少しずつずれていく村

     ◆目次◆

  第1話    第2話    第3話    第4話    第5話    第6話    

  






















      第1話

 夜の23時半。住宅街の中の或る一軒家。門をくぐり、入り口の呼び鈴を押した。
「はい、どなた〜?」インターホンから女性の声が聞こえた。この家の主婦であろう。
「ヤマト運輸です」ともっともらしく回答した。
 家の左手奥から人が歩いてくる音が聞こえる。……奥さんがドアを開けたとき、すぐに姿を見られると大声を出される可能性がある。ドアを開けたときに、奥さんから死角になるであろう位置に移動した。
 サンダルか何かを履いている音がドアの向こうから聞こえる。……俺はマサカリを斜め後ろに高々と構え、奥さんがドアを開けるのを待った。
 扉がすっと開いた。奥さんは30度ほど扉を開いて、首をちょこっと外に出し、正面を見た。
 扉の陰に隠れている僕に奥さんが気づく前に、素早く奥さんの頭部にマサカリを振り下ろした。……マサカリの刃が空気を切り奥さんの髪の中にめり込むまでがスローモーションに見えた。振り下ろすまでに手に伝わるマサカリの重力。マサカリの刃が頭部に近づくにつれ、マサカリの重みが次第に軽くなるのを手に感じる。髪にめり込むと同時に多数の髪が切れ、髪は宙に跳ね上がる。
 頭蓋骨が刃を受け止める鋭い感触で現実の時間に引き戻された。今、自分が振り下ろした凶器の向こうにいるのは、確かに自分と同じ体を持った生身の人間なのだ。
 ガシャ!という無機的な、頭蓋骨が割れる音とともに奥さんはその場に崩れ落ちた。目を閉じ、口を開いたままだった。頭蓋骨の割れ目からは、出血に牽引されるようにゆっくりと脳髄が流れ出ていた。
 奥さんの体を引きずり、玄関の土間に引きずり込んだ。扉を閉め、明かりを玄関に閉じこめた。
 「ママはどうしたの?」
背後から声が聞こえた。












    第2話

 「ママはね、おねんねしてるんだよ」
 「血が出てるよ?」
 「大丈夫だよ」
 「ふ〜ん」
 男児はきびすを返すと、家の奥の方へ歩いていく。
 ナイフを後ろ手に隠し、男児を後ろから抱きすくめると、一気に男児の喉をかき切った。男児の喉からは、幼児がうまく飲み物を飲めなくて服にこぼすように、ぼたぼたと忙しく血が滴っていた。服に血が広がっていった。男児は何か叫ぼうとしていたが、喉の開口部からヒューヒューと声が抜けて叫ぶことができない。恐怖からか、ジーンズに失禁していた。
 土間に金属バットが立てかけてあったのを思い出し、取りに行く為に一旦手を離した。男児は足をガクガクと震わせるだけで逃げなかった。土間の金属バットを手に取った。玄関の薄明かりに鈍く光った。バットの握りの部分経由で、金属の冷たさを感じた。男児に
 「おい」
 と声をかけてももう返答が返ってくることはなかった。口の中に唾を絡めながら何かを言おうと口をぱくぱくしている。バットを振り上げると、その口めがけてバットを振り下ろした。カン!と鋭い音がして彼の前歯が辺りに弾け飛んだ。男児が顔を横に向けた為、唾に絡まったどす黒い血が廊下に広がった。次に、逃げられないように足、腰、腕を何度もバットで強打した。思い切りバットを振り上げ、思い切り男児の体に振り下ろす。
 身動きできなくなったのを確認して、台所に包丁を取りに行き、男児のところに戻った。男児はわずかに息をしているだけで、逃げることもできずにそこにいた。
 ためらわずに腹部に突き刺すと、大量の返り血を浴びた。男児の顔を見た。仰向けに寝た状態で目を見開き、天井を見た状態で青白い唇を震わせている。…包丁を振り上げると、男児の顔を何度も突き刺した。顔の骨の部分には包丁は食い込まなかった。鼻が切り刻まれ、耳がちぎれ、目に包丁がめり込んだときには眼球の一部(ゲル状)が自分の顔に飛び散った。
 何度も突き刺している内に、顔は肉片と血で、顔であるかどうかすら判別できない状態になった。胸に耳を当てると、心臓も止まっていた。
 マサカリとナイフと包丁を回収し、背中のナップザックに入れ、金属バットを持って立ち上がった。三歩歩いたところで滑りかかった。廊下はおびただしい古い血でぬるぬるしている。廊下をあがっていった。血で染まった靴下が階段に赤い足跡を付けていく。滑らないよう気を付けながらあがっていく。












      第3話

 階段を上がってすぐの部屋を開けた。真っ暗だった。暗闇の中、部屋に布団が敷かれており、そこに誰かが居るようだったので明かりを付けた。布団の上で、子供とその祖母と見られる女性がふるえていた。口をぱくぱくさせ、何かをいっているようでもあったが聞き取れなかった。
 包丁を右にバックスイングし、祖母の喉を切り裂いた。勢いよく吹き出る鮮血が孫の頭の上に降りかかっていく。そして祖母の顔面をメッタ刺し。抱えている孫の心臓部を一刺しすると、祖母は孫に覆い被さるような体勢を取り、孫をかばった。祖母の首後方部をメッタ刺しし、原形をとどめないほどにぼろぼろにした。いつしか、祖母は息をしていなかった。最後に、抱えている孫の脇腹に突き刺した。
 
 部屋を出ると、どうやらここの父親らしい中年男性が階段の下からすごい剣幕で吠えてきた。
「おまえ、何してんだっ!!」










      第4話


 父親とおぼしき男は手に短刀を持っていて、階下から睨みあげていた。男に手で「かかって来い」とジェスチャーすると、徐々に近づいてきた。男が一段上がるたびに、階段が軋む。ギシ、ギシという音以外は何も聞こえず、音と薄暗さが男二人の決戦を静かに見つめている。
 お互いの武器が届く範囲に近づいたところで、男は静止した。こちらからも何も仕掛けない。止まったまま睨み合った。
 二分後ぐらいに、相手がコホッと小さく咳をした隙を狙って、包丁で顔を突きにいった。が、相手によけられ、代わりに男は俺の脇腹に斬りかかった。これをすんでの所でよけ、男の肩に包丁を振り下ろした。これを短刀で受けられた。男は力ずくで振り払い、俺の脚に斬りかかった。これをジャンプしてよけたが、着地した際に体勢を崩し、次に男が斬りかかってきたのをよけきれずに右手の甲を少し斬られた。手の甲は意外と出血し、ぼたぼたと階段に流れ落ち、袖も真っ赤に染まった。
 「貴様…!!」
 相手に斬りかかったが、血で濡れている階段に足を取られてよろけ、包丁を差し出した右手を取られてしまった。くっそう。
 男は不敵ににやりと笑った。この笑顔に激しい敵意を覚えた。
 左手に持っていたマサカリを素早く男の脇腹に叩き付けた。脇の肋骨の間にめり込む手応えを感じた。
 階段の暗さが幸いした。父親にしてみれば、俺の右手を取り、してやったりと浮かれた面もあったのだろう。大いに。
 俺の右手を握りしめる手が離れ、ゆっくりと後ろに倒れ込んでいった。男の顔からは、意識が遠のいていった。ざまぁ見ろ。
 階段に倒れ込んだ後、夥しい血でぬるぬるしている階段を滑り落ちていった。階下に落ちた男は、微かに目を開いてこちらを見ていたが、僅かに息をしているだけで動かなかった。
 手すりにつかまりながら、注意深く男の元へ降りていった。男に「おい」と声をかけても、弱々しく瞬きするだけで何もできないようだった。
 「家族が居るところへ送ってやるよ。いいな?」
 両手でマサカリを振り上げ、男の頭部に力一杯振り下ろした。頭蓋骨が快音を響かせ、血と脳みそがあたりに飛び散った。この家の家長の、凄惨な最後だった。
 
 男のそばにマサカリを置くと、台所へ行った。冷蔵庫を開け、中に入っているアイスクリームをつかんだ。蓋を開け、素手で食べた。血の味がする。手についている被害者達の血が、バニラアイスクリームに混じっている。それでも食べた。アイスが冷たく、指先の感覚はなくなっていった。そして、同様に冷蔵庫に入っていたペットボトルのミルクティーを飲み干した。…自分じゃないような気がした。










      第5話
 翌日のニュースはどこも、私が殺害した一家の話を大々的に報道していた。当然だが、一家の家を遠巻きに撮影する映像ばかり。ざまあみろ。あいつら、涅槃で見てるかな。
 
 それからというもの、時々怪奇現象が発生するようになった。
 二日後の午前3時頃。私は自宅アパートで就寝していた。…3時頃、玄関のあたりからドン!と大きな音が聞こえたので様子を見に行った。電灯を点けようとしてもつかない。仕方なく懐中電灯を持って玄関へ。
 玄関には何もない。しかし、玄関のドアの向こうに誰かが立っている気配がするのだ。私はドアを開く事も問いかける事もできなかった。次の日も、その次の日も、同じように3時頃に来て、ドン!と一回音をたて、しばらくドアの向こうに立っているようだった。そんな日が五日間続いた。
 六日目の深夜3時頃、真っ暗な台所の床を踏みしめる音がした。台所の向こうからこちらに向かってゆっくりと歩いてくる感じだ。二秒間隔ぐらいでゆっくりと。ギシ…ギシ…ギシ…ギシ…ギシ…。台所と寝室を繋ぐ敷居のあたりで床の音は止まり、そこに誰かがたたずんでベッドの上の私を見ている気がした。










      第6話


 次の日の深夜3時、再びドアの向こうでドン!と音がした。今までと違ったのは、すぐ誰かがドアの向こうに倒れ込む音が聞こえ、言葉にならないすすり泣きのような声が数秒間続いた事。
 懐中電灯を持ち、玄関の様子を見に行った。ドアのすぐ下を照らしたとき、明確な異変を視認した。ドアの下からゆっくりと赤い液体が流入してきた。血だ。血のにおいだ。血とともに女のものと思われる髪の毛も流れ込んできた。ゆっくりと。このドアの向こうで何かが起こっている。確実に。
 その時不意に後ろに気配を感じた。後ろを振り向くと、頭が割れ、頭から血を流している女がそこに立ち、俺を見下ろしていた。あの女だ。あの時、玄関で殺した主婦だ。その目には明確な敵意と恨みを湛えている。





                  - 続く -