昼休み。放課後をどう過ごそうか考えていると、
奈津実が私にいきなり話し掛けてきた。
「ねぇ、風に抱かれるってどんな感じだと思う?」
「へっ、風邪?くしゃみしたいの?」
「ちが〜う!『風邪』じゃなくて、『風』よ」
「ああ、風ね。で、それが?」
私が天然なのはいつものこと。
奈津実は大きくため息をつく。
「親友が真剣に話し掛けているんだから、
もう少ししっかりと聞いて欲しいわね」
「ごめん、ちょっと考えごとしてて。もうしないから、続けて」
「まぁ、私もいきなりだったからね…で、
風に抱かれる感じってどんなだと思う?」
「寒そう」
「それだけ?」
「だって、風でしょ?冷たそうじゃない」
「じゃぁ水に抱かれる感じは?」
「びしょびしょになりそう」
「…私、聞く相手を間違えたみたいね」
手のひらを天に向け、肩をすくめて、大きくため息をつかれる。
そのまま、どこかに行ってしまおうとしたので、呼び止める。
「ちょっと、奈津実。あんたがそんなこと急に言うなんて、
なんかあったんでしょ?話したいなら、さっさと話してよ」
「そういう言い方を普通する?まぁ、いいわ。話をしてあ・げ・る!」
(おいおい、やっぱり話したかったのかい)
前の席の椅子を後ろに向け、私の前に座る。
かなり興奮しているようだけど、何があった?
「真央って、市ノ瀬会長って会ったことある?」
「会ったこともあるも何も、委員会でみているよ」
私はこれでも、学級委員長なるものをやらされている。
学年が違うとはいえ、生徒会の会長とも会う機会があるわけだ。
「すばらしい方よね」
「はぁ…」
「私、あの方に恋心を抱いてしまったの」
「ハイ?」
「真央にわかる?いたいけな乙女の純粋な恋。
たとえ相手の方が同性であっても、互いに想いあえば、
年の差なんて」
(おいおい、だれが「いたいけな乙女」だって?
ついでに、年の差の前に、片思いでしょ?)
「なんでまた、いきなり会長に恋しちゃったの?」
私としては奈津実の気持ちより、そっちがきになる。
「それが、すごい偶然なのよ。それがね…」
そういって、奈津実の話が始まった。
休み時間、当番だった奈津実は、
先生に頼まれ、授業で使う資料を教室に運んでいた。
重いし、前が見えるか見えない位の量だったので、
かなりよろよろしながら歩いていたらしい。
「一度にそんな量を運ぶなんてあぶないな」
と感想を漏らしたが、もれなく無視されて、話は続いた。
そのままで、廊下を歩いていたら、
当然というか、必然的に誰かにぶつかってしまった。
もっていた資料を床にぶちまけてしまったのだそうだ。
で、そのぶつかった相手が、市ノ瀬会長だったらしい。
「私、もうどうしようかと思ったわ。だって、全校生徒の
憧れの市ノ瀬会長に、ぶつかってしまったのよ。もう、
どうしていいかわからなくて、おろおろしちゃった」
そのまま、立ちすくんでしまった奈津実をみて、
会長は、奈津実に優しく声をかけてくれたらし。
「大丈夫?一度にこんなに運ぶのは、危ないわね。
クラスはどこかしら。一緒に運んであげるわ」
「会長がよ、私に声をかけてくれただけじゃなくて、
一緒に、資料をここまで運んでくれたのよ。すごいでしょ?」
「すごいもなにも、それって、人として当たり前じゃ…」
「それにね、それにね、市ノ瀬会長、私の名前をご存知だったのよ」
「名札見たんじゃないの?」
「だって、苗字じゃなくて、名前だったのよ。
『はい、ここまでくればもう大丈夫ね。
奈津実ちゃん、荷物を持つときは気をつけなさいね』
そういってくれたのよ。私の名前をご存知なんて、
もう、尊敬に値するわ!」
ドウドウと、興奮する奈津実を抑える。
確かに名前を知っていたのはすごいと思うが…。
「で、それで、恋に落ちちゃったわけ」
「そうよ。いけない?」
「いいえ、それは奈津実の自由です。
でも、それと、さっきの『風』の話とどう結びつくの?」
「市ノ瀬会長って、風みたいな感じしない?」
「存在感がないってこと?」
「ちがうってば!言動が風みたいな感じするでしょう?うまくいえないけど。
もし、そんな先輩に抱かれたら、風に抱かれる感じかなと思ったのよ」
「なるほど。ようやくわかった。結局、奈津実は、
会長に恋をして、抱いてもらいたいわけだ」
「そう、見も蓋もない言い方をしない!」
「だって、事実じゃん」
「そ、それはそうだけど…」
「風に抱かれるか。包み込まれる感じかな」
聞かれたことの意味を把握した私は、真面目に答えてあげる。
奈津実が「やっぱり真央!」という顔つきをしている。
「包み込まれるって?」と説明を求められたので、それにも答える。
「たまに、外にいると、空気が自分を包み込んでいる感じがするでしょ?
特に、少し生暖かいような風が吹いているときに。さすがに、台風みたいな
風にはそんな気持ちは起きないけれど、普通の風が吹いても、やっぱり、
風が自分の周りに常にいて、包んでくれてるって感じがする。
風って、始まりも終わりもないってイメージあるし、それこそ、
いつまでも包んでくれてそう」
「じゃぁ、水に抱かれるってのは?」
「水のイメージといえば、母親。優しく、暖かく、懐に抱かれる感じかな。
全ての生命の源に抱かれる。きっと、全てをあずけたくなるような感じじゃない?」
「…それもいいな」
「水と風だけでいいの?」
「えっ、水と風だけって?」
「火水木金土全部に抱かれてもらおうじゃないの」
「な、なに真央?」
「木に抱かれるイメージは、真っ直ぐとそびえ立つ杉の木の幹に、手を回す感じ。
でもって、土に抱かれるのは、真っ暗な地面の中に閉じ込められる感じ。
ついでに、火に抱かれるイメージは…」
最後まで言う前に予鈴がなってしまった。
次は移動教室。行かなくては。
「真央、真央ってなんでそう意地悪?
…でも、風と水に抱かれるイメージ、悪くない!
いつか、先輩とそうなって見せるわ!!」
それを聞き終えてから、二人とも次の教室に向かっていった。
「―ってことがあったんだけど、お姉さま」
放課後。私はある人物と話しをしている。
その相手は、私の話を一通り聞いて、微笑んでいる。
「真央、火に抱かれるイメージはどうおもっているの?」
「もちろん激しい炎のイメージ。この身を焼かれるような、
それぐらい熱い想いを刻まれるような感じ」
「いつもの私と、あなたみたいな?」
「そう、私とお姉さまがいつもするような…」
そういって、互いを力強く抱きしめあう。
私は生徒会室にいた。相手の制服の名札には「市ノ瀬」とかかれている。
あとがき
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