「西田さん、同じ大学の出身ですよね?」
それが彼の私への第一声だった。
身長は175cmくらい。全体的に面長をイメージさせる体格。
ニコニコとした笑顔で、私が山のような資料を片付けていると、
スッと脇にきて、明るい声と優しそうな雰囲気と共に話し掛けてきてくれた。
それは忘れもしない、入社式の日の帰りのことだった。
その半年前から私は彼の存在を内定式で知った。
少し風が涼しくなり始めた十月一日。
バイト先の友人の同居人がたまたま同じ会社に内定を決めていたことを知り、
内定式の前からその友人を介して親しくさせてもらっていた人と、
その日も新幹線で一緒に内定式へと向かった。
彼女の名前は伊藤由希。人付き合いが苦手で不器用な私と違い、
人付き合いが上手く、世渡りが上手いタイプ。背は高くないと言うか、
小柄なのだけど、それが逆に可愛く、異性にもてるタイプなのだ。
そんな彼女と一緒に内定式へと参加した。駅から送迎バスに乗り、
結婚式場によく使われる場所へと向かった。
会場に式開始の30分ほど前につく。広い部屋の中にはたくさんの机と、
椅子が規則正しく並べられ、机の上には、五十音順にネームプレートと、
会社のロゴが入った封筒やら、なにやら書類らしきものが置かれている。
私達は自分の座るべき場所に荷物を置くと、周りを見渡していた。
ドラックとスーパーを展開するK社に就職を決めたから、
入社予定者の約7割が薬学大学卒業予定者。
同じ大学出身者が多く、自分の周りで談笑するものを
見てみると、胸に着けるネームプレートには、同じ大学の名前がある。
(・・・ちょっと羨ましいな)
人見知りと、消極的な私の性格では、そんな仲良さげに話す間に
入っていくことにはかなりの勇気が必要とされる。
もちろん、入っていくことなどしなかった。
呆けない程度に周りを見渡しているうちに、内定式が始まった。
他の会社の内定式がどんなものか、当然就職するのが初めてなのだから、
比較などできないが、やったことは他と大して変わらないことだろう。
社長の挨拶。会社の説明。自己紹介。グループウォーク。緒手続きの説明。
それだけだった。
もらった資料の一つ・・・それが来春同期として入社する予定の全126名の
名前と、在学大学と学部の一覧であった。それを見て、一人、自分と同じ大学
出身者の男性がいることを気付いた。(おや、いるんだ・・・)
それが感想だった。正直・・・いるとは思わなかった。確かに卒業生はものすごく
数がいるので、「歩いていれば、○大生に当たる」という冗談が本当になるくらい
多方面に卒業生がいる。もちろん、この会社にもOB・OGがいるにはいる。
けれど、同期でまさかいるとは思っていなかった。
(いるんだな・・・)
それが同じ大学の同期ができるという感想だった。
別に、その人それ以上の感想などもてなかった。
だから、その後、私と彼との間に起こることなど予想がついていたはずがない。
「あ、そうです。初めまして・・・」
「同じ大学の人がいるって内定式の時に知って、会いたかったんですよ」
「実は私もまさかいるとは思っていなかったから、ビックリしてましたよ」
「学部は商学部ですか?俺は文学部でしたよ。今は藤枝の実家に・・・」
私達はほんの少しだけだけど、簡単に自己紹介と、大学話に花をわかせると、
そのうち、伊藤さんが私のところにやってきた。
「彼女、伊藤さんです。私達、近くに住んでいるんですよ」
「じゃあ、一緒に来たんだ。そのうちみんなで夕飯でも一緒にしようよ」
こうして私達は出会った。
入社式のあと、約10日ほど、研修があった。
そして、全体研修最後の日、それぞれの配属店舗が発表された。
この後は、スーパー組と、ドラッグ組とに分けられて、
別々の研修を受けることになる。私はすでに、入寮の通知を受け取っていて、
大体どの店舗に配属されるかわかっていた。
藤枝での寮暮らし。その近くにある店は数店舗しかない。
それも、スーパーは1店舗。わかっていた。
人事部から全員の配属先が記入された紙が配布された。
それを見て、私は驚きを何とか顔に出さないようにした。
五十音順に書かれているそれぞれの配属先を、仲良くなった子を拾いながら見ていった。
伊藤さんは函南店。家が近くて、名前も近かったので、内定式の時から仲良くなった、
高橋さんが厚原店・・・どんどん見ていき、自分の名前を見つけ、予想が外れていなかったことを
確認してから、その後の名前へと移っていく。
(あっ・・・)
すでに何人か自分と同じ店舗に配属される男性社員の名前を見つけていたが、
もう一人・・・そう、三浦君も同じ店舗に配属となっていた。その時は、
単純に見知った人が、それも地元に強い人が同じ店舗になると思い、
素直に喜んでいた。もちろん、その時に恋愛感情の欠片などなかった。
配属先が配られ終わると、一度、休憩に入った。
当然、全ての人の話す話題は配属先のことだった。もちろん、私も、
近くにいた高橋さんを捕まえて、「富士だね・・・寮の案内は来てないでしょ?」
と、通勤が大変になることを話していた。もっとも、自分は同じ静岡県内なのに、
行ったこともない、まったく知らない土地にこの全体研修の後、荷物を運ぶのだ。
でも、自分のわからない苦労よりも、車での長距離通勤の方が、苦労がわかるというものだ。
いや、自分の不安を他の人を気遣うことで、覆い隠そうとしていたのかもしれない。
ほんの少しだけの・・・現実逃避。
ドラッグの店舗が圧倒的に多いので、新入社員の7割がドラッグへの配属だった。
残りの3割、しかも、その内、スーパーへの配属の女性は9人。配属店舗と共に、
担当部門も載っていたが、私はセルフ部門・・・要は生鮮3品以外の全ての担当だった。
たまたまかも知れないが、仲の良くなった伊藤さんも同じセルフの配属、
高橋さんはスーパーのレジ配属だった。
高橋さんと話していると、他に同じスーパーに配属になったメンバーが「よろしく」と
話し掛けてきた。そんな中に、三浦君もいて、「西田さん、同じ店だね。
俺、藤枝実家だし、近くを案内するよ」と、親切に言ってくれて、
「助かる・・・私、中部の方はほとんど行ったことないから、
知っている人がいてくれて心強いな」と本心を明かした。
そうして、みんなでがやがやと過ごしていたら、人事の人が、
「三浦君、ちょっと良いかな?」と声を三浦君に声を掛けて来た。
「はい」と彼は短く返事をすると、部屋の後ろに歩いていき、
なにやら人事の人に真剣に話されている様子だった。
もちろん、その雰囲気を皆が認め、「何の話だろうね?」と不思議がっていた。
なんで、彼だけ人事に呼ばれたのか、その理由を、私達の誰もが思いつかなかった。
すると、なにやらうなずいた後、話が終わったらしく、
三浦君はまた、話の輪の中に戻ってきた。
なにやら苦笑をしながら、8人ぐらい集まっていた私達に、
「俺、浜松に行くんだってさ」と告げた。
彼は鮮魚の担当になっていたが、藤枝店で鮮魚に急な欠員がでて、
新人ではない人が必要となったため、急遽、寮に入ってもらうことになると、
浜松の店舗への配属になる事を人事の人から話されたそうだ。
正直・・・落胆した。「せっかく同じ店だと思ったのにね・・・」と彼に話すと、
「でも、実家は寮に近い所だから、たまには会おうよ」と言ってくれた。
それがものすごく嬉しかった。その後、休憩が終わってしまったので、
話しを続けることができなかった。・・・私はこの時に初めて
(自分はこの人に興味を抱き始めているのかな)と思い始めていた。
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