「今度みんなで温泉旅行に行かない?」
それは夏休みがちかくなった頃、
まじめに講義に出ていて、試験勉強の必要などない雅子が、
講義に出るより、バイトに励んでいたため、
必死に、生協でノートをコピー中の私に話し掛けてきた。

「旅行?こっちはそれ所じゃないって。
実筆ノートのみ持込可なんて聞いてなかったから、

この後、写さなきゃいけないんだから。うー、まじめにやばい」
「なにを言っているの。自業自得よ、恵美。
まじめに講義に出ていれば、
んなことする必要なんてなかったよ」


まことにおっしゃる通りです。でも、家の金銭事情がそれを許さない。

短大に進めという親の希望を丁寧に拒否をして、共学の4年生大学に進んだのだ。
出してくれるのは、学費と、アパート代のみ。後は、自分で稼がないといけないのだ。


「仕方ないじゃん。働かざるもの、食うべからずってね。
本当に働かなきゃ、食べられないんだから、私の場合」

「・・・それってちょっと違う気がするけど。
あっ、もしかして旅行に行くお金がない?」

あと、数ページで終わるコピーを続けながら、答える私。
「んっ、一泊二日ぐらいのなら大丈夫だよ。
どうせ、前々から言っていた、箱根でしょ?」

コピーをようやく終えた私は、学食2日分で友人に借りたノートと、

そのコピー、おつりをもって次に待っている生徒にコピー機を譲る。
おや、いつのまにか、10人以上の列になっている。みんな私と同じ口か。
「近場だから交通費もそれほどかからないし、
いくら万年金欠の私でも、少しぐらいの蓄えくらいあるわよ」
ちよっつと、口を曲げて言う。万年貧乏の私ではあるが、
講義に出るより、バイトを優先したおかげで、結構、蓄えがある。
ただ、何があるかわからないので、遣わないようにしているだけである。

「オーケー!じゃぁ、恵美は行けるっと。あとね、三枝と、綾乃に声かけてるんだ。
あの二人は、もう行けるって返事もらっているよ」
ちなみに、今出てきた三枝と綾乃、それから雅子と私は、同じ文学部英文学科の同期である。
それぞれ違う高校の出身だが、文学部自体が、この大学では一番人数が少ない学部であることと、
珍しく、入学してすぐ、泊りがけのオリエンテーションがこの学部にだけあったことが、
友人を作るのに幸いした。開校当初は男子のみの大学だったのが、
徐々に女性も受けいれた。だが、そのなごりはいまだにあり、他の学部は、
男性と、女性の割合が、8対2なのである。
しかし、不思議なもので、文学部においては、その割合が逆転する。
教室も、わざとではないと思うが、他学部と少し距離があるところにあるためか、
ここだけ独立した空間を醸し出している。共学の中に存在する、女子大のような感じだ。

そんな中で、なんとなく集まった形の私達ではあったが、
すぐに打ち解け、仲良し4人組を形成した。講義こそ、それぞれの意思を優先させ、
まったく同じにする気はなかったが、1年の、基礎科目ばかり選択する時期は、
意識するしないにかかわらず、ほとんど同じになるものである。

さすがに、3年生になり、ゼミや、専門科目を選択する時期になると、

講義でこそ顔を合わせる回数が多少減るが、もともとが人数の少ない学部である。
教室移動中などでも、すぐ互いを見つけることが出来る。バイトに励み、
講義など、必要最低限しか出ない私でも、出てきた日は、必ずこのうちの誰かに会う。
今日も、中教室で知り合いにノートを借りているところに、雅子が声をかけてきた。

「まっ、あの二人は旅行好きだし、行くでしょう。・・・って言うか、
実はもうスケジュール決めてあるんじゃないの?」
「ピンポーン。大正解!実は、宿ももう決めてあって、予約も済んでいるのだ。
事後承諾の形になるけど、三枝と綾乃が、『いくら金欠の恵美でも、全部決めた後に誘えば、
あの子の性格だから、しぶしぶだろうけど、絶対に行くって言うよ』だって」

さすがに2年も付き合うと互いの性格を把握できるものである。
私は、めったなことで誘いというものは断らない。律儀というか、
表面ヅラが良いだけというか、なんというか、
せがまれて嫌といえないタイプなのである。

「でも、今回は、恵美の方から行くって言ってくれたね。良かった。強引に決めちゃうと、
一緒に行ってくれても、ずーっと、すねちゃうものね、恵美は」
当たり前だ。断らないだけでも良しとしなさい。
まったく、何度、私は彼女らに使われてきたことだろうか。
授業の代返は当たり前。学食の席取りやら、
合コン後の宿の提供やら、とあるグループのチケット取りやら、
(これは当然バイト代が出たが)何かと利用されているのである。
「お願い!」私はこの一言になぜか弱い。

私鉄にのり、出かけたのは、強羅温泉。
駅の近くにある、出来立て豆腐が食べられる店を訪ね、
庭園のようなところを散策し、ケーブルカーに乗る。
休み明けまでわからない試験の結果など気にしない4人であった。

早めに旅館に入り、温泉に入る。時間が早かったためか、
露天風呂には、4人以外には、入るものはいなかった。
「ふーっ、世の中の嫌なことを忘れるね〜!」
「極楽、極楽」
「この温泉入ると、肌つるつるになるんだって」
「夕飯はなんだろう?」
などと、自分勝手に、話を進めていた。
そのうち、綾乃が、話をしたくてたまらないといった感じで、
話し掛けてきた。

「ねえ、三枝に彼氏できたんだよ」
「うそー、ねぇ、誰?」
「サークルの先輩の亀田さん」
「あっ、入ったときからかっこいいって言っていた先輩?」
「もう、綾乃ってば。自分からはなすって!」
「おやまぁ、顔が赤いのは温泉のせい?それとも、照れているの?」
「からかわないでよ!!」

「そういえば、綾乃も、クラスの中井君ともう付き合って2年経つっけ?」

「そうね。1年の夏休み前だったから」
「ほっといて、こっちにきても大丈夫なの?」
「平気、平気。この4人組なら、文句をいうと、
何倍にもして返ってくるのわかっているから」
…とまぁ、この後も延々と話しているのは、私を除く3人。
もともと、私は話し好きではなく、どちらかといえば、無口な方かもしれない。

「ねえ雅子は?全然そう言った話聞かないけど?」
「ふふふ。ひ・み・つ。なーんてね。周りにまだいい人が現れない…だけ」
「うーん、雅子って、美人タイプだし、誰にでも明るく話すし、
いないほうが不思議。ねぇ、恵美、そうおもわない?」
「そうだね」
同意を求められ、うなずく私。
実際、雅子は、人目を引くタイプであることは間違いない。
「じゃぁ、恵美は?」

「バシャーン!!」
温泉で、顔を濡らそうとしているときに、
いきなり話を私に振られて、思わず、温泉の中に頭が入ってしまった。

「何あせっているの?あっ、誰か好きな人がいるとか?ねぇ、だれだれ?」
三枝が、自分の話を話したくないものだから、積極的に突っ込もうとする。
「ちがーう!私は、別に好きなやつなんていない!」
「あら、隠さなくてもいいのよ。ここには、私達3人しかいないし」
綾乃は、私が照れる所を見たくて、話を続けようとする。
「そうじゃなくて、ほんとにいないんだってば」
「そうだよね。恵美に合う人は、なかなか見つけられないよね」
と、最後に雅子。それってどういう意味?
「もう、このー!!」言葉が出るより、手が先に出る。
ここだったら、当然、お湯掛けだ。

…と、他の部屋のお客さんが温泉に入ってきたので、騒ぐことをやめる私達。
「もう十分に入ったし、夕飯のしたくも出来ている時間だから、でよっか?」
三枝の提案を受けいれ、私達は、温泉からあがる。

4人同じ部屋とも考えたが、それだと、部屋が狭く感じるだろうと、
2つ、二人部屋を取っていた。桐の間と、つばきの間。良くある名前だ。
三枝と綾乃、雅子と私だ。夕飯は、それぞれの部屋で取った。

お決まりの、温泉旅館の料理。それでも、普段と違う旅行という
一場面だからか、けっこう楽しく食べることが出来た。
テーブルの上の食事が全て片付けられ、そのまま続いて、

仲居さんが、ふとんを引いてくれた。

「そういえば、夕飯食べ終わった後ってどうするの?」

今ごろになってだが、この後のことを決めていなかったことに気づく。
「私と、恵美と二人きりのお話タイム」
「なにそれ?」
「ごめん。今回の旅行の目的って、これだったの」
「目的って?」
「恵美と二人きりになりたかったの」
「別にいつでも二人で話せるじゃないの」
「そうだけど、そうなんだけど…、どうしてもこういう形にしたかったの」
「…まぁ、いいけど。ん?これって、他の二人は?」
「もちろん知っているわよ。いまごろ、あの二人は、
二人で、お互いの彼氏ののろけ話をしているはずよ」

「なぜこんなことを?」
そう聞くと、突然雅子は、私に抱きついてきた。
「抱いて。抱いて欲しいの。恵美」
「な、何ばかなことを言っているの!」
「ばかなこと?これは、お互いが求めていることよ。ちがう?」
雅子は私の唇に、自分の唇を重ねてきた。
私は、それに抵抗をすることは出来なかった。
雅子の言う通り、これは、私が望んでいたことだから…。

長い長いキス。意識が遠のきそうになるのを、なんとかこらえる。
唇を離したあと、潤んだような瞳で、雅子が見つめる。
「気がついていた?お互い同性愛者だってこと」
「正確にはちがうよ。好きになった人が、たまたま同性だっただけだよ」
「じゃぁ、みとめるのね」
「もちろん。事実だからね」
こういう状況で嘘を言っても仕方ない。

「…仕方ない、白状するよ。私、雅子のこと、ずっと好きだよ」
「やっぱり…」
「いつ気づいたの?」
「二ヶ月くらい前。覚えている?ゼミで飲みに行った帰りのこと?」
「あ、あのときか」

それは、二ヶ月前。ゼミ員で、飲みに行った時のことだった。
雅子は、お酒が弱いくせに、ついつい飲みすぎて、
前後不覚に陥ってしまったときのことである。
二人とも一人暮らしだったし、私の部屋の方が、
飲んだ場所から近かったので、他のゼミ員に肩を借りて、

何とか、私の部屋に雅子を上げたのだった。

「あの時、私初めてあなたの部屋に上がったのよね」
4人で会うのは、たいてい大学だし、互いの部屋に行くことは、なかったからね」
「あなた、あの時、部屋に飾ってあったフォトスタンド、私に見つからないようにと隠したでしょ?」
「やっぱり、あれを見られてたんだ」
4人で一緒に撮ったはずの写真なのに、なぜか、私とあなたしかそこにはいなかった」
「私、写真嫌いだから、むりやり撮らされた、あれぐらいしか、雅子と一緒に写っているのがなかったの」
「それを見てわかったのよ。あなたが私のことを好きだって」
そういって、まるで、天使を思わせる優しい笑顔を見せる雅子。

「…そこまではわかったけど、それと、温泉とはどう結びつくの?」
「私も、恵美のこと、好きなの」
「…うそ」
「ほんとよ。じゃなきゃ抱きつけないでしょ?」
片思いだと思っていた。まさか両思いだったなんて。

「私だってびっくりしたわ。だって、誰に対しても、無関心そうな恵美が、
私のことを思っていてくれたなんて。私、自分の片思いだと思い込んでいたから」
「二人とも、片思いだと思って、心に思いを秘めていたんだ」
「そうなるわね」
「雅子、まさかとは思うけど…」
「あっ、わかってくれた?」

これでも、雅子との付き合いが一番深い。多少は、考えも読める。
でも、まさか、まぁ…。
「やっぱり、初じめての夜って、旅館が良くない?」
がくっ。やっぱり…。
「つまり、なんだ、…雅子の好みで、こういう形にしたかったのね」
「いや?」
「そんなことないよ。思いっきり、声出してもかまわないからね」
こうなったら、お望み通りにしてあげようじゃないですか。


「あーっ、二人とも、キスマークついているよ!」
早朝に、三枝と、綾乃が私達の部屋にいきなり入ってくる。
私たち二人の姿を見て、興奮しながら、叫びまくる。
「けっきょく、そういう仲になったのね、お二人さん」
「いやー、私達、二人の気持ちを薄々気づいていたんだけど、
こういうことって、当人同士の問題でしょ?」
つまり、雅子と私がどう動くか、見守っていたわけだ。
「賭けは私の勝ちね、三枝」
「えっ?!」
私も、雅子も同時に声を上げ、互いの顔を見合わせる。

「あのね、昨日の夜、綾乃と私とで、賭けしたの。『二人は初夜を迎えられるか!』ってね!」
さすがに、この二人にここまでいわれると、私達も、照れるしかない。

…が、このままやられっぱなしにはなりません。
雅子の顔を見る。うなずいてくれた。よし!!

見せつけるかのように、抱き合い、キスをし、互いに愛撫し始める。
そこにいる、二人を無視するかのように、愛し始めた。
「やだ、ちょっと、二人とも…」
後ずさりする三枝。
「えっ、きゃっ、ごめーん!」
駆け出して外に出る綾乃。
結局、慌てて部屋から出て行く三枝と綾乃。
それを見送りつつ、大笑いする二人。
「さて、朝ご飯までは時間があるし、このまま続けようね!」

あとがき

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