「お待ちなさい」

 

その声の出所が祥子だってすぐにわかった。

 

別にその声を聞くためにその場に居た訳じゃない。

珍しく早く登校してしまい、

天気もいいからと銀杏の木の下でのんびりとしていた。

 

次々と校門をくぐり、マリア像の前で両手をあわせる天使たち。

その中に蓉子や江利子もいたのかもしれない。

だが、目を閉じて、秋の風を頬で感じていた私には、

いつ彼女たちが通ったのかを知りようがない。

 

そろそろ教室に向かうべきかと思い始めた矢先に、

朝が苦手でいかにも機嫌が悪いですという感情がありありの

祥子の声が耳に入ってきたのだ。

 

もちろん、その声を掛けられているのは私ではない。

では可哀想な犠牲者は誰なのだろうか。

私は好奇心から首を伸ばしてみた。

 

マリア像の前に立つ二人の姿。

一人はやっぱり祥子だった。

ではもう一人は・・・一年生かな?

 

おやまぁ、顔を真っ赤にしちゃって。

いくら上級生にいきなり声を掛けられたからって、

熟したトマトみたいに顔を全面赤らめるなんて。

あれは祥子のファンだね・・・きっと。

 

・・・ん、なんだろう、この胸の違和感。

胸焼けとは違うし、ちょっと苦しいような感じは。

 

 

そして・・・目の前で繰り広げられる上級生の下級生への麗しき指導の姿。

制服のタイを結びなおす瞬間を私の反対側でいつのまにかに

現れたカメラちゃんがカメラを向けて撮っている。

 

まるでドラマのワンシーンのような出来事。

その中心はもちろん祥子と可愛い一年生。

私は無関係なのだ。そう、無関係・・・

 

 

「蓉子、朝、祥子がね・・・」

 

普通だったらそんなことを蓉子に話すことなんてしない。

彼女にしてみれば私が誰かに興味を持つことは喜ばしいことであり、

そして、それは私にとってとても面倒なことでしかないからだ。

迷惑ではない。ただ単に面倒なのだ。

 

「祥子が?珍しいわね、他人に無関心のあの子にしては。で、相手の子は?」

 

「多分一年生。普通の子よ」

 

そう、タイを結ばれて硬直していた彼女は別に外見に特徴があるわけでもなく、

祥子を目の前にして舞い上がっていることからしても、

本当にどこにでも普通にいる女子高校生なのだ。

 

「・・・で、気になったわけ?」

 

「なにが?」

 

「その一年生の子・・・よ」

 

蓉子は楽しそうに話す。

違うというのも面倒で黙っていた。

 

「何かがあるのね、きっとその子には。

だから、祥子も、聖も惹きつけられたのよ」

 

「祥子はともかく、私は違うわよ」

 

「あら、どうちがうの?」

 

「クスリ」と笑う蓉子。

明らかに私以上に私の今の気持ちを理解している。


わざわざ休憩時間に蓉子にこんな事を話すという事自体、

私にしてみたら不可思議としか言いようがない事なのだ。
 

「きっとこの後何かが起こるわね」

 

「何かって何よ?」

 

「さーぁて、何でしょうね」



 






「・・・なんてことがあの日にあったって言ったら信じる?」

 

「聖の作り話にしてはできすぎてます」

 

ある秋の一時。私はふと祐巳を初めて見たときのこと話してあげた。

祐巳はバラの館で祥子につぶされた姿を見られたのが、

私との初めての出会いと信じていたから。

 

それはそれで面白いからそのままにしておこうとも考えたけれど、

どうせなら、言ってあげるのもいいかと思って話してあげた。



 祐巳を初めてみたのはマリア像の前だった。

もしかしたら、マリア様は見ていたのかもしれない・・・

迷える子羊が導かれるその瞬間を。

「そうだね、その時から祐巳に一目惚れだったなんてでき過ぎているものね」

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いや〜、久しぶりに仕事中に書いちゃいました!
いえね、最近調子が悪いもんで、集中してればよくなるかと
・・・いう言い訳を自分にしながら、PCでちょこちょこと。
こんなヤツが長でいいのかしら?(-_-;)

で、何日か後にちょっと修正しました。
原作との整合性を多少持たせただけですが。
でもまぁ、もしこれがほんとにあったとしたら、
祐巳ちゃんと祥子の馴れ初めを少なくとも、
紅薔薇さまと白薔薇さまは知っていた訳だ。
知っていたからこそ、スールにしようと
聖さまは賭けを持ち出したのかもしれない。
(ちなみに聖さまが祐巳に一目惚れだったとわかるのはもっと後なのです)