〔1〕

陸上部の練習が終わったあとも、
私は、一人で軽いストレッチをしていた。
別に、みんなよりも練習をしたいというよりも、
その方が、体の調子がいいだけ。
みんなもそれを承知してくれているから、
私を残して、先に帰ってくれる。
もちろん、下校の時刻があるから、やるといっても、
長くて30分ぐらいのものである。

いつものように、誰もいない部室に入る。
外の洗い場で、顔を洗っていたので、
首にかけたタオルで、濡れた顔を拭いている。
「ふーっ、気持ちよかった」
ロッカーの前の長いすに腰をかける。
足のつま先に、手を伸ばそうとする。
と、誰かの気配がする。

「誰?」
もう、誰も残っているはずがなかった。
「明(あきら)先輩…」
「と…ともちゃん?」
後ろを振り返ると、そこには一年後輩の友華(ともか)がいた。
彼女が残っていただけなら、おどろかなかっただろう。
…が、彼女はなんと、上半身裸だった。
胸の前で腕を交差させ、胸こそ隠していたが、
そのままの姿で私にゆっくりと近づいてくる。

口を半開きにし、驚きの表情をしていると、
彼女は、私の背中にその胸をあてるように、抱きついてきた。
「先輩、私を好きにしてください!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいともちゃん、
あなた、自分がしていること、わかってるの?」
顔を赤らめ、こくんとうなずく友華。
「じゃあ聞くけど、何でこんなことをするの?」
せっかく意を決して抱きついてきてくれたのに
水を差すようだけど、私に同性愛の癖はない。
何を勘違いしているのか。正すのも、先輩としての役目だろう。

「私、明先輩のことが好きで…」
「好きだからって、こんなことして私が喜ぶと思った?」
「だって、飯野先輩が、明先輩は、実は女好きだって…」
「イノが?」
やられた。つい最近だが、私はイノから告白されて、
丁重にお断りをしている。自分がそうなのを棚に上げ、
お礼に、私を同性愛者に仕立て上げたのか。

「ふーっ」
とりあえず、体に、タオルをかけてあげる。
「期待にこたえられなくて申し訳ないけれど、
私は女好きじゃないの。いたってノーマルだよ。
ほら、服を着ちゃいなさい」
この言葉を聞き、顔面が、まるでリンゴのように赤くなる友華。
どうやら、自分がとんでもないことをしたことを理解したらしい。
よかった。このまま後輩に襲われることになるかと思った。

私たちは無言で、制服に着替え、部室を出る。
友華とは、家の方向が一緒だったし、
このまま一人で帰すのもなんだから、一緒に帰ることにした。
「ありがとうね」
「えっ?」
何に対してお礼を言ったかわからなかったらしい。
「さっき告白してくれたじゃない?」
「あ、は、はい…」
さっきのことを思い出したのか、また、真っ赤になっている。
「友華の気持ちには答えられないけど、
私に対して、その気持ちを持ってくれたことと、
告白する勇気を持ってくれたことには変わりないからね。
でも、さっきのはやりすぎだぞ!」
そういって、まげた人差し指で、友華の頭をこつんとする。

「すみませんでした、明先輩。私、その…、先輩のことがずっと好きだったんですけど、
打ち明けることが出来なくて、悩んでいたんです。そうしたら、先週、先輩達が集まって、
明先輩の噂話をしていて…」
「ふーん、それが、私がレズって話」
「はい…」
「そっか。どうも一部の子から、最近変な目で見られたり、
訳のわからない言葉をかけられると思ったら、それが原因かな。
まったく女子高だから、幸か不幸か、そんなに変に見られないけど、
共学だったら、とんでもないうわさになって、停学もんだよ」
そういって、友華の方に、笑みをむける。

そのまま二人は別れた。
とりあえず、友華も、今日は自分のした行動を恥じているようだし、
もう、私に抱きついてくることはないだろう。
(問題は、イノだな…)
イノはいわゆる、真性のレズである…と本人が言っていた。
「私は同性しか愛せない」と、私に告白する時に。
丁重に、断ったのに、逆恨みをするとは…。
まぁ、多少の間、ガマンすれば、変なうわさもなくなるだろう。
そう思いながら、家に帰る。
今日は大変な一日だった。

夕飯を食べ、自分の部屋で勉強をしていると、
それは急にやってきた。
「えっ、なに?この感覚は?」
何が原因かはわからない。多分、
ひといきつこうとストレッチをしたからかもしれない。
昼間の、友華の胸の感触が、背中に感じられた。
鼓動が早まり、顔が熱くなるのがわかる。

(やだ、どうしたんだろう私!?)
押し当てられた友華の胸は、
お世辞にも豊かなわけではなかった。
標準的な胸。にもかかわらず、当てられたとき、
その頂に硬いものがあるのをはっきりと感じられた。

勉強どころではなくなり、ベッドに身を投げる。
深呼吸をするも、直ぐにはおさまらないらしく、
胸がいつもより早く上下している。
(私、どうしたの?まさか、今ごろ感じてる…とか?)
突然の自分の心境の変化に、ついていけない。
顔を赤らめていた友華の顔も思い出してしまい、
余計に、動悸が高まっていく。

(確かに、友華はかわいいけど…)
身長が155cmちょっと。太ってはいないが、
やせてもいない体格。でも、陸上部らしく、下半身は、
カモシカのように、筋肉がつきながらも、すらっとしている。
顎でそろえた癖のないさらさらの髪。
顔も、一つ一つのパーツが整っていて可愛い。
(やばい、やばい、やばいぞこれは!)
明日以降、友華と会って、いつも通り接することが出来るか不安になる。
「まっ、何とかなるか。レズじゃないし、私」
口に出して、自分に言い聞かせている。

幸いにも、あの出来事の後、友華と二人っきりになる機会はなく、
あの日のことが、話題として上ることはなかった。
普通の、部活の先輩後輩として、接していた。


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