「ねぇ、イッちゃん起きてよ!!」
目覚ましをかけておいたのに、
起きてくれない樹に業を煮やし、
ベッドにちょっと眉をしかめた寝顔を見せている樹を
ゆすり起こしている由紀子。
「ん?なに由紀子?」
つい1時間前に疲れて帰ってきたばかりの樹は、
せっかく、心地好く寝ていたところを起こされて、
本当はかなり不機嫌なのだが、なんとかこらえて
由紀子に何事かを尋ねる。
「あ〜、忘れてる!!約束でしょ?今夜はしし座流星群を観に行くって!」
「あ・・・そうだったね」
開かない目を手の甲で擦りながら、
何とか約束を思い出す樹。
「ん、もう!起きてくれなかったらどうしようかと思った」
その言葉を聞いてニヤッと笑う樹。
「もし起きなかったらどうしてたの?」
由紀子の行動など、長い付き合いでもうお見通しの樹。
仕事で遅くなって疲れているとことを起こされた
仕返しに、ちょっといい思いをさせてもらおう。
「えっ・・・」
赤くなって、ベッドの脇でもじもじしている由紀子。
そんな由紀子を布団から顔と、指だけ出しながら、
ニヤニヤと見守る樹。
「イッちゃん、わかってて言っているでしょう?」
「もちろん。せっかく人がさっき寝たばかりだというのに
起こされたんだよ。何かしてもらわないと割に合わないね。
もともと、流星群を観たいと言ったのは由紀子だよ」
「はいはい。わかりました」
一度決めたら、行動するのは早い由紀子。
樹のに近づき、そのまま口づけをする。
・・・と、樹の手が布団から伸びると、そのまま
由紀子を自分の方へと抱き寄せる。
「・・・ねぇ、このままじゃダメ?」
凍えるように寒い外に宇宙の屑の落下を観に行くよりも、
由紀子の暖かい温もりを感じている方がはるかに嬉しい。
「あ、イッちゃんひどい!!せっかく人がしてあげたのに、
約束を守らないつもり?」
普段は大人なのに、樹の前だと子供のような態度も
素直にみせる由紀子。喧嘩をするとお決まりのようにする、
頬をプーっと膨らませ、すねるような表情をみせている。
「キスしたら流星群を観に行くなんて私、言ってないけど?」
相変わらずニヤニヤとする樹。
こうして由紀子をからかうのが最近、楽しくて仕方ない。
別にただ苛めたい訳じゃない。普段とのギャップ。
・・・自分にだけ見せてくれる表情を見たいが為なのだ。
「ダメよ。今日を逃したら、今度はいつ観られるかわからないんだよ。
ずっと前から言ってたでしょ?」
樹のホッペに手を伸ばすと、そのままつねり上げる由紀子。
「い、いたい!痛いよ由紀子。冗談だってば。
しかたない。温かい格好をして出かけよっか。
・・・いつもの場所でいいんだよね?」
さすがにこれ以上は歩が悪いと踏んで、素直に出かけることにする樹。
車の運転は樹の役割だから、目的地の確認をしておく。
「あそこが一番だと思う。もしかしたら、もう人で一杯かもね」
「それはありえる。そうしたら、帰ってこようね」
「ダメ。他の場所で観る!!」
「わかりましたよ。じゃぁ、支度しよっか」
樹も由紀子と流星群を観ることを実は楽しみにしていた。
でも、ただ素直に由紀子が言うままに行くのは面白くないと思っただけ。
そう、由紀子との言葉のやりとりしている時が、樹の幸せを感じる時間なのだ。
車で20分ほど走ると、山を切り開いて作られた住宅地に辿り着いた。
この山頂の方に、桜が植えられた公園があり、もっぱらカップルの
夜景を観る格好のスポットとなっている場所があるのだ。
もちろん、二人も、たまに夜景を観に夜中に出かけたり、
春、レジャーシートとお弁当を持ってお花見をしに来たりしている。
「・・・やっぱり一杯だね。どうする?」
車の中からでも、流星群を観に来たと思われる人の群れが見えた。
「あ、イッちゃん、あそこまだ何台か止められるスペースあるわよ」
由紀子が目ざとく駐車できるスペースを見つけると、
樹にすばやく指示をする。さすがに、止められる場所があっては、
「止められないから帰る」という理由は通用しない訳である。
「は〜っ・・・。やっぱり11月とはいえ、夜中は冷えるわね・・・」
白い息を吐き、車から出たばかりだというのに、頬を赤くしている由紀子。
対して、やはり白い息を吐いているものの、寒さに鈍感なのか、
平然と立っている樹であった。
「イッちゃん、今、何時?」
「えっと、2時半を過ぎたところかな?」
「確か、一番良く観えるのは3時とか言っていたけれど、
もう観えているのかしら?」
そういいながら、二人で、夜空が良く観える、人垣ができている方へと向かっていく。
夜空が綺麗に観えるように、誰しもがライト等の灯りを消しているので、はっきりと見えないが、
どうやら、もう、流れ星が観えるらしく、人の歓声らしき声が耳に入り、
指を流れ星が観えた方へと向けている仕草がおぼろげながらだが二人の視界に入ってきた。
「あの、もう観えているんですか?」
由紀子が近くにいた年配の男性に声をかけて聞いてみた。
「ああ、私達もさっき着たばかりだけど、もう何個か流れ星を観ているよ。なぁ?」
「ええ、見逃しているのも入れたら、かなりの数よ。
今年が当たり年というのは本当みたいね」
「じゃぁ、この後が楽しみですね」
「そうね。お姉さんたち、ちょうどいいタイミングで来たかもしれないわね・・・あっ、あそこ!」
「えっ、どこですか?」
おばさんが指を指す方向をすばやくみんなで観るが、
すでに消えてしまった後だったらしく、観えたのは、星だけだった。
「今のは短かったわね・・・」
「なんか、ドキドキするわね。よ〜し、見逃さないわよ!!」
流れ星を絶対に観ると言う意気込みが伝わってきて、
思わず笑ってしまった樹。年配夫婦もつられて笑っている。
「大丈夫さ。まだまだこれからだからね。
もしかして何か願い事があるのかい?」
おじさんが、笑いを堪えきれず、少し苦しそうに、由紀子に尋ねる。
「はい!ずっと前から決めていたことが」
元気よく返事をする由紀子を見て、樹がまたニヤケる。
「ずっと前から決めていたは良いけれど、
もし観られなかったらどうするつもりだったの?」
ニヤケる樹を真っ直ぐに見返す由紀子。
澄んだ、黒い瞳は樹の心の中を見通すことなど朝飯前だ。
「どうもしないわよ。だって、流れ星がなくても、いつも願っているもの。
でも、めったにあることじゃないし、記念になるじゃない?
それに、イッちゃんも何か願い事あるんでしょ?」
「・・・あ、由紀子あそこ!!」
ごまかすつもりかと思ったが、樹が指す方に顔を向けると、
スーっと光の筋が一本、黒い夜空に線を引いて消えていった。
「観えた?」
「観えたわ!」
「今のは結構長かったな」
「あっ、あっちにも・・・」
おばさんの声で向こうに顔を向ける。
よくよく耳をすませれば、あちこちで
「向こうに」「あそこ」「みて」といった声が上がっている。
どうやら、ピークを迎えてきているようだ。
昼間も流れ星は流れてはいるけれど、
明るくて観ることはできないから、
普段はあまり観ることのできない流れ星。
夜、1時間で数千と言う流れ星が観られることなど、
それも、この日本でではもしかしたらないかもしれないのだ。
それをみんな知っているから、寒いのを苦ともせず、
・・・いや、やっぱり寒いには寒いのだけれど、
それよりも、2度とお目にかかることができないかもしれない、
天文ショーに見入っているのだ。
もちろん、由紀子と樹の二人も、例外ではなかった。
空に引かれるいくつもの光の道筋。
いつも見慣れた夜空が、とても神秘的な空間に感じる。
「お、もうこんな時間か。そろそろ私達はお暇させてもらうよ」
「寒いから、風邪を引かないようにするのよ」
「はい、ありがとうございます」
時間を忘れ、夜空に視線を固定させていたら、
いつの間にかに、4時を過ぎていた。
さすがに流れ星の数も減ってきていた。
子供連れの家族などは、早々に引き上げていたらしく、
改めて回りを見てみると、残って空を見上げている人達は、
由紀子たちも入れて、数えるぐらいしかいなかった。
「ねぇ、イッちゃん?何かお願い事した?」
さすがにずっと上を向いていたので、
首が疲れたのか、手をあてながら聞いている。
「願い事?由紀子はかなうと思うの?
宇宙のゴミが燃え尽きる瞬間に願った事が?」
「・・・意地悪」
ちょっとすねたような、子供のような、甘えるような仕草を見せる由紀子。
そんな由紀子を今回はニヤケることなく、優しい笑顔で見詰める樹。
そのまま由紀子の背後に回り、背中から抱きついた。
「イッちゃん、人が見たらどうするの?」
「大丈夫。寒いから温めあってると思ってくれる」
「イッちゃん?」
「私の願いはね、由紀子が私に素直な所を見せてくれる事。
それから、こうして二人で過ごせるときをずっと持ちつづける事・・・」
「あ・・・」
由紀子が樹の方に顔を向けると、そのまま口を塞がれた。
・・・離れた瞬間、二人は正面を向き合って抱き合いなおし、
そのまま見詰め合っていた。
「イッちゃん・・・私もいつまでもイッちゃんとこのままでいられるようにってお願いしてた。
また、こうして一緒に流星群を観られますようにって・・・」
そうして再び抱きしめあう。
防寒具に身を包まれているのに、
互いの体温を感じる気がする。
「由紀子、またいつかだね」
樹がちょっと照れたような口調で、
ようやく素直になったかのように口を開いた。
「その時は素直に起きてよね」
口を尖らせ、樹に体をすり寄せる由紀子。
「いやだよ。だって由紀子のすねている所、怒っている所が見たいんだもん!」
そのまま素直になってくれるかとおもったら、
やっぱりすぐにいつもの口調に戻り、
オヤジのようににやけた笑顔を見せる樹。
それを見て、あきれたように由紀子が言った。
「イッちゃん!!」
「由紀子、愛してるよ」
ごまかすような時にじゃないと照れていえない本心を明かす樹。
「ダメ、そんな言葉じゃごまかされません!」
由紀子も樹の照れている気持ちがわかるけど、
さっきのお返しに、今度は自分がして欲しい事を
してもらおうと考えた。
「じゃあ、どうすればいいの?」
仕方ないと言う感じではなく、
やっぱりといった調子で聞く樹に、
由紀子は一番して欲しい願いを樹に告げた。
「・・・ずっとこのままでいたいな」
寒い11月の空の下、二人は眠る事も忘れ、
その場に誰もいなくなっても、抱きしめあっていた。
あとがき
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