「お元気そうね」

そう言ってニッコリと笑顔をみせる蓉子さま。
…ものすご〜くその笑顔が怖く感じるのはなぜ?

「はぃ…」

入れたばかりの紅茶を飲んでいたのもあるけれど、
気の抜けた返事を思わず返してしまう。
だって、どう考えても不信に思われるはずなのに、
蓉子さまは会ってから一度もなぜ私が聖の部屋にいることを聞かないのだ。

「あら、祐巳ちゃん、私だってしっかり驚いているわよ」

ティーカップを片手で持ち上げる蓉子さま。
って、私何も言っていないんですけど…
もしかして、全部顔に出しちゃってるのかな?

「何で祐巳ちゃんが聖の部屋にいるのか。
聖はいないみたいだから、遊びに来ているわけではなさそう。
見たら、玄関に置いてある靴はサイズが2種類。
しかも、祐巳ちゃんの対応も、この部屋の住人そのもの。
通された部屋の雰囲気は以前と変わっているし、
祐巳ちゃんはまるで自分の家のようにお茶を出してくれた。
それから出される答えは一つ。
祐巳ちゃんと聖は一緒に暮らしている。そうでしょ?」

「…はい」

もしここで「違います」なんて言っても、
このお方に通用するはずがないから、
素直に肯定をする。

でも…この胸が締め付けられるような気持ちと、
まともに蓉子さまのお顔を見ることが出来ないのはなぜ?

聖と私が一緒に住んでいるのは後ろめたいことなどでは絶対にない。
だから、蓉子さまに知られてしまったとしても、突然だったから驚きこそすれ、
ここまで小さくなる必要はないはずなのに…。

「祐巳ちゃん、何を怖がっているの?」

「えっ?」

「大丈夫よ。私は聖とは何もないから」

「なっ、なっ、なんです突然?!」

「あら?祐巳ちゃん、私と聖が付き合っているんじゃないかと、
疑心暗鬼になっていたんじゃないの?」

「それは…」

図星である。
でも、逆に何を怖がっていたのかはっきりした。

「蓉子さま、私と聖が一緒に住んでいるのに怒らないんですか?」

「怒る?怒る必要なんてないと思うけれど?
別にあなた達が一緒に住んでいたとしても、恋人であったとしてもね♪」

「あっ…えっ・・・と・・・その〜・・・」

「ふふ、カマをかけただけなのに当たったのね。そっか、二人は恋人なのね・・・」

気のせいだろうか。
私と聖が付き合っていると言うのを聞いて、
蓉子さまがホッとしているように見える。


その後、蓉子さまにどのようないきさつで聖と暮らすようになったかを全て話した。
蓉子さまから教えてとは言われなかったけれど、二人の仲を知っていてもらいたかったから。

「そっか・・・高校のときから聖は祐巳ちゃんにちょっかいを出していたものね」

「すみません・・・」

「何で謝るの?」

「えっと・・・なにか申し訳なくて」

「そう・・・じゃぁ、謝ってもらうわね。私の好きな聖を独り占めしたってことで」

やっぱり蓉子さまも聖の事が好きだった。

「今日来て良かった。実はね、私、悩んでいたのよ」

ハテナマークを頭の上に飛ばしているのをみて、
クスリと笑う蓉子さま。

「大学の研究室の先輩で仲がいい人がいるんだけど、
最近、意識するようになってきたの。もしかしたら恋かななんて思ったら、
なぜか聖の事が頭に浮かんだのよ。
きっと、心のどこかで聖に私が必要とされているんじゃないかなって自惚れていたのね」

高校時代を思い出しているのか、
蓉子さまの目は少し遠くを見ているみたい。

「聖には祐巳ちゃんがいる。それがわかってよかったわ」

スッキリした表情で語る蓉子さま。
本当に、肩の荷が下りたかのよう。

「・・・祐巳ちゃん、聖のことをお願いね。私が頼むのも変かもしれないけれど」

「はい」

「それと、今日私がここに来たことは内緒よ」

マンションの入り口まで見送りにでると、
外はパラパラと雨が降っていた。
傘を持っていないという蓉子さまに傘を貸そうと部屋に戻ろうとした。

「いいわよ。それ程降っていないし。
それに、傘が一本減っていると聖に変に思われるわよ」

そう言って、笑顔で手を振りながら駅の方へと歩いていかれる蓉子さま。
その後ろ姿にはどこか寂しさが漂っていたのはきっと気のせいではないと思った。

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