「文学横浜の会」

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2022年 6月15日


「軍事費増への流れ」

 ロシア軍のウクライナ侵略は一向に収まる気配はない。

 今に始まった事ではないが、世の中に起こる事々は見方によって全く違った受け止められ方をする。 ロシア軍のウクライナ侵略にしても、ロシア国内では同胞民族の解放であり失われた本来の領土の復活であり、 と様々な理由付けがなされている。従ってロシア国内では侵略とは言わず「ウクライナへの軍事作戦」の支持は高い。

侵略した地域でウクライナ国民が感謝している様子や歓迎している映像ばかりをロシア国民に見せれば、 ロシア国民には真実は伝わらない。真実と言わないまでも全体像は伝わらない。 現代は情報戦の要素も大きなウェイトを占めると言うから、なんとも忸怩たる思いだ。

テレビからのニュース情報では、ロシアでは「ロシアの日」と言う記念日があり、 ニュースを見た限りではロシアを愛するナショナリズムが殊更強調されているよいうに感じた。 ウクライナへの軍事作戦に対する国内の不満勢力を見据えた権力者の扇動のように見えたのはぼくだけだろうか。 自国を愛するのは何処の国も同じで、当然の事なのに殊更それを強要するようなイメージ作りは危険だ。

 今回の戦争ではっきりしたのは各国で軍事費増へ動いた事だろう。 日本もGDP比で2%の軍事費を目指すとの方向付けがなされた。世界中がそういった方向に流れているから日本も、と言うことだ。 歴史を振り返ってもこうした流れを止めることは難しい。そしてこの流れが将来何を齎すのか、今は誰にも判らない。

日本では約5兆円増に相当するが、財源はどうするのだろう。 諸外国では軍事費増に当たって、それに見合う財源にも触れている国もある。 軍事費増に見合う増税についても触れているのだ。比べて日本はどうするのか、それは後回しで軍事費増だけが先行している。 それでなくても日本の借金は諸外国に比べて桁違いに多いのに、空気というか流れだけが軍事費増に傾いているのはなんとも嘆かわしい。

歴史は繰り返すと言うから、いつか何処かで戦争が勃発、と言う未来が見えてくる。 5・6年先か、それとも…。 歴史を振り返れば戦争はちょっとしたきっかけから始まり、大戦争へ発展、等という事もあるから油断はできない。

 何れにしろ核兵器が存在する現在、 全面的な戦争や国の存在を賭けた大戦争が勃発すればその影響は人類へ多大な影響を及ぼすだろう。 その影響は戦争に無関係な国にも及ぶ。

大国が自国の主張を軍事力を用いて押し通せば、小国にとってはひとたまりもない。 それゆえに国際間のルールを定めた規約があるのだが、それを大国が無視或いは黙殺すれば現状ではどうする事もできない。 だからと言う訳でもないのだろうが、小国でも核戦力を持って軍事大国だと錯覚、誇示する北朝鮮のような国も出てくる。

核の時代にあって国家間の紛争では決して軍事力を行使してはいけない、と言うのが21世紀の世界の暗黙の了解の筈なのだ。 軍事力はその常識を破った国に対する備えなのだが、軍事大国の権力者が軍事力を行使しているのが今のロシアだ。 これは深刻な事態だと言わなけっればならない。

ロシアの経済力は韓国より劣ると言われる。 そうした国が何千発もの核弾頭を保有しており、正にそれで軍事大国だと豪語している。

世界の多くの国は軍事費増に流れているが、これからどうなるのだろう。
夢夢、軍事大国に対抗して同じ程の核戦力を持てば自国は安泰、との流れにはならないように願いたい。

だが自国を守るためには、突き詰めるとそれに行きつくと考える懸念は拭いきれない。それが最大の抑止力だと。
そうした流れにならないようにと願うしかない!

<K.K>


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