(理絵ちゃん…だよね?)


スーパーに就職して、もう6年が経つ。「ベテラン」といわれる私。
毎日、レジで飽きもせず、食品たちをカゴからカゴへと移していく。
以前は、ゆっくりと丁寧に入れていた。最近は、丁寧さより、早さを優先。
接客もより機械的、マニュアル的になってきている自分がいる。
入ったばかりの頃は、それが嫌で、「自分なり」のお客様への接客をする。
自分がして欲しいことお客様にもすることを常に心がけていたはずなのに。

そんな風に考えていたある日。私は今まで自宅から少し離れた、
大きなショッピングモールの中にある食品売り場のチェッカーとして働いていたが、
自宅近くの、最近出来たばかりの、小さな、ショッピングモールの中の店に異動となった。
あまりお客さんがこないので、レジ以外の社員はいつも、「大変だ…」「売れねえ…」
などとぼやきを毎日というほど聞ける。レジそのものは、確かに前の所に比べると
忙しくない感じだが、それでもレジの人手自体も少ないので、もう一人の社員とともに、
レジのローテーションを一生懸命に組む。

異動して1週間があっという間に過ぎた。私はその頃、気になる人が出来ていた。
私の店のレジから見ることができる、隣の店の人。
白衣にズボンをはいて、毎日、スーパーに近い店の入り口に、
栄養ドリンクを一生懸命に積んでいる人。私と同じく社員らしく、ベルが鳴らされると、
どこからか現れて、接客をしている人。レジにも入り、売り場を歩き回りまわるその人。
私はどこかで覚えがあるような…。

はっきりと思い出したのは、その人にレジで商品を打ってもらったとき。
普段、社員はレジに入ることがないらしく、いつもレジで見かけることはない。
たまたま人が少なかったのか、誰かが休んだのか、その人はレジに入り、
明るい、店全体に通るような少し高めの声。嫌味のない笑顔。テンポよく、レジをこなしている。
「いらっしゃいませ、こんにちは。ポイントカードはお持ちですか?」
「あっ、すみません、忘れました」
「それでは、レシートにポイントつけておきますので、2週間以内に…」

私はポイントカードを忘れたことで少し慌てたが、
商品を入れているので、少し下をむいている彼女の名札に目をやる。
「田中」とあった。(やっぱり…りえちゃん?)
そのまま、いつもと同じようにお会計を済ませ、自宅へと帰っていった。

幼稚園の頃のアルバムを、押入れの奥から探し出す。
クレヨンで書いた自画像が表紙にされている、自分の20年以上前の記録。
無邪気に遊んだ、何も悩むことなんかなかったその頃。
私には、仲の良い一人の友人がいた。いつも一緒に遊び、羽目を外し、先生達を困らせた。
「私たち、悪いことしてないよね。おりえちゃん」
「うん、先生、私たちいいこだもん!ねっ、りえちゃん」
何をしたかはおぼえていないが、そういって、二人で笑顔をかわしたことを思い出す。
(田中理絵…ちゃんだよね、あの人…)

理絵ちゃんと私は、幼稚園こそ一緒だったけれど、小学校は違った。
もう簡単には会えないからと、私は、最後の日に、彼女に手紙を渡した。
あまり文字を知らない私が、母親に手伝ってもらって一生懸命に書いた手紙。

りえちゃんへ、
しょうがっこうはちがうけれど、家にあそびにきてください。
じゅうしょは○○郡○○町△△-△

                          竹中織江

結局、彼女が家に遊びにくることはなかった。
正直、「冷たい」と思ったことはあるけれど、
お互い、新しい学校、新しい友人、新しい環境になじんでしまい、
幼稚園でのことなど、「良き思い出」でしまっておきたかったのかもしれない。

…忘れかけた「良き思い出」を一緒に築いてくれた彼女が隣の店にいる。何たる偶然か。
彼女のことを意識し始めると、彼女がほぼ毎日、うちの店に買い物にきていることに気がついた。
いつも最後まで残っているようだから、夕飯をうちの惣菜で済ませているのだろう。
わりと忙しい時間に買い物に来るから、彼女のほうを見ていることはほとんど出来ない。
だから気がつくと、(私のレジへ、私のレジへ…)と、心の中で念じている。
それがほとんど彼女へ届くことはない。が、たまには届くらしい。

「お願いします」
そういって、お弁当を置く彼女。店にいるときとは違い、笑顔はなく、
それどころか、怖いぐらい真剣な目つきをしている。疲れてもいるようだ。
(やっぱり、大変なんだろうな、彼女も。店長代理みたいだし…)
「860円ちょうだいいたします。…はい、ちょうどいただきます。
ありがとうございました。またどうぞお越しくださいませ…」
彼女は、自分の店のほうへと歩いていってしまった。

本当は、話し掛けたい。でも、出来ない。
彼女が田中理絵であることは、レシートで確かめた。
でも、彼女はもう、私のことを覚えていないかもしれないのだ。
20年以上別れてから経っている。あの時とは変わりすぎるほど
変わってしまっている私達。心の中に話し掛けることへのためらいがある。

(そもそも、話し掛けてどうするつもり?)
そう考えてしまう自分がいる。
話し掛けて忘れられているのが怖いからか、
それとも、「良き思い出」が壊されてしまうのが怖いのか。
適当に、話し掛けられない自分自身へ言い訳をする。

(話したい、でも話せない…)
それは、片思いと同じような、切ない思い。
お互い、何店舗もある店の社員である限り、
いつ、顔を見られなくなる日がくるかわからない。
20年という、長い年月を経て、私たちはまた会えたのに、
仕事の上での会話を交わすだけで会えなくなってしまうのだろうか…。

(理絵ちゃんのほうから話し掛けてくれないかな)
そう、自分が話し掛けられないからと、自分勝手に希望する私。
彼女も私のことを気づいている素振りを見せる時がある。
この前も、レジの前で栄養剤を山のように積んでいた時に、
何度も、私のほうを窺っている視線に気がついた。
たまたまかもしれないけれど…。

忘れかけていた幼き頃の思い出が、私に彼女へと話し掛けるべきという。
その後、過ごしたそれの何十倍もの時が、私に話し掛けるべきではないという。
(でも、やっぱり、話したい。どんなことでもいいから、理絵ちゃんの声を聞きたい!)
日ごとに募る、彼女を求める気持ち。彼女のことが好きだったから。
どんなに変わっていようと、きっと今も好きだから。

休みの日、彼女が出勤していることを願って、彼女がいつも休憩をとっている
ぎりぎりくらい前の時間に隣の店に顔を出す。

(いた!)
彼女は、売り場で商品の補充をしている。私は彼女に近づいていく。
お客が近づいてきたと思ったのか、「いらっしゃいませ」と明るい声をかけてくれた。
驚いたことに、ついさっきまで、震えていた手が、不安で一杯だった胸が、
彼女の前に立ったら、どこかへいってしまった。
信じられないくらい落ち着いている自分がいる。

「何かお探しですか?」
立ったまま動かない私に声を掛けてきてくれた。
(探していました。あなたのことを)
そう思いながら、口を開く。
ずっと言いたかったことが口から出ていく。

「あの、私のことを覚えていませんか?」



あとがき

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