大晦日から元旦にかけて「二人きりで過ごしたい・・・」と
由紀子が言って来た。もちろん、それに異論などあるはずも無く、
私は承知をした・・・二人で過ごすということに関しては・・・だ。


由紀子も私もアパートに一人暮らし。もちろん、年始は実家に帰省するつもりでいる。
そうでなくても、休みのほとんどはバイトに費やしているから、
普段は「放任主義」と、手を掛けない言い訳のような、それでも、
子供にとってはたまには有り難味のある主義の家庭で育った私だが、
さすがに正月くらいは顔を見せないと家族に文句を言われてしまう。

もちろん、由紀子の家でもそれは同様だ。彼女には3歳年の離れた妹がいるのだが、
その妹がいれば由紀子が居なくてもいいという理由になるはずもなく、
また、家族皆がそろう機会をみすみす由紀子のご両親が捨てておくはずがない。
「大晦日から戻って来いとは言わないから、正月の日には顔を見せろ・・・だって」と、
由紀子に電話で聞かされたとき、「似たような事を言われた」と返した。

・・・で、二人が立てた計画。私の部屋も、由紀子の部屋も大学に近いのだが、
大学をほぼ中央に挟んでいる位置関係。不動尊には由紀子の部屋の方が断然近かったから、
31日の日に由紀子の部屋へ行き、年越しそばを食べてから、歩いて不動尊へ初詣に行く。
そしてその後は部屋でのんびりと過ごすことに。


今、バスに乗っている。私鉄の駅まで出る途中だ。
バスにはこれから電車に乗って遅い買出しに
でると思しき家族連れが何組か見られる。
(年が明けるったって・・・別にめでたいことではないのに、
何でこんなに祝うんだ?まるで祝うことが義務みたいに)
そう思っていると、つい由紀子の顔が頭の中に思い浮かんだ。
思わず顔の表情が緩んでしまった。

「イッちゃん、そんなにひねた考え方で人生楽しい?」
「ひねてる?普通でしょ。皆の方がヘン」
「そうかしら?」
「年が明ける。・・・時間が過ぎる。それだけ」
「・・・イッちゃん、人と楽しむの苦手でしょ?」
「えっ?」
「慣れてなさそう・・・」
「うっ・・・・・・」
「誕生日のお祝いはしてもらってない?」
「中学生くらいまでは・・・」
「それは嬉しくなかった?」
「別に」
「フ〜ッ・・・・・・」

電話口からも聞こえる大きなため息。
片手を額に当てて、「参った」というポーズをしている由紀子の姿が思い浮かぶ。

「とにかく、明日は来てくれるわよね?」
「もちろん。そば、用意してくれる?」
「はいはい」
「じゃあ、明日」
「待っているわよ」


実は同じ言葉を昨日の夜、由紀子との電話で話していたのだ。
(彼女にはどうやら私の気持ちはわからないらしい)
由紀子は「楽しめる事はとことんなんでも楽しむ」という考えの持ち主。
私のように「楽しむ為の楽しみを作る」のが苦手なものには、
その気持ちはわかりにくいかもしれない。

(楽しくないものを無理に楽しむ必要はない。
無理矢理残しているような慣習的儀式も無くせばいい・・・)
バスの車窓から見ることができる様々な正月飾りを見て、
そんな風にぼんやりと考えているうちに、終点の目的の駅のバス停に着いた。




「イッちゃん!」
(うん?)
声がしたほうに体を向けると、由紀子が笑顔で近づいてきた。
「ふふ♪電話があった時間を考えたらこれくらいかなと思ったのよ。ねぇ、一緒に買い物をしましょうよ」
「なにもない?」
「余分なものは無いわよ。明日は実家に帰るから。イッちゃんも同じでしょ?」
「まあね」
「とりあえず、そこのスーパーで買い物ね。いいわよね?」
返事を待たずに歩き出す由紀子。
その後を無表情でひょこひょことついていく樹。

樹が乗ってきたバスと、着いた駅に止まる私鉄系スーパーに入っていく二人。
さすがに31日の夕方ぐらいまでは、正月食材を求める人は山のようにいるらしく、
通常の何倍もの人が通路を狭くするように、カートで買い物をしている。

「私達それほど買わないのに、レジで待たされるの嫌よね」
「皆、似たことを考えてる。いつもの何倍もの買い物。でもいつも以上の待ち時間」
「それはないわよ。『正月前だから仕方が無い』ってあきらめているわよ」
「クスッ」と口に手を当てて由紀子は笑うと、さすがにカートは使わず、買い物カゴのみを手にする。

「夕飯は年越しそばにするとして。ねぇ、明日の午前中は一緒にいられるのよね?」
「そのつもりだけど?」
いまさら何をという表情で見る樹に、
ちょっとおねだりのポーズをとる由紀子。
「・・・お雑煮を作ってよ」
「・・・?私が?」
「私が年越しそばを作るから、イッちゃんがお雑煮を作る。公平でしょ?」
「作るの?」
「そうよ」
「・・・・・・」
「御不満?」

不満も何も、こう言われた後で、何を言っても由紀子が意見を変えないことを知っている。
自分もいつか先手を打てるようになろうと密かに決心をしつつ、今回は由紀子の意見に
素直に従うことにする。(でも、中身は何にすれば良いんだ?)と思い、由紀子に尋ねる。

「由紀子の家って中身は?」
大根や里芋、牛蒡など、正月食材に不可欠な野菜が目立つ所に山と積まれている
野菜売り場をゆっくりと歩きながら、由紀子に問い掛ける樹。
「うち?シンプルよ。大根と里芋に焼いたお餅。だしはカツオで味付けはしょう油」
「やっぱり違うね」
「倉橋家は?」
「元旦2日は味噌。だしは一緒で、具は由紀子のに追加で人参、里芋、牛蒡、なるとに、柏かな。
でも、3日目くらいからしょう油になる。だしも、あごになることもある」
「あご?」
「焼きあご。とびうお」
「ふ〜ん、具沢山ね。でも、意外と・・・定番が無いの?」
「そうだね、その年の気分。ジャガイモだったり、小松菜だったり」
「その年の気分次第なの?」
「母親のね」
「そうなんだ・・・」
「父親関東。母親関西出身。そのせいがかも」
「家それぞれだものね・・・。あ、今日は作るのイッちゃんだから、中身はお任せするわ」
「・・・・・・」
あからさまに不機嫌な顔をする樹。それを見て、由紀子が笑いながら、
「な〜に、その顔は?さっき作るって決めたでしょ?」
(私は承知してない・・・)
「ほら、さっさと買い物するわよ!!」

張り切っている由紀子を尻目に、もともとゆっくりだった歩みがもっと遅くなる樹。
由紀子は考え顔になっている樹を見て、何で困っているかすぐにわかった。
「イッちゃん、私、お餅は焼きもち。だしはしょう油。後は、何でも良いわよ」
樹のそばまで寄ると、ある程度のリクエスト。さすがに由紀子は樹の考えお見通し。
「じゃあ、それに人参、大根にほうれん草、柏になるとでいい?」
「それで良いわよ。年越しそばは、天そばにしないで、柏そばにしようか?」
「そのつもりだよ」
二人で顔を見合わせると、笑顔を返しあう。

買ったのはほうれん草、なるとに鳥の胸肉におそばと、お餅だけ。
後は由紀子の家にあるからと、最低限のものだけをカゴに入れ、
レジ前の通路を完全に封鎖してしまっている列へと並んだ。お会計は当然割り勘。

由紀子の部屋は不動尊の駅から歩いて5分ほどの所にある。
普段は自転車通学をしているのだが、大雨の時などは、駅から電車を利用する。
ちなみに、樹はバスで通学している。時間的には10分ほど。
同じ私鉄の別線の駅へもバスで出られる場所に住んでいる。

スーパー買い物袋をぶら下げて、由紀子は近くの酒屋に入った。
「イッちゃん、飲み物は何がいい?」
「アルコール?」
「当然♪」
「今日はチューハイ、明日は・・・日本酒」
「だと思った。私はビールを・・・」
「おつまみは?」
「あ、それは大丈夫よ。それは腐らないから、用意してあるわよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
チューハイを2本に、缶ビールを2本。それに720mlの純米酒を一本買って、
二人は店を後にする。こっちは樹が自分から袋を手にした。

「イッちゃんとこうして年末年始を過ごせるなんて、嬉しいな」
「去年も仲は良かったけどね」
「そうそう、まだ付き合ってなかったから、去年はお互い実家に早い時期から戻ったのよね」
「年賀状が実家にきたっけ」
「そう言えば、そうしたんだよね。私がイッちゃんに、
『アパートだと見るのが遅くなるから』ってお願いしたのよね」
「確かそう」
「・・・あの頃から私のことを気にしていた?」
「なに?突然?」
「好き・・・だった?」
「もちろん。だって、一目ぼれだったんだから」
「そうだったわね」
「由紀子は?」
「私?」
「私の事、どう思ってた?」
「そうね・・・自分を自分らしくしてくれる友人かな、その頃は」
「そうなの?」
「落ち込むことは無いわよ。一番大切な人だったことは確かだから」

そんな事を話しているうちに、由紀子のアパートに到着する。
部屋は一階。鍵を開け、二人は部屋の中へと入った。

「イッちゃん、イッちゃんって恋をしたことなかったの?」
「恋?したことなかった。したいとも思わなかった」
「イッちゃん、私と違って高校は共学だったでしょ?その頃に告白されたことって無かったの?」
「告白されたことは無いよ」
「外見はさばさばした女の子って感じだから、もててもおかしくないと思うんだけどな?」
「それは由紀子が私のことを好きでいてくれるから、そう思えるだけ。
外見も、性格もパッとしない、目立たない子」
「ふ〜ん。あんまり昔のことを話してくれないからな、イッちゃん」
「過去が大事?」
「そうとはいわないけれど・・・知りたいときもあるでしょ?」
「私は由紀子の今が大事。過去に何があったとしても、今の由紀子が好き」
「・・・照れるわよ」
「由紀子・・・」

そのまま由紀子を抱きしめる樹。
「いつまでも一緒にいて欲しいとは強制しない。でも、ずっと私の一番の人でいて欲しい」
「なにを言っているの?どうしたのよ突然?」
「自分に自信が無い」
「イッちゃん・・・」
「由紀子が自分から離れていくんじゃないかって、不安になるときがある」
強く力を入れる。樹の手が震えている。

「由紀子、私で本当にいいの?」
捨てられた子犬のようにすがるような目を見せる樹。
「あなたじゃないとダメなのよ。倉橋樹。あなたしか私にはいないのよ。
そういう・・・イッちゃんはどうなの?私は・・・イッちゃんが私から自立してしまわないかと
いらない心配をしてしまっているの。私はあなたの心の代弁者だったけど、
もう、その役目は終わろうとしているみたいだし・・・そうでしょ?」
その言葉に、樹は目を一瞬閉じ、何かを考えているかの表情をすると、
再び目を開き、同時に心の中のものを由紀子に告げた。
「確かに、由紀子のお陰で、自分を出すようになっているよ。でもね、
由紀子は私の・・・心の支えであり、重石でもあるんだ。離さない・・・」

二人して互いの必要性を確かめ合う。お互いに必要としていることは
言葉に出さなくても、本当はわかっている。でも、どうしても、
言葉として表さないと不安になってしまうことだってある・・・。

「イッちゃん・・・」
「なに?由紀子?」
「そろそろ仕度を始めない?」
「そうだね」

壁に掛かった時計の針は18時をまわっていた。
それ程急ぐ必要はないけれど、早めに作って、のんびりと二人の時間を過ごしたい。
「まず、だしを取らないといけないわね。どちらにしても、コンロは一つだし・・・」
由紀子が狭い台所に立って樹のほうを見たら、珍しくコタツの上にあった
みかんに手を伸ばしている。「私の分、残しておいてね」と一言釘を刺すと、
少し大きめのお鍋に水を入れ、鰹節を多めに入れた。

「さて、これでお湯が沸くまで待ってと・・・イッちゃん、みかんを食べ終わったら、
野菜を切っておいてもらえないかしら?明日の分、今日のうちに用意しておきましょうよ」
「そのほうが楽だし、そのつもりでいた。野菜洗ってもらえる?切るよ」
みかんの皮をゴミ箱に捨てると、コタツから立ち上がり、まな板と、包丁とをコタツの上に持っていった。

コタツで野菜をてきぱきと切っていく樹・・・と、手際よく切っていた手が止まり、
だしを今日の分と、明日の分とに分けていた由紀子のほうを向く。
「型あるよね?クッキーのやつ」
「あるわよ」
「貸して」
由紀子は時間があるとクッキーや、パウンドケーキを作ったりして、樹に持ってきてくれる。
それが昂じたからではないが、バイトも、駅に近い所にあるケーキ屋でしている。

「ねえ、人参がもったいなくない?」
「大丈夫。生姜あるよね?」
「少しならあるけど?」
「プロセッサー借りるよ」
「あ、肉団子ね」
「気持ちリッチ」
「な〜るほど。だからお肉が多めだったのね」

そんな会話を交わしながら、準備を済ませていく二人。
20時前にはほとんどの下準備が終わり、
お皿の上に綺麗に分けられた具が並べられた。
「片付け、面倒にさせたね」
プロセッサーの片付けをしている由紀子に向かって、
ちょっと申し訳なさそうな顔を見せている樹。
「いいわよ、その分、リッチな気分になれるでしょ?」
片目でウィンクしながら樹に笑顔を見せる由紀子。

「どうする?もう食べちゃう?」
「そうだね。今年のうちから不動尊行く?」
「もちろん!」
「食べて、一眠りしておこう」
「TVは?みたいのなかった?」
「・・・由紀子と一緒なら、TVなんていいよ」
「イッちゃんもそういう言葉が照れないで言えるようになったわね」

由紀子は自分の目を見詰めながら、真面目な顔で言ってくれた樹を見て、
いつも無愛想なイメージがある樹も、実は照れ屋で、自分の気持ちを
表現する時は大抵視線を下に向けて顔を真っ赤にしながら、言葉を
繰り返すような形で一生懸命言ってくれたのを思い出した。そうしながらも、
自分に対して言い馴れない自己の感情を少しずつ言葉でいってくれるのを
嬉しく思っていた。・・・と同時に、それが普通に言えるようになったら、
樹との関係が変わってくるだろうとも。

「なっ・・・」
ニッコリと目を細めて自分を見る由紀子に戸惑いの表情を見せながら、
顔を赤らめて視線を由紀子から、壁の方へと移す樹。
「あら、まだかしら?」
「からかわない!!」
「いいじゃない?前に比べたらずっといい顔をするようになったわよ、イッちゃん」
視線を自分のほうへ戻してくれないので、自分の顔を動かし樹と視線を合わせる。
自分との付き合いで樹が変わってくれている。それが嬉しい。おそらく、
近いうちに樹をからかえなくなるだろうと予感している。樹の心は子供のような心。
それもちょっとひねた子供。素直に自分の好きだという感情をださないで、
好きな人にいたずらをして、それで自分のほうに感心を向けたい、そんな子供。
・・・でも、それでいいと思っている。そんな樹を知りつつも好きになったのだし、
そうなってでも、好きという表現をしてもらいたい自分がいるから。

「あ・・・」
由紀子の視線に耐えられなくなった樹が由紀子の顔を自分の胸に押し当てた。
「え、どどどうしたの?」
今までないパターンの反撃に焦る由紀子。
樹の体温を感じつつも、抑えられているので、
わずかに聞こえる声は辛そうな声になっている。
そんな由紀子を目をつぶりながら抱きしめてしまった樹。
「お返し・・・・・・」

すぐに残りの仕度を済ませると、二人してコタツの上のそばを前にする。
「いっただきま〜す!」
「いただきます」
二人とも手を合わせてぺこりとお辞儀。さっそくそばに箸を伸ばす。
「う〜ん、いいだしが出ているわね。やっぱり肉団子と鶏肉を一緒に煮たからかしら」
「少し焼いたから香ばしいしね」
二人が食べているのは年越しそば。樹がいつ思いついたのか、簡単に作った肉団子と、
皮を網であぶってある鶏肉と、同じく焦げ目をつけた根深ねぎが入った柏そば。
「てんぷらそばだと乗せるてんぷらはお惣菜で買ってくるから楽だけど、
脂っこかったかもね。これなら、胃もスッキリね」
「おいしい」
この後はほとんど会話を交わさずにおそばを平らげてしまった二人だった。


食べ終わった時にはすでに22時を回っていた。
樹が食べた丼を洗っている間に、由紀子はコタツの台を拭いていた。
「ねぇ、何時くらいにここを出る?」
「23時半くらいでいいんじゃない?」
「じゃあ、出る前にお酒で良いわよね?」
「それでいいよ」
出る前に飲んでいけば少しは体が暖かいだろうとの考え。
もちろん、二人とも完全防備のしたくと、使い捨てカイロは準備済みだ。

二人は再びコタツに足を入れ、のんびりとする。
台の上には由紀子が用意してくれたお菓子とデコポンがある。
「イッちゃん、デコポン好きよね?」
「そうだね。みかんはすっぱいのがあるし。・・・嫌な思い出があるから」
「暗いところで保管していた箱みかんを取ろうとして、腐っているのを
思いっきり掴んじゃったんだっけ?」
「そう。・・・それと、みかん食べたのが原因かよくわからないけど、
自家中毒に小さい頃なってね。好んでは食べない」
「すっぱい系がほとんどダメよね。柑橘類、ほとんど食べないし・・・。でも、甘ければ大丈夫なのよね」
「デコポンは九州の知り合いが以前送ってくれて、母親が『騙されたつもりで・・・』
というから、しぶしぶ食べたら、大丈夫だった。以前は関東ではほとんど見なかったけど」
「最近は、近所のスーパーでも売っているわよ。これもそうだし」
「最近といえば、かけ合わせの柑橘類が増えてる」
「スィーティもそうよね?」
「他にもあるよ。甘味を追求しているのが多いけど・・・」
デコポンを食べながら柑橘類の話に盛り上がる二人。あっという間に2個食べてしまった。

「由紀子・・・」
「な〜に?」
「今年も一年ありがとう」
「あら、まだ早いわよ」
コタツで向かい合っている樹が少しかしこまりながら頭を下げてきた。
「でも、不動尊でだと混んでいて言えなさそうだから、ここで」
「それもそうね。イッちゃん、今年もお疲れ様でした。・・・感謝しているわよ」
同じようにかしこまると、樹に向かって頭を下げた。
「イッちゃんが告白してくれたこと・・・ありがとう」
夏に樹が別れるのを覚悟してまで自分にしてくれた告白を思い出し、
由紀子は本心からお礼を言っていた。自分からは告白をきっとすることはなかったから。
「私だって感謝しているよ。由紀子が私を受け入れてくれたことに・・・好きだよ、由紀子」
「イッちゃん・・・私も好きよ」
そう言って見詰め合うと、身体をコタツの上に乗り出し、顔を近づけた。
二人の唇が触れたとき、ほんのりとさわやかな柑橘の味がした。
「キス収め・・・かしら?」
「そう・・・だね」
お互いちょっと照れた表情で笑顔を交わす。

「お酒飲む?」
「そうね、もうそろそろ出る支度をしましょうか?」
そういいながら由紀子はコタツから一度出ると、
冷蔵庫にしまっておいたチューハイとビールを持ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
片手で缶を受け取ると、コタツからもう片方の手を出し、一気に開ける。
由紀子も、コタツに入ると缶を開けた。

「じゃあ、今年一年お疲れ様でしたということで・・・」
「乾杯」
「コツ」と缶と缶を合わせると、二人とも中の液体をノドに流し始めた。
冷たい液体がノドを下っていくのが良くわかる。
「は〜っ、おいしい!!」
「ク〜ッ」といった表情で由紀子が言うので、樹は思わず笑ってしまった。
「由紀子オヤジ」
「あら、いつもイッちゃんがしているのを真似しただけよ」
「・・・いつもなんてしてない」
「そうかしら?」
「してないよ」
「ほらほら、早く飲んじゃいましょうよ」
ジト目でこっちを見る樹の視線をかわしつつ、由紀子はビールを飲む。
そんな由紀子の姿に軽くあきらめのため息をつくと、樹も残りを飲み始めた。



「ハ〜ッ!やっぱり寒いわね・・・」
「雨、降らなかっただけいいよ」
「そうね」
二人は不動尊の近くまで歩いてきていた。
この付近は春になると桜の見所の一つとなる。
普段はそれ程歩くものがいないところなのだが、
さすがに今夜は人が多い。よく見ると、大学生カップルもいるようだ。
由紀子は樹の耳元に口をもっていくと、「・・・ね?いいでしょ?」とお願いする。
「まったく・・・」仕方がないなという顔をすると、ジャケットのポケットに
手を突っ込んでいる腕を由紀子のほうにとやる。
由紀子は嬉しそうに自分の腕をそこに通した。

「イッちゃん、もう少しで2001年も終わりね」
「あと、10分・・・と24秒」腕時計に目を落とす樹が答える。
樹らしいと思いつつも、「・・・そうじゃなくて」と異論を唱える。
「冗談」と、ニヤッと笑われると、二の句を告げられなくなってしまった。
「まったく。さ、今年の内に境内に行ってしまいましょう」
不動尊の境内に到着すると、二人と同じように、新しい年の開始と共に
初詣をしようと考える人たちで溢れていた。・・・が、明治神宮といった所までは
混んではいなく、ギュウギュウになることはなかった。

「同じことを考えている人は多いものね」
「そんなものでしょう」
口から白い息を吐きながら、そんなことはどうでもいいという感じの樹。
まだ、年明けまで少し時間があるので、由紀子は何か話そうと決めた。
「イッちゃん、実家では初詣はいつ行っているの?」
「うち?3が日は大抵外すよ。よくいくのが車で10分くらいの所にある大社なんだけど、
県内ではそこそこ有名な所で、混むからね」
「そうなんだ。私の家は行くわよ、元旦か、2日のうちに、電車に乗って不動尊に」
「動物園の反対側だっけ?」
「違うわよ。遊園地・・・でも、恐竜の置物がでているから、似てはいるかしれないわね」
「・・・人が騒ぎ始めた」
もともと夜中には迷惑なくらいにぎやかな雰囲気だったが、
それがもっと高まってきている。今度は由紀子が腕時計に目をやる。
「あ、もう後一分で年が明けるわよ!」
そう言うと樹の腕をとり、それまで人気の少ない場所にいたのだが、
年明けを一緒に迎えようとして「一体感」みたいなものが生まれている、
不特定多数の人々の中に入っていった。

「3・2・1」という大きなカウントダウンと共に、みなの興奮がピークに達する。
そして、「あけましておめでとう!」の挨拶が所々で交わされる。
樹も不本意ながら、周りのみ知らぬ人から挨拶をされてしまったので、
それに頭を下げて「おめでとう・・・」と言っている。
そんな姿を由紀子は笑顔で隣で見ながら、
自分から周りの人に新年の挨拶をしている。

しばらく新年のお祝いをしていると、ようやく皆そこにきた本来の目的を思い出したらしく、
動きが生まれ始めた。樹と由紀子の二人もその流れに逆らうことなく、歩き始めた。
「イッちゃん、これでもお祝いするの嫌?」
「・・・謀ったね」
「人聞きが悪いわね。イッちゃんと一緒に、他の人たちとも一緒に祝いたかっただけよ」
「・・・努力はするよ」
「それで良いわよ、ありがとう」


「あけましておめでとう、由紀子」

「あけましておめでとう、イッちゃん」



二人は部屋に戻ると布団を敷き始めた。2枚敷けないこともないが、
今はコタツが出ているので、一枚で寝ることになる。別に二人とも
それで困るほどの体格と寝相ではないし、それを望んでいる面もあるので、別に問題はなかった。

「朝、お雑煮お願いするわね」
「もう、後はお餅を焼くだけだけどね」
「・・・もう寝る?」
「朝、別にゆっくりでいいのなら・・・」
布団に入る前、パジャマに着替えながら会話する二人。
樹が先に着替え終えると、布団に先にもぐりこみ、
由紀子が入ってくるのを待っている・・・。




朝・・・と言っても10時は過ぎた頃、二人は目が覚めた。
「改めて・・・あけましておめでとう、イッちゃん。今年もよろしくね」
少し疲れたような表情を見せながらも、外の天気同様、
すがすがしい声で新年の挨拶をする由紀子。
そんな由紀子を布団の中で抱きしめている樹は、
「あけましておめでとう・・・」と言うと、ギュット由紀子を抱きしめてから、
布団からさっさと抜け出ると、着替え始めた。

「お餅、何個?」
「2個がいいな」
「ちょっと待ってて」
着替えが終わると、冷蔵庫を開け、昨年の内に作っておいた雑煮の汁を温め始めた。
そのまま、洗面所に行くと、顔を洗い始める樹。
(相変わらずマイペースなのね、イッちゃん・・・)
そう思いながらも、寒いのでもう一度布団を被った。
(でも・・・そのマイペースさがいいのよね。頼りがいがあって)
少し顔にしまりがなくなってしまっているのに気付き、
樹にばれないようにと、布団の中にもぐりこむ。

「由紀子、まだゆっくりしていていいよ。どうせまだ時間かかる」
「そうさせてもらう」
温まった汁をコンロからどかすと、今度は網をのせ、餅を4つ焼き始めた。
レンジで温めてからの方が早くできるが、樹はそれをあまり好まない。
とりあえず、一度由紀子のほうへと戻る樹。

「由紀子、後5分くらいだよ」
「イッちゃん・・・」
「なに?」
顔を布団の端から少し覗かせる姿が妙に可愛い。
思わず「ドキッ」としてしまう樹。そんな樹の心を知ってか知らずか、
由紀子は樹を手招きする。不思議に思いながらも、
布団の隣に座ると、突然由紀子が抱きついてきた。
「由紀子?」
「私、あなたが好き」
「・・・私も好きだよ・・・確かめたでしょ?」
「もちろん。でも、言ってみたかったの」
樹の身体にしがみつくようにする由紀子。
布団からいきなり出て寒いのか、少し震えている。

「由紀子、段々子供っぽくなってない?」
「それは・・・一緒にいる人の影響じゃないかしら?」
下から覗き込むように樹の目を真っ直ぐに見る由紀子。
照れるかと思ったら、今年の樹は少し変わっていくのを決心したのか、
「それは私以外の誰?その人が由紀子を変えているんだね」
「真面目に言っているのそれ?」
「もちろん。その人が由紀子にとっていい人なら、私は喜んで別れるよ」
「・・・ひどい。違うってわかって言っているでしょ?」
「ははは、今年は去年のようにいつまでも由紀子にからかわれていられない。
私からもさせてもらうよ。そのほうが由紀子も嬉しいでしょ?」
「嬉しくはないわよ・・・」
「まあ、私が嬉しいんだけどね」

餅をひっくり返そうと台所に戻ろうと立とうとしたら、
由紀子にそれを阻まれた。思いつきり体全身で抱きつかれると、
そのまま潤んだように濡れた全てを見透かすような目で樹を見詰める。
そんな目で見詰められたら、樹がすることは一つだけ。
「由紀子、愛しているよ・・・」
額に口を近づけ軽く口づけをすると、顔を離し、もう一度由紀子を見る。
そして、再び口を近づける・・・今度は由紀子の唇に。

「イッちゃん・・・焦げ臭くない?」
「お餅・・・焦げてる・・・」
「・・・。あ、そうだったわね!!」
憎たらしいほど落ち着いている樹の言葉を聞き、
一瞬なにがこげているのか認識できなかった。
慌てて樹から離れると、網の餅を見る由紀子。
「あ〜っ、真っ黒・・・炭になっちゃったわ。・・・もう一度ね」
「誰かさんが離してくれないからだよ」
「はいはい、私がいけなかったのよね」
「由紀子、それ片付けるの私やるから、布団上げちゃおうよ。
そうしないと、またお餅が炭になるからね」
「それはないと思うけど・・・お願いするわ」
樹に片付けをお願いすると、先に布団をしまい、服を着替えると、
コタツを元の位置に戻した。

「お正月から焦がしちゃうなんて・・・」とぼやく由紀子に気付き、
「いいんじゃない?それだけ私達の仲が熱いと思えば?」と言う樹。
「ごめんね」
由紀子が声を細めて謝る。樹が気にしないといった感じで、
「別にいいよ。我慢できなかったんでしょ?」
と、あっさりと答えた。ついでにもう一言、
「私もそうだったから」と、本心を明かした。

「さっ、今度はしっかりできた。さっきのお餅、もったいないから、
焦げた所を落として、もう一度焼いて磯辺にしたけど、食べられる?」
お盆に載せられた今年初の食事。
「ありがとう。ナイスフォローね」
「ま、焦がしたのは二人のせいだから、気にしない。とっとと頂こう」
「そうね・・・そうよね。さ、頂きましょう!!」

コタツの上には樹が作ったお雑煮と磯辺焼が並べられた。
もちろん、そこには樹の好きな日本酒も一緒に・・・。


あとがき

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