この後の数ヶ月間の間、私と、彼との間には特に何もなかった。
別に、お互いの連絡先を知っていたわけでもないし、研修を終えたとはいえ、
ゼロからの出発をしていた訳だから、みんな、それぞれに苦労をしていた。
もちろん、私もしていた。

セルフの配属だったが、レジの人手不足を理由に、
一ヶ月の約束で、レジに入った。なぜか、レジの制服はもらえず、
セルフの格好でサービスカウンターに入り、お客様の対応や、
店内放送、銘菓の包装などをこなし、忙しい時は、レジにも入っていた。

レジのチーフは、同じ寮のそれも隣の部屋の住人だったが、
初めは・・・合わなかった。口喧嘩をすることなどはなかったが、
お互いに妙にしっくりいかず、どこかイラついていた。

そんなある日、チーフ・・・金子チーフは、
夜、缶ビールを持って私の部屋にやってきた。
「ちょっと、いい?」夕飯の仕度をしていた私は、
「ど、どうぞ」と急な来訪を驚きつつ、
「良かったら、食べていきませんか?」と、勧めた。
そうすると、「わっ、ホント?助かる。私、料理が下手で、
いつも横井さんにからかわれるんだよ」と、寮に住む、同じ店の
ビューティ担当のベテラン社員の人の名前を上げた。
入社してすぐにその人の部屋に同じ寮の女性4人が集まって、
私の歓迎会を開いてもらっていた。

「横井さんね、この前から私達の間が上手くいってみたいなの
気付いてて、心配してくれてるんだ」
「・・・そうなんですか」
正直、それしか言えなかった。上手くいっていないのはわかる。
でも、なぜ上手くいっていないのかはわかっていなかった。
正直・・・私は金子チーフが嫌いではなかった。
仕事が終わると、天然が入っている少し抜けているかなと思う人なのだけど、
・・・仕事のときは、ガラッと変わるのだ。・・・見ていて尊敬できるくらいだった。
レジのチーフとして、他の部門の年上のチーフにも、レジでトラブルがあると、
毅然と申し入れをして改善を求め、パート・バイトがなにかミスをして、
クレームを起こしても、本当に自分がミスをしたかのようにお詫びをする。
細かい所にも気を配りながら、任せる所は、任せようとしている所など、
自分にないものを持っているこの人に、好意を抱いていた。

・・・にもかかわらず、私はチーフと上手く話せなかった。
チーフも、私にどう話していいかわからなかった。
そして、それを改善しようと、彼女は私の部屋に押しかけてきた。
好意を抱いている人だから、別に嫌じゃなかったし、
少し緊張しながら、夕飯の仕度をしていた。

「西田って、料理得意なの?」
「得意ではないですけど、家では作っていましたよ。姉と二人暮しでしたから、
どちらかが作らないと食べられませんでしたから・・・」
「あ、そういえばご両親が・・・ロスだっけ?」
「はい」
「西田も行ってたんだよね。いいな〜!」
「海外に行かれたことないんですか?」
「それが、ないんだ。だから、ロスに住んでたって聞いて、すごく羨ましかったさ」
「でも、住むのと、旅行ではまた違いますよ」
「そうだね。やっぱり住むとそれなりの苦労があるもんね」

いつもと違い、なんとなくだけど、和やかに会話が続いた。
心の中では、どこか・・・この人に惹かれている自分がいた。
すでに、仕事では尊敬しつつあるこの直属の先輩に、
私は恋に似た感情を抱いていた。

それは今まで何度となく抱いてきた私の中に隠された恋心。
多分・・・(またなのか・・・)という、自分に対する冷めた感情が、
金子チーフに対して上手く話せない原因になっていたと思う。

そして、金子チーフは、私が「鼻持ちならないやつ」と思っていたそうだ。
それは、私が作った二人分にしては少ない夕飯を食べ終わってから判明した。
食べ終えると、「作ってくれたから、これは私が洗うよ・・・」と私を座らせ、
皿を全て洗ってくれた。その間、私はテーブルを拭き、お菓子と、飲み物とを
用意していた。そして、テーブルを挟み、お互いに向き合うと、チーフの方から
私に話し始めてきた。

「私さ、西田の事を誤解していたみたい」
「誤解・・・ですか?」
「そう。もっと、こう・・・つんけんしたやつだと思ってた。でも、今日こうして話していると、
全然そんな感じがしないんだよね」
「え・・・これが普通の私ですけど・・・?」
「そうだよね、きっとそうだろうと思うよ。でも、はじめてあった時、『何てやつ』って思ったんだ、私」
「そっ、そうなんですか?私、何かしましたっけ?」

なにをしでかしたか記憶がまったくなかった。
何せ、あがり症の上、人見知りと来ていたから、初めての日に、
いきなりレジの研修をやらされて、何かをしたということしか覚えていなかった。
「ほら、一番初めにレジの研修に入る時、『誰が一番にいこっか?』って聞いたら、
西田さ、『私、以前バイトでしていたからできます』って言って初めに入ったでしょ?」

「そんなこと私、言いました?」
「言ったんだよ。で、それを聞いて、私さ、西田の事をすっごい嫌なやつって思ったさ。
だって、他の二人は初めてなのに『自分はできます』みたいな態度だったから、すっごくむかついた」
「そうでした?私、緊張してたから、あまりその時のこと覚えていないんです・・・」
「そうみたいだね。あの後一緒に仕事をしていても、全然そんな雰囲気が感じられなかったから。
でもね、初めの印象が悪すぎて、どうも上手く話せなくって・・・ごめん」
「いえ、こっちらこそ、自分から話さないといけないと思いつつ、つい・・・どうもそういうのが苦手で」
「ダメだよ西田。そういうときは自分から話そうとしなくちゃ。
これからは、仕事のときはよきパートナーとして、
で、寮では、良き隣人として過ごしていこうよ、楽しくね」

この日を境に、私とチーフの仲は一変した。
一ヶ月間という、ある意味、腰掛のレジ担当だったけど、
チーフの支えになれるようにと、出来るだけの仕事を覚え、
チーフがいなくても、チーフの代理になれる位にまで仕事を覚えていた。
チーフも、「本当は一ヶ月だから、ここまで教える気はなかったけど・・・」と、
色々な仕事を任せてくれた。そして、その信頼に答えようと、私はますます努力した。
そこに、淡い恋心を抱いていたのは、表面に出さずに。チーフには彼氏がいたから。

レジの1ヶ月が終わり、レジの人達と打ち解けられた頃に、本来のセルフの仕事に戻った。
それまでは、朝9時出勤が一番早かったけど、7時出勤となる。朝が弱い私には、
朝早くに起きるということも一つの仕事になっていた。朝は牛乳や、豆腐、麺といった
いわゆる日配食品が納品された。納品場所は一階にあったが、
自分の背より高い位置から、豆腐が30丁以上が入った入れ物を下ろす。
何十カゴという牛乳や、ジュースの品出しを、開店までに間に合わせる。
品出しは朝だけではなく、お昼、午後、夕方にも納品があり、それらを出す。
毎日が・・・体力勝負だった。それ程食べる方ではなかった私も、さすがに、
1・5人前くらいは食べないと体がもたなかった。

そんな日々が続く中、新入社員のフォローアップ研修があった。
当然、新入社員が全員集まっての研修。配属後、一度も会うことがなかった
同期の面々に久しぶりに再会をし、いろいろと愚痴やら、苦労話に盛り上がった。
もちろんその中には、彼・・・三浦君の姿もあった。


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