第5章 『絡むはずのない歯車』
・・・いつもいつも、変わらぬ毎日。
・・・ずっとずっと、繰り返す。
・・・退屈だと思う感覚も。
・・・いつかは、麻痺していた。
少年の一日。それは、けたたましい音を響かせる1つの時計を殴って止める事から始まる。
「・・・相変わらず五月蝿いよなぁ、この時計・・・。」
寝ぼけ眼を擦り、少年は殴り飛ばした時計を元の位置に立て掛けて、ふと自分が寝ていた場所を見やる。
そこには、掛け布団に包まれたなんだか妙なふくらみ。
ふぅ、と息をついてそれを引っぺがしてみると、自分の姉がそこでまどろんでいた。
(また俺のベッドに潜りこんでるし・・・。)
自分の姉のブラコンっぷりが見て取れる案の定な結果に苦笑し、とっとと起きるように姉に促す。
彼は料理がとてつもなく下手なので、起きてもらえないと朝食にありつけないのであった。
『うにゅ〜』などと不思議な声を上げながら自らの名を呼ぶ姉を無理矢理起こし、なんとか起きたと確認した後、少年はいつものように制服に着替え始める。
そうしたら、姉が作る朝食を素早く食べて歯を磨き、髪型を整え・・・る必要があるほど手の込んだ髪型ではないのだが、一応手入れをし、顔を洗って荷物を抱え真っ黒なコートを着こんだ後、姉に『行って来ます!』と軽く声を掛けて少年は外へと飛び出した。
少年の名は、輝和。
多少なりとも変わったところはあるが、平凡な・・・はずの高校生である。
いつもの、極々見なれた風景、歩き慣れた道。
そこを、輝和は駆けて行く。
別に、遅刻しているわけではない。歩きでも十分間に合う距離に、彼の通学に利用される駅はある。
しかし、彼には急がなければいけない理由・・・『日課』のようなものがあった。
通勤ラッシュのサラリーマンたちの間を縫うように走り、目的地である第三セクターによる駅、『新神棚駅』の駅前ロータリー近くへと辿り着いた。
(時間は・・・?)
慌てて時計を見ると、彼が目標としていた時間の1分前。
その結果に、安心した様に息をつく。
(よっしゃ・・・間に合った・・・って、来た来たっ。)
ささいな安堵もつかの間、輝和は自分の視界に入った『誰か』を食い入るように見つめ始めた。
少年の漆黒の双眸に映るのは、170p以上はある、背の高い、とても美しい漆黒の長髪を靡かせた女性。
輝和は、最近になってからだが、毎朝、自分の知らないどこかへと歩いて行くその女性を見つめている。
その女性と一緒に歩いている少女らしき人物も居るのだが、輝和からすればアウトオブ眼中。
名も知れぬその人に、輝和は俗に言う、『一目惚れ』と言うカタチから始まる淡い感情を抱いていた。
(・・・ああ言う人が恋人だったら・・・人生薔薇色だろーなぁ・・・。)
そんな、健全な青少年にしては控えめ(?)な妄想をしつつ、歩き去って行った女性を見送って自らも踵を返し歩いていこうとして。
ゴツッ。
「がふっ!!!!?」
・・・ちょうど、踵を返した2、3歩先にある電柱にぶつかってひっくり返るのも日課と化していた。
変わらぬ日常。変わらぬ学校生活。
つまらない授業からくる催眠の念をなんとか気力で弾き、輝和は、その『変わらぬもの』に少しでも変化を加えるべく、友人達と騒ぎたてる。
他愛のない話をして馬鹿騒ぎ。
男子ならず女子をも引き込み場を盛り上げる。
時には、いつも1人でいるように見える、自分の席の後ろの席に座っている少年『野々上 有志』をからかってみたりもする。
・・・明らかに迷惑がられているようなので今日はあまり近付かない事にしておいたが。
そんなことを毎日毎日繰り返す。
毎日毎日、無意識に。
それさえも、変わらぬ日常の一部だとは、まだ、彼は気付いていなかった。
そんな毎日の前半が終わる、下校時間。
彼は来た時より足取り重く帰路へとつく。
帰りには『お目当ての女性』と会う事がないせいだろう。
重いと言いつつも、一般人並の歩行速度である。
彼は、これから家に真っ直ぐ帰って料理以外の家事を手伝った後ゲーム2時間、パソコン2時間。
余った時間でちょっとした『訓練』をし、夕食を食べてバラエティ番組を見てから風呂に入り、爆睡する。
そして、冒頭から繰り返し。
そう、繰り返していた。
ずっと、ずっと。
そんな毎日に、輝和は心底退屈していたが・・・
変えることは出来なかった。変わることも無かった・・・はず、だった。
帰り道に、先だけが黒い、妙な白いマフラーのような物体が道端に落ちていたことに気付かなければ。
輝和は、行き道にも帰り道にも近道として小さく、人の通らない路地を利用する。
そこは袋小路で、そこの壁を越える事によって4〜5分は駅への所要時間が短縮されていた。
だが、いつもとは違ってその路地には妙な物体が落ちている。
「・・・ん?」
・・・何だろう。マフラーかなんかかな?
そう思って、輝和はその物体を拾い上げてみる。
だが、拾い上げてみた瞬間、そのマフラーとおぼしき物体からはぺろんと、まるで動物の四肢のようなものが下がる。
(・・・・・。)
そしてゆっくりと、手で持っている方の物体の先へ目を向けて見ると、それはどうやら尻尾のようで。
下のほうを見てみると・・・。
「・・・こいつ、おこじょじゃないかっ!?」
そう、それはマフラーではなく紛れもなく生き物。
一般的に『おこじょ』と言われる系統の生物だ。ふかふかで手触りが良い・・・という事を考えている暇はない。
おこじょの前右足から、血が流れていた。
「おいおい、コイツ怪我してるよ・・・。」
呆れたような物言いで呟き、かくん、と首を傾げる。
(これは・・・一旦、家に連れ帰って治してやる必要があるな。)
そう思ったところで早速実行。おこじょを腕に抱えて輝和は自宅へと急いだ。
重たい瞼を開いて見ると、そこはどこかの室内。
自分の知っている、飼い主の部屋ではない。
そして、そこのテーブルの・・・タオルらしきものの上に自分はいると認識した。
「・・・っ。」
ゆっくりと体を起こして見ると、前足に鈍い痛みが走った。見てみると、血が出ている。
(くっ、怪我を負っていたか・・・ところで・・・ここはどこだ?)
傷は一旦置いておいて、自分のいる部屋を見渡してみる。
どうやらどこぞの一軒家のリビングのようだが、やはり、どう考えても見覚えが無い・・・首を傾げていると、
急に前方の扉が開き、見覚えのない人物が顔を出した。
白髪混じりの漆黒の髪に、愛嬌のある顔つき。結構どこにでもいそうな少年だった。
「・・・おっ、おこじょ〜。目が覚めたか〜?」
へらへらと調子良く笑みを浮かべて自分に近寄ってくる少年に、少し警戒する。
飼い主以外には懐かないのが自分・・・おこじょの性格なのだ、致し方無いのだろう。
しかし、様子からすると・・・警戒するほど危険性がある男にも思えない。
「初めまして〜・・・って、動物に言っても意味無いか。おこじょ〜、お前道路で怪我して気ィ失ってたろ?危ないからここ、俺んちに連れてきたんだ〜・・・って、通じるわけ無いか?」
はははっ、と笑い声を上げる少年を見やって、おこじょは小さく溜息をつく。
(まさか理解しているとは思うまい・・・まぁ、知られたら知られたら面倒だから良いとするか・・・。)
そんなおこじょの考えも露知らず、少年はおこじょを乗せたテーブルに備え付けられた椅子に腰掛けて、ふと気づいた様に声を上げる。
「あっ、そういや怪我治すの忘れてたや。」
(・・・治す?)
へらっ、と笑みを零した少年の言葉に、おこじょは疑問の言葉を口にしそうになったのを堪えつつ首を傾げた。
そうすると少年は徐に、おこじょの前足に向かって手を翳し目を瞑って、ポツリポツリと独り言らしき言葉を呟き始めた。
どこか、神秘的な旋律。聞く者に、安らぎを与えるような言葉の連なりが部屋に響く。
そして、目をカッと見開くと・・・少年は最後に小さく唱える。
「苦しみを癒す奇跡の光・・・『キュアライト』。」
言い切ったその瞬間、翳した少年の掌から蒼白く暖かい光が漏れ、おこじょの足を包みこんで行く。
その輝きにおこじょは眩しそうに目を細め・・・光が消えると、少年を見上げた。
(何をしたんだ?この男は・・・。)
訝しげに見やっていると、少年はまたニッと笑んでみせて軽く言ってのける。
「ほら、おこじょ。怪我治ったぞ〜。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
(・・・何?)
数秒間の異様な間が発生した後、どうにか言葉の意を理解しておこじょは自分の足を見てみると・・・なんと、
そこにあったはずの傷が、体毛も生えて完全に消滅しているではないか。
「・・・なっ、こ、これは一体っ!?」
思わず驚愕の声を上げて、おこじょは自分の足をまじまじと見つめた。
痛みも無い、完全に修復されている。
(ば、馬鹿な・・・確かに、怪我をしていたはず・・・この男、一体何を!?)
おこじょが少年を見上げると、少年もおこじょを不思議そうに見つめていた。
そして、数秒後、ぽつりと少年は呟く。
「・・・おこじょって喋れたっけなぁ?」
「・・・!?」
(しまった!!!)
・・・その発言にはっとするおこじょだが、時既に遅し。
「・・・助けてくれた事に対しては礼を言おう。」
いくら弁明した所でもどうにもならないことを悟ったおこじょは、少年がさして驚いていないことを良しとして、流暢に人の言葉を操り始めた。
「私の名は杉村だ。『杉村さん』と呼んでくれ。君は?」
「杉村さん、ね。あ、俺?高水輝和、って言います。」
さん付けしろと言われているのに疑問にも思わずこくん、と頷き、少年・・・輝和は返事を返す。
「そうか・・・高水、でいいな?いきなり済まないが、いくつか質問させてもらいたい。ここはどこだ?私はどうしてここにいる?どうして怪我が治ったんだ?」
一息で質問をぺらぺらと喋り出す杉村に、輝和は1つずつ答えていく。
「えっと、まず1つ目。ここは俺の家。2つ目。それは貴方が怪我をして道端で倒れていたから。3つ目は・・・話すと長くなるのでちょっと後で。」
そこで一旦言葉を切り、ふぅ、と息をついて『成程』と頷いている杉村に対して輝和は口を開く。
「では、逆に質問を。貴方は何故怪我をしていたんですか?何故倒れていたんですか?」
その問いに、杉村は僅かに額に皺を寄せ・・・かなり不機嫌そうに答える。
「・・・飼い主と散歩していたら、人ごみに飲まれてしまって離れ離れになってしまい、探していたら小学生に捕まって、逃げている最中に引っ掻いた。」
(うわぁ。)
予想に近い答えが出たのか、輝和は心の中で妙な声を上げて笑う。
そんな様子には気付かず、杉村はもう1つの疑問への答えを紡ぎ出した。
「倒れていた・・・というのは、疲れたから眠った・・・と言った方が近いな。」
「道端で?」
「・・・・・・。」
輝和のコンマ1秒にも満たないかもしれないスピードの切り返しに少々口をつぐみ、杉村は続ける。
「・・・あそこは袋小路で、人が通らないと思ったのだが・・・。」
「俺が通りますよ?」
「・・・・・・。」
・・・また同じようなスピードで切り返され、杉村は前足で頭を掻く。
(・・・やりにくい、この男・・・。)
返事が異様に早い事がある。それが輝和のメリットでありデメリットでもあった。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。話を戻させてもらうよ。
もう一度訊ねるが、どうやって私の傷を治癒させたのだ?」
「あー、それはー・・・。」
杉村の問いに少し言いよどんで・・・輝和は頭を掻き、申し訳なさそうに答えた。
「良く分からないんです。」
「・・・何?」
予想外の答えに杉村は素っ頓狂な声を上げ、首を傾げてみせる。
「なんつーか・・・いきなり、使えるようになった、って言った方がいいですね。非現実的で王道RPGゲーム的ですけど・・・。」
そこまで言って輝和は右手を掲げて人差し指を立てる。
それを不思議そうに見つめる杉村に、『にっ』と笑みを浮かべて輝和は言霊を紡ぐ。
「火よ、我が指先に宿りて闇を照らせ・・・『ファイアライト』っ。」
そう、かる〜く唱えると、その指先に小さな火が灯る。
「突然力に目覚めた、って感じです。まさか俺勇者だったりとかして?あははははーっ!」
(・・・やはり、やりにくい・・・。)
へらへらと笑い声を上げる輝和に杉村は目頭を押さえた。
しかも、疑問を大分うやむやにされてしまった上で。
「ま、取り敢えず、杉村さん。」
言いながら立ち上がる輝和を見上げ、杉村は眼で『なんだ?』と問いかける。
その様子に僅かに苦笑を浮かべて、輝和は言った。
「取り敢えず、家まで送りますよ。」
「んで、どこに行けばいいんですかね〜?」
「分からん。」
「・・・そんなはっきり言われたら困るんですが・・・。」
「昔の事だ、気にするな。」
今、2人(1人と1匹?)は高水家からほどなく離れた路地を歩いている。
それらが通り過ぎて行くたびに振り返る通行人に頭を掻きながら、杉村は溜息をついた。
輝和は、黒い布地の背に毛筆で書き殴ったような豪快な『冥』という白字が刺繍された、肩口から手首にかけて赤い3本のラインが入っている
まるでジャージのようなジャケットを着ているので、目立って仕方がない。
しかも、その頭の上にはおこじょまで乗っているのだからその異常性は計り知れないようだ。
単に当てもなく歩いているだけの輝和に、杉村は小声で話しかける。
「そのジャケット・・・それ以外に防寒着はないのか?」
「ないことはないんですけど、これが好きなんですよ。」
「・・・・・。」
へらっ、と笑う輝和に、杉村は更に溜息をついた。
この男は、自分の苦手なタイプだ・・・心底までとは行かないが、杉村はそう悟ってしまう。
そうこうしているうちに、やがて・・・袋小路へと辿り着いた。
5メートルほどの高さの壁が、行く道を遮っている。
「ここは・・・私が倒れていた場所か?」
「ええ。」
杉村の問いに軽く頷くと、輝和は壁の真正面へと歩んでいく。
「行き止まりだぞ?」
訝しげに忠告する杉村に、輝和は再度、へらっ、と笑みを浮かべ、印を組み・・・
そして高らかに、宣言した。
「俺に、常識は・・・通用しませんよっ!!!」
刹那、輝和の背にまばゆく輝く光の翼が現れ、それと同時に彼は空へと飛び上がる。
「な・・・っ!?」
驚きに言葉を失った杉村に、輝和はニヒヒッ、と可笑しそうに笑んだ。
「ここに来たのは、見られると不都合だったからですよ。
空から探せば杉村さんの家の見つかりやすくなるでしょうし。」
そして、ぱたぱた、と羽音をさせながら軽く上昇し、付近にあった8階立てのビルの屋上へと踏みこんだ。
「さ、ここからなら見渡しがいいですよ。見当たります?家。」
見えるわけではないのだが、少し目線を上に向けて頭上の杉村に問い掛ける。
「あ、ああ・・・・・ちょ、ちょっと待ってくれないか?」
言われて、慌てて町並みを物色しつつ、杉村は思いふける。
世の中、自分の知らない事はまだまだ沢山ある。
不思議な力を持つ人間。非現実的だが、いるのかもしれない。
現に、自分を乗せたこの男がそうであるのだから、否定は出来ないだろう。
だが、いくら特殊とはいえ・・・
この男は反則だ。というかナンセンスだ。
と。そこまで考えた所で。
杉村の双眸に、自分の飼い主・・・『朱音 千春』が管理人をしているマンションが映る。
「あそこだ、頼む。」
指し示してやると、輝和は『了解ッ』と呟いて、一気に駆け出して・・・再度空へと舞い上がった。
「あ〜うぅ〜・・・・・。」
そのマンションの一室に、今にも泣き出してしまいそうなおかっぱの少女が1人。
「杉村さん・・・どこ行っちゃったの〜・・・?」
少女は自分の飼っているおこじょを思い出し、その名を呟いた。
そう、彼女が『朱音 千春』である。
彼女は杉村と別れてしまってから一足先に家へと戻っていた。
杉村が先に戻ってきている可能性があったからである。
だが、悲しいかな杉村は不在。
どうしようもなく、千春は1人で呆然としていた。
だが、このままではいけないと思ったのか、千春は慌ててコートを着こみ始める。
「探しに行かないと〜・・・。」
だが、その矢先に・・・
ピーン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ポーン。
異様に間が長いインターホンが鳴り響く。
「あーうー・・・こんな時にどなたぁ?」
妙な声を上げつつ千春は応答する。
『お届けモノですー。』
機械ごしに聞こえてきたのは男性の声、どうやら宅配便かなにからしい。
(誰からだろー?)
ハンコを用意して、千春が扉を開くと・・・そこにいたのは、おおよそ宅配便のオニーサンとは思えない
私服に身を包んだ高校生らしい少年が1人。
(・・・アレ?)
千春が首を傾げると、少年が突如口を開いた。
「ハンコ下さいー。」
「え?あ、はいっ。」
そして、ずいっ、と差し出された何かに慌てて、千春は条件反射的に『ぺたし』と印を押す。
だが、ふと気付いてその『何か』をまじまじと見てみると・・・。
「・・・・・千春・・・・・。」
「・・・ああっ!?杉村さん〜!?」
それは、少年に首根っこを掴まれお届けモノ扱いされた上に、額にハンコまで押されてしまったおこじょ、杉村だった。
当然の如く、その額には青筋が走っている。
「はい、どーも。」
その様子を知ったか知らずか、少年は千春の頭に杉村をぽんっ、と乗せて、極々普通に歩いていってしまった。
「え?え?あーぅー・・・?」
ワケも分からずきょときょとと少年を見送る千春に、杉村は軽く溜息をつく。
「あの男がお前とはぐれた私を助けてくれたんだ。」
千春はその言葉の意を汲むのに少し間を開けてから・・・
「え、ええっ!?じゃあお礼を言わないと〜っ!?」
慌てて扉を押しのけて少年の姿を探す。
が、もはや手遅れ・・・歩むペースが速いタイプなのか、また魔術でも使ったのか・・・その姿は消え失せていた。
「あ、あ〜うぅ〜・・・・・。」
「・・・一足遅かったな。」
少し悔しそうに声を上げる千春に、杉村はフッ、と鼻で笑って千春の頭から降り、部屋の中へと歩んで行く。
その姿を眺めながら拗ねたように頬を膨らませ、千春は杉村に尋ねる。
「今度お礼しないと〜・・・・杉村さん、あの人の家どこか分かりますか〜?」
「一応な。」
杉村は短く答えて、食卓に使われるテーブルの上にある自分の寝床に乗って丸まる。
「じゃあ、今度案内してくださいね〜。えと〜・・・。」
「あの男の名前なら、輝和、というそうだ。」
僅かに思案する様に首を傾げる姿に、杉村はその答えとおぼしき言葉を呟く。
千春はにへ、と笑みをこぼして頬を掻いた。
「輝和さんに会いに行かないと、ですっ。」
「・・・・・・・・・・。」
その姿に、興味を失ったかのように杉村は寝床に顔を伏せ・・・小さく本音を呟いた。
「・・・・・もう、あまり会いたくないな・・・・・。」
・・・その願いは、すぐに打ち消されることはまだ誰も知らない。
僅かに変わった毎日。
その事実に気付いたか気付かずか・・・輝和は、少し楽しそうに帰路へとついた。
それからはいつもと変わらず、いつものような行動をこなして、いつものように眠りにつく。
その『いつものように』が変わっていった事実は・・・次の日、大きく頭角を見せた。
次の日の朝。千春がいつものように通学路を歩いている。自分の友人の女性とともに。
だが、千春は視界に見覚えのある人物が映った事に、足を止める。
「あ。」
「・・・?どうしたんですか、千春さん?」
訝しげに訊ねる友人を見上げて、千春は咳を切ったように喋り出す。
「あ、あそこっ。さっき話した、杉村さんを助けてくれた人がいます〜。」
「へぇ・・・?」
言われて、千春が指差した方向を見やると・・・そこには、千春の話と合致する風貌を持った少年の姿があった。
こちらを見ている彼と眼が合うと、少年は慌てて踵を返した。
「?」
「あ、行っちゃった〜・・・。」
不思議そうに首を傾げる友人を横目に、千春は残念そうに声を上げる。
「お礼言おうと思ったのに・・・。」
「ここを彼が通る事が分かったんですから、いつかは伝えられますよ。」
友人に諭され、千春は「そうですね〜」とにこっ、と笑みを浮かべた。
そして、女性は少年・・・輝和が去っていく方を見つつ、思う。
(輝和さん・・・ですか。何か・・・不思議なオーラを持つ人でしたね・・・。)
「綾ちゃ〜ん、行きましょう〜?」
「え?ああ、はい。そうですね。」
先を行こうとする千春に呼びかけられて、女性・・・『霧生院 綾芽』は踵を返す。
だが、最後にもう一度振り返ると・・・綾芽は、ぷっ、と小さく笑みを吹き出した。
「?どうしたんですか〜?」
「・・・あれ。」
千春が、クスクス笑みを零す綾芽を訝しげに見上げつつ、彼女が指指した方を見てみると・・・
そこには、電柱に頭をぶつけて転んでいた輝和の姿があった。
・・・いつもいつも、変わらぬ毎日。
・・・ずっとずっと、繰り返す。
・・・そのはずだったものは。
・・・絡むはずのない歯車が絡み出したことで。
・・・変わり始めた。
それがどうなっていくのかは、誰にもわからない・・・。 続く
後書きらしきもの。
自分が1番レベルが低いと思う。
しかも、急いで書いたから雑・・・ごめんなさい。
以上、エミリオンでした・・・次の方へと回します。(待て)