜の会」
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2017年12月 7日
「退位と近未来」
陛下の退位時期が決まった。平成からどんな年号になるのか関心が集まっている。
父親世代の明治・大正・昭和そして平成の四世代とはならないにしても、
昭和、平成と次の年号の三世代を生きることにはなりそうだ。
グローバル化の進む現代において、和暦は弊害だとの意見もあるが、過去を振り返る上でも、和暦を仲立ちにする利点もあろう。
それは日本人としてのアイデンティーの上からも有意義だと思う。
余りに急激なグローバル化や、自国の特殊性や優位思想を殊更喧伝するのはどうかと思うが、
自国のアイデンティーを大事することは他国のアイデンティーを認め尊重することにも繋がる。
新しい年号が何になるか、巷では早速話題になっているが、金儲けを企む輩もいると聞く。
つまり年号を予測して、商標登録しようと言うのだ。
世知辛い世の中にあって、なんでも早い者勝ち、と言う事で商標登録し、それでひと儲けしようと企んでいるのだろう。
どんな事にも儲けの種はある訳で、その手の人々にはまたとない機会なのかも知れない。
だけどそんなことをしてまで儲けたいのだろうか、と思うが、他国でそれをやられると、輸出入企業には看過できない問題だ。
なんとも複雑な世の中だ!
*
今年は例年と比べて寒いのか暖かいのかよく判らない。
ただ実感としては暖かいように感じるのだが、その感じに自信が持てない。
暖かかったり寒くなったりと、温度差が激しいとも思うが、それは今年に限ったことではない。
殊更そう感じるようになったのは外に出掛けて仕事をしなくなった、つまり会社勤めをしなくなったからだろうか。
忙しく働いていれば、そんな温度差など気づく暇もなく、一方、漫然と家にいるだけだと一寸した温度差にも身体が敏感になる、
と言うだけの事かも知れない。
いやいや温度差が激しいのも、年々暖かくなっていくのも、地球温暖化の表れである、との指摘は前々から言われており、
温暖化を止めるには化石燃料を使用しなければいいのだが、それはまず不可能だ。
せめて太陽光や風力等の自然エネルギーだけを使用すれば温暖化の速度を緩めることはできる。
だけど全てを自然エネルギーで賄えられるかと言えば、無理だろう。
地球温暖化が止められないとすれば、我々人間はどう生きればいいのか、近未来の大きな課題となろう。
人間が生きられる気温範囲は、宇宙のなかでも取り分け狭く、快適な温度と言うなら更に狭い。
我々が生きている間は、問題あるまい、と思っているのが大半だが、この百年の急激な社会変化をみると、
そう楽観していられない。
経済性だけで化石燃料、取り分け石炭を燃やす事による二酸化炭素の放出、
クリーン・エネルギーと言われる原発によって予期せぬ核物質の拡散、等等。
近未来、地球は人類がなんの防護なしに現在のように外出できる環境ではなくなるかも知れない。
百年後の子孫は、囲われた建築物の中だけで生活している、そんな近未来も現実味を帯びてきた。
それはS F ではなく、現実の未来かも知れない。
<K.K>
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