「文学横浜の会」

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2023年 9月15日


「妄想」

 昨夜、夢を見た。

こんな内容だ。

俺に令状が届いて、つまりその“召集令状”と言うやつだ。

「ついに来たか」と俺は呟き「国が死に場所を与えてくれたのだ、それも名誉ある誉れ高き名を残すための絶好の機会を与えてくれたのだ」 と深く深く感謝する俺。思えば90年程前にこの世に生を得て、一体、俺はこの世にどんな足跡を残しただろう。 あと何年生きられるか判らんが、兎に角俺は五体満足、視力聴力は衰え、精力も微々たる程も残ってはいないが、 兎にも角にも生きている。

今、この国は戦争に巻き込まれ、国家存亡の危機の中にある。 敵は専制的な国家で、つまりは国家の価値観の相違による世界を二分した戦いの中にあり、 国はその矢面に立って、国家の命運を賭けた戦いの最中なのだ。

この戦いに敗れれば、この国の誰もがあのへんちょこりんの権力者に額ずき、ただただ盲目的に跪くだけの一生を送らなければならなくなる。 考えただけでもそれは耐えられない。そうなればそうなったで、かの国の国民のようにただ生きているだけでいいではないかとの意見もあったが、 国として戦う事に決したのだ。

戦う以上、勝たねばならぬ。この戦争で既に何人もの死者がでているが、戦況がどうなっているのか、俺には判らない。 奇妙な戦争でどちらの側も宣戦布告した訳ではない。小競り合いと言ったらそれまでだが、双方戦争状態の体制で、 その動きは最早止めようがない状況だ。 報道もどこまで正確に捉えているのやら、戦時においてはいくら民主主義と言っても報道統制もやむを得ぬ面もある。

この時代、全面的な戦争、つまりお互いに核の打ち合いになったら双方が滅びる。 そうは判っていてもそれは正常な人間が考える事で、敵国の独裁者も負ければ殺されるとの強迫観念から、 正常な心理状態が保たれているかどうかとても不安だ。
なんとも危険で奇妙な戦争を始めたものだ。

そこで我が国の軍部は「戦争終結作戦」なる極秘にシナリオを作った。 つまり敵側の独裁者を消せばこの戦争は終わる、との目論見を立てたのだ。 敵国の人間も本音は戦いたくないに違いない。いやいや、偏った情報で子供の頃から教育を受けた人間が、 真に我々を邪悪な人間だと教育されているから、事はそう簡単ではない、と見る向きもあるが、兎に角賽は投げられた。 戦いは始まってしまったのだ。勝たねばならないし、世界の破局だけは食い止めねばならない。

それで俺の出番となった訳だ。

え、どうしてだと?

詳細は言えないが、つまり敵国の独裁者に鉄槌を加え死に至らしむ。 それもどこの国が関与したとは考えられない、つまりは絶対的な神からの罰のように独裁者を亡きものにする。

何! どういう事だと?

これは極秘だが、まぁ少しばかり教えてやろう。 つまりだ、宇宙から今でも多くの物体が地球に落ちてきているのは知っているな。そお、隕石もそうだ。

ここまで教えれば判るだろ。 適度の大きさの隕石が敵の独裁者の上に落ちる、と言うシナリオだ。1メートル四方の大きさの隕石でもその衝撃は爆弾何十発分にも相当するし、 いやそれ以上かも知れない。独裁者は無傷ではいられないだろう。どこにいようと必ず死からは遁れられない。 隕石による事故なら何処の国の責任でもなく、まさに天からの罰を受けたに等しい。

そんなしらけた眼で俺を見るな!

どうしてそれが俺への「召集令状」と関係あるかだと?

疑問はもっとも。 実は隕石の流れを変えられる装置を、俺は創った。 1メートル程の誤差で地球に落ちるように隕石の軌道を変えられる装置で今は俺だけにしか操れない。 それには俺が宇宙に飛び出し、地球近くの隕石をとらえて暫く追跡し、独裁者の確実な居場所が判れば、 俺はその装置と共に宇宙船から飛び出して、独裁者のいるポイントに落下させる。 だが俺はもう戻れない。つまり大気圏内で装置と共に燃え尽きてしまう。

・・・

<K.K>


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